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フラット化する上海と東京③ カワイイ上海の発見

Kawaii_shanghaiトマス・フリードマンの近著「フラット化する世界」の中で、世界をフラット化する10の動因のひとつとしてGoogleのことが、取り上げられている。
「世界中のあらゆる情報にあらゆる人々がアクセスできるようにする」ことを企業のミッションとしているGoogleにとって、フラット化とは、「情報の民主化」を意味している。
その象徴的な取り組みが、「Google Print for Libraries」と呼ばれる2004年12月に発表されたプロジェクトである。

米ハーバード大学、英オックスフォード大学、米ニューヨーク公立図書館の蔵書を一冊づつスキャニングして、そのデータをネット上にアップすることによって、人類の知の集積全体にアクセスできる検索データベースを構築するというGoogleらしい野心的な取り組みだ。知識や情報は長い間、学者や僧侶など知識人・専門家の占有物であった。しかし、Googleに代表されるサーチエンジン・テクノロジーの登場によって、ネット上に存在するコンテンツであれば、古文書だろうが最新の学術論文だろうが、女子高生の書いたブログの文章だろうが、横並びにして誰でも瞬時に検索できるようになった。その結果、稀少性を前提にした知識や情報のヒエラルキー構造は根本から揺らぎ始めている。

感性の分野で進むフラット化

Kawaii_shanghai_2 情報だけではない、感性の分野でも「フラット化=民主化」が進行しつつあるというのが今回の記事のテーマだ。
例えば、「知識・情報」と同様、「美」も稀少性に基づくヒエラルキー構造、体系を形作っている。美とは稀なもの、得難いものであり、審美家や権力・財力を持った者が、芸術家のパトロンとなって美を占有した。世界中から美術品を略奪、蒐集したナチスドイツが美的国家を標榜したように、美とはもともと、排他的ナショナリズムやファシズムと結びつきやすい。自分と異質なものを「醜」として排除・差別すること自体が、美が美であることに根拠を与えるからだ。それゆえ、美が人種・国家イデオロギーと結託すれば、容易にファシズムや狂信的ナショナリズムを強化する装置になってしまう。
「美しい」に対して「カワイイ」という感覚がある。今やカワイイ(Kawaii)は、アニメキャラクターや村上隆のアートを通じて日本発の美意識として、世界を席巻しつつある。「カワイイ」感覚の不思議なところは、それが排他的ではなく、むしろどんどん拡張して異質なものを取り込んでいく美意識である点だ。例えば、「カワイイ」は、「醜」を排除しない。「キモカワイイ」という言葉を創りだすことによって自分の方を変化させて、醜い存在と思われるものもカワイイの範疇に取り込んでしまう。
昭和天皇のことを「カワイイ」と評した女流作家が右翼から顰蹙をかったが、カワイイという言葉に不敬を感じた右翼の言語感覚は実は正しい。なぜなら、カワイイとは、対象を愛でつつ、全てのヒエラルキー構造を否定して、横並び(フラット化)にさせてしまう神話作用を持つ呪文だからだ。

「カワイイ」という呪文の神話作用

「カワイイ」という呪文の伝道師は、アニメやゲーム、キティちゃんと一緒に育ち、消費文化の申し子といわれる日本のコギャル女子高校生たちだった。彼女たちが、ひとたび「カワイイ!」とこの呪文を発するや、そこに巨大な消費市場が生まれた。タマゴッチ、プリクラ、ルーズソックスと次々とコギャル商品がヒットし、背広のオヤジたちは「カワイイ」商品づくりに躍起となり、原宿や渋谷を闊歩する女子高生たちをアドバイザーにして、彼女たちが巫女のように託宣した言葉をもとに商品が企画され売り出された。

「カワイイ」とは一体何なのか?その実体を意味論的に解析しようとしても迷路に迷い込んでしまうだけだろう。重要なのは、「カワイイ」価値観が、背広のオヤジ(企業)たちが押し付けてきた商品メッセージやブランドに対して、コギャル(消費)側から、匕首を突きつけるように向けられたカウンターカルチャーとしての美意識だという点だ。メディアや広告から毎日のように垂れ流されてくるメッセージを家畜のように受け容れるのではなく、自らの美意識を商品世界に対して逆にアップローディングする「小さな反逆」と表現してもいい。コギャルたちは、自分たちの親の世代がブランド品に血道をあげ、消費の泥沼にはまっていく姿を横目に見ながら、小遣いの範囲で手にいれられる「カワイイ」ものたちを自分のセンスだけをたよりに「検索」する術を身につけていった。別の言い方をすれば、消費情報の洪水の中で育った彼女たちが、その洪水を溺れずに泳ぎぬくための術として身につけたのが、「カワイイ」という呪文だったのではないか。
それは、インターネット上に溢れかえる膨大な情報の海の中で、「検索」というアップローディングな行為が必要になったことにちょうど対応している。検索されたキーワードの背後に、その言葉を検索した大勢の人々の無意識が塊となって存在しているように、「カワイイ」という言葉が発せられた瞬間に、この呪文によって同じ美意識を共有する膨大な少女たちの姿が連なって見えてくる。「カワイイ」という言葉が、常に人々の集合的な無意識を媒介し、消費者目線、生活者目線に立っている点が「美しい(きれい)」と表現される場合との本質的な違いだ。

上海に浸透しつつある「カワイイ」感覚

French_shanghai今や、世界で最も巨大な消費市場と成りつつある上海においても「カワイイ」感覚が浸透しつつある。そのことは、上海の消費市場が高度化しつつあることを同時に物語っているだろう。
このブログで、1ヶ月程前ににむらじゅんこさんの新著「パリで出会ったエスニック料理」を紹介したが、そのにむらさんが、今度は「フレンチ上海」(平凡社刊)という本を出された。「華洋折衷」の独自の文化的発展を遂げた旧フランス租界地区に関する歴史と、中国の新しいトレンドの発信拠点になっている今の姿が紹介されている好著だが、この本を読めば、「カワイイ上海」を発見することができるだろう。
中国が日本や欧米の列強に支配された租界時代、フランスに統治された「旧フランス租界」地域は、摩天楼が立ち並ぶ外灘(ワイタン)地区等とは全く異なる発展を遂げた。経済や軍事力では、英米に太刀打ちできないと考えたフランスは、文化政策を重視し、ソフトパワーでフランス租界を統治するという戦略をとった。そのおかげで、旧フランス租界地域には、プラタナスの並木や下水道などの生活インフラ、パリ風の建築物などが立ち並び、生活者目線の「カワイイ上海」が生まれた。こうした遺伝子は、現代に至るまで受け継がれ、上海に海派(ハイパイ)と呼ばれる独自のライフスタイルを生み出している。

「フランスが上海にもたらした最たる貢献は、フランス語でいうところのArt de Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)の観念ではないかと思います。・・・あえて翻訳するならば『生きざま』『人生を楽しむ心がけ』・・・・『生活を芸術としてとらえる術』というような意味になるでしょうか。・・・・そしてこの上海風アール・ド・ヴィーヴルが『海派(ハイパイ)』と呼ばれる、日常を楽しむ工夫や好奇心に満ちた上海スタイルを生み出し、コスモポリタンでモダンな上海の文化を育んでいったのです」(フレンチ上海より)

社会主義中国において上海が「中国にして中国にあらず」といわれてきたのは、遡ればフランス租界時代にその源が求められる。「日常を楽しむ工夫や好奇心に満ちた」ライフスタイルが「カワイイ」感覚を受け容れる土壌になったのだ。
上海で14年間暮らし、上海の美容・ファッション情報にめっぽう詳しいスタイリストのmiwaさんによれば、上海の20代の若い女の子の間では、日本の女の子と同じような「カワイイ」メイキャップが流行し、カワイイ感覚は、若い世代の間で既に共有されているという。彼女たちは、日本発のカワイイキャラクターが描かれた飲料水「Qoo」を飲み、回転寿司やラーメンを日常的に食べ、日本のアニメや少女漫画などにも詳しい。日本語は読めなくても「ノンノ」などの雑誌の写真を見て、ファッションを研究しているのだという。
既に上海と東京では、女の子たちが同じ目線でカワイイ感覚を共有する時代に入っているのだ。

(カトラー)

関連記事:キモカワ論~気持ち悪いとカワイイのあいだ~

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コメント

フラット化する世界の中で、いつの間にか「可愛い」という価値が、本来持っていた意味以上に豊かな?価値基準になってきている、というのは面白い発見ですね。
冷笑主義と関係ありそうですね。
・・・とすれば、マスコミの既存権力に対する態度が、そのまま視聴者のマスコミに対する態度に転嫁しつつある事との関係も考えてみるべき時かも知れませんね。
「TBSって可愛い」とか有り得るのかな?

投稿: トリル | 2006.08.15 18:15

はじめまして。にむらじゅんこさんの「フレンチ上海」をたどっていてこちらに参りました。
トラックバックさせていただきました、どうぞよろしく。

投稿: kadoorie-ave | 2006.08.23 03:11

Good post. I learn something totally new and challenging on websites I stumbleupon everyday. It's always exciting to read through articles from other authors and practice something from their web sites.

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