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書評:パリで出会ったエスニック料理

4907818777 このブログに何回か登場しているにむらじゅんこさんが、雑誌ソトコトで3年間にわたり連載していた「パリで出会ったエスニック料理」が単行本(木楽舎刊)として出版された。ソトコトに連載中から、彼女の文章のファンだったのだが、読み返して見て、あらためて色々なことを考えさせられた。

「我々日本人には島国根性 が染み付いていて・・・」というような言い方で自嘲気味に語ることがよくあるが、そうして自虐的な言い方をすること自体が、互いの傷を舐めあって日本人で あることを確認しあっているような風がある。自分の姿を映す鏡張りの部屋に閉じ込められて堂々巡りをしているような状態から一歩外に出るべきだとずっと感 じていたのだが、この本を読めば、著者のにむらさんが、そうした鏡の罠の外に踏み出した数少ない日本人であることがわかるだろう。

「私の好きなパリは、小脇にフランスパンを抱えたボーダーシャツにベレー帽のハンサムでも、エレガントな高級ブランドに囲まれたセレブでもない。異文化に近づき、そこからハイブリッドを生もうとするエネルギーを持つパリが、私の好きなパリだ。・・・」(前書きより)

現在、パリの人口は約 220万人だが、その14%が外国人や移民で占められる。サッカーワールドカップのフランス・ナショナルチームがジダンをはじめとして移民の子弟たちで占 められているように、パリはエスニック・タウンになっているのだ。にも関わらず、日本のメディアは相も変わらずステレオタイプ化したパリのイメージを垂れ 流してくる。そうした鏡張りのイメージ空間に閉じ込められていることさえ多くの日本人は気づかずにいる。
にむらさんは、そうしたステレオタイプ空間の外に踏み出し、そのことによって射し込んでくる眩いばかりの光の下、「食」というレンズを通じて、様々な民族(エスニック)が多様な文化を持ちつつ共存している姿を万華鏡のように見せてくれる。

<著者インタビュー>

katolerパリのエスニックに注目したのは、どんなきっかけからですか。

にむら:高 校生まで静岡で暮らしましたが、建設現場などで肌の黒い外国人労働者を見かけるようになり、怖いと思ったことを憶えています。そんな私がフランスの大学に 留学して、フランス語の教室に通ったのですが、そこに様々なエスニックの人々が居て、まさにカルチャーショックを受けました。自分もフランス人から見れ ば、日本人というエスニックであることを強烈に自覚させられたわけです。色々いやな事や危ない経験もしましたが、パリの人々が私という人間を受け入れてく れたことを心から感謝しています。特に移民の人々との交流に心に響くものがあり、フレンチ・レストランも好きですが、気がつくとエスニックレストランに通 うようになっていました。パリ在住の女性カメラマン浅野光代さんとも、ぜひ、パリのエスニック料理を日本の人たちに伝えたいねと意気投合し、この企画がは じまりました。

Katoler日本にいるとブランドショップや、セレブ・レストランの話ばかりで移民やエスニック料理がパリで存在感があることが伝わってきません。

にむら:そ うですね。パリには現在、エスニック料理の店が約1万店あるといわれています。パリの人口の14%が、外国人、移民で占められているので、それも当然なの ですが、そうした情報が全く伝わっていないのは、いびつな感じがします。3年間のソトコトでの連載の間に1000店を超えるエスニックレストランをしらみ つぶしに食べ歩きました。もう1回やれといわれても、ちょっとできないと思います。だから、この本は頭脳じゃなくて私の胃袋と足で書いたものなんですね (笑)。

1000店のエスニックレ ストランを回ってみて、エスニック・フードは「闘うゴハン」だと感じています。さまざまな理由で、故国を遠く離れてパリに流れ着いた移民の人々が、自分た ちの文化やアイデンティティを必死に守っているのがエスニック・フードなんです。日本からやってきた私のような女の子が彼らの店で「オイシイ」というと、 心から喜んでくれて歓待してくれました。ゴハンというのは、人間同士がコミュニケーションするには最もよい媒体なのかも知れません。

Katoler世界の終わりが来るとして、最期の晩餐でエスニック料理を食べるとしたら、にむらさんは何を食べますか?

にむら:うーん、やっぱりクスクスかしら。クスクスというのは、独りで食べるものではないんですね。大ききなお皿に盛って、みんなで分け合って食べる。世界が終わる時には、愛するひとたちと一緒にいたい。

Katolerこの本には「出向いた国の数だけ恋もまた多きファンタスティック・レディ」とプロフィール紹介されていますが、出向いた国は何カ国ですか?

にむら:出向いた国は、30カ国程度ですが、恋の数はノーコメントです。

 

パリで出会ったエスニック料理」 は、表の顔はカワイイ、エスニックレストラン・ガイドという体裁をとっているが、単なるグルメガイドと思ったら大間違いだ。この本は一級の文学作品として 読みかえることができると思っている。それは、この本の著者が、パリの移民たちと、「食」によって通じあっていく姿自体が、明治以来、強固に構築されてき た「島国日本」という幻想から脱け出て、新しい日本人の感性が生まれつつあることを宣言していると思えるからだ。

例えば、以下のような文章を読めば、私たちが見たこともない心象風景に彼女が出会っていることが理解できるだろう。

「カ ボヴェルデ。大西洋に浮かぶ10の島からなる小さな国存在をご存知だろうか。この国はかつて、アメリカ大陸やインドに出かける長い船旅のトランジットだっ た。元ポルトガル領地で、無人島だったこの島にアフリカ人を無理やり移住させてできたという。「緑の岬(カボヴェルデ)」という名前とは裏腹に、風が吹き すさぶ乾燥しきったこの島々は、いつの時代の世間からも隔離された寂しい所だった・・・」(第2章 漂泊するカボヴェルデ人のサウダーデより)

Africa_nw_1829 何百年もの間、誰からも顧みられたことのなかった、このカボヴェルデと いう島で、入植したポルトガル人、奴隷として連れて来られた西アフリカ人の血と文化が混じりあい、独特の洗練されたハイブリッドな音楽と食文化が生まれた という。パリのカボヴェルデ料理の食堂で、にむらさんは、まだ見ぬ、荒海に浮かぶ国の歴史とその国の漂泊する人々の心情にまで思いを馳せるのだ。

この本には、パリに流れ着 いた亡命者、難民など祖国を失った人々や、このカボヴェルデのように誰からも顧みられることのない国の人々など、日本のメディアが伝えるステレオタイプ化 した華やかなパリのイメージからは、およそかけ離れた人々が登場してくる。そして、そうした者たちに向ける著者の眼差には、限りない共感と優しさが宿って いる。

こうした眼差しを得ることができたのは、彼女自身がまた、仏語、英語、中国語を操り、1年の2/3 以上を海外で暮らすという異邦人(エトランゼ)、まれ人としての生き方を20代から続けてきたことによるのかも知れない。ただ、誤解してほしくないのは、 彼女の眼差しの優しさとは、人類愛とかコスモポリタニズムと呼ばれているようなものとは明らかに異なっていることだ。

「ホ テルの接客係という意味でよく使われている“コンシェルジュ”というのは、もとは修道院で来訪者に鍵を渡す人たちを呼ぶ言葉だったのだが、パリでコンシェ ルジェといえば、もっぱらポルトガル人のおばさんたちだ。彼女たちはアパルトマンの1階に住み込み、郵便物を受け取って届けたり、廊下や階段の掃除をした り、ごみを出したり、来訪者を案内したりする仕事をこなす。私が以前住んでいたバスティーユのアパルトマンにもポルトガル人の、ファティマさんという名の ふっくらとした60代のコンシェルジュがいた。・・・彼女は母性的な人で『ちゃんとご飯をたべているか』だの『今日は雨になるから傘をもっていきなさい』 とか、当時一人暮らしの学生だった私に毎朝晩と声を掛けてくれたものだった。・・・・別のアパルトマンに引っ越して1年ほど経った頃、このアパルトマンに ふらっと寄って見るとファティマさんは消えていた。・・・・『さよなら』も言わずに私たちの目の前から消えてしまったファティマさん。そんな彼女が郷愁を 慰めに行くレストランが『サウダーデ』だった・・・」(第2章 パリのコンシェルジュたちのサウダーデ料理より)

パリの移民たちは、寄る辺 無き浮き草のように流れていく。その多くが、故郷の国から見捨てられた、あるいは逃れてきた人々だからだ。そうした彼らが、故郷を想いひとときの慰めを得 るために集うのがエスニックレストランであることが、彼女の文章から伝わってくる。日本語にも「一期一会」という良い言葉があるが、ひとが、もし「別れ」 から人生や人との出会いを見返すことができれば、この本に登場してくる移民の人々が持っている優しい眼差しを、ひょっとすると手に入れることができるかも 知れない。

「海 を超えて、どこから来た客人も手厚く迎えるホスピタリティを持っているカボヴェルデ人には、国籍や人種といった身分は無意味でナンセンスなものなのだ。広 すぎる海に囲まれた虚無の島で、何世紀にも渡って、人間愛を音楽にして歌いながら生きてきた彼らには、共存という叡智が生まれる前から備わっているのだろ う。・・・・カボヴェルデという国は、神様がつくったユマニテの実験室だったのかもしれない」(第2章 漂泊するカボヴェルデ人のサウダーデより)

確かに神様は、神の名のもとに行われている殺戮も含めて、この地球上で様々な実験を行っているのかも知れない。でも、カボヴェルデの人々のように虚無を抱えなければ、ユマニテ(人類愛)に辿りつけぬようにしたのだとすれば、随分と残酷なことをしたものだと思う。

(カトラー)

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Comments

レストランのガイド本と思ったら、実に強いメッセージがこめられていました。パリにクラス移民の人々のアイデンティティを、レストランの食事から探るにむらさんの視点は実に素晴らしいですね。

Posted by: Kazuko | 2006.07.01 at 10:22 PM

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Posted by: martha stewart recipes | 2013.06.30 at 02:42 AM

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