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見えない敵への恐怖とアメリカンヒーローの変質

batman
スターウォーズ・エピソードⅢと米国のハリウッド映画の大型作品が立て続けに封切られ、いずれも客足は好調のようだ。
別々の意図をもって制作され、本来何の関係もないこの3作品に、共通して色濃く落とされている影のようなものがある。それは9/11以来、アメリカが抱き続けている見えない敵への恐れだ。

自爆テロという行為が人々に恐怖を与えている大きな理由は、その行為に及んだテロリストの姿が見えないことだ。テロの現場に駆けつけて見ると、憎しみを向けるべきテロの犯人の姿はもはやそこになく、ただ壊れ果てたビルの残骸と敵か味方かもわからない肉片が散らばっているばかりである。
テログループの犯行声明やメディアが垂れ流す犯人の顔写真をいくら見ても、そこには現実の手触り感のようなものが失われていて、その喪失感が果てのない恐怖につながっていく。
9/11以降のアメリカの行動は、まさにこうした恐怖にかられて、逃げ水のように目の前から遠ざかる敵の姿を追い求め狂奔した過程と見ることもできる。テロとの戦いを宣言して、ビンラディンを追ってアフガニスタンを攻撃し、さらには攻撃の矛先をイラクにまで向けて、かろうじてフセインを捕らえたものの、アメリカ人の心に巣くった恐怖感は消え去ることはなかった。ロンドンではテロリストと疑われた通勤途中のブラジル青年が、テロとは全く何の関係も無く丸腰であったにもかかわらず、警察の手によって無惨に撃ち殺されてしまった。ロンドンの警官たちをそうした行為に走らせたのも、実は見えないテロリストへの恐怖である。

消えることのない見えない敵への恐怖

H.Gウエルズの古典的なSF作品をスピルバーグが映画化した「宇宙戦争」では、異星人によって数百万年前から地中に埋め込まれていた殺人マシーンが、ある日突然起動し、容赦のない殺戮を始める。映画の後半では「ET」と「エイリアン」を足して2で割ったような、思わず笑いを誘われるような風体の異星人が登場し、映画全体を台無しにしてしまうのだが、それでも前半は、地球侵略を数百万年前から計画していたという姿の見えない異星人の視線を感じて観客は恐怖させられる。それは、9/11の同時多発テロで国際貿易センタービルが、次々と崩落した際に、ビルの内部にテロリストによって密かに爆薬が仕掛けられていたという憶測がしばらく消えなかったが、その時に人々が感じていた恐怖に通じるものがある。

9/11同時多発テロは、アメリカ人の心、文化までも粉々に砕いてしまったといわれる。砕け散った心のピースを拾い集め、ジグソーパズルのように元の絵を回復させようと、多くの人々がカウンセラーや精神分析医のもとに駆け込んだ。外向的で陽気、ハッピーエンドしかありえなかったハリウッド映画のヒーローも例外ではない。
バットマン・ビギンズでは、バットマンというアメリカンコミックのスーパーヒーローは、自らの運命を呪い、苦悩して見せ、まるでシェークスピア劇の主人公のようにさえ見える。
この映画でまず描かれているのは、バットマンは如何にしてバットマンとなったのか?という問いかけである。主人公が幼少時代に受けた心理的なトラウマ(恐怖)や修行によってそれを克服していく成長過程が描かれる。そして、心に抱く恐怖に打ち勝つ意志を持ち続ける者こそ「バットマン」なのだと、アメリカンヒーローとしての再定義がされる。別の言い方をすれば、バットマンというスーパーヒーローにまで「私は何者か」という反省や自意識を付与することが必要なほど、アメリカの抱えている恐怖と悩みは深いともいえる。

再定義されるアメリカンヒーロー

スターウォーズ、エピソードⅢでも、同じような自意識が影を落としている。
バットマン・ビギンズの場合と同じく、悪玉のヒーロー、ダースベイダーが如何にして暗黒世界のフォースに取り込まれ、ダースベイダーになっていったかという、その起源が描かれる。アメリカの掲げる「正義」なるものは輝きを失せ、その輪郭は今やどうしようもなく曖昧になってしまった。そして、アメリカの「正義」がかつての輝きを失ったのとちょうど同じ分だけ、「悪」なるものにも理由づけが必要になっているのだ。
善、悪を隔てる壁は思いのほか低く、心のありようで「正義」と「悪」は入れ替わってしまうものなのだという世界観が示される。こうした映画を作ることは、実はハリウッド映画の自家撞着といえるかもしれない。アメリカこそ正しいという悩みのないアメリカ的価値の流布宣伝装置こそがハリウッド映画であったからだ。

しかし、ハリウッド映画は、過去や自分の起源をふり返らなければ、もう一歩も先に進めなくなってしまった。CGと有名俳優の高額なギャラに無駄金ばかりを注ぎ込んだ勧善懲悪の電気紙芝居など、もう飽き飽きしたと誰もが言い始めているからだ。こうしたハリウッド映画の変質の背景に存在するのは、現在をリニアに延長させた所に常に新しい未来が存在すると考える、アメリカ的な時間感覚、楽観主義の崩壊であろう。

「アメリカ人とは一体誰なのか」
「アメリカが憎まれるのは何故なのか」
「アメリカの正義や悪とは一体何なのか」

そう問わなくてはならなくなったのは、9/11とそれに続くテロリズムの時代にあって、「見えない敵」の恐怖に苛まれることになったからといってもよい。アメリカの視線は、もうかつてのように単純に未来に向かうことはないのだ。

アメリカの威信と技術力の復活を印象づけるはずだったスペースシャトルの打ち上げで、結局、人々の関心は、損傷した耐熱タイルの問題に集中してしまったように、アメリカの自意識は、未来に向かうよりも過去のどこかに置き忘れてきてしまった何かを探すことに必死である。このことは良くいえば、アメリカが歴史上初めて「歴史」を発見しつつあるといえるのかも知れない。しかし、同時にそのことは、この国が数々のヒーローを生み出しながら力を誇示した幸福な壮年期が終わり、心に巣くう恐怖や醜い自画像と向き合わなくてはならない、老醜の時代に入りつつあることを示している。

(カトラー)

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コメント

はじめまして。
【アメリカが歴史上初めて「歴史」を発見しつつあるといえるのかも知れない。】というのは、まさに正鵠を射た意見だと思います。
アーサー・C・クラークの「地球幼年期の終わり」ではないですが、アメリカは(ここから)進化できるのでしょうか・・。

投稿: 花ふぶき・てんちょう | 2005.08.08 22:45

花ふぶき・てんちょうさん
コメントありがとうございます。野口さんが搭乗していたディスカバリーは、無事に帰ってくることができてホッとしています。でも、今回は、断熱材のはみ出しやら、何やらといろいろボロが出たことばかりに注目が集まり、未来への「夢」が感じられませんでしたね。

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