カリスマ雑誌「リアル・シンプル(REAL SIMPLE)の上陸
米国で創刊後わずか4年で、150万部を発行するまでに急成長を遂げた「REAL SIMPLE(リアル・シンプル)」の日本版が創刊され、売れ行きが好調だ。関係者によると完売ペースで推移しており、そうなれば、創刊号で20万部をこえる、日本の雑誌業界では久々のヒットといういうことになる。
米国版を以前にも何度か見たことがあったが、米国の女性に支持を得ている理由はよく理解できた。米国版の中心読者層は、30代の働く女性である。衣食住のそれぞれの分野における生活上のヒント、TIPSがコンパクトな文章とキレイな写真によってスマートにデザインされている。一言でいえば「働く女性のためのライフスタイル誌」という範疇に分類されるのだが、、かつて「ライフスタイル」という言葉が持っていた、押しつけがましさがこの雑誌にはないのが良い点だと思えた。結果として「シンプルで健康な生活を送りたい」というメッセージをこの雑誌は発信しているのだが、提供しているのは、あくまで知的な生活実用情報であって、イデオロギーではない。日本でいえば、「暮らしの手帖」的、消費者運動をやっているようなオシャモジおばさんや、女の自立を叫んで部数を伸ばした「クロワッサン」のような、団塊おばさんたちがイメージするような「生活」とは、一線を画すものだ。
リアル・シンプルは日本で成功できるか?
このリアル・シンプルが日本で成功できるかどうか疑問視する声もあった。第一に生活文化のレベルは、さまざまな面で日本の方が上である。「シンプルで健康的」といったら、米国においてはメッセージ性を持つかも知れないが、日本ではどの女性誌、生活情報誌でもやっているテーマで、それ自体に目新しさは無い。特に、食べ物については、米国版に掲載されいたレシピは、確かにシンプルだが、私が見ても容易に味が想像できて、サプライズがない。日本の女性たちならなおのこと、こうしたレシピ情報に対しては耳年増になっているはずで、とても日本では通用しないと思えた。ウォールマートが西友を買収して日本で商売をしようとしてもなかなか米国流ではうまくいかず、逆にセブンイレブンを買収して日本流にバージョンアップした業態で米国で成功しているのを見てもわかるように、早い話が、日本の消費者を「米国スタイル」というメッセージや手法で幻惑できるものではないということだ。
前置きはさておき、実際に日本版「REAL SIMPLE」の出来はどうなのかと、本屋で買い求めて読んでみた。
結論からえいば、良くできていると思った。広告会社向けに、試作版というのが今年の春先に出回っていたのだが、それに比べる数段、創刊号の内容は良くなった。米国版で実現されていることが、いったん日本の編集者によって咀嚼された上で、日本の読者に向けて再実現されているという印象を持った。編集長は、石川栄子さんといって、フィガロジャパンの元編集長で、編集スキルには定評がある。
「日本の皆さんに共鳴してもらえる楽しいREAL SIMPLEの世界はどうすれば実現できるのか。それを見つけ出すために、ここまでかなりの時間をかけてきました。米国のオグトロップ編集長とも情報交換を欠かさず、何度も試行錯誤を繰り返しながら、あるべき姿を探ってきたのです」
と石川氏も創刊の弁で述べているように、その手法を咀嚼し、日本向けに焼き直しするのには相当の苦労があったことが推察できる。
幕の内型ではなく、江戸前鮨型の雑誌づくり
日本の雑誌は多くは、幕の内弁当型といってもよいだろう。有名タレントのインタビューや特集などメインのオカズを中心に他の副菜やら箸休めやらが並ぶ。女性誌であれば、これに加えて「星占い」が必須であるというような定型パターンがあると信じられてきた。これに対してREAL SIMPLEのスタイルが新しいのは、「幕の内弁当」ではなく、きちんと仕事がされた「江戸前鮨」にも喩えられるからだ。ひとつひとつのコンテンツが、江戸前鮨のようにコンパクトで並列的である。しかも、そのひとつひとつにきちんと仕事がなされていることが求められる。メインさえ良ければ、後は何とかなるという、これまでの編集者の態度では通用しない。どこから拾い読みされても、それなりに情報価値が感じられるというコンテンツ構造を実現するためには、ネタ(情報)を料理する人間には、「定食屋のオカミ」ではなく、「江戸前鮨の職人」になりきることが求められる。
また、日本の生活情報誌や女性誌は、ダイエットネタに代表されるように、ベタな内容のものがほとんどだったから、そこから距離感を保ち続けられるかというのも大きな課題だろう。REAL SIMPLEで紹介されているのは、ベタな生活ネタというよりは、本当は、現実の生活では実現されていないけれど、ちょっと努力をすれば手に入るかも知れないと思える、「オシャレな生活」情報である。ただ、これは、下手をすると現実味の感じられない情報にもなりがちである。
REAL SIMPLEではなくVIRTUAL SAMPLE?
創刊号の案内DMに、リアル・シンプルのコンテンツの一例としてワインラックを雑誌のラックとして利用するというTIPSが写真とともに紹介されていた。カトラー家の奥様がこれを一瞥して、例のシニカルな調子でひとこと「ウチにはワインラックだってありゃしないんだから、こんなのわが家では所詮無理、必要ないわよね」。
ここで彼女が私に同意を求めたということは、実は現在のカトラー家のライフスタイルとそれをもたらしているところの私に対する言外の非難に他ならない。この家庭内の出来事についてREAL SIMPLEに何の責任も無いことは承知しているが、あえていわせてもらえれば、読者の生活感の水準を見間違えると、この本全体が、REAL SIMPLE(リアル・シンプル)ならぬ、VIRTUAL SAMPLE(ヴァーチャル・サンプル)になってしまうことだろう。
よけいなお世話かも知れないが、老婆心ながらこの点も留意されたしと言っておきたい。
(カトラー)
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コメント
ずっと気になっていて創刊号をやはり買いました。率直に言えばカタログ雑誌か、雑誌の付録がそのまま雑誌になってしまった感じがし、思い描いていたイメージとはちょっと違いました。それにもまして広告の多さが気になりました。価格も安いと思わせた結果がこうなのかもしれませんが、その広告の多さに「シンプルさ」は一掃された印象でした。僕はカトラーさんが仰るシンプルさよりもまさに「アメリカの」シンプルさを実感したかったかもしれません。マーサスチュアートはその点イメージがそのまま日本版に転化(てかそのままか)できたように思えましたが、残念ながら…。
投稿: grounder | 2005.11.09 17:02