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「盲導犬クイールの一生」写真展に見た写真力

quill.jpg

銀座の松屋デパートで先週から始まっていた特別展「盲導犬クイールの一生」に出かけた。
今や日本で最も有名になった盲導犬、クイールの写真をこの世に送り出した写真家、秋元良平さんのことについてはこのブログの以前の記事「クイール写真展と秋元良平さんのこと」でも、取り上げた。

今回、松屋を皮切りに全国を巡回する形で開催される写真展は、クイールが生まれて盲導犬となり、老いて亡くなるまでの12年間を辿ったものだ。

秋元良平という写真家は、自然や動物をずっと撮り続けているのだが、その手法と作品にたいするポリシーには独特のものがある。惚れ込んだ一つの対象物を何年にもわたって撮り続けるというのが彼の唯一のスタイルだ。もちろんクイールに関してもそのスタイルは変わらなかった。一匹の盲導犬が生まれ落ちた所から亡くなるまでの12年間に付き合い、その姿を撮り続け、それが結果として作品に結実した。

以前の記事で上記のように秋元さんを紹介したこともあるように、彼の作品手法や人生のスタイルについては、私なりに、また、他の人々よりは多少深く理解していたつもりだったのだが、今回の写真展に行って見て、彼の仕事のスゴさや写真という表現手法がもっている掛け値なしの力、驚きのようなものに今更ながら圧倒されてしまった。

夏休みということもあって、写真展には大勢の家族連れや子供たちが訪れていた。テレビ番組や映画になったこともあり、入り口に展示された大きなクイールの顔写真に向かって、「あっ!クイールだ」と子供たちが駆け寄っていく。最初は、口々に映画やテレビの話などをしているのだが、展示が進むにつれて、不思議なことに、お喋りが消え、無口になり、写真に引き込まれていく。私も含めて、来場者に言葉を失わせたものは、写真というものが持つ圧倒的な力である。映画やテレビで見た、ストーリーとしての「クイール」ではなく、事実としてのクイール、秋元氏が奇跡のように出会った生き物としてのクイールがそこに存在した。

80万部を越え、100万部も視野に入るベストセラーとなった「盲導犬クイールの一生」(文藝春秋)が、ここまで多くの人々の心を捉えたのは、石黒さんという優秀な書き手が参加して、物語性が加わったことが大きい。物語性は、現代の人々の心をつかむ不可欠な要素になっている。泣ける話、笑える話、とにかく自分を感情的にさせてくれる話(ストーリー)を今の人々は求めている。それは、意地悪な見方をすれば、今の世の中がそれだけツマラなく、無感動なものになっているからに違いない。
実は、クイールのテレビ番組や映画を私は見たことがない。お涙頂戴式のストーリーになっているのだろうなと思って、どうも見る気がしなかったのだ(といってもその手のものを見て真っ先に泣いて、家族からバカにされるのは私なのだが・・・)。

しかし、この写真展で私が見たものは、そうした即席の「お話」や手垢のついた「感動」ではなかった。

あなたが、もし写真家だとしたら、12年間もの間、発表のあてもないのに、自腹を切って東京から京都に通い、一匹の犬を撮り続けることができただろうか?彼の近くに居た者として、秋元氏が当時、経済的には決して恵まれた状況になかったことは知っていた。家族を支える義務感もあっただろう。結果として撮った作品が本になり、それがベストセラーになったから良かったようなものの、これはどう見ても仕組んで生まれた成功ではなかった。まさに、「give and give ,then given」を地でいったわけだが、並大抵のことでは無かったはずだ。「とんでもなくわがままで、ジコチューな奴だっただけだよ」と秋元氏は笑って、自分自身を卑下して見せるのだが・・・。

今日、あらためて見た写真には、そうした秋元氏の12年間、その間のクイールとクイールを取り巻く人々の年月が、あえて言わせてもらえれば、残酷なほど美しく記録されていた。盲導犬から引退したクイールは、かつての育ての親であったパピーウォーカー、仁井さんご夫婦のもとに再び引き取られ、そこで最期を見守られて亡くなるのだが、写真の中の仁井さんの顔にも12年間の年月がしっかりと刻まれていた。息をひきとる間際のクイールの写真には、痩せ細った体にあばら骨が無惨に浮き出ていた。

確かに、ここで描かれているのは、ある盲導犬の一生の話(ストーリー)かもしれないが、それ以前に、感傷(センチメンタリズム)などは入り込む余地のない、一匹の犬が生まれて死んでいくという当たり前の現実(リアリズム)、それにトコトン付き合った無名のカメラマンとの奇跡のような出会いである。そうした現実(リアリズム)や奇跡と向かい合った時、人は言葉を失ってしまうのだ。

秋元さんが12年間をかけて撮り上げたモノクロームの写真のひとつひとつを目に焼き付けながら、ロシアのイコンを見た時のような静かな感動を覚えていることに気づいた。

スゴイ仕事をしたね、秋元さん。

(カトラー)


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Comments

たびたびこんにちは、Ochanokoです♪
久々に自分のブログを開いてみたらカトラーさんからのコメントが!しかも、カトラーさんが独身だったら絶対デートに誘いたくなるような文面だったのでちょっぴり感動してしまいました。さすが木村さんのお墨付きですね。

それはさて置き、クイ―ルの映画を友人と観にいって、二人で号泣しました。私もクーちゃんのように生きたいものです・・。写真展、見に行ってみます☆
Ochanokoより

Posted by: ochanoko | 2004.08.13 at 06:00 PM

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