私は商店街の味方です!大規模ショッピングモールの黄昏と商店街の復活

Photo わが家には長じた娘が2人いるが、彼女たちがまだ幼かった頃、足立区の商店街のうどん屋(製麺販売)の3階に間借りしていた時期があった。写真は、年賀状用に撮った当時の写真である。「玉うどん」という、うどん屋の看板が、その頃のカトラー家の目印だった。

商店街の通りに面した窓を開けると、眼下に向かいの八百屋の軒先が見えた。
とある週末の夕方、娘をその八百屋におつかいに行かせ、その様子を窓から眺めていると、八百屋のおやじが、明日になれば真っ黒に変色してしまうような萎びた椎茸をしきりに娘に売りつけようとしている。

「おい、おやじ、そんな半端ものうりつけるな!」

と窓から首をだして怒鳴ると、八百屋のおやじは頭上の私の姿に気が付いて、ばつの悪そうな顔をして「お手伝いできる良い子だからおまけしてやろうっていってたんだよなあ、嬢ちゃん」と娘の頭を撫でながら言い訳してみせる。
商店街の人々は、せこい人たちが多かったが、気持ちに裏表のない、気のおけないいい人ばかりだった。

全国で急増するシャッター通り商店街

その商店街が、全国で存亡の危機に立たされているという。中でも地方都市の商店街の衰退、荒廃ぶりは目を覆うばかりである。地方都市に出張した折などに、地元の商店街などを覗いて見るのだが、人もまばらで半分近い店がシャッターを下ろしている所が増えている。

こうした状況をもたらしたのは、地方都市の過疎化や郊外型の大規模ショッピングモールやロードサイド店が乱立して、商店街が展開している中心市街地から人がいなくなったことなどが原因とされている。商店街に再び人を呼び戻そうと、アーケード建設や駐車場の整備など様々な対策が講じられたが、一部の建設業者が潤っただけで、ほとんど効果らしい効果をもたらさなかった。

カトラー家が住んでいた商店街の近くにも、昨年、イトーヨーカドー系のArio(アリオ)という、シネコンなども兼ね備えた大規模ショッピングモールが開店した。
ところで、私はこの手のショッピングモールというやつが大の苦手である。品揃え、客の嗜好や回遊導線、接客マニュアルやクレームの処理まで全てが計算づくで管理されていて、そこに居るだけで自分も商品のひとつにさせられてしまったような気がして息苦しくなってくる。ファミリー層が最大のターゲットだから、家族連れが多いのだが、彼らを見ていると「家族ごっこ」をさせられているような嘘臭さがショッピングモールの空間には充満しているように感じる。

現在の「ファミリー」層にとって、週末に郊外のショッピングモールに車で出かけて行って一緒に消費をすることが、「家族」であることを確かめる唯一の「ハレの時間」になっているのではないか。日頃は携帯電話やゲーム機を覗き込むばかりで、親の言うことなど耳をかさない子供たちをとにかく車に押し込んでショッピングモールに連れていき、たいして欲しがってもいないモノを買い与えて家族ごっこをやっているというのが、今の日本の「ファミリー」の平均像だといったら世のファミリー族から顰蹙をかうだろうか。

ファミリー幻想の終着地としての大規模ショッピングモール

Photo_2 「ファミリー」幻想は、長く日本人の消費を牽引する原動力となっていた。ファミリーレストラン、デパート、遊園地、家族旅行といった「ハッピーファミリー(幸せな家族)」のための商品やサービスが日本の消費の中心トレンドをつくってきた。しかし、「ファミリーレストラン」が、「ファミレス」となり、高校生や暇な主婦連中がたむろする場になってしまったように、「ファミリー」という言葉は、今や使うのにも気恥ずかしさが伴う死語になりつつある。そうしてみると、現在、隆盛を極めているといわれる郊外型の大規模ショッピングモールやアウトレットは、日本人が高度成長時代からずっと抱き続けてきた「ファミリー」幻想が行き着いた終着地のようなものに見えてくる。消費者の「ハレの時間」を演出するために、ショッピングモールは際限なく巨大化し、ディズニーランドのような場所に近づいていくだろう。

しかし、私の見立てでは、こうしたショッピングモールの隆盛も既に終わりを迎えている。不動産リートや投資ファンドなどショッピングモールの建設に向かっていた資金も金融危機の影響をもろに被り一気にシュリンクしており、消費の減退も相まって閑古鳥が鳴いているショッピングモールもあちこちで見られるようになった。大規模ショッピングモールが廃墟となり、「ファミリー幻想」の墓標として語られる日がやがてくるだろう。

話をもう一度商店街に戻そう。
不況に苦しんでいる商店街の人々には、肥大化したショッピングモールを相手に勝負する必要なんかないといいたい。家族連れで商店街が賑わった高度成長時代を懐かしむ気持ちもわからないではないが、昔に戻ることを夢見たり、逆に商売不振の原因をショッピングモールのせいにしないことだ。大規模ショッピングモールは、買う物がない時代にあって、既に商品やサービスを売っているのではなく、「家族ごっこ」という幻想を売る末期的業態に転換した。

オレオレ詐欺の手口に学ぶ?シニアビジネス成功法

商店街は、もっと真っ当なやり方で開拓できる別の客層があると思う。例えば老人層である。老人にとって今のショッピングモールはわずわらしいだけの場所だろう。勝手のわかった商店街こそ、彼らの受け皿になるべきだと思うが、どうやら商店街は、老人はカネを使わず、老人相手の商売(シニアビジネス)は儲からないという固定観念に縛られているようだが、はたしてそうか?

最近の老人相手の「カネもうけ」で一番の成功?事例を上げるとしたら「オレオレ詐欺」だ。老人達は寂しい暮らしの中で、子供や孫からかかってくる電話を首を長くして待っている。オレオレ詐欺は、そこにつけ込んだ。警察の取り締まりやメディアのキャンペーンにもかかわらず、オレオレ詐欺に代表される「振り込め詐欺」の手口は巧妙化し、被害総額は年間250億円にも達している。犯罪の手口から学ぶというのもどうかといわれそうだが、そこには明らかに考えさせられる何かがある。

機能性飲料の新たなチャネルとして復活する牛乳宅配ルート

まともなシニアビジネスの事例として最近興味深いと思っているのは、牛乳宅配の復活である。牛乳販売店は、高度成長時代に全国網が築かれたが、スーパーなどの出店に押されて、その数は、ピーク時に比べると半減、「斜陽ビジネス」の代名詞といわれた時期もあった。ところが、メグミルク(雪印乳業系)の宅配ルートでは、N―グルコサミンという膝や関節痛を軽減したり予防する機能性素材を添加した商品「グルコサミンパワー」が、日配40万本という大ヒット商品になり、いまや主力であるはずの牛乳の売上げを追い抜いてしまったという。ヒットの要因は、牛乳販売店の店主も高齢化しているので、こうした健康機能をもった商品は、店主が客と同じ目線に立って説明販売できるのが強味になっている。また、宅配ルートの商品は一定期間、習慣的に摂ってもらえるので、グルコサミンパワーのような機能性飲料の場合、効果が体感しやすくリピートに繋がるのだという。牛乳宅配ビジネスは、高齢者向けの新たな販売チャンネルとして復活しつつあるのだ。

商店街が始めた老人向け弁当宅配事業の成功

足立区に東和銀座商店街という全国的に知られている商店街がある。アムールトーワという株式会社を商店街として設立して、「地域の仕事は地域でやる」をモットーに給食事業などのコミュニティビジネスを手がけている。その東和銀座商店街が、老人世帯に対する弁当宅配事業も手がけているが、ユニークなのは弁当容器を使い捨てのものではなく塗り物にして、食べ終わったあとの容器をいちいち回収していることだ。訪問して回収するのは確かに手間がかかるが、老人たちと直に顔を合わせる機会が増えることで、メニューに対する要望や老人達の健康状態なども確認することができるのだという。そうしたフェイストゥーフェイスの関係を築いていることが他の弁当販売事業者にはない強味になっている。

シニアビジネスに可能性があるといっても、今のままの商店街では、老人達の心をつかむことはできないだろう。オレオレ詐欺のように、手を変え品を変えコミュニケーション手法に工夫を凝らす、あるいは、牛乳宅配のように、同じ目線に立って商品を紹介したり、家まで届けるといった新しいサービス機能を開発することが不可欠だ。

先日、久しぶりに昔住んでいた商店街を歩いてみた。肉屋のおっさんも、鶏肉屋のおばさんもまだまだ元気で店に出ている。「おじょうちゃん、元気かい?」と八百屋のおっさんが笑いながら声をかけてきた。

「今日はいい椎茸があるよ、安くしとくからもってきな」

またかと思わず身構えたが、見ると、ぷりぷりしたいい椎茸だった。

(カトラー)

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環境ファシズムの足音が聞こえる:あらためて宮下公園のナイキ公園化に反対する

東京都渋谷区は18日、区立宮下公園の命名権(ネーミングライツ)を、スポーツ用品メーカー「ナイキ・ジャパン」(東京・品川)に売却する方針を区議会で明らかにした。ナイキ側の予算で公園改修も進めるという計画だ。(アサヒコムより)

Photo 渋谷区が、ナイキに宮下公園のネーミングライツ(命名権)を売り、「ナイキ宮下公園」化する計画を公式に発表した。ナイキ・ジャパンが費用負担する形で、宮下公園内に新たにスケートボード場(1100平方メートル)、ロッククライミング施設が整備され、夜間は施錠されることになるという。

この計画に対しては、ホームレス支援を行っていたグループが中心となって「みんなの宮下公園をナイキ公園化から守る会」という市民団体が結成され、反対運動も始まっているが、彼らの声が多数意見となるとは考えにくい状況だ。というのも、一般区民の中には、「ナイキ公園になればキレイで明るくなり、ホームレスもいなくなる」と計画に賛同する声が少なからず存在しているからだ。
反対派は「ホームレスの人々が住む場所を奪われる」「宮下公園を集会場所として使えなくなるため市民運動が制限される」という反対論を展開しているが、ホームレスに対しては自立支援を行う、集会場所はどこか他所でやってくれという行政側の「建前論」に対抗できるかどうかは疑わしい。

ホームレスの排除と一体で動いている公園整備

渋谷区側は、今後、ホームレスの問題と公園の整備を切り離して対処する姿勢をとってくるだろうが、この計画の発端から、ホームレス問題と公園整備は一体のものとして動いてきたことを見ておく必要がある。特にこの計画の推進の中心となっている伊藤たけし渋谷区議は、渋谷区からホームレスを排除することを公約し、その一貫として宮下公園の整備を主張してきた人物である。過去の議会においても以下のような質問を行っている。

伊藤:渋谷区でも、公園にホームレスが集中している。ホームレスの居住場所を確保し、公園本来の姿を取り戻すことの必要性を痛感している。「ガイドプラン21」との整合性も踏まえつつ、宮下公園を「フットサルコート計画書」を核としたスポーツ公園へ改良すべきと考えるが。また、改良にあたっては、PFIなど民間活力を導入するのはどうか。

区長:宮下公園は都市公園としての位置づけがされていながらホームレスに占拠されている状況を踏まえ、自立支援センターと平行しながら解決していかなければならないと認識する。「ガイドプラン21」にも方向性が示されているので今後の検討課題としたい。

「ホームレスの居住場所を確保し」と留保を付けているが、伊藤は宮下公園のナイキ公園化が、明らかにホームレス排除の一貫として行われていることを確信犯的に表明している。
この他にも伊藤は、代々木公園で陸上女子実業団チームの女性選手たちが、ホームレスに追いかけられた逸話などを持ち出して、治安上もホームレスは問題であるという趣旨の発言を行っている。世の中には、女性の下着を手鏡で見て喜ぶ大学教授や満員電車の中で痴漢行為に及ぶ裁判官もいる。こうした事件が発生した際に、大学教授や裁判官全体が色情狂扱いされただろうか。代々木公園の出来事も事実かどうかも疑わしいが、伊藤はこの事件から何を根拠にホームレスの人々全体が治安上の問題だと主張しているのだろうか。

きれいな街は、ひとの心もきれいにする?!

渋谷区議には、この伊藤たけしと結託している長谷部健という議員がいる。長谷部はもととも広告代理店のサラリーマンだったが、green bird という環境NPOを立ち上げて、企業からカネを集めて環境活動をはじめたが、2003年に渋谷区議に立候補して議員となった。長谷川たちのNPOがやっていることは、「ゴミ拾い」である。こんなNPOにカネを出す企業も企業だが、「きれいな街は、ひとの心もきれいにする」という、ぞっとするキャッチフレーズを掲げて、全国の市街地でゴミ拾い運動を行っている。最近では、パリにまでのこのこ出かけていってこの「ゴミ拾い」をやったらしい。

アルピニストの野口健のように、富士山のゴミを拾う活動を象徴的に運動化するのは賛同できるが、渋谷や原宿など繁華街で、企業からカネをもらってゴミを拾って「心がきれい」とは「ちゃんちゃらおかしい」としかいいようがない。
伊藤たけしと結託して宮下公園のナイキ化計画を推進してきたこの長谷部健に聞いてみたいのは、「街をきれいにする」というキャッチフレーズの意味には、ホームレスを追い出すことも含まれるのかどうかということだ。もちろん、そんなつもりは無いと否定するだろうが、相棒の伊藤たけしは、この点について確信犯的であるし、それを一見きれいな環境キャッチフレーズでカムフラージュしてやっている分だけ、長谷部健のほうが、もっとあくどいといえるだろう。

ナイキ・ジャパンから支援を受けている長谷部議員

さらに、長谷部健が議員として問題だと考えられるのは、主宰するNPO法人green birdが、今回のプロジェクトの主役であるナイキ・ジャパンから支援を受けていることだ。宮下公園のナイキ化計画に直接の利害を持つナイキ・ジャパンから金品を支援されているとしたら、地方自治体の議員としては大いに問題だろう。ナイキ・ジャパンにとっても、このことは贈賄行為と受けとめられても当然であり、コンプライアンス上、問題視されるべきだ。ナイキという企業は、かつて80年代、製造委託先の東南アジア、インドなどの工場で人権を無視した労働条件のもとで、少年少女なども強制労働させていた実態が告発され、世界中の人権団体やNGOから袋叩きにあったという苦い経験を持つ。ホームレスを追い出してナイキ公園を作るという今回のプロジェクトで同じ轍を踏むのだろうか。

しかし、私にとって最も不愉快なのは、他方で「きれいな街は、ひとの心もきれいにする」というスローガンを何の疑いも持たずに受け入れている人々がいることだ。自分の身のまわり、視野に入ってくる世界はこぎれいにしておきたいが、他の世界で起きていることには無関心。そこには、ホームレスが生まれてくる根本的な問題には目を向けず、渋谷区からとりあえず消えてくれれば良いという小市民エゴがありはしないか。賢明な渋谷区民は、そんな連中ばかりではないと思いたいが、伊藤たけしや長谷部健のような人物が議員に選ばれてくる背景には、ホームレスの居場所を考えることよりクールなナイキのブランドマークを眺めていたいという小市民ブランド主義が透けて見えてくる。

人々の心に巣くう小市民ブランド主義

日本の環境ブームは、「ロハス(Lifestyles Of Health And Sustainability)」という広告屋がでっちあげた実体のない言葉のまわりでこの島国の中だけでガラパゴズ的に盛り上がってきた。どんな内容か知らないが、この長谷部健という議員もシブヤロハスプロジェクトという環境運動を提案したと得意気に自分のホームページで報告している。ロハスという言葉は、もともと米国からやって来たということになっているが、米国に行ってこんな言葉を叫んでもキョトンとされるだけだから、気をつけたほうがいい。こんな言葉をありがたがっているのは、世界の中でもこの日本だけだ。
そしてロハスブームがたどり着いた果てが、「きれい」という言葉を掲げ、異質なもの、汚いものを排除するホームレス排斥運動であるとすれば、そんな「環境ファシズム」は糞食らえだ。

都市、街というものは、もともと猥雑なものである。ヤクザもいれば、娼婦もいる。世界の富を独り占めする奴がいる限り、貧富の格差やホームレスも決してなくならない。長谷部健や伊藤たけしのように、そんなにロハスやキレイな街がお好きなら、ツアーでも組んでさっさと北朝鮮の平壌にでも行ってしまえばいいのだ。

排除の論理に基づく環境議論はファシズムにつながる

ここであらためて確認するまでもなく、宮下公園のホームレスは、我々と同じ世界の住人であり、日本国民である。彼らが何らかの理由で路上生活を余儀なくされていることは、我々が直面している社会の現実であり、その現実はゴミのようにゴミ箱に捨ててしまえばどこかに消え失せてしまうものではない。ホームレスの人々が目の前で生活している現実とまず向き合うことから始めなければ、全ての環境議論はファシズムに直結してしまうだろう。
かつてのナチスドイツは、健康、清潔であることを国民の義務として、スポーツを奨励した。それと同じように現代のファシズムは、ナイキのようなブランドとともに環境やスポーツの衣をまとって出現してくる。

ナイキのロゴマーク、スウッシュ(Swoosh)は、トップアスリートたちに巨額の契約料を支払ってクールなブランドイメージを構築し、最も成功したブランドとなった。クール(きれい、かっこいい)とは、「汚い」「かっこわるい」の対極にあるイメージであり、ナチスのブランド「ハーケンクロイツ」がそうであったようにように、異質なものを排斥することでイメージを維持しようとする。最も成功したブランド、ナイキのスウッシュ(Swoosh)には、今、こうした危うさが生まれているとあえて指摘したい。

そこで、ナイキ・ジャパンに提案がある。長谷部健や伊藤たけしのような連中の口車に乗って宮下公園のネーミングライツ(命名権)に無駄金を払うよりも、ホームレスの自立支援に賛同する方が、これからのブランドイメージ向上には余程役立つのではないか。
クールよりも共生(コモンズ)である。ナイキのように独り勝ちしたブランドは、いずれ陳腐化(コモディティ化)のリスクに直面する。どこを見てもナイキで埋め尽くされる状況が生まれるのだからそれは当然の帰結といえる。それを防ぐ唯一の方法は、ブランドを「コモンズ(共有地)」化していくことだ。

「クールからコモンズへ」なかなかいいキャッチフレーズだと思うが・・・

(カトラー)

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ファシズムの足音が聞こえる:日本政治の劣化と幸福実現党の野心

Photo 鳩山邦夫総務大臣が辞任したゴタゴタで麻生政権の支持率がまた急落している。

カンポの宿の売却問題に端を発する今回の騒動は、結局、無益な混乱だけを残しただけに終わった。単に混乱を招いただけではない、落札が決定していたオリックス不動産が購入を辞退して売却計画が白紙撤回されたことで、日本郵政の民営化プロセスも停滞を余儀なくされた。そもそも、バルクセールを前提としていたカンポの宿の売却について、その資産評価方法、入札のプロセス、いずれをとっても何の瑕疵も存在していなかった。

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日本をノマド(遊牧民)化せよ!

Photo アゴラで池田信夫氏が、「ノマドの反乱」というコラムを書いている。その中で「日本人が極端にリスクを嫌うのは農耕民族だからだという説明がされるが、これは歴史的におかしい」と述べているが、まったく同感である。

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新型インフルと北朝鮮ミサイルに見る、水際症候群という日本の病

Photo_2 新型インフルエンザ騒ぎで、そこかしこにマスク姿の人々を目にするようになった。
ニュースなどで大阪の通勤風景が報じられていて、電車待ちをしているプラットフォーム上のほとんど全ての人々がマスクをつけている様は、異様な感じがする。
高城剛が、ロンドンのヒースロー空港でも日本人だけがマスクをしていて、これは日本人の集団ヒステリー現象に他ならないと自分のブログに書いているが、そのブログ記事がKY(空気読めない)発言だと反発を買っているようだ。

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民主党の代表レースと日本政治の「道徳」

Photo 小沢一郎が辞任し、民主党の代表レースが始まった。

小沢一郎という人物は、今の日本の中では、権力というものの本質を知っている稀有な政治家だと考えている。権力とは何か、それは、人をひれ伏させる無言の力のことである。
議会制民主主義の世界においては、権力には、常に「根拠」が求められるし、現代のような情報社会においては内閣支持率など、その「根拠」とされるデータがメディアを通じて株価のように日々伝えられてくる。

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ばらまき補正予算の影で進行する日本農業の緩慢なる死

Photo8月にも想定されている衆議院総選挙に向けて、地方票の取り込みを狙った農家へのばらまき・アナウンス合戦が激しさを増している。

そもそもの発端は、先の参議院総選挙で、民主党の小沢一郎代表が農家に対する「戸別所得補償」という政策をぶち上げ、自民党の牙城ともいえる農村票を鷲掴みにして、参議院総選挙に大勝、参議院における与野党、逆転状況を作りだしたことにあった。

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ヒスパニックの病としての新型インフルエンザと米国の危機

B00528_h1n1_flu_blue_med_2 新型インフルエンザ(H1N1Flu)、通称「豚インフルエンザ」の感染拡大が止まらない。
ここにきて、発生源と見られているメキシコの保健衛生上の対応に疑問の声が上がっている。これまでも他国に比べて死者の数が飛び抜けて多いことが疑問視されていたのだが、突然、メキシコの保健相が、新型インフルエンザで死亡したことが確実な死者の数を大幅に引き下げる発表を行ったのだ。日本でも感染が疑われる旅行者が入管の簡易チェックに引っかかり大騒ぎになったが、結局、新型ではないと判定された。

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裸になって何が悪い! ~公園で裸になる自由とホームレスする権利~

Photo SMAPの草なぎ剛が、泥酔して全裸で真夜中の赤坂の公園で騒いでいとところを公然猥褻罪で逮捕されたことが大ニュースになっている。

このニュースを出張中の新幹線の中で流れていた文字ニュースのテロップで知ったのだが、全裸というのがユーモラスに感じられて、世間では笑い話になっているのかなと思ったら、テレビ、新聞がトップで取り上げるような大ニュースになっていた。

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爆走する中国の電気自転車ブームの行方

Photo 最近、上海や北京に行った人が印象に残ったこととして必ずあげるのが、電動自転車が街のあちこちを走り回っている光景である。

一昔前の日本のメディアが、中国を描く際に、必ずといっていいほど取り上げるステレオタイプ化された映像があった。それは、人民服を着た膨大な数の中国人労働者が自転車に乗って一斉に職場に出勤するシーンだ。自転車に乗った人々が蟻の大群のように街のそこかしこから溢れ出て行進する姿は、中国という国の貧しさ、そして同時にその膨大な潜在力を象徴していた。

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GMの連邦破産適用と自動車産業の終わりのはじまり

‘Surgical’ Bankruptcy Possible for G.M.

By MICHELINE MAYNARD and MICHAEL J. de la MERCED
Published: April 12, 2009
DETROIT — The Treasury Department is directing General Motors to lay the groundwork for a bankruptcy filing by a June 1 deadline, despite G.M.’s public contention that it could still reorganize outside court, people with knowledge of the plans said during the weekend.

Gm_segway540 ゼネラル・モーターズ(GM)の破綻が秒読みの段階に入った。
ニューヨークタイムズのネット版が、12日、関係筋からの情報として、米国財務省が6月1日までに外科的な破産(米連邦破産法:Chapter11)の適用申請を準備するよう命じたと伝えている。
数週間前から、こうしたGMの再建を巡るリーク情報が流れてくる。手厚すぎると槍玉に上がっている従業員の年金制度のリストラや債務の大幅圧縮が自力再建の最低条件とされているが、その交渉が困難を極めていることをメディアが報じている。

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森田健作の知事選勝利の影で、忍び寄るファシズムの足音

Morita_kennsaku3_2 この顔をクローズアップでまたテレビ画面で見せられることになるとは思ってもいなかった。千葉県知事となった森田健作の顔である。
千葉県の知事選などは関心がなかったこともあり、森田健作が立候補していることすら知らなかったし、森田のような一昔前のタレント候補が一体どうすれば当選できたのかと訝しく感じた。しかも、投票結果を見ると、民主党などの推薦を受けた吉田候補に圧倒的な差をつけての堂々たる圧勝である。

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漂流する検察と私刑(リンチ)化する「国策捜査」

Photo_2 「国策捜査」が漂流している。
前回のエントリー記事でとりあげた、小沢一郎の公設第一秘書が逮捕、起訴された問題に関して、民主党、小沢一郎代表の政治的責任問題とは別に、検察の国策捜査のありかたを巡って批判の声が広がり始めている。

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一匹狼(The Maverick) 小沢一郎の危うい賭け

Photo 西松建設の違法献金疑惑の渦中にあって、進退が取りざたされている小沢一郎が、TIMEアジア版2009年3月26日号の表紙を飾っている
政権与党の麻生太郎首相ではなく、野党の党首である小沢が登場しているということは、この国の宰相の存在感が世界的にいかに稀薄かということの証左でもあるが、日本の政治が、結局、小沢一郎という政治家を焦点に動いていくということを暗示している。

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ハーフ・エコノミーの衝撃、もう米国にも内需にも頼れない

Photo 経済が縮減し、ついには1/2になってしまう「ハーフ・エコノミー」の恐怖が現実のものになりつつある。

3月発表された米国の新車販売台数は、約68万台で、DSR(1日当たり販売台数)は前年同月比約38.9%減、17カ月連続のマイナスとなった。中でも米国メーカーの落ち込みがひどい、ゼネラル・モーターズは前年比-51%という惨憺たる状況だ。

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