私ハ火ニナッタ
仕事&飲み仲間の大手広告代理店のSさんの奥さんが亡くなったという、突然の訃報が飛び込んできた。41歳の若さだった。聞けば、乳ガンを患い、いったんは手術によって回復したものの、転移が進み、手をつくしたにもかかわらず帰らぬ人となってしまった。その間の闘病生活は長きにわたっていたようだが、生来うかつな性格の私は、日頃のSさんとのつきあいからは、そんな事情を全くうかがい知ることができなかった。
Sさんと彼を囲む男たちは、業界でも指折りの仕事師集団で、今時の広告代理店では珍しい体育会系のノリでガンガンと仕事を回している。クライアントへの提案作業には、正しく命がけで臨む風があり、2,3日の徹夜などはあたりまえ、新たなアイデアが生まれたりすると、卓袱台をひっくり返すように、やっと作り上げた提案書をハナから作り直しなどということもしばしばであった。Sさんはその中で、時に暴君ネロのようにも映るのだが、卓越した問題解決能力と統率力で、軍団をひっぱっている。私は密かに敬意を込めて、彼らを「たけし軍団」とよんでいた。
駆けつけた通夜の焼香の祭壇には、奥さんの小さな写真が置かれていた。優しい面差しをした美しい人だった。
「たけし軍団」を率いる暴君ネロをいつもこの人が遠くから見ていたのだ、そんな思いが頭をよぎった。
通夜から帰ってきて、谷川俊太郎の詩が思い浮かんだ。
私ハ火ニナッタ
燃エナガラ私ハアナタヲミツメル
私ノ骨ハ白ク軽ク
アナタノ舌ノ上デ溶ケルダロウ
麻薬ノヨウニ
谷川俊太郎「女に」より
合掌
(カトラー)
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