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フラット化する東京と上海② 看板の無いカフェと上海の蝶の小さなはばたき

Noriko_cafe 上海が列強から植民支配を受けた租界時代、フランスが統治した「フランス租界」と呼ばれる地域が、上海の西南地区に広がっている。当時植えられたプラタナスの並木や、ヨーロッパ風の建築が残っていて、パリの街角を思わせるような独特の景観を見せている。その旧フランス租界地区に一軒のカフェがある。看板はなく、名前を「「小小珈琲舘(シャオシャオ カフェグワン)」」という。

店主の代田法子(のりこ)さんは、無印良品でマーチャンダイジングの仕事をした後、上海に渡り、この小さなカフェを始めた。店名やホームページからもわかるように、のりこさんは「小さくあること」にいつもこだわっている。
小小珈琲舘が面している「紹興路」という通りは、出版社や学校なども立ち並び、他にもオシャレなカフェがある静かな文教地区。のりこさんのカフェに看板がない理由は、近くに住んでいる共産党の幹部が、この地区にカフェが増えることを好ましく思っていないため、大っぴらに看板を出すことが憚れたからだという。でも、ここを訪れる誰もが、彼女のカフェには看板がないほうが似つかわしいと思っている。「何か秘密結社みたいでしょ」と笑いながらのりこさんは説明してくれた。

メディアよりもクチコミが信用される

中国では、メディアが統制下にあるためか、活字やメディアが流す情報が信用されていないという。むしろクチコミが大きな影響力を持っていて、雑誌を見て、女の子たちがカフェめぐりをするというようなことはここではあまり流行らない。看板も出さずにいて、お客が来るのだろうかと余計な心配をしてしまうのだが、のりこさんのカフェにも、クチコミでアメリカ人、日本人、フランス人と実に様々な国籍の人々が顔を見せる。欧米人や日本人だけではない、地元の上海の女の子たちも小小珈琲舘の雰囲気に惹かれて集まってくる。ここに居て感じるのは、時や場所を越えて同じ感覚同士の人たちが繋がっているという共時性の感覚だ。全てリサイクル品を活用したというテーブルや椅子が雑然と置かれた、このカフェのガランとした空間の感覚やそこに流れる時間。そうしたものを心地良いと思う、さまざまな国の人々がどこからともなく現れる。だからだろうか、彼女の周りの人々は、彼女との関係を「同志」と表現する人が多い。というと、ますます「秘密結社」めいてくるが、珈琲を飲みにいったら、何かの主義主張を吹き込まれるわけではないのでご安心を。のりこさんが優しい笑顔で迎えてくれて、店にはいつも珈琲の香りと静かな音楽が流れている。

リニアな因果律では説明できない現象

「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで竜巻が起こる」というカオス理論の言葉がある。一羽の蝶の羽ばたき(ミクロのゆらぎ)が、予想もつかない結果(マクロの大勢)を生み出すという意味で使われているが、もともとは、60年代に気象学者のローレンツが発表したもので、初期値をほんの少し変えるだけで結果が大きく変化してしまうこと、この世界は、リニア(線的)で単純な因果律では説明できないということを表現していた。
流行現象などもこのカオス理論で説明される場合がある。例えば、ルーズソックスの大流行は、渋谷センター街のひとりの女子高生が始めたといわれているが、その伝播の仕方や経路をリニア(線的)にトレースすることは不可能だ。事実、このファッションは、渋谷で大流行したのではなく、いったん茨城の水戸に飛び火して広がり、そこから同時発生的に全国に波及したのだという。世界がフラット化するというのは、人々の意識のレベルが一致して、物事が共時的に進行するということを意味する。上海の街を歩いたり、のりこさんのカフェでお茶を飲んでいる時に感じるのは、このフラット化した世界の感覚だ。

上海では、今、たくさんの小さな蝶がはばたいている。小小珈琲舘もそうした小さなはばたきを起こしている「上海の蝶」といえるのかもしれない。今は小さなはばたきに過ぎないかもしれないが、そのいずれかが、きっと東京やアジアで大きな竜巻を起こすに違いないと予感している。世界中を見渡して、蝶のはばたきを竜巻に変じさせるようなマジカル(魔術的)な場所として上海ほど似つかわしい都市はないないだろう。

上海の蝶たちのはばたき

小小珈琲舘のホームページに、このカフェのテーマストーリになっている寓話が紹介されている。
心に染みるとても良い話なので、ぜひ読んでみてほしいのだが、私はこの話から、昔読んだマーケティングの教科書に出ている「小さな池には大きな魚が棲んでいる」という言葉を思い出した。小さくはばたいていれば、ことによると大きな竜が飛び出してくることもあると夢想することは楽しい。

<小小珈琲館の小さなストーリー>
One day in the morning, a tourist saw a fisherman who had just got off his small boat.
He went toward to the fisherman to speak with.
‘Hi, How was the today’s fishing?’
‘Not so many fishes though, it’s enough.’
‘Are you going to finish working today? It’s still in the morning.’
‘Yes, I’m going to the bar as usual to chat with my friends, and then have lunch with my family.’
‘Why don’t you work longer? If you did, you would be able to catch more fishes’
‘But, what’s for? It‘s enough.’
‘Ok, please listen. I have much skills and knowledge of expanding business.
If you worked longer, you would be able to get more fishes.
If you get more fishes, you would be able to buy a bigger boat. This is more and more fishes you would catch them’
‘If I caught more fishes, what would be happen?’
‘You would be able to hire some people, and then you would install a fish tin factory. And then, you would be very rich!’
‘And then, what would be happen?’
‘Well… You would buy a house by the seaside, drinking beers, spending more time with family and friends’

(カトラー)

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うどん屋「釜竹」の外観が入った動画映像を追加しました

投稿: マルセル | 2006.08.10 14:28

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