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カジュアル・ポリティクスとエロテロリストの不思議な関係

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上海で買ってきた、Shanghai Tang(上海灘)のおしゃれな「人民帽」のことが、気になっていたのだが、雑誌ソトコトのコラムニスト「にむらじゅんこ」さんから、共産党グッズをファッション化していくようなトレンドが、上海や香港を中心としたムーブメントとして存在し、「カジュアル・ポリティクス」と名付けられていることを知った。

カジュアル・ポリティクスの流れは、中国のヤングエグゼクティブなどスノッブな連中の間で人気を呼んでいるようだ。にむらさんも上海の旧フランス租界地区に借りている古いアパートメントの部屋の壁全体を共産党カラーの真紅色に塗ってしまったというからスゴイ。共産主義とPOPアートが奇妙に共存するカジュアル・ポリティクスの世界。考えてみればこの奇妙な世界こそ、改革開放後の矛盾を矛盾のまま抱え込んで驀進する中国の今を最も象徴的に表現しているイメージといえるだろう。

ルーツとしてのウォーホールの毛沢東

こうした表現のルーツを辿っていくと、アンディ・ウォーホール(Andy Warhole )が描いた毛沢東のシルクスクリーンの肖像画に行きあたる。この作品は、1972年にニクソン大統領が中国を訪問した直後に制作されたが、POPな色彩の毛沢東の肖像がシリーズの連作としてのこされている。今、この作品をあらためて眺めていると、ウォーホールは、中国とアメリカという、本来は決して混じり合うはずのない両者がシャム双生児のように交接することになる未来を、この時点で予見して作品を制作したのではないかと思えてくる。
この作品は、制作された当時、何らかの政治的なメッセージが込められているのではないかと様々な憶測を呼んだ。というのも、中国では、その頃、あの悪名高い「文化大革命」の大波がようやく終息しつつあったからだ。60年代後半から毛沢東の指示によって始まった文革運動において、毛沢東思想を狂信的に信奉する紅衛兵によって膨大な数の文化人、知識人が弾圧を受けた。文革の過程で虐殺されたり行方不明となった人々の数は、中国全土で数百万人にも達したといわれている。日本軍が引き起こした南京大虐殺による犠牲者が数十万人といわれているわけだから、この数字が如何にトンデモないものであるかがわかるだろう。
ウォーホールは、当時の毛沢東やそれに接近しつつあったアメリカ政府に対して言葉による非難こそ浴びせはしなかったが、この絵には、明らかにウォーホールのしたたかなメッセージが込められている。文革の下で、中国全土に毛沢東思想のプロパガンダのための大量のスローガンポスターや毛沢東の肖像画がばらまかれたが、ウォーホールが意図したのは、イコン化(聖像化)されていた毛沢東のイメージを神の座から引きずり下ろすことにあっただろう。毛沢東のイメージをパロディによって茶化し、色々いじくり回してシルクスクリーン作品として複製して並べて見せることで、毛沢東の肖像画も、同じ手法で制作されたキャンベルの缶スープやマリリンモンローのイメージと同様、現代においては大量に複製され消費されるイメージのひとつに過ぎないことを示したのだ。

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抵抗表現としてのカジュアル・ポリティクス

ウォーホールの戦略が正しかったことは、文革から30年が経過した、21世紀の中国で立証された。
にむらさんによれば、上海あたりでは文革時代のポスターや毛沢東グッズがインテリアグッズやファッションアイテムとして珍重され、高値を呼んでいるという。「上海」ブランドを世界に向けて発信しているShanghai Tangの店頭で「人民帽」や「人民服」は、最先端のファッションとしてカラフルに生まれ変わり、そこに文革時代の暗い歴史の影を見いだすことは困難だ。けれども、あえて指摘しておきたいのは、そうした「カジュアル・ポリティクス」の表現の底流には、明らかに中国共産党の「権力」や「権威」に対する抵抗意志が巧妙に埋め込まれていることだ。
カジュアル・ポリティクスがブームとなり、気がついて見ると、毛沢東や中国共産党の権威がおもちゃにされている状況が生まれたわけだが、天安門事件を先導した学生たちを徹底的に弾圧した、さしもの中国共産党も、毛沢東グッズに「カワイイ」と嬌声を上げる中国の若者たちや日本人を取り締まるわけにはいかないだろう。そして、こうしたカジュアル・ポリティクスに同調するような感性を持った人々が、中国社会の内部にシロアリのように増えていくことによって、中国共産党が依拠している「権威」という大木は、内側から空洞化し、最後は朽ち果てるに違いないと想像している。それは、中国共産党が信奉してきた「神」が、カジュアル・ポリティクスを生み出した中国の新しい消費カルチャーという「神」にひれ伏す瞬間といいかえても良い。

中国共産党の「権威」を空洞化させる

中国政府が隠蔽し続ける人権問題などを外部から糾弾することも重要だが、カジュアル・ポリティクスによって、共産党のイデオロギーが依拠している価値体系そのものをファッション化=無化させてしまうことの方が、中国社会を変質させ、進化させていく上では、ひょっとすると有効な手法なのかも知れない。この先、中国政府が、その危険性に気づきカジュアル・ポリティクスに「頽廃文化」というレッテルを貼って糾弾し始めるかも知れないが、第二の文革を企て、それを指導することなどはとてもできない相談だろう。中国全土、あるいは全世界に出回っているカワイイ毛沢東グッズ、共産党アイテムを取り締まることなどできるはずがないからだ。

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このように考えてくると、カジュアル・ポリティクスとは、その内側にかなりの棘と毒を孕んでいることがわかる。
昨年の9月、台湾と中国本土の間にある金門島で、中国を代表するモダンアーティストの蔡国強がプロデュースして、アートパフォーマンスが繰り広げられた。金門島に設置された砲台のトーチカの中にベッドを持ち込み、エロテロリストを標榜するインリンを起用して、毛沢東と蒋介石の骸骨とベッドインさせるというパフォーマンスを行った。トーチカには、文革の標語「造反有理」を文字って「情愛有理」(愛こそ正しい)と皮肉ったスローガンが掲げられていたという。こんな棘と毒であれば、大歓迎だ。

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インリン・オブ・ジョイトイというタレントは、日本のTVのバラエティー番組などにもセクシータレントとして登場しているが、並みのお色気タレントではない。売れたらもう裸は見せませんという、そこいらの姑息な巨乳タレントとはひと味違うのだ。金門島のパフォーマンスイベントでやったように、身ひとつでどこにでも飛び込み、パフォーマンスして見せるというのが、エロテロリストとしての彼女の真骨頂である。
インリンが開設しているホームページというのが、なかなかスゴクて楽しめるのだが、ナントこちらはロシア共産党を下敷きにしたパロディ仕立てになっている。

カジュアル・ポリティクスの地下水脈は、ウォーホールから発して、上海のヤンエグやエロテロリストにまで脈々と繋がっていた。

(カトラー)


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Comments

宗教が世俗化してより広い世界に受け入れられるという力学も同時に働きますよね。

私らの世代はYMOの意匠でこういう流れを感じましたが、もちろん中国共産党統治下の中国本土でハイサラリー層やファッションリーダーの人民によって消費される日が来るとは感慨深いものがありますね。

Posted by: トリル | 2005.08.17 at 01:22 AM

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