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スマート・アパートメントが目指すアパート市場のパラダイムシフト

renewal_room_small 都市の住宅インフラの中で「暗黒大陸」のような存在といわれるのが、「アパート」である。

1960~70年代、多くの若者たちが東京や大阪などの大都会をめざしたが、そうした都市流入者の受け皿として大量に建設されたのが「アパート」だった。90年代の土地バブル時代には、相続税対策と土地活用の手法として、やはり大量のアパートの建設ラッシュがあった。借金をしてアパートを建てれば、相続発生時の相続税が軽減でき、しかも、ハウスメーカーなどが、土地オーナーに対して入居者の有無にかかわらず賃料の6割程度を保証するという、「家賃保証」のシステムを始めたことで、地方都市も含め全国で一気にアパートの建設が加速した。

いわゆる団塊 ジュニア世代が、アパートの入居者として賃貸市場に存在していた時期までは、こうしたシステムはなんとか維持できていた。しかし、少子化によって借り手が 減少、また新築分譲マンションの供給が急拡大したために、需給バランスが崩れ、アパートの空室率は全国平均で10%を超えている状況だ。東京近郊の街を歩 けば、まだ建築間もないのに、一見して入居者が無いことがわかるアパートが増えている。今や「アパート経営受難の時代」といっても過言ではないだろう。

宇都宮のアパートをリフォーム

 

このブログにも何回か登場していただいている慶応義塾大学 SFCの渡邊朗子助教授が中心となって「スマート・アパートメント・プロジェクト」と いう取り組みを始動させた。渡邊先生は、建築とITの融合領域「空間知能化(スマート空間)」のオーソリティとして数々の共同研究を主宰する一方で、建築 家として一般住宅やオフィスの設計デザインを手がけている。日頃は、最先端のオフィス空間などをデザインしている渡邊先生が、一転、宇都宮の古くなったア パートのリフォームデザインに取り組んだという話を聞いて驚いてしまった。

聞けば、17年前に建設されて、陳腐化してしまい、入居者がつかなくなったアパートの空間をリフォームして再生するのが目的だという。さっそく完成した部屋を見に宇都宮に飛んだ。

 

家賃を下げても入居者がいない

 

「研究対象」のアパートは、宇都宮市の住宅街にあった。地元のセキスイハイムが17年前に建設した鉄骨造の1Kのアパートだ。建設当時は、4万円の家賃で入居者が確保できたが、周辺地区にアパートやマンションが増え、今では25千円にまで家賃を下げたが、それでも借り手がつかないという「限界物件」である。

渡邊先生は果敢 にもこの限界物件に挑んだ。「鉄骨造の建物なので躯体はしっかりしています。スケルトン・インフィルの考え方で、中の空間を自由にデザインしてみました」 というだけあって、扉を開けた瞬間、シャビーなアパートの固定観念しか持っていなかった私にとって、驚きの空間が広がっていた。まず、天井が高い。何故か と思ってよく見ると、天井板が取り払われ、鉄骨が剥き出しになっており、そこにオシャレなスポットライトが輝いている。さらに驚かされたのは、バス&トイ レだ。

befer_after_bath この部屋には、もともとは、あの悪名高いユニットバス&トイレが付けられていたのだが、それらは取っ払われて、タイル張りのホテルのようなシャワールームにかわっていた。

 

統一感のあるデザイン

 

渡邊さんがデザインした「スマート・アパートメント」の空間が、既存のアパートとは全く異なるのは、室内の色彩、デザインがともに統一されていて、そのことによって1Kながら大きな広がりと豊かさが感じられることだ。統一感を出すために、クローゼット(移動式:写真)やキッチンもオリジナルで作られていた。

欧米では、家具付きのアパートメントなどが珍しくない。同様に、日本のアパートも機能を重視して、借り手のニーズに合わせて、さまざまな個性のある空間を提供していくことが、アパートが生き残っていく唯一の道であるような気がする。kitchen_web

 

アパート市場をシフトさせる

 

アパートも含め、日本の賃貸住宅全般が、持ち家までの「繋ぎ=仮住まい」と考えられていて、空間や機能に対するこだわりのある物件がほとんどない。その結果、アパート選びには、賃料と立地・日当たり・・・といった選択の軸しか存在していないのが現状だ。

渡邊さんら「スマート・アパートメント・プロジェクト」のメンバーが目指しているのは、そこに新たに「機能」という軸を入れて、新たな選択肢を住み手に提供することで、既存のアパート市場をシフトさせようとする大胆な取り組みである。

今回の宇都宮の1Kの案件で実現した新たな空間のデザインコンセプトに加え、ITを活用したセキュリティ重視型のアパートや映像対応型のアパートなど、さまざまな開発アイデア生まれている。2DKをベースにした第2号、3号案件も近々完成するという。

宇都宮の古びたアパートの1室で始まった取り組みが、ひょっとすると、これまでのアパート市場を根底から変えるかもしれない。

 

(カトラー)

「smart_apartment_shift_for_blog.ppt」をダウンロード

スマート・アパートメント・プロジェクトBlog → http://blog.goo.ne.jp/asap2005/

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コメント

こんにちは。

今回のお題を拝見させていただいて、なぜか
小津映画の「お早う」を思い出しました。

映画の中では、テレビの購入が家族の一大関心事。世の中が変わって、世の中の流れに無意識に沿っていく普通の人々。

高度経済成長のころも、バブルのころも、そして今も、普通の人々は、日々のことで精一杯。制度や仕組みがどんどん変わるなか、消費しなきゃ、節約しなきゃ、あれやこれや。

「お早う」の頃と違うのは、もう有り余るほどのモノが必要以上に作られては捨てられていること。
そのモノに使われいる資源には限りがあって。

そして、10年先、20年先、100年先の暮らしってどんな風?
どんなになっていたらいいんでしょう。

そんな、目に見えないところのことまで、考えることがもっとできたら。

見た目のモノのかたちだけでなく、もし廃棄するものが出たときのこと、もっと長く使えるようにすること、そんなことを考えることができたら。

目先の税金対策で建てられた沢山のアパートたち。
でも、このプロジェクトで住む人も快適になって、長く住めて、結果として廃棄物を大量に出すことなく、再生できたらいいですよね。

投稿: norinono | 2006.02.23 13:49

norinonoさん、コメントありがとうございます。
目に見えないところまで考える能力のことを想像力と呼ぶのでしょう。自分も含め、見えないものをイメージする力が社会全体で低下しているように思えます。
陳腐化した大量のアパートが、これからゴミになっていき、地域がスラム化していくことをイメージすると、かなり怖いですね。
問題はそうしたイメージを持った上でどうするのかということですが、イメージを持たなければ、物事は変わりませんが、イメージするだけでも動きません。
このプロジェクトもそうですが、再投資とリターンのバランスをとって、経済合理性のある実行プランに落とし込んでいくことが重要になるのでしょう。

投稿: katoler | 2006.02.24 02:01

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受信: 2006.02.23 17:26

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