木造ドミノ住宅とウッドマイレージから見える住宅産業の未来

Mokuzou_domino_photo このブログで以前紹介した東京町家の迎川さんが、いよいよ動き始められた。迎川さんとは、「あたり前の家」ネットワークでご縁があり、そのサイトで往復書簡ブログをやらしていただいているのだが、その迎川さんが、今春からいよいよ『木造ドミノ研究会』という、工務店ネットワークを立ち上げられたのだ。
木造ドミノ住宅とは、木造住宅でありながら、外壁に構造を集中させることで完全にスケルトンとインフィルを分離。ライフスタイルの変化などにも対応できる可変プランを実現した。しかも、地元多摩産の無垢の杉材を使用しながら、工程の合理化、仕上げの工夫などによって、坪50万円のローコスト化も達成している。この画期的な成果により、2007年度のグッドデザイン賞、地域住宅計画賞、エコビルド大賞を受賞したという、話題の木造住宅だ。
何よりも素晴らしいのは、地域工務店のネットワークの中から生まれてきた企画住宅として立案されている点で、住宅産業が、地域工務店を核とした真の意味で地域に根ざした地場産業として再生していく道筋を示すものとして高く評価されている。

木造ドミノ住宅の画期的な成果

住宅とは、商品ではなく、建て主にとっても、それを施工するビルダーにとっても一つの作品であり、本来的にハウスメーカーのような企業に属するサラリーマンが手がけるものではなく、地域と共に生きる工務店が担うべきであるというのが、かねてからの私の持論で、プロの迎川さんに向かって、往復書簡ブログの中で、以下のような挑発的な文章を投げかけた。

「・・・もう少し大きな目で捉えると、たぶん、このことは、住宅産業だけでなく、全ての産業領域や生活文化領域で私たちが直面している普遍的な問題であることがわかります。
ローカルvsグローバル
スローフードvsファーストフード
共生vs独占
文化vs文明
環境重視vs効率重視
多様性vs標準化
コモンセンスvsコンプライアンス
さて、ここで、あえて挑戦的な物言いをさせていただければ、日本の住宅産業や、その中核を占めている工務店の皆さんにとって、現在、置かれている状況は、上に示した「対立図式」以前、対立図式そのものを構築できていない状況にあるといえるのではないでしょうか。イタリアに源を発するスローフード運動は、マクドナルドなどに代表されるグローバル企業による食の同質化、独占化に抗して、地域の食文化や食材を守るという視点に立って構成され、世界的な運動として広がっていきました。同じような旗印が、工務店の皆さんが手がける家づくりの現場にも必要な気がします。・・・旗を立てることが必要です」

今、読み返すと、私のような素人が、迎川さんのようなプロに向かって生意気な物言いをしていて、正に冷や汗ものの文章だが、その素人の疑問に迎川さんには、真正面から答えていただいた。
すなわち、地域に根ざしつつ、現代の生活者にも高い評価を得られる企画住宅という難問に対して、「木造ドミノ住宅」という形で答えを出され、今度は、そのネットワークを全国に拡大させようとしている。迎川さんたちは、この運動の中で重要なことは、「訛ったドミノ」を創造していくことだという。

「ここで私たちは、『訛ったドミノ』を皆さんにお願いしています。今回私達がつくったのは『東京ドミノ』という事にしていわば標準語のドミノと位置づけ、会員工務店は自分たちの地域が本来持つ『気候』『風土』『文化』『習慣』を掘り下げて、自社が持つ得意技をそこに加えて、木造ドミノの基本理念と構造システムの骨格に表情を付けていく作業から、地域に訛ったドミノを創る事です。・・・」

大変素晴らしい構想であり、ハウスメーカーに自宅を建てさせて痛い目にあった私としては、資力があれば、「足立区訛りの木造ドミノ・カトラー家」づくりに再度チャレンジしたいぐらいだ。

スロービルド運動としての地域住宅産業の再生

迎川さんたちの活動を私はあえて食の世界のスローフード運動になぞらえて「スロービルド運動」と名づけたのだが、今後の日本において住宅産業こそ地域産業の要になるべきだと考えている。
Wmf07 そして、その際に大変重要なポイントとなるのが、地域の森林資源の活用、すなわち国内材の循環再生システムを再構築することだ。食の世界では、食料自給率が40%を切ったことが大問題となっているが、国土にこれだけの森林を抱えながら、日本の木材自給率は、僅か20%でしかない。なんと8割を外国からの輸入材木に頼っており、これは、どう考えてもおかしい。
戦後から高度経済成長期にかけて、日本では国をあげて全国でスギやヒノキの植林が進められた。日本の国土は67%が森林だが、その内、人の手が入っていない原生林は僅か2.3%しかなく、41%が植林による人工林だということは、ほとんど知られていない。戦後植林が進められた人工林のスギなどが、ちょうど材木としての出荷時期にあたっているのだが、産業としての循環システムが機能していないために放置されたままになっている。また、間伐などの手入れが行われていないため、大量のスギ花粉が発生し、その結果、全国で2000万人ともいわれる花粉症患者が発生しているのだから、一体、この国は何をやっているのだと言いたくなる。
幸か不幸か、世界的な資源の逼迫によって、世界的な木材市況も値上がりを続け、国内材の潜在的な競争力が回復しつつある。一説によれば、日本のスギ材は、世界的に見て、最も安値になりつつあるともいわれている。
価格だけの問題ではなく、環境面からも、海外の原生林を乱伐することによって供給された材木を、大量の化石燃料を消費しながら遠路日本まで運んでくることの問題が指摘されている。

ウッドマイレージと二酸化炭素排出権を組み合わせる

Wmf09 最近、「ウッドマイレージ」という言葉を聞くようになった。これは食の世界でいわれている「フードマイレージ」という考え方を木材に適用したもので、木材の量に木材の産地と消費地まで輸送距離を乗じたものである。
フードマイレージの値が一番高い食品は、輸入アスパラで、航空機を使って遠隔地から輸入されているからだが、木材にこれを適用すると、ウッドマイレージがダントツなのは、果たしてこの日本ということになる。日本は世界第2位の木材輸入国であるが、輸入量第1位のアメリカに比べてウッドマイレージは4.5倍、輸入量第3位のドイツと比べては実に21倍となる(図参照、出所:森林総研)。

食の世界では、このフードマイレージという指標に基づき、「地産地消」を進め、環境コンシャスなライフスタイルを志向する消費者が増えているが、住宅の世界でも同じ流れを創りだしていくことができるのではないか。
Wood_mile さらに、このウッドマイレージの考え方を推し進めれば、二酸化炭素の排出権の考え方を組み合わせることが可能だ。すなわち、国産材へのシフトによって削減できる二酸化炭素を排出権として措定し、証券化などによって資金化できれば、それを森林整備などに振り向けることができる。
林業経営の一番の問題は、資金回収まで、最低でも20年を要する「木」が相手なので、長期にわたり安定した経営基盤が見込めないと、担い手自体が失われてしまうことにある。現在の日本の林業は正にそうした状態にあり、様々な助成制度によって、かろうじて林業経営者の息をつないでいるというのが現状だ。産業として林業を再生させていくためには、環境ビジネスとしての新しい枠組みがどうしても必要となってくる。そのためにも、ウッドマイレージをベースとした資金環流の仕組みを創設することが不可欠ではないか。

曖昧模糊とした福田首相の200年住宅ヴィジョン

福田首相は、現政権の政策の目玉として「200年住宅ヴィジョン」打ち出している。これは、福田が小泉内閣の官房長官の頃から言い出していたことであり、その意味では年季が入った政策ということになるのだが、中味を検証して見ると、何のための、そして誰のための200年住宅なのかがはっきりとせず、現在の福田政権を象徴するように、曖昧模糊としている。
年間100万戸を超える住宅が建設され、しかも2~30年で取り壊されているといった世界的に見ても異常で、高度成長期の遺物のような現在の住宅産業の在り方は、早晩崩壊することは間違いない。福田首相のヴィジョンには、残念ながらそうした厳しい現状認識が欠落していて、200年住宅をうたいながら、見方によっては、「住宅ブームよもう一度」という甘い姿勢が垣間見られるのだ。
重要なことは、迎川さんたちの取り組みのように、住宅産業を地域産業、環境ビジネスの枠組みから、もう一度見直し、再生させることに他ならない。

地域に旗を立てることこそが求められている。

(カトラー)

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チベットの声を聞け ~もうひとつの聖なるリレー~

Nagano1 長野の聖火リレーが終わった。
テレビや新聞など日本のマスコミは、長野の街で中国人留学生とチベットを支持する人々とのぶつかりあう様を映し出し、センセーショナルに報道したが、終わってみると、祭りの後の虚しさと6人の逮捕者だけが残った。

聖火リレーの朝、長野駅から善光寺に続く参道は、中国の真紅の五星紅旗で埋め尽くされていた。早朝から中国人留学生らが団体バスで続々と乗りつけ、聖火リレーが予定されている沿道に流れていく。結局、この日、4000名にのぼる中国人留学生たちが長野にのりこんできた。
私が善光寺に向かったのは、午前6時頃だったが、既に街のあちこちで、チベットの雪山獅子旗と五星紅旗を掲げたグループがシュピレヒコールを上げ始めていて、長野県警の警備隊も要所々に展開され、街には緊張感が漂いはじめていた。
長野駅前を通りかかった時には、一目で右翼団体のメンバーとわかるような強面の連中が、中国非難のアジ演説をしていた。日頃は日の丸、旭日旗を掲げているのが、この日ばかりは、それをチベット国旗に代えて、「Free Tibet!」などと叫んだりしている姿が浮きNagano3 まくっていて滑稽な感じだった。

4000人にのぼる中国人留学生が集結

私は長野にチベットの人々と一緒に行動するためにやってきた。大勢の中国人留学生が動員されていることは、事前の報道でわかっていたが、彼らは、幼稚な愛国心にかられたごく普通の中国人にすぎず、もともと彼らに対して何の関心も感情も持っていなかった。ましてや、彼らを中国政府の代理者に見立て、チベットの人権問題を彼らに向かって言い立てるようなつもりはさらさらなかった。
ただ、私としては、日本にいるチベットの人々が、長野の聖火リレーの機会を捉えて声を上げようとしているなら、その同伴者として一緒に声をあげようと考えていたにすぎない。
私も含めチベット支持に集まったのは、右翼団体を除けば、それぞれの思いでやってきた組織化されていない人たちだった。前の晩、長野駅前でチベットの国旗を振っていた若い大学生の男女と出会ったが、ネットでの呼びかけに応じて東京からやってきたという、お幸せそうなカップルで、この2人のようにロックコンサートに参加するようなノリでやってきたという連中がほとんどだった。
Nagano2 他方の中国人留学生の方も似たようなもので、もともと政治や人権問題などとは全く無縁な人々だ。普段はコンビニやラーメン屋の店員などをやっているような若者なわけだから、政治的主張を訴えにやってきたというよりは、運動会の騎馬戦に紅組として参加していると表現するほうが似つかわしい感じだった。

ラサ暴動で亡くなったチベット人、中国人の追善法要

善光寺に向かったのは、今回のラサ暴動によって亡くなったチベット人、そして中国人を追悼する追善法要があると聞いていたからだ。日本に在住するチベットの人々もその法要に参加することになっていた。
善光寺の境内に着くと、そこにはSFT日本支部(Students for Free TIBET Japan)の代表のツェリン・ドルジェさんをはじめとした30人ほどの在日チベット人の人々と日本人支援者たちが集まっていた。善光寺の境内では、デモ活動や国旗やプラカードの掲出は禁止されているので、シュピレヒコールが飛び交っていた外の喧噪が嘘のようで、沿道を埋め尽くしていた五星紅旗もここでは見られない。

現在、日本に在住しているチベット人は、わずか60人ほどに過ぎない。10万人にのぼるのチベット難民を引き受け、ダライ・ラマの亡命政府の樹立も支援したインドをはじめ、世界各国が亡命チベット人を受け容れてきた中にあって、日本は頑なに難民や亡命者に対して門戸を開いていないからだ。その数少ない在日チベットの人々のうち約半数が、長野に集まったことになる。

チベットの人々は、みな優しい目をした人たちだった。聖火リレーを機に声を上げることを目的に長野に集まってきたが、聖火リレーやオリンピック開催そのものに反対するつもりはない断言していた。日本のマスコミの多くは、中国人留学生とチベット支援者が対峙して罵りあったり、一部で殴り合いが始まった光景などを繰り返しオンエアしていたが、現場に立ち会った者として断言するが、それは真実ではなく、ましてやチベットの人々の思いとは全く関係がない。長野駅前などで起きていた衝突の中心になっていたのは、チベットの名を借りて中国人攻撃を行っていた、この国の国粋右翼たちだ。こうした暴力団まがいの連中が「支那人帰れ!」というプラカードを立て、集結していた中国人留学生たちを挑発していたことは、現場に居ればアホでもわかったことだが、テレビマスコミの多くは、そうした騒動を絵になるからという、それだけの理由で白痴的な取材を続け、垂れ流していた。

聖火リレーに「騒動」しか見なかった日本の大マスコミ

Nagano5 その一方で、チベットの人々が参加して、チベット人だけでなく中国人双方の犠牲者を悼む法要が行われていた事実やチベットの人々が何を主張しているのかについては、ほとんど報道されていない。結局、日本のマスコミの多くは、今回の聖火リレーを「騒動」としか捉えず、いずれもが「スポーツの祭典であるオリンピックの聖火リレーが、このように政治的なデモの場になってしまったのは残念ですね」というような、白痴的なコメントで締めくくっていた。
前回のエントリー記事にも書いたが、今回の聖火リレーをめぐる問題は、単なる騒動ではなくて、チベットの人々によって綿密かつ戦略的に仕掛けられた自治権奪回運動であるというのがその本質だ。チベットの人々が声を上げたことに対して世界の世論が反応し、それによって中国共産党政府が追いつめられ、世界中の留学生に対して苦し紛れに動員をかけることによって生まれている状況なのだ。だからこそ胡錦涛は、長野の聖火リレーの直前にダライ・ラマとの対話を受け容れるというポーズを打ち出さざるを得なくなった。こうした基本認識があれば、何を取材しなくてはならないかは自ずと明らかとなるにもかかわらず、日本のマスコミの多くは、騒ぎが起きている場所を右往左往するだけで、相も変わらぬ白痴報道に終始した。

チベットの人々の響き合う声

Nagano4 午前8時を過ぎて、チベットの人々が、善光寺の本堂前で、経文とダライ・ラマ14世から託されたという声明(しょうみょう)を唱えはじめた。
チベットの人々の中には、数人の僧侶もいたが、多くは、職業的僧侶ではない普通の人たちだ。驚かされたのは、彼らが、チベット語の経文が記されたコピーを懐から取り出し、ごく自然に声を合わせて唱え始めたことだ。もちろん、私には何を言っているのか全くわからなかったが、目を閉じて合掌しながらその声に聞きいっていると、ゆるやかな経文のリズムと共に高い声、低い声、野太い声、可憐な声、さまざまな声が一体となって響きあい、ひとつの宇宙として現前してくるのがはっきりとわかった。葬式で坊さんが唱える経文を退屈な思いで聞いた経験しかなかった私だが、この時、お経というものは、様々な声がマンダラのように織りなされて世界と響き合うものであることが初めてわかった。何より、宗教的なものとは縁遠い私のような人間にとっても、こうした大きな世界が体感できたこと自体が驚きだった。

チベットの人々は、この響き合う声、声明(しょうみょう)を何世代にもわたり共に守り、聖火のようにリレーしてきたのだろう。それは、チベットの人々にとっては、生きることそのものであり、誰をもってしても決して奪い取れないものである。
北京オリンピックの聖火リレーに対するチベットの人々の運動は、中国政府が非難するように聖火を盗むために仕掛けられたのではない。チベットの人々が守り続けてきたもうひとつのリレーを世界の人々に示すためのものに他ならない。

法要が終わり、善光寺の境内の外に一歩外に出ると、そこでは、五星紅旗を振る数千人の「One China !」というシュピレヒコールが飛び交っていた。
その喧噪の中にあっては、たった30人に過ぎないチベットの人々の声は、かき消されてしまいそうだったが、どんな弾圧や圧政の下であっても、その響きあう声が途絶えることがなかったように、これからもリレーされていくことだろう。そして、その響きは、いつの日か世界を満たすに違いない。

(カトラー)

もうひとつの聖火リレー

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ダライ・ラマの中道戦略~「Seeds of Compassion」という思想~

Seeds_of_compassion 北京オリンピックの聖火リレーが世界中で大きな波紋を広げている。
この26日には、日本でも聖火リレーが行われるが、そのスタート地点に予定されていた、長野県、善光寺が辞退を申し出た。
善光寺は、辞退の理由として、聖火リレーの開催に伴う混乱によって参拝者などに迷惑がかかること、そして、同じ仏教者としてチベットの人権問題を見過ごせないことを明確に理由としてあげ、仏教者としてダライ・ラマやチベットの人々に同調する姿勢を鮮明にした。
前々回のエントリー記事の中で、日本の仏教者が、何故、声を上げないのかと疑問を呈したが、今回の善光寺の判断と姿勢を高く評価したい。

善光寺の判断を高く評価する

チベットの首都ラサで始まったチベット人民の暴動の波紋とダライ・ラマのメッセージは、静かな共感の輪を世界中に広げつつある。ダライ・ラマの中道戦略から発信されているメッセージは、明快かつシンプルであり、極めて戦略的である。
中国共産党政府のチベット人民に対する弾圧を世界に向けて訴える一方で、当初から北京オリンピックの開催に対しては支持を表明し、分離独立ではなくチベットの真の意味での自治に向けた対話を胡錦涛ら中国政府指導者に呼びかけている。それに対して中国政府は、ダライ・ラマを分裂主義者と罵ることに躍起になっているが、独立ではなく自治に向けた対話を要求しているわけだから、中国政府の言い分は全く説得力に欠け、国際世論も中国にとって逆風となりつつある。腰の重かった日本の福田首相もようやく動き、中国政府に親書を送り、チベット亡命政府との対話の開始を呼びかけた。これまでのところ、中道戦略をとり、国際世論に訴えて、中国共産党政府を追い込むというダライ・ラマの完全な戦略勝ちである。
中国に対する国際世論の圧力が高まるにつれ、予想されたことだが、中国政府は、国内ナショナリズムに火をつけ、外圧を逆に国内の求心力強化に利用する常套手段を取り始めた。フランスのサルコジ大統領が、中国がチベットとの対話に応じない限りオリンピック開会式に出席をしないとの姿勢を示したことで、反仏感情に火がつき、仏系百貨店カルフールに対する不買運動と国内デモが中国全土で広がっている。

国内ナショナリズムに火をつけた中国政府

中国共産党政府は、世界各国で開催される聖火リレーの会場に留学生を動員して、シュピレヒコールを上げさせたり、聖火援護隊を送るなど、国内ナショナリズムの高揚の波にのって、一見、威勢が良いように見えるが、別の見方をすれば、コントロール不能になる恐れのあるナショナリズムの発動というタイトロープを渡らざるを得ない状況にまで追い込まれているということでもある。
Karuful_2 ナショナリズムの発動という劇薬に頼ったことで、欧米の中国に対する対応は、冷え込まざるを得ないだろう。ラサ暴動が勃発する直前には、サルコジは、北京を訪問し、更なる大型投資と商談に向けたセールスマン活動を行っていた矢先だったが、今回の反仏デモによって、そんな蜜月ムードは吹っ飛んでしまった。そのことで一番損をするのは、実は中国である。というのも、反仏抗議運動を機に、今後の聖火リレーの行く末や、チベットとの関係改善が進まないと、オリンピック開催後、欧米の中国に対する投資姿勢が急速に冷え込む可能性も出てきたからだ。チベットに矛先が向いている限りは、人権問題だが、ナショナリズムが不買運動などにつながるとなると、そうした市場に嫌気がさし、投資姿勢にも陰りが見えてくる。

人々の心を打った「Seeds of Compassion」という思想

一方、ダライ・ラマは4月10日に日本を経由して、米国シアトルに渡り、多くの人々を集め、「Seeds of Compassion 」と題されたトークイベントを開催している。
そのイベントの一部始終が、ダライ・ラマの公式ホームページで視聴することができるのだが、大変感動的なイベントである。イベントの模様は、日本語も含め様々な言語に同時通訳され全世界の人々に向けたメッセージとなっているので、ぜひ見てほしい。
これを見ると、ダライ・ラマ14世の説法が、あたかも砂漠の乾いた砂に水がしみ込むように米国人の心をとらえているのがわかる。会場には、ネイティブ・アメリカンをはじめ、米国で暮らす少数民族、異なる肌の色、宗教・文化を持った人々が集まり、ダライ・ラマの説法に耳を傾けた。この情景を見て、まず思ったのは、ダライ・ラマのメッセージが単にチベット問題への対応だけに止まらず、全人類に向けたものであること、そして、北京オリンピックの聖火リレーが開催されるこの時期に向けて、ダライ・ラマの行動や一連の動きには、緻密な計画と戦略が織り込まれていたということだ。

Dalai_lama_in_seatle ラサ暴動に始まり、聖火リレーに至るまでの今回の動きはチベットの人権や独立問題に端を発しているが、ダライ・ラマの目は、さらに遠くを見据えている。そのことは、ダライ・ラマの説法が、チベット問題よりも、もっと普遍的な心の問題に及んでいて、それが、現在のアメリカ人が直面している問題に対しても深いところからのメッセージにもなっていることからも了解される。
説法で使われているCompassionという英語は、仏教の「慈悲」にあたる言葉だ。慈悲の心についてダライ・ラマは、それは母親の子供に対する愛のようなものであり、母親から生まれた人間であれば、誰もが持ち合わせている普遍的な心であると説いている。そして、このCompassion(慈悲)には、限りがなく、敵に対しても持ちうる心のありようであることを強調していた。自由と民主主義を掲げ、世界で最も輝かしい国であったはずのアメリカは、サブ・プライムローンの破綻やイラクでの大義なき戦争の中で呻吟し、競争ルールと自己責任の論理ばかりによって支配される無慈悲な社会になってしまった。アメリカ人自身が、自分たちが創り上げた原理・イデオロギーによって疎外されているのだ。その無慈悲な世界に対して、半世紀にも及ぶ亡命生活と、中国共産党政府の苛酷な弾圧下にあってなお、敵に対する「Compassion(慈悲)」を持てと言う、ダライ・ラマの言葉の重みと宗教者としての魂の強靱さにアメリカの聴衆は、深い感動と畏敬の念を抱くのだ。

ダライ・ラマが目指すのは妥協ではなく、中道の道

現在、中国国内や海外で、反仏デモを繰り広げている中国の若者たちは、ナショナリズムの高揚感の中にいるが、このままでは、かつての日本のように、結局は深い孤立感と閉塞感に苛まれるだけに終わるだろう。国や同胞を思う気持ちは否定しないが、孤立した青白いナショナリズムほど痛ましいものはない。
翻って、同じことが、この国の中国嫌いの人々たちにも当てはまる。最近、目にしたものでいえば櫻井よしこ女史のチベット問題に対する以下の論評などがその典型だ。

「中国の正体見せたチベット暴動」週刊新潮3月27日号

この文章で中国共産党政府のチベット問題への対応を非難し、福田首相ならびに日本政府が沈黙してはならないと主張されている点までは全く同感だが、櫻井氏の限界は、「極悪非道な中国vs可哀想なチベット」という対立図式でしか物事を見ていない点だ。だから、彼女にいわせれば、ダライ・ラマが、独立ではなく、自治を主張しているのは、老い先が見えてきたために妥協を余儀なくされているからということになる。こうした櫻井の言葉を聞いたら、当のダライ・ラマは、そんな同情や憐れみは無用と笑い飛ばすことだろう。
ダライ・ラマが目指しているのは、妥協ではなく、中道の道である。その道を歩むことで民族や国家という20世紀の歴史の枠組みそのものを無化し、超えようとしているのだ。
ダライ・ラマがいうところの「慈悲」とは、mercy(憐憫)ではなく、あくまでCompassion(共感)であるように、それは他者との共生を意味している。すなわち、永年の敵である中国とさえ、あえて共生する道を求めることが、ダライ・ラマが言うところのCompassion(慈悲)であり、中道の道なのだ。
これは、ともても難しい、ほとんど不可能なことを言っているようにさえ思える。ダライ・ラマ自身も、それは困難なことであると率直に認め、人類がそうした心を持つには、もっと訓練がいるとも述べている。しかし、人間の善なるものに信頼を置き、人間の心が新たなステージに立つことを信じて疑わないことこそが、宗教的な人間の強さであり、毛沢東がダライ・ラマを恐れた理由でもある。

世界は憎しみによって変わるものではない、そう信じる精神のことを、チベットの人々は幾世代にもわたって「ダライ・ラマ」とよんできた。そして、闇を照らし出す光に満ちた、その伸びやか精神が、絶えることなく受け継がれていくことを、「奇跡」とよんでいるのだ。

Compassionに満ちた世界に至る希望は、まだ残されていると私は信じている。

(カトラー)

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私を靖国神社に連れてって!~靖国アミューズメントパーク化計画~

Yasukuni_top 中国人監督リ・イン氏が10年間かけて撮影、制作した映画「靖国」の公開をめぐって、論議が巻き起こっている。
事の発端は、週刊新潮がこの映画の内容が反日的であると報じ、それを問題視した衆議院議員、稲田朋美ら「伝統と創造の会」のメンバーが、配給元に対して、公開前に試写を要求したことに始まる。

配給協力と宣伝を担当したアルゴ・ピクチャーズでは、当初は、言論統制や検閲に繋がるような事前の試写には応じられず、一般試写会への参加を促していたが、文化庁を通じて再三の要求があり、「伝統と創造の会」のメンバーだけではなく、国会議員全員を対象とした試写ならば・・と、異例の申し出に対応したという経緯がある。
稲田朋美らのグループは、試写後、映画「靖国」には、「内容面で反日的ともとれる部分があり、文化庁の助成金が投じられているのは不適切」という発言をメディアに対して流し、これをきっかけに、誰も見ていない映画であるにもかかわらず、ネット右翼や右翼団体の連中が、上映館に対して脅しをかけ、次々と上映が中止となる事態に発展した。

嘘つき政治家、稲田朋美の醜態

福田首相も、こうした事態に遺憾の意を表明し、メディアもこぞって、稲田らの対応や、上映に対して圧力をかけた勢力に対して批判の声を上げた。
お粗末でみっともなかったのは、稲田朋美らの対応で、自分がまいたタネが大事になったのを見て、慌てて試写会の開催を要求したこと自体を今になって否定している。田原総一郎が「サンデープロジェクト」でこの問題を取り上げ、稲田に出演要請をしたが応じず、他のメディアの取材からもいまだに逃げまくっているという有様だ。「伝統と創造の会」などと掲げた看板はご立派だが、こうした連中の「不熟」ぶりと、新保守主義を気取る稲田のような国家主義イデオロギストが、せいぜいネット右翼程度の脳みそしかないことをはからずも露呈させてしまった。
結果的に、他の上映館が名乗りを上げて、6月以降、この映画は実際に見られることになったことで、「表現の自由」は、かろうじて守られることになった。

私は「靖国」を見ていないので、映画自体の論評はできない。しかし、恐らくこの映画は、靖国に関する議論の中で、これまですっぽり抜け落ちていた、ある側面にスポットライトを当てているのではないかと推察している。
この国の靖国問題は、首相の参拝問題などを巡って、常に政治・外交問題、イデオロギー問題の渦中にあったが、そうした議論からすっぽり抜け落ちている靖国のもうひとつの側面がある。それは、戦争パノラマを展示する見せ物小屋空間としての「靖国」だ。

Zerosen_yasukuni 靖国を見せ物小屋というと、意外に思うかも知れないが、靖国神社の中にある遊就館に行ったことのある人なら、そのことはイメージできるだろう。靖国用語で表現すれば、それは、日本のために戦死した人々の「慰霊と顕彰」のためにあり、遊就館は、「顕彰」を目的に、遺物や過去使われた武器などを展示しているということになるのだが、顕彰などというカビくさい言葉を使わず、もっと有り体にいえば、ゼロ戦や人間魚雷回天の実機の展示をはじめ、日露戦争のパノラマ展示あり、特効隊の遺書ありと見所たくさんのアミューズメントパークであるといえばいいだろう。軍国主義を賛美している点を留保すれば、下手な遊園地に行くより数段面白いといっていい。

見せ物小屋空間としての靖国、遊就館

Kaiten_yasukuni 因みに、この遊就館について読売新聞の総帥、渡辺恒雄主筆は「軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並べた博物館を靖国神社が経営している・・・そんなところに首相が参拝するのはおかしい」と嫌悪感を露わにし、読売新聞が靖国の首相参拝に反対する立場に回った大きな理由が、遊就館の展示姿勢にあると公言している。遊就館は、左翼ばかりでなく、渡辺恒雄のような保守の大物からも反発をかっていることになる。

靖国神社に遊就館のような見せ物小屋がなぜ作られることになったのか。
坪内祐三氏のユニークな著書「靖国」によれば、靖国の遊就館は、相撲の国技館などと同様に、もともと国威発揚のための見せ物小屋としての役割を与えられて誕生したという。日清、日露戦争と近代的な軍備を整えた日本が国外へと勢力を拡大しはじめた時期に、靖国神社および遊就館が、戦争パノラマを展示し、日本国民としての意識を発揚するための装置として機能していった過程を坪内氏は様々な資料を引きながら明らかにしている。

今でこそ靖国神社は九段の丘に荘厳な佇まいを見せているが、遡ると、神社としての歴史は、たかだか140年に過ぎない。1869年(明治2年)の戊辰戦争における朝廷方戦死者を弔う目的でつくられた東京招魂社がその前身で、最初は軍の管理下にあり宮司もいなかったという。西南戦争後、靖国神社に格上げされ、さらに宗教性を帯びるようになったが、当時の靖国神社は、昭和期の雰囲気とは大分違っていて、大鳥居の下では、日本で最初の競馬が連日行われたり、サーカス小屋なども建てられ、多くの人々で賑わっていたのだという。
Yasukuni_yusyou_kan 現在の遊就館の建物は、昭和になってからのものだが、明治期に最初に建てられたのは、イタリア人雇われ建築家カペレッティによって設計された堂々たるロマネスク様式の建物で、ディズニーランドのシンデレラ城も真っ青になるようなロマンチックな威容を誇っていた。

実在した靖国アミューズメントパーク化計画

この写真を見ると、靖国が、もともとアミューズメントパークあるいは見せ物小屋的空間であったという話にも納得がいくだろう。
実際に、太平洋戦争後には、占領軍との間で、実際に靖国をアミューズメントパーク化する計画が存在したという。

「靖国神社百年史に靖国神社の権宮司横井時常とGHQの宗教部長W・Kバーンズの間で取り交わされた会談の記録が載っていて、その中でこういうやりとりがある。

バーンズ:靖国神社と遊就館はどういう対度になるか。
横井:遊就館は神社の付属物である。将来は内容を全然変へて娯楽場(ローラースケート・ピンポン・メリーゴランド等)及映画場にしたいと思っている」(坪内祐三著『靖国』より)

坪内氏によれば、この計画は、東京新聞によってスクープされたことで残念ながら頓挫してしまうのだが、現在の遊就館の姿は、靖国というものが、その出自から本質的に持ち合わせている「見せ物小屋」としての遺伝子が色濃く反映されたものと考えるべきなのである。
靖国という場所は、現在の左右によるイデオロギー論争の際などに、両者がアプリオリに前提としているような青白く痩せたものではなかった。特に昭和~太平洋戦争時には「国家神道」というインチキ宗教の受け皿にさせられたおかげで、歪んだ姿になってしまった。

祝祭空間としての靖国を発見したリ・イン監督

そして、中国人監督リ・イン氏の「靖国」という映画は、これまで部分的にTVなどで見た限りの印象でいうと、この祝祭空間としての靖国の系譜を引き、青白いイデオロギー論争からは、抜け落ちてしまった靖国のもうひとつの顔を再発見しているのではないかと思う。
Torihada_minoru 靖国神社の前を通ると、時々出くわす迷彩服を着込んだ右翼あるいはスジ者の方々は当然としても、鳥肌実先生(大好き!)のようなミリタリールックを身にまとったコスプレファンや戦時中の勤労奉仕隊のような割烹着姿のおばさん連中など、まことに多彩で妙ちきりんな人々が集まってくる。こうした靖国という場の反時代的な面白さと禍々しさに、リ・イン監督は、着目したに違いない。靖国神社を面白くて禍々しいなどというと、それこそネット右翼の顰蹙をかいそうだが、そもそも見せ物小屋のような場所だった東京招魂社を国家神道の本尊としての「靖国」に転換させていった詐術自体に禍々しさがつきまとっている。

映画「靖国」に関する報道を通じて初めて知ったのだが、驚いたことに、靖国神社のご神体は日本刀なのだそうだ。映画では、その刀を作り続けている刀匠が登場する。三種の神器(鏡、剣、玉)の中のひとつは剣であるから、ご神体とされるのも、わからないでもないが、日本刀がご神体となっている神社は、靖国の他にはないだろう。しかも、昭和8年から敗戦に至までの12年間、靖国刀として8100振りの実物の日本刀が作られていたのだという。
神社と日本刀・・・誰が考えたアイデアか知らないが、そこには、三種の神器に典拠しながら、靖国を軍国の神に捏造していった巧妙な歴史の剽窃が存在した。

青白い「靖国」などはさっさと解体してしまえ

国家神道などというインチキ宗教を掲げ、歴史を剽窃し、国民を死地に送り込むイデオロギー装置として機能した青白い「靖国」は、さっさと解体してしまえ。そのうえで、死者を弔い、過去の歴史を共有する場としての「靖国」もしくは新たな慰霊施設が必要というなら、それは、かつて靖国神社のある九段の丘で、競馬や見せ物小屋が開かれ、大勢の人々で賑わった時代のように、もっと開かれたものであるべきだ。
そのためには、「靖国」および「遊就館」を、平和をテーマとしたアミューズメントパークとして再生させ、アジアの人々が共に交流し、遊べる場所にするというのは、どうだろうか。祝祭空間としての靖国の原点にもう一度還るのだ。靖国神社で若者たちがデートするような光景を見てみたい。

そして、靖国の丘が、いつの日にか、憎しみのぶつかり合う場所でなく、アジアの人々の笑い声が満ちる平和を象徴する場所となるなら、厳寒のシベリアや南方のジャングルで、国家によって犬死にさせられた死者たちも、その深い無念の思いから、本当の意味で解き放たれるに違いない。

(カトラー)

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無差別殺人の時代、ノーカントリーな日本を生き延びろ!

No_country コーエン兄弟の「ノーカントリー」を地元のシネコンで見たのは、土浦の駅頭で24歳の男が無差別殺人を引き起こす一週間前だった。

もし、事件が起きた後だったら、スーパーの袋をぶら下げた主婦が行き交い、土浦と同じような日常風景の中にあるシネコンで、こんな映画はとても見る気にならなかっただろう。

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ダライ・ラマと毛沢東 ~その光と闇~

Dalai_lama_and_mou_takutou チベット暴動が起きてから、「ダライ・ラマ自伝」をもう一度読み返してみた。
現在のチベット問題やダライ・ラマという稀有な精神を理解する上で、また、中国共産党政府の本質を知る上で大変得るところが多い本だ。

特に印象的なのは、ダライ・ラマと毛沢東が交錯する場面である。

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日本政府は、ダライ・ラマの対話路線を支持すべきだ

Dalai_lama_and_nancy_pelosi チベットの首都ラサだけでなく、チベット人による暴動が、四川省、甘粛省など他の地域にも波及している。この事態を目の前にして、中国の温家宝首相は、チベット人は北京オリンピック開催が目前に迫ったこの時期をねらいすまして各地で計画的に暴動を引き起こしているのであり、その動きを背後で扇動しているのがダライ・ラマ14世であると激しく非難している。

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チベット暴動、胡錦涛の恐れとダライ・ラマのメッセージ

Tibet_lasa_riot チベットのラサの暴動が四川にも広がりを見せている。この数日間、チベットの情勢から目が離せない。
1989年のラサ暴動以来、チベットの人々に間に燻り続けている中国共産党政府の支配および同化政策に対する不満が再び爆発した。中国政府当局が厳しい報道管制をしいているので、暴動が勃発した直接の原因や経緯、現在の状況がどのようになっているのかは、正確にはわからない。

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日本発「プロバイオティクス」という思想

Onaka_nattou カトラー家で、今ブームなのが、旭松食品の新製品「おなか納豆」という納豆だ。

「おなか納豆」とは、整腸分野で初めてトクホ(特定保健用食品)を取得した納豆で、2週間食べ続けると、便通が改善するというエビデンスがヒト試験で得られている。

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My箸から考える環境ファシズムあるいは森の再生

My_hashi 前回、前々回と環境問題に関する記事をエントリーしたが、環境問題に対して、ことさら関心が高かったり、積極的にコミットしようとしているわけではない。実のところ、世間の地球環境を守れという大合唱には、どこかしら胡散臭さを感じてしまう。

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ツバルからのメッセージ ~環境鎖国主義を排せ~

Photo 南太平洋の小さな島「ツバル」の行く末に、世界中の目が集まっている。
珊瑚礁の上にできた海抜1.5mしかない島、ツバルは、地球温暖化の進行によって、海面が上昇しているために、水没の危機に瀕しているといわれているからだ。ツバル政府は、既に周辺国に住民の難民としての受け容れを求めており、その求めに応じてニュージーランド政府は、毎年75人のツバル住民を受け容れることを表明している。

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美しい星の日本人と「温暖化難民」

Fukuda_davos1 首相がダボス演説、温暖化対策で技術革新3兆円投入
 7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の議長として、地球温暖化問題について、京都議定書後の枠組み作りに取り組み、温室効果ガス削減の国別総量目標を設定することなどを掲げた「クールアース推進構想」を表明した。(YOMIURI ONLINE)

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隠喩としてのパンデミック・フルー(新型インフルエンザ)

Spain_flu2 病は時代を映す鏡であるといわれる。結核、癌、エイズといった死に至る病は、人々をして、その苦痛を耐え忍ぶために、様々な神話や空想を紡ぎ出させ、それぞれの時代の文学や芸術に色濃く影を落としてきた。

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「国技」の救世主になった朝青龍

Asashyouryu_2 国技館が「朝青景気」に沸いた!!

朝青龍の復帰場所として注目を集めた初場所初日。国技館は早朝から異様なムードに包まれた。升席Cの42枚を含む392枚の当日券を求めてファンが殺到。気温4度、強風の中、予定を10分繰り上げて8時20分に発売が開始された時にはJR両国駅手前まで約150メートル、300人以上が列をつくった。(スポニチWebより)

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呼吸するように書く透明な精神

Photo 高松に出張し、空港でバスに乗り込んだ時に、携帯電話が鳴った。ケータイメールに、月本裕さんの突然の訃報が入ってきた。脳出血でまだ47歳の若さだった。

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