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匿名性がもつ寅さん性とビンラディン性

Winny開発者を逮捕へ 京都府警、30代東大助手 国内初(京都新聞 電子版)

ファイル共有ソフトWinnyの開発者が逮捕された。この事件は、ネットにおける著作権問題を考える上で重要な意味を持つが、今回、考えてみたいのは、Winnyの改造版で問題にされた匿名性についてである。

東大助手は情報処理工学が専門。ネット掲示板で「47氏」と呼ばれ、「そろそろ匿名性を実現できるファイル共有ソフトが出てきて現在の著作権に関する概念を変えざるを得なくなるはず。自分でその流れを後押ししてみようってところでしょうか」などと、ウィニーの開発意図を説明していた。

京都新聞のこの記事内容から推測できるのは、Winnyの改造版において、匿名性を強化したことが、このソフトの開発者の逮捕に警察を踏み切らせた契機になったということである。

匿名性、すなわち誰でもない誰かになれることが、ネットの世界の大きな魅力であることは確かだ。人はネットの世界では現実のしがらみから抜け出て、ヴァーチャル世界をフーテンの寅さんのように回遊し、誰にも束縛されない自由を手に入れることができる。他方で、匿名性はネットの暴力性を生み出す背景にもなっている。それは、ちょうどアナキストやテロリストが、架空の人物になりすまし、国境を越えて世界中でテロ行為を繰り返している今の現実世界の似姿のようでもある。

また、歴史的に見れば、匿名性は、民主主義を担保する唯一の拠り所であった。賢明なアテネ市民は、独裁者の登場を押さえ込むための唯一の制度として「秘密投票」という匿名性をベースにした投票システムを発明した。民主主義というと我々の社会の専売特許と思われている面があるが、実はヒットラー政権下のドイツや北朝鮮のような国にもある種の民主主義は存在した。ただ、そうした国の国民や人民は、常に全員一致で歓喜の拍手を持って、指導者(独裁者)の言葉を承認する点がわれわれとは異なっている。匿名性に裏打ちされた「秘密投票」が存在しない世界では、「全員一致の民主主義=ファシズム」が生まれしまうのだ。ただし、ここで忘れてならないのは、秘密投票を担保するというのは、「トイレの落書き」や「2ちゃんねる」的な世界を容認することでもあることだ。妬み、嫉み、誹謗、中傷など人間の悪しき感情が噴出してくる暗い隠微な空間を担保してはじめて私たちの民主主義が成立するという現実がある。

このように考えてくると、私たちの社会が自由や民主主義を手にしたことと匿名性の問題は深く関わっていることがわかる。

逮捕された東大助手が夢想したユートピア

今回、逮捕された東大の助手は、Winnyの改造版で自分が大もうけしようとしたわけではない。匿名機能を持ったファイル共有ソフトを世に送り出すことで「著作権に関する概念を変えざるを得なくなる」状況をつくり出すことを意図した確信犯であった。そして、著作権の概念を根本的に転倒させることで彼が究極的に夢想したのは、全ての知的資産・成果物を人類全体の財産として利用できる、ユートピア世界であっただろうと私は想像している。彼が夢想した世界では、マイクロソフトのような寡占企業によるソフト資産の独占は崩壊し、全ての知的成果物は人類全体の財産となるはずだった。しかし、それがどんなに魅力的な夢であったとしても他のユートピア幻想と同様に結局は現実から手痛いしっぺ返しを食うことになった。

彼自身もWinnyの改造行為を行っている間、ネット上では匿名や「47氏」という別名を使っていた。彼とすれば、Winnyの改造版を匿名のもとで密かに世の中に送り出し、そのことによってユートピア世界が実現されたあかつきには、フーテンの寅さんのようにニコニコ笑いながら、ひょっこりと戻ってくるつもりだったのだろう。しかし、計画は挫折した。拍手喝采を得られるはずであった彼の行為は、逆に著作権という現実世界の秩序を崩壊させる企てとして裁かれることになってしまった。彼が匿名で行ったWinnyの改造行為は、自分の利得を目的とした単純な犯罪とは異なる。また、この事件の犯罪性そのものの議論は、今後、法廷において進むのだろうが、誤解を恐れずにいえば、この事件は、現実世界の秩序そのものの転覆を企図した点で「テロル」に近いものである。しかし、もし、その行為によって世界が彼が思うように根底から変わっていったとしたら、それは「革命」と呼ばれたことだろう。革命的寅さんとして拍手喝采を浴びるか、ビンラディンとして断罪されるかは、実は紙一重といっても良い。

木村剛氏の「週刊!木村剛」で、この匿名性の問題が話題となり、50件を越えるトラックバックが寄せられ、議論が盛り上がっている。「匿名の人は、コミュニティを壊す権利を持つか?」という問題提起なのだが、倫理的に許されないことは自明のことだ。しかし、極端な言い方をすれば、匿名の個人とは、覆面をして顔を無くしたテロリストと本質的には変わらない面があり、人間の倫理を時として易々と無視してしまう。そしてやっかいなのは、暴力性を持った匿名の個人やテロリスト対して倫理的な立場からいかに非難してもその行為が止まることはないことだ。

Winnyの開発者は逮捕されたが、また、同じような人物は必ず現れるだろう。そして、その人物がフーテンの寅なのかビンラディンなのか、誰にも予想がつかない。

(カトラー)

<14日 補稿>

木村剛氏が、50件以上のトラックバックを集めた記事に続いて、かなり長文の「匿名性」に関する記事をアップした。
共通する論点もあるので、コメントしてトラックバックする。

木村氏がいうように、匿名性のマイナス面を見るだけではなく、むしろその擁護を考えるべき時期に来ているという指摘には、文壇で体を張って勝負している書き手として、彼自身も匿名の人物からの誹謗中傷をさんざん受けた上での発言だけに説得力がある。そして、言論の自由を支えている「匿名性」を護るも潰すも書き手の自覚次第なんだよという言葉もブログを始めた人間として真摯に受け止めていきたい。

私がこの記事で取り上げた、Winnyの開発者も匿名性を濫用したことで、官憲の及ぶところになったのだという見方もできる。この事件の犯罪性や著作権問題に関する議論は、先にも述べたように、今後、法廷において進むのだが、「匿名なるもの」に対する社会や公権力からの見方は、この事件などもきっかけに厳しいものになっていくだろう。匿名性によって担保された自由な言論を享受するブログな人々と公権力との静かな戦いは既に始まっているのかも知れない。

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