「ワールド・トレード・センター」とハリウッド映画の敗北
公開後の米国での観客動員数やこの作品に対する評判は、まあまあのようだが、オリバー・ストーンのファンからすると、この作品には失望を感じざるを得ないだろう。というのも、これまでのストーンの作品に見られた「社会批判」の目がこの作品では、すっぽり抜け落ちてしまっているからだ。映画は、9.11テロが発生した時に、強い使命感を持ち、命を賭して被災者の救出に向かった湾岸警備局警察の警官が、ビルの崩落によって生き埋めになり、救出されて九死に一生を得るまでの過程を描いている。
2886名の犠牲者と20名の生存者
2886名にものぼる犠牲者を出した9.11テロだが、崩落したビルの瓦礫の中から救出された生存者は、わずか20人だったという。この映画に描かれた2人の警官は、その18番目、19番目にあたる実在の人物で物語のモデルになっている。彼らが救出されるまでの家族の祈り、限界状況の中で助け合う人々の姿が過剰な感情移入を抑えつつ丁寧に描かれている。その限りにおいては、好感の持てる作品なのだが、見終わって、われわれが観たかったのは、こんなことだったのだろうかという疑問が残ってしまう。ヨーロッパの批評家たちは、この作品にアメリカ合衆国および9.11の中の人々が肯定的に描かれていることを捉えて、「オリバー・ストーンは国家主義者(ナショナリスト)に転向した」と批判している。
先日、筑紫哲也のニュース23で筑紫のインタビューを受けて、ストーン自身はこうした批判に対して「9.11があまりに政治的に扱われ手垢にまみれてしまったから、もう一度この事件を人々のもとに戻すことが必要だった」とこの作品の意図と自分の立場を説明していた。しかし、明らかにこの説明が破綻していると思えるのは、ここで描かれている「人間ドラマ」は、9.11が舞台でなくても成立しえただろうということだ。早い話が、ワールド・トレードセンターを舞台にしなくても、例えば、阪神、淡路地震でもよい、他の天災などを映画の背景、素材としても、ほとんど同じことが描けただろう。
ハリウッド映画は米国の夢を紡ぎ出すイメージ装置
21世紀の暗く苦い幕開けを告げ、米国の歴史に深いトラウマを遺した9.11を映像化、映画作品とすることは、誰かがやらなくてはならないことだったかも知れないが、同時に、ほとんど無謀な企てといってもよいものだった。
あの日から全世界のメディアが繰り返し流し、全世界の人々がスペクタクル(見世物)のように目撃した、2つのタワーにハイジャックされた旅客機が衝突する映像、そして、ワールド・トレードセンターがバベルの塔のように崩落していく瞬間の映像は、今後も人類の歴史に深く記憶されるものであり、どんな映画作品、VFXも決してこの映像を超えることは出来ないだろう。 ハリウッド映画は、アメリカ合衆国という国家の可能性、正当性を紡ぎだすイメージ装置として存在してきた。描かれるものは、例え何であっても、それは常にアメリカ合衆国という国家の成功イメージを無意識に体現していた。だからこそ世界の人々は、ハリウッド映画に憧れを持ち続け、「ハリウッド映画はハッピーエンドばかりだ」とバカにしつつも、人々を圧倒的に魅了し、熱狂させる、その力を認めざるをえなかったのだ。
テロ映像を超えるイメージを創り出せない
オリバー・ストーンも、クリエーターとして、映画の力で、9.11を乗り越えるという野心を密かに持っていたのではないか。しかし、あの日を境に全世界に繰り返し流されたテロ映像を超えるイメージなど、結局は創り出せないことは最初から明らかだったはずだ。その意味では、オリバー・ストーン監督の「ワールド・トレードセンター」とは、ハリウッド映画が、遂に現実を超えて夢を紡ぎだす力を喪ってしまったこと、別の言い方をすれば、アメリカの想像力をついに現実が追いこしてしまったことを象徴しているのかもしれない。それはそのまま「ハリウッド映画の敗北」をも意味する。
テロ映像を超えるイメージを紡ぎ出せなかったために、映画の中では、意図的に、テロ映像は拭き取られ、代わって瓦礫の中に埋もれた「人間ドラマ」の映像が延々と垂れ流されることになった。その「人間ドラマ」自体をあえて否定する気はないが、それをもって9.11という歴史的事件を語らせることは不可能であり、むしろ本来の物語を隠蔽させるように働いてしまう。
未だ語られぬ死者たちの物語
その理由は簡単だ。オリバー・ストーンがこの作品で描いたのは、9.11テロでわずか20名だけ生き残った生存者の物語だった。しかし、未だ語られていない、2888名にのぼる死者たちの物語がある。
では、死者たちの物語は、どこにいってしまったのか。それは、今もイラクで、北朝鮮で、あるいは、この日本で、全てが決着つかぬ形で進行中である。決着がついていないから、誰もそれをノスタルジーとともに思い出したり、映画という形で距離をおいて見ることができない。そのことは、ル・モンド・ディプロマティークが編纂した以下の年表を見れば、誰の目にも明らかに映るだろう。
2001年9月11日から5年(年表)
(ル・モンド・ディプロマティーク編集部)
繰り返し言おう、9.11には、未だ語られていない、死者たちの物語がある。何も語られぬまま死者たちは、この世界を彷徨っており、彼らの無念や苦しみは昇華されることがない。
死者たちをして、その歴史を語らしめよ。
(カトラー)
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コメント
これを観て、木口こへいや爆弾三勇士を思い出しました。
悲劇を浄化させようという意図がミエミエ。
広島・長崎の原爆と同様、決着はつけてはいけない問題です。
投稿: 悲劇 | 2006.10.18 06:43
9.11は、天災ではなく、テロでした。テロである以上、政治的背景があり、死んでいった人たちも、単なる犠牲者ではなく、殺されたのです。悲劇さんがおっしゃるように、広島や長崎の原爆と同様、なぜ、彼らは殺されなければならなかったのかと問続けることが、重要であり、そのことは生き残った人間の義務だと思います。
投稿: katoler | 2006.10.19 00:56
初めまして、katolerさん。長文失礼します。
この「WTC」は手放しで感動できない為、考えさせられる物があるようですね。「9.11が舞台でなくても良かった」との意見はよく聞かれますね。色んな規制・圧力があったのかも知れません。私はDVDで鑑賞予定なのですが、ストーン監督は「テロが起きた」と断定して描いているのでしょうか? ←これが私が気になっている点です…。 一方で10日まで重要な生還者のロドリゲス氏が来日していました。(リンク参照)
http://harmonicslife.net/Blog/2006/JimmyWalterTVAds/comm_william.wmv
ツインタワー崩壊したのは「火災が原因」とする公式報告書が一般認識ですが、計画的な「制御破壊でビルは爆破された」と言及する、9/11ドキュメンタリー映画「LOOSE CHANGE = ルース・チェインジ」が大人気なのをご存知でしょうか? ディラン・エイブリー青年監督の作品が、世界中で意識変革を起こしています。日本でもようやく10月末にDVD上陸。「無料ネット配信」も決定したとの事。
これを観ると「911映画」の見方も180度変わってしまうかも知れません…。最新NYタイムズ+CBSニュースの調査では16%のみが政府の911発表を忠実に信じています。「MATRIX」的な要素のある日本語版表記=「ルースチェンジ」の波紋+詳細は下記BBSの「9月21日」を。↓ これがNHKも報じない9月11日のNYでの「真実を求める」デモの4分動画。
http://www.911podcasts.com/files/video/TalkingAboutaRevolution.wmv
尚、投稿内容やリンク先とは利害関係はありません。
http://rose.eek.jp/911/
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/idx/?mycategory_id=31024
http://8136.teacup.com/empire/bbs
投稿: White・Rabbit | 2006.10.22 23:57
White Rabbitさん、はじめまして、コメントありがとうございます。
9.11でっち上げ説については、以前、週刊Spaなどで取り上げられていたので、知っていましたが、DVDが制作されるほどの話になっているとは知りませんでした。
でも、どうなんでしょう。WTCに旅客機が体当たりしていったのは紛れもない事実ですし、全てをでっち上げということは、相当無理があると思いますね。あれだけのビルが跡形もなく粉々に崩落したということなどが、あらかじめ爆弾が仕掛けられていたことの心理的根拠になっているようです。私も当時、同じ印象を持って、あらかじめテロリストによって時限爆弾などが、仕掛けられていたのかも知れないと考えたりしましたが、建築の専門家の意見などを聞くと、ジェット燃料が高温で燃焼したことでスケルトン(骨組み)が、溶けて崩落し、それがドミノ倒しのように連鎖して、全体の崩落に繋がったという説明を受けて納得しました。こうした説明の方が説得力があるように思えます。
投稿: katoler | 2006.10.24 11:45
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