ライブドアvsフジテレビに見るフジサンケイグループの蹉跌

ライブドアｖｓフジテレビの抗争劇で、フジサンケイグループ側はＴＯＢを仕掛けられている立場として報道されるばかりで、大マスコミグループとして抱えているメディア事業者としての問題点についてほとんど言及されていない。先のエントリー記事においても述べたように、今回の騒動を通じて問われているのは、むしろフジサンケイグループ側の成長戦略である。

フジサンケイグループが、フジテレビ、産経新聞を中核にニッポン放送、扶桑社（旧サンケイ出版）、夕刊フジ、サンケイリビング、サンケイスポーツなどを擁する現在のようなメディアコングロマリットとしての形態をつくりあげたのは、独裁者と呼ばれた鹿内信隆の時代だった。
鹿内信隆は財界が主導してつくられたニッポン放送を足場に、当時、拡大経営が祟って経営危機に陥っていた産経新聞に乗り込み、１９６８年には経営権を握り、ニッポン放送を持ち株会社として梃子にしてグループ会社をコントロールするという現在の支配構造をつくりあげた。メディアグループとして見た場合、大部数を誇る新聞を核に影響力のあるメディアコングロマリットを形成した読売、朝日、日経グループなどと比べるとニッポン放送以外は新聞もテレビも競争力に欠け、メディアグループの総合力として明らかに見劣りがしていた。今でこそフジテレビは、キー局の中でもトップグループに数えられているが、鹿内体制の当時、「母と子のフジテレビ」という時代錯誤も甚だしいキャッチフレーズを掲げ士気は低迷していた。視聴率も日テレ、ＴＢＳなどには及ぶべくもなく、振り返れば「すぐそこに東京１２チャンネル（現・テレビ東京）が見える」などと揶揄されていた。

春雄のグループシナジー戦略

こうした状況に転換をもたらしたのが、８５年に鹿内信隆の後を継ぎグループ議長に就任した２代目、春雄だった。「マスコミのトップが世襲制なんて、北朝鮮じゃあるまいし！」と当時は大きな批判を浴びたが、春雄は極めて戦略的な経営センスとリーダーシップを持った人物で、現在のフジサンケイグループのＣＩロゴ「目ん玉マーク」を採用するなど、グループのメディアパワーを連携させることでシナジー力を創出するという大胆な戦略を打ち出した。ＣＩロゴを採用した際には全グループ社員を一堂に集め、小国から身を起こし、天下統一を果たした織田信長に自分を準え「フジサンケイグループは、メディア界の覇権を握ることができる！」とブチ上げたことは、今に至るまで語り草になっている。
春雄のリーダーシップのもと、フジテレビは「面白くなければテレビじゃない！」というスローガンを掲げ、編成力を徹底的に強化することで、視聴率トップの座に躍り出る。１９８７年には、グループの総力を結集した「夢工場」というイベントを大成功させ、春雄の戦略は着々と成果を上げていった。
フジサンケイグループの個々のメディアはどれをとって見ても単独では見劣りするが、グループとしてまとまれば、他のメディアグループには実現できないメディアパワーを創出することができる。逆にいえば、グループ内に突出して強いメディアが無いからこそ求心力が働き、グループパワーとしてまとまることができる。すなわち、弱みを強みに変えることができる。こうした春雄のグループシナジー戦略は、免許事業に胡座をかき、惰眠をむさぼっていた当時のテレビ・マスコミ業界の中では革命的といってもよいものだった。あのまま春雄がフジサンケイグループの総帥としてリーダーシップを発揮していたら、フジサンケイグループは本当に覇権を握れたかも知れないと指摘する関係者は多い。

しかし、悲劇が襲う。鹿内春雄が、４３歳の若さで劇症肝炎によって突然命を奪われてしまったのだ。信隆も悲嘆のうちに世を去り、娘婿の鹿内宏明がグループ総帥として権力を握るが、決定的に求心力を欠き、グループ全体が漂流を始めてしまう。こうした状況に危機感をおぼえ、鹿内家の支配体制を転覆させるべくクーデターを起こしたのが、現日枝フジテレビ会長を中心としたグループであった。

グループの求心力を何によって保つか

こうしたフジサンケイグループの歴史を見てくると、メディアグループとしての出自の原点から、寄り合い所帯としてスタートし、それを持ち株会社としてのニッポン放送を軸にした強力なガバナンスと鹿内独裁体制によってまとめ上げてきたという構図が浮かび上がってくる。映画制作やイベントなど、常にグループがまとまって動くための外部目標（＝お祭り）や鹿内信隆、春雄のようなカリスマリーダーを必要としたのは、そうした存在がなくてはこのグループがすぐにバラバラになってしまうからである。日枝氏らが腐心したのも、「鹿内家」という求心点を葬った後、何によってグループとしてのまとまりを保持していくかということであったはずだ。

鹿内春雄が生きていたら？

こうした問いが無意味なことをあえて承知で何人かのグループの社員に投げかけて見た。彼らが口を揃えて言ったのは、「インターネットに戦略的に取り組んでいただろう」という回答だった。
今回のライブドアｖｓフジテレビの問題とは別の所で、フジテレビ、ニッポン放送の中堅社員の間ではグループの将来戦略について危機感を抱いている人間が少なくない。鹿内春雄が、グループメディアの結集を掲げた時、広告ビジネスの世界では、メディアミックスの手法が全盛となっており、そのグループ戦略は、広告スポンサーなど市場からも大きな評価と期待を生んだ。そして、平成ニッポンのメディア界では、放送と通信の融合が現実のものとなりつつあるが、フジサンケイグループは、残念ながら新しいグループビジョンを描けていないのが現状だ。インターネットが茶の間に入ってくることが時間の問題となった今、ネット戦略を軸にグループメディアを再編し、メディアの融合時代の覇権を握る・・・そうした千載一遇のチャンスが再びフジサンケイグループの目の前に到来しているのではないか。鹿内春雄が生きていたら・・・今頃はライブドアのひとつやふたつ買収し、ネットとメディアの融合の時代に先手を打っていたはずだ・・・そうした思いが、危機感を抱くグループの社員の胸の内には宿っているに違いない。

フジサンケイグループの蹉跌とは、現状の地位に甘んじることで変化を恐れ、新たな成長へのチャンスをみすみす取り逃すことにある。

（カトラー）

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