ひとりビジネス:越谷駅、徒歩30分の至福 「竹宵」
カトラー家の奥様は、「散歩」という概念を持ち合わせていないので、普段は30分も歩かせると文句タラタラなのだが、この日は関根さんの店に行くとあって喜々としていた。
「竹宵(たけよい)」は、彼女一人がオーナー兼料理人で、カウンター席が6席、テーブル席が10席ほどの小さな店である。メニューはなく、昼は4000円、夜は6000円のコースのみ。関根さんが考えたその日、その時の旬の献立を出してくれる。
彼女のつくる日本料理には、格式ばったスノッブさはない。どこまでも自然体で日々の家庭料理の延長上にあるかのようにさえ見える。献立の何品目かにお造りが出た。どれも新鮮な素材が厳選されていて素晴らしかったが、しめ鯖を口にして「あっ」と小さく叫んでしまった。
しめ鯖自体が好きで、飲み屋などでメニューにあるとよく注文するのだが、ろくなものに出会ったためしがない。数少ない例外が大塚にある江戸一という居酒屋で、そこで出すしめ鯖が日本一と思っていたが、竹宵のしめ鯖は、間違いなく私の中では江戸一のそれと並ぶかそれ以上ものであった。
もっとも、何かに比べて優劣をいうようなグルメ紀行的な文章は関根さんの料理にはふさわしくない。というのも「自分がおいしいと思い、人にも喜んでもらえるようなものを一所懸命出しているだけです」と彼女は答えるに違いないからだ。
これも推測だが、関根さんには「自分の料理をひとに楽しんでもらいたい」という揺るぎのない思いがあるのだろう。男の料理人の多くは、日本料理の修行の世界に入れば格式の中に入り込んでしまって、そこから出てこなくなってしまう場合がほとんどだが、関根さんの料理に感じるのは自分の料理が愛しくてたまらないという強い思いである。といっても自然食のレストランなどで辟易させられる「こんなに体にいいもの出してますよ」式の押しつけがましさは微塵も無い。
料理の最後にじゃこご飯と漬け物が出た。小指の頭ほどもないカワイイ梅干しが添えられていた。その梅干しは甘酸っぱくて本当にカワイイ味をしていて、今まで口にしたことのないものだった。料理の最後を締めくくるものとしてたぶん日本中の梅干しから吟味したものなのだろう。
平凡なことの果てに見えてくる非凡さ、形にとらわれない新しいクラッシック、押しつけがましさのない静かな自己主張・・・関根さんの料理を評する言葉は様々だろうが、そうしたものに出会って見たい方は、ぜひ越谷まで足をのばしてほしい。
竹宵からの帰り道も30分ほどの道のりを歩いた。街道沿いには、どこにでもあるようなファーストフードやロードサイド店のネオン看板が並んでいる。関根さんによれば、竹宵に足を運ぶお客のほとんどは、地元の人々だそうだ。関根さんのような料理人が生まれ、それを地元で支えるお客がいる。日本という国もまだ捨てたもんじゃない。
「竹宵」
住所:埼玉県越谷市東越谷7-94
電話:048-963-3038
営業時間: 昼 12時~2時半 夜 6時~9時半 <要予約>
定休日:日曜、月曜
(カトラー)
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