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テロリズムと日本人

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テロリズムに関する記事を続けてエントリーしているが、マスコミの報道なども含め、日本の中での受け止め方は、どこか「対岸の火事」という風がある。この東京でロンドン規模のテロ事件が発生するのは、もう時間の問題になったと考えているが、わたしたちはそのリアリティを感じることができない。

ここで指摘しておかなくてはならないのは、そもそも今世界で起きている無差別テロのはじまりは、この日本でオウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件であったということだ。

地下鉄サリン事件が無差別テロのはじまり

テロは、いつの時代にも存在したが、そこには暗黙のルールが存在した。一般人が巻き添えになることはあったにしても、テロ行為には常に標的が存在し、テロリストにもある種の倫理が存在したのだ。しかし、オウム真理教の地下鉄サリン事件は、そうしたテロリズムの「常識」を根底から覆した。彼らは、この世界そのものを破滅に導くことで、教祖の終末予言を実現させるという暗い欲動に支配されており、殺すべき標的があったわけではない。その意味で、地下鉄サリン事件は、組織的な大規模な殺戮行為ではあったが、アウシュヴィッツのようなジェノサイド(虐殺)とも本質を異にしている。このテロ事件の渦中で亡くなったり、いまだにサリンの後遺症に苦しむ人々に対しては酷な言い方になるが、人類史上はじめて、大規模で無差別、そしてその行為自体、無意味な殺人が組織的に実行されたテロ事件と位置づけることができる。ビンラディンが麻原彰晃を真似て9/11を引き起こしたとまではいわないが、結果として暴力のある種の相対化がオウムによって行われてしまったことは確かだ。パンドラの筺が開いたのは、この日本においてなのであり、この日本が、世界で進行しているテロ事件と地下水脈のように繋がっている震源地であることを忘れてはならない。

テロに現実味を感じられない理由

けれども、9/11がアメリカ人の心の深層に残した痛手やその後の世界を覆いつつあるテロ事件を身近な現実として、呑気な日本人が理解することは不可能に近い。これには、2つの理由がある。ひとつは、戦後の日本の言語空間ではテロ(暴力)がタブーとして封印され隠蔽されてきたからだ。そもそもテロ(暴力)は、人間に帰属する行為である。人類が誕生して以来、この地球上にいついかなる時代にも存在した。平和といわれるこの日本においてもそれは姿を変えて存在する。確かにアフリカで起きているような内戦や他国との戦争は無いかも知れないが、テロ(暴力)は職場や学校、あるいは家庭において、リストラやいじめ、ドメスティックバイオレンスという陰湿な形に姿を変えて横行している。つまり、この日本でテロは見えないように隠蔽されてきただけなのだが、表向き暴力とは縁がないと考えられている。もうひとつは、宗教の問題である。一連のテロ事件が、米国(キリスト教国)vsイスラムという構図で展開しているために。キリスト教ともイスラム教とも距離のある多くの日本人にとっては遠くの出来事として感じられてしまうのだ。

世界の現実と乖離する日本の言語空間

それは、言い換えると、日本という言語空間の中にいると、現在、世界で進行している現実をイメージすることができないということでもある。
まだ記憶に新しいが、「自分探し」のために単身でイラクに入り、結果的にイスラム過激派に捕らえられて首をはねられてしまった香田青年の事件がその典型だ。死者をむち打つようなことはあまり言いたくないが、彼にはテロリズムに支配された世界の現実が想像もできなかったのだろう。自分の可能性を確かめたいというナイーブで青年らしい純粋な動機を持って香田青年は、バクダットに足を踏み入れたのだが、その日を生き延びることに必死になっているイスラム過激派の連中にとっては、そんな香田青年の「自分さがし」の思いなどは、どうでもよいことだった。対日本政府に対するプロパガンダの材料にできると見るや捕らえられ、さんざん利用された挙げ句、ボロ雑巾のようにうち捨てられてしまった。圧倒的な暴力の前に、ひとりの個人の思いや、人生などは何の力も持たない、それがもともとテロリズムというものだ。

先日の深夜、NHKの教育番組に日本人と米国人の両親を持ち、英語と日本語の両方を母国語のように行き来できるという希有な才能を持つ、作家のリービ英男氏が出演していて、この問題を取り上げていた。彼は9/11テロの際、カナダに滞在して大きな衝撃を受けた。日本に戻り、9/11のことを日本語で表現しようと思ったのだが、どうしても原稿用紙に言葉を著せなかったという。たぶん、この時、リービ英男氏は、暴力と宗教の問題が隠蔽されている日本語の言語空間の外に出る道を探して悪戦苦闘していたのだろうと推測する。

リービ英男氏が、苦しんだ挙げ句にたどりついたのは、300年以上前、松島のことを歌った松尾芭蕉の俳句だった。

島々や 千々に壊れて 夏の海

この句の「千々に壊れて」(Broken into thousands of pieces )という言葉によって喚起される映像が、国際貿易センタービルの崩落の瞬間にシンクロする。
芭蕉の句に詠われているのは、松島の島影を創り出した、自然の圧倒的な力である。それは決して秩序だった優しいものではない。むしろカオスを創り出す暗黒の力のようなものだ。芭蕉は美しい松島の情景の深層に、世界の創造の際に立ち現れる正と負の力のせめぎあいのようなものを見て、それを17字の世界に封じ込んだ。
リービ英男氏が言うように、この句をグランドゼロや9/11の情景に対置して見ると、その暗黒の力が目の前に立ち現れてくる。

(カトラー)


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Comments

いつも興味深く拝見していますが、今回のはどうなんでしょう・・・

まず、オウムによる地下鉄サリン事件が
世界の無差別テロの始まりになったという下りですが
霞ヶ関を中心とした地下鉄沿線を狙っていたと言われていますし
事実、時間も8:40ごろですから
出勤途中の官僚達を狙った、という推測は十分に成り立つのでは?
(もちろん、犠牲者は官僚ではなかった訳ですし、
関係のない数多くの人たちが巻き込まれたということは分かりますが)

官僚を狙ったとした場合、
日本の政治が政治家によってではなく
実質的には官僚によって支配されているという
ある意味、中学生でもわかるようなレベルだとしても
現実的な認識で「標的」を定めていたとは言えないでしょうか?
しかも、その「標的」はまさに「中枢」だったのです。
幸か不幸か・・・

翻って見てみましょう。
9.11テロについては、無差別だったのでしょうか?
いえ、その標的はどれも「中枢」でした。
資本主義世界の、そのまたアメリカの
経済の象徴としての「世界貿易センタービル」
さらには、未遂に終わりましたが
ペンタゴン・・・

その意味では、katoker氏のいうオウムとの共通性も指摘できるのかもしれません。
すべて、中枢だったという意味でですが。
ただし、それは、これまでと同様に「標的」があったのです・・・

そして、現在、無差別テロといわれるものが横行していますが
その実、その目的は同じです。
つまり、民主国家を構成する「国民」を
言い換えれば、「市民」あるいは「有権者」を
恐怖に陥れることによって、支配しようとする
いわば、土台を切り崩すという手法です。
「無差別だ」という意識は、「自分は関わっていないのに、巻き込まれるかも・・・」という意識に根ざします。
「自分は関わっていないのに」、自分が事件に巻き込まれたら
どんな気持ちがするでしょうか?
そこにテロリストの狙いはあります。
「関わっていない」と思っているのに「関わっている」ということで迫害される。
そこに生まれる恐怖感、それが現実にはその国の政治に反映される訳です。
よくも悪くもですが・・・

このように見てくると、別の意味で現在のテロというものの意味が見えてくるような気がします。
つまり、ギリシャ以来三千年近く続く「民主主義」というものへの
根本的な異議申し立てなのです。
どう考えても、民主主義以上に優れた政治制度はない。
異議申し立てをされたところで、他に選択肢はない・・・
ここに今の我々の思考停止の原因があると私は考えます。
そこを彼らは突くのです!

では、なぜ彼らはそんなことができるのでしょうか?
それは、我々の「外側」にいるからです。
「民主主義」や「権利」、「自由」・・・
そういった概念から隔てられてしまったひとびと
いや、正確には、そういった概念をリアルなものとして感じられない境遇にある人たちの間で
(それは主に経済的な意味合いにおいてですが)
「内側」にいる人間たち、すなわち
これまでの価値体系の中で安穏としているものたちへの
「怨恨」が高まるとしても、私は不思議ではありません。

さて、私たちがとるべき方策はあるのでしょうか・・・?

Posted by: maplefield | 2005.08.07 at 12:27 AM

Maplefieldさんコメントをありがとうございます。
今、世界でイスラム過激派が中心となって聖戦(ジハード)の名のもとで行っているテロ行為が、麻原彰晃を教祖としたオウム真理教が行った地下鉄サリン事件を起源にしていると考えられる大きな理由は、オウムやイスラム過激派の人々が宗教的な「造悪論」を是認していると考えられるからです。麻原が唱えたもので「タントラ・ヴァジラヤーナ」という教義があることが知られていますが、グル(宗教的指導者)に対する絶対的な帰依のもと、悪行を悪行と知りつつ行うことは、逆に功徳を積むことになるという考え方です。とんでもない考え方ではありますが、例えば、親鸞も「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」と一種の造悪論を説いています。すなわち、善行を重ねれば往生できると思う「自力本願」の考え方は間違いだ。むしろ悪行を重ねた、業の深い罪人の対してこそ仏の深い慈悲が及ぶのだという「他力本願」が絶対的であると説いています。
だとすると「悪行をした方が救われるのか」という疑問が湧きますが、もちろん親鸞はこうした造悪論が正しいとはいっていませんが、麻原の説いた「タントラ・ヴァジラヤーナ」の教義は、こうした宗教的な議論に沿って考えると決して突飛なものではなかったことがわかります。
思想家の吉本隆明氏は、こうした前提をふまえて、麻原を見くびっては駄目、「麻原の教義を理念的に超えることが必要だ」と指摘しています。 http://my.spinavi.net/yumiyama/index.php?itemid=72  
タントラ・ヴァジラヤーナの考え方は、ビンラディンが自爆テロ(聖戦)を呼びかける際の背景にある、聖戦で死ぬ者は極楽に往けるとするイスラム過激派の思想に酷似していることは言うまでもありません。
ですから、オウムの地下鉄サリン事件は、無差別であったかどうかは、問題ではなく、
今、絶え間なく世界で生じている宗教的テロ行為の先駆けとなったことが重要であり、麻原は、まさに「パンドラの筺」を開けたといってよいのだと思います。
パンドラの筺の寓話では、この世のあらゆる災禍が世界に飛び出していった後に、箱の底に「希望」が残っていたという話で終わるのですが、テロが蔓延しつつあるこの世界に希望が残されているのかどうか甚だ疑問です。

Posted by: katoler | 2005.08.08 at 12:27 AM

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%B2%BF%E6%98%93%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6
地下鉄サリン事件以前の1993年に、WTCでイスラム原理主義者による無差別テロが起こっています。

Posted by: | 2005.08.09 at 01:33 AM

はじめまして。

初めてビジットしましたが、あまりの文章の迫力にただただ感動、脱帽、敬服しました。吸い込まれるように読んでしまいました。

これからもたびたびお邪魔します。

Posted by: 雷電 | 2005.08.18 at 12:41 PM

始めまして。カリフォルニアに住むものです。
911より、ニュースで無差別テロの話題には、事例として地下鉄サリン事件がよく挙げられていました。この度その本質的な所を明確に知ることができました。
中米から不法移民として米国に入り、結婚。2児の母親である友人が911の後、頭を両手でおさえながら「あの人たち(テロリスト)は、私たちの生活を根底から変えてしまった。これで世界中どこにも安全な場所はなくなった。」といいました。
彼女は軍事政権と反対勢力が争う内乱に、人々が苦しめられている国の出身です。いつ、どこで、誰が、誰から、どのように殺されるかわからない。毎日片時も安心できないところから米国に逃げてきました。
戦わずして家族を殺されてはならないと「武器をとる」意味の常識が米国、日本、又彼女の国ではそれぞれ違うと思いました。

[暴力と宗教の問題が隠蔽されている日本語の言語空間」.という的確なお考えと言葉で、今までぼんやりと私の頭の中にに散らばっていた「思い」の破片が、明確に一つになりました。感謝いたします。ありがとうございました。

Posted by: Map | 2005.08.24 at 05:30 AM

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