アトム通貨が発進！１０万馬力が１０円

早稲田・高田馬場で「アトム通貨」という地域通貨の取り組みが始まった。４月１１日には高田馬場駅前で記念パレード＆イベントが開催された。

＜asahi.com記事より＞

鉄腕アトムの誕生日に「アトム通貨」発行へ――。アトム「発祥」の地である東京・高田馬場や早稲田周辺で使える特別なお札が７日、発行される。早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターや新宿区などで構成する「アトム通貨実行委員会」が企画。ボランティア活動をした人に返礼として渡され、協賛の周辺商店街など約７０店舗で使える。

　お札は額面１０馬力（１０円相当）、同１００馬力（１００円相当）、２００馬力（２００円相当）の３種類。９月２０日まで利用できる。 （・・・中略）アトムは「高田馬場にある科学省」で誕生した。

数年前から「地域通貨」に関心を持っている。
きっかけは、ＮＨＫが1999年に制作した「エンデの遺言」というドキュメンタリー番組だった。「モモ」や「終わりのない物語」などファンタージー作品で知られるミヒャエル・エンデが、亡くなる直前まで取り組んでいたのが「通貨」の問題。番組では、資本主義の帰結ともいえる弱肉強食の原理や環境破壊の問題の根源に、利子を生むことで際限なく膨張する現代の貨幣システムの構造があり、逆に利子を生まない新しい貨幣を生み出す可能性が、世界の各所で流通している「地域通貨」の事例とともに紹介されていた。この番組は、後に書籍「エンデの遺言」として出版され、「地域通貨」に対する関心を高めるきっかけになった。

ただの紙切れに過ぎないものが、全ての商品の価値を体現するわけだから、貨幣は、究極の「商品」ともいえる。そして、マーケティングが商品の流れの仕組みをデザインすることなら、貨幣の仕組みを考えることは、究極のマーケティングともいえるだろう。エンデはドイツの経済学者で社会運動家のシルビオ・ゲゼル（Silvio Gesell）が提唱した「老化するお金」について言及している。現代の利子によって膨張していく貨幣に対してゲゼルが考えたのは、逆に月日を経るにつれて価値が減じる「老化する」貨幣だ。これによって人々は貨幣を退蔵することがなく使うことに向くので実物経済が活性化するという。
実際、ゲゼルの理論を実践し、成功した例として、１９２９年の世界大恐慌後のオーストリアのヴェルグルという町のケースがある。１ヶ月ごとに１パーセントずつお金の価値が減少する仕組みのスタンプ形式の地域通貨を導入したことで経済のネットワークが回復し、２年後には失業者がなくなったという。

日本でも現在、２００ヶ所を超える地域で地域通貨の取り組みが始まっている。以前このblogでも紹介したエコミュニティネットワークの加藤敏春さんが提唱するエコマネーが代表的なものだ。地域通貨がここ数年で大きく広がりを見せていることは確かだが、実際に地域やコミュニティに根付いて流通しているケースはまだまだ少ない。評論家の柄谷行人氏がコミットメントしていたのだが、理論ばかりが先行して、全く利用者のネットワークを形成できず空中分解状態に陥っているQ-projectようなケースや、大和市のケースのように行政が発行したICカードにあらかじめ電子マネーの形で組み込んだにも関わらず、利用が進んでいないものなど、むしろうまくいっていない事例を見つけるほうが容易なくらいだ。

あたりまえのことだが、通貨は使われなければただの紙切れにすぎない。また、これもあたりまえのことだが「地域通貨」だからといって使われる保証は無い。金融システムが崩壊していた世界恐慌の時代や中南米のような国ならいざ知らず、日本の「円」は健在である。豊かな日本の人々はあえて「地域通貨」などを使う動機があるのだろうか？

こうした疑問に対して、カトラーとしてはあえて「地域通貨」の可能性を擁護し、エールを送りたい。
というのも豊かな生活を享受する高度な資本主義世界にこそ通貨の多様性が求められると考えられるからだ。

それは、ちょうど最低限のニーズ（欲求）を充足することが可能になった資本主義諸国において、商品の多様性（豊かさ）を前提とした、ウォンツの充足が求められるのと同じ構造といってもよい。貨幣の多様性を認め、実現することは、人々のつながりの多様性、文化の多様性を認めることにつながる。
ウォンツの充足とは、正しくマーケティングの現実的課題である。

マーケティングの実現には、Product（商品力）、Chanel（販売網）、Promotion(プロモーション）の３要素が不可欠である。うまくいかない地域通貨は、結局はこの３要素のうちどれかが欠落している。

アトム通貨の場合はどうだろうか？ネーミングや広報活動はなかなかうまくいっているといえそうだ。高田馬場の商店街を歩くと町ぐるみでこの企画に取り組んでいることがわかる。全体としては上々のスタートといえそうだが、問題はこれからだ。

アトムパワーは高田馬場の街を元気にすることができるだろうか？

＜左：商店街を上げて取り組む　右：ピースボートのメンバーもフェアトレード商品で参加＞