長嶋の心のフットワークは永遠に不滅です!
私が子供の頃、下町の遊びの王様はベーゴマだった。川口あたりの鋳物工場で作られた鋳造のコマには、野球選手の名前などが彫られていて、床(トコ)と呼ばれるバケツにゴムシートなどをかぶせた「スタジアム」で自慢のベーゴマを持ち寄って闘わせては遊んだものだ。
私にとって聖なるベーゴマがあった。それは「長嶋」と刻印されたベーゴマだ。「柴田」や「城の内」は負けてとられても仕方ないと思えたが、「長嶋」だけは特別で、取られるのが惜しくていつもしまい込んでゲームには出さなかった。
アンチ巨人になった理由
その頃はどこにでもいたジャイアンツファンの子供だったということなのだが、ベーゴマのことがあったからなのか、「長嶋」ブランドは私にとって特別の存在であった。
現在は、特定の応援チームは無く、アンチ巨人ファンである。というのも長嶋が監督を解任された年、読売新聞社に怒りの電話をかけ、長年とっていた読売新聞を止め、その時に巨人ファンもキッパリやめた。今では巨人が負けるとセイセイするといういかにも歪んだ心情を持つプロ野球ファンになってしまった。長嶋が再び監督として戻り、巨人を率いることになった時、多少、心は動いたが、結局、巨人を応援することはなかった。私の聖なるヒーロー「長嶋」は、解任の時点で終わってしまったのだ。しかし、世の中では「長嶋」ブランドはその後も進化を続けた。落ち目気味のプロ野球全体を「長嶋」ブランドが支え、現役時代のプレーを見たことのない婦女子まで、「長嶋さん大好き!」と歓声を上げる。もちろん、カトラーこと私だって今でも長嶋は「大好き!」であることは変わりないのだが、世の中やマスメディアが長嶋ブランドに頼り切っている姿を見ると、「はしたなさ」ばかり感じられて、とてもついていけない、かえって長嶋さんがかわいそうと思えてしまう。
どうしてみんなこんなに長嶋が好きなんだろう?と考えたことがある。そのポイントは、なんといっても長嶋さん個人の作意のないキャラクターにあると思う。考える前に体が動いている、気づいた時は、ステップを踏んで球を投げている、言葉の意味は不明でも不思議と気持ちは伝わる、まるで思考する筋肉のように彼が直感で行動していることのスピード感、観念に縛られていない自由さや、次の行動を予想することが困難な意外性に惹かれるのだ。
どうしてみんな長嶋が好きなのか
「週刊!木村剛」で木村氏が、アテネオリンピックの日本の野球チームのメンバーに対して長嶋がおくった言葉が、まったく長嶋らしくない、こんなダサイ台詞を長嶋は本当にいったのか?と批判していた。リハビリの状況がどこまで来ているのかわからないが、その言葉からは確かに全くといっていいほど長嶋らしさが感じられない。
長嶋と並んで、私の中にもう一人、永遠のヒーローが存在する。モハメッド・アリである。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」といっても若い方々はわからないだろうが、現役ボクサー時代のアリの軽やかなフットワークと闘う姿は、まさに芸術品といってもよいものだった。「俺は神のようにスバラシイんだ、のろまのお前なんかに俺は捕まえられっこないサ」と試合中の相手向かって毒舌をまき散らす姿は、当時の日本人には受けが悪かったようだが、私は彼の大口(ビック・マウス)や毒舌が大好きだった。そのモハメッド・アリは、晩年パーキンソン病に冒され、体が不自由になったが、悪戯っ子のような目の表情は変わることがなかった。
8年前のアトランタ・オリンピックの開会式、最終聖火ランナーの名前は、開会式が始まっても明らかにされていなかった。一体誰が最後の聖火を?と固唾をのんで見守る会場の観衆がそこに見たのは、不自由な体を必死になって支えながら聖火台の前に立つ、モハメッド・アリの姿だった。会場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声と拍手につつまれた。
誰が、最終聖火ランナーとして病に冒されたモハメッド・アリの姿を予想しただろうか。体の自由は失ったとしても、「俺のことは捕まえられないよ」と言ったアリの、心のフットワークは錆び付くことはなかった。
われらが長嶋の心のフットワークも決して衰えることはないはずだ。モハメド・アリのように「蝶のように舞い、蜂のように刺して」ほしい。
(カトラー)
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