外こもり時代のバックパッカーたち
旅行作家の下川さんと久しぶりに築地で飲んだ。
下川さんは、今やバックパッカーたちの教祖的存在といわれ、「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー以来、アジアと旅に関して多数の著書がある。
「12万円で世界を歩く」というのは、1980年後半、当時の週刊朝日がグラビア特集で組んでいた連載企画で、旅費、生活費として12万円だけ渡され、実際にその予算で世界を旅して、その一部始終を紀行文にまとめたものだ。「もともと僕のほうから持ち込んだ企画だから、文句はいえないんだけれど、編集部は取材費として本当に12万円しかくれないんだよね」と下川さんが笑いながらぼやいていたことを思い出す。
下川さんの本を久しぶりに本棚から取り出して読み返してみた。この手のルポルタージュは、10年も経つと、内容がセピア色になってしまって、とても 読めたものではないのだが、驚いたことに16年前に出版された、本の内容には古びたところが全くない。そこでレポートされているのは、シベリア鉄道でユー ラシア大陸を横断し、現地の人々も敬遠するような安宿を泊まり歩くような旅だから、もともとセピア色で、今更、色褪せようもないということもあるのだが、 貧乏旅行の極限のような状況で、その日を生き延びるために格闘する下川さんの姿が、なんともいえない自虐的ユーモアを醸し出していて、古典作品を読むよう な深い味わいがある。
グローバル化?でも減少するバックパッカー
この本に触発されて、世界を歩き始めた「バックパッカー」たちがたくさんいる。下川さんの連載が始まった後、テレビ局がこの企画をパクリ、猿岩石というタレントが世界を貧乏旅行するという番組も放映され評判を呼んだ。
今は、グローバル化がさらに進んだ世の中だから、貧乏旅行はともかくとしても、たくさんの日本の青年たちが世界を旅しているのだろうと思って尋ねると、下川さんからは意外な答えが返ってきた。
「日本人のバックパッカーは、90年代に比べるとすっかり減ってしまった。でも、今が普通の状態でむしろ当時の状況がバブルに近かったと考えている」
海外に出る若者たちのモチベーションも変わった。僕らが学生の頃は、小田実の「何でも見てやろう」や沢木耕太郎の「深夜特急」 を読んで触発され、世界に対する好奇心から海外放浪する連中がいたものだが、今、海外に出ている日本の青年で目だっているのが、「外こもり」といわれる若 者だそうだ。
海外での外コモリの増加
外こもりとは、ひきこもりをそのまま海外でやっているような若者のことをいう。下川さんが1年の1/3以上を過ごしているタイでも、ホテルとコンビニとネットカフェを行き来するだけで、タイの人々とほとんどコミュニケーションを持たない若者たちが増加しているという。
「日本でひきこもっていると、周りからのプレッシャーもきつい。タイに来れば、生活もし易いし、とやかくいわれることもないからね」
2004年の10月にイラクのバクダッドに入り、武装ゲリラに捕らえられ、殺害されてしまった香田青年の事件は記憶にまだ新しい。この事件の3ヶ月 前にNPOのメンバーとジャーナリストの3人組が捕らえられ、日本国内では「自己責任論」という奇怪な議論が巻き起こり、バッシングの嵐が吹き荒れた。こ れに対しては、とんでもねえ議論をするバカ連中ばかりだと頭にきていたが、香田青年が捕われた時には、正直、そのナイーブさに違和感を感じて、「自分探し をした挙句に首を切られてしまった」とこのブログにも書いた。
香田証生さんは最後のバックパッカー
実は、下川さんは、この香田青年の足跡を丹念に追って、「香田証生さんはなぜ殺されたのか」という本を昨年出している。下川さんに会った後、この本を読んだのだが、旅のプロとしての下川さんの目が、この事件のすみずみまで行き届き、旅人としての視点から香田青年の事件の本質を鋭く突いた素晴らしい本である。
下川さんは、香田青年がバクダッドに行く前に語学留学していたニュージーランドの状況から追跡を始めるのだが、そこは、日本以上に管理され、去勢さ
れた人工的な環境であったことが明らかにされる。安全だがのっぺりとしたニュージーランドの人工空間とバクダッドで彼を襲った死の間にある落差を、下川さ
んは丹念な取材と旅人としての経験、想像力で埋めていく。この本を読んで良くわかったのは、香田青年が世界に対する好奇心から、リスクを承知で未知の場所
に飛び込んでいく若者らしい感情を持っていた人物であったということだ。安全で管理された空間から、周囲にも嘘をついて、まずイスラエルに飛び、アンマン
に入ってから反対を押し切ってバクダッドに向かっていった彼の心の襞を下川さんはひとつひとつ明らかにしていく。
確かに、旅人としては未熟で、ナイーブだったかも知れないが、下川さんは、旅人の心をこう書き記す。
「文章を書くうえでは先輩にあたる作家がインドを旅していた。・・・中略・・下川、知っているか。先月、ひとりの日本人がラダックで死んだんだ。な んでも、半年ほど前、そいつはカルカッタにいて、ひとりの日本人から『空がきれいだった』って聞いて、ラダックへ行ったらしい。どうも肝炎だったらしいん だ。それがラダックで悪化してな・・中略・・旅人は死ぬために旅を続けるわけではない。未知の土地への好奇心が渦巻き、言葉を失うほどの風景への憧れのな かを歩いているにすぎなかった」
香田青年も死ぬために旅をしていたわけではない。「空がきれい」というだけで見知らぬ土地に憧れて流れて行くような旅人の心を持ち合わせていたにす
ぎない。バックパッカー自体が減り、海外に出ている若者たちにも「外こもり」が増えている現象にも見られるように、知らない国を訪ねていく旅のエネルギー
そのものが低下している。そうした今の若者たちの中にあって、香田青年は天性の旅人の資質を持った、最後のバックパッカーだったのかもしれない。
事件当時、香田青年が、取材やNPO活動ではなく、明確な目的を持たず「観光」目的でバクダッドに入ったことが非難の的になったが、下川さんはそのことについても、このように香田青年の心情を代弁する
「旅とはそういうものなのだ。確かな目的もなく、知らない国に分け入っていく。旅はそれでいいはずだ」
アフガニスタンのような戦地にも、あえて「観光ビザ」(=観光目的)だけで入っていく「旅人」下川裕治だからこそ言える言葉だろう。この言葉を得て、最後のバックパッカー、香田青年の無念も少しは報われたかも知れないと思う。
新世代の旅人たち
香田青年との対比で、「今の若い奴らは~」式の議論をするつもりはない。外こもりだろうが引きこもりだろうが、日本という人工空間の中にだけいることに疑問を持ったら、どんどん外に出てみればいいのだ。 そうした若い世代の旅人で面白いのが、サクシャことさくら剛さんの「中国初恋」という紀行文サイトだ。インドに旅したことを題材に「インドなんて二度と行くか!ボケ!!」という本も出版された。まずはウェブサイトを読んでみることをオススメするが、笑える。
旅した土地に感情移入することを拒否しつつ、旅を続けるというのも屈折していて面白い。引きこもり、外こもり世代が、バックパッカーになると彼のような文章が生まれてくるのだろうか。こうした文章を読むと、外こもりも捨てたもんじゃないぜという気分になってくる。
(カトラー)
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コメント
欧米系のパッカーは相変わらず多いのかな?
中央アジアとかは昔と比べて、一人で彷徨くには危ないような気もするけど。
投稿: トリル | 2006.08.31 18:49
欧米でもバックパッカーは減っているようです。米国などでも、バックパッカー(貧乏旅行)のブームがあった後、所得レベルが上がると、海外に出て行くという若者の情熱は下火になってしまったようです。9.11以降は、おっしゃるようにアメリカ人は危なくてアジアやイスラム圏を一人旅などできない状況かも知れませんね。
逆に、上海やバンコクなどに住み着く「不良外人」は増えているようです。
投稿: katoler | 2006.09.03 01:32
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