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手紙と鉛筆のこと

Gojuon_original_pencil_photo パソコンやプリンターが無かった時代は、年賀状や手紙の類は皆手書きだった。
しかし、今では家に届いた賀状を見ても、ほとんどがプリンターで印刷されたものになった。時たま、達筆な筆書きの賀状を見つけると、何か忘れていたものを思い出させられたようでドキリとさせられる。

200通あまりの賀状を書くのに、以前は数日を要していたが、今は、住所録のデータを修正して、プリンターの印刷ボタンを押せば、ものの数時間で出来上がる。確かに便利にはなったが、時間をかけて手紙・葉書をしたためていた頃に比べると、心の込め方、相手との心の通い合いは明らかに希薄になったように思える。メールのコミュニケーションも便利であることに違いはないが、手紙の行間を読むとか、返信がくるまでの間、相手のことを思い、考える時間の余裕が無くなった。携帯メールにいたっては、ネット空間を反射的に飛び交う軽口の塊であり、後々読み返すような代物ではない。

鉛筆で字を書く機会がめっきり減った

文字についても同じだ。字が下手なので、文字を書くこと自体がストレスで、ワープロがこの世に現れたときには、真っ先に飛びついたくちなのだが、気がついてみると鉛筆や万年筆で文字を書く機会がめっきり減った。私と同様に世の中には悪筆な連中がたくさんいるが、たいていの場合、本人が思っているほどヒドイ字を書いているわけではなく、周囲の人々は、下手な字を見ても、その本人の個性ぐらいにしか考えていないようだ。最近の賀状を眺めていると、どれも同じような整った文字面であり、悪筆が減った分だけ面白味がなくなったように感じられる。とはいえ、だったらもう一度手書きに戻るかと問われれば、そこまで自分の悪筆にこだわるほど図々しくはない。

ひょっとすると、「手紙と鉛筆」は、このまま時代が進むと、幾世代か後には博物館行きになってしまうかも知れない。

昨年の秋、「宇佐見英治氏を偲ぶ会」という小さな集まりがあって、そこで芥川賞作家の堀江敏幸氏の話を聞く機会があった。宇佐見英治氏は、仏文学者、詩人として知られ、スイス出身の彫刻家ジャコメッティの日本への紹介者でもあるが、5年前に84歳で亡くなった。堀江氏は、40代で私よりも年下だが、生前の宇佐見氏と手紙を通じた交流があったという。宇佐見氏の著作に対する批評を雑誌「すばる」に書いたのがきっかけで、書簡を通じたやりとりが始まった。親子以上も年の開きのある文学者同士の手紙を通じた交流の思い出が、堀江氏の口から披露されたわけだが、その話を聞いていてほとんど嫉妬に近い感情を抱いた。

「今の自分には、こうして手紙をやりとりすることで、互いの気持ちや考えを分かち合うことのできる相手がいるだろうか」

便利さや効率の影に隠れて、手紙をやりとりするという、ゆったりとした時間が、いつしか忘れられてしまった。ひょっとすると、私の手元に残されたのは、瞬間芸のような、軽口(チャット)のやりとりとその中で移ろっていく薄っぺらで即時的な人間関係だけではないのか。

危機感抱く郵政公社のキャンペーン

手紙が過去の遺物になるかも知れないという思いを抱いているのは、私だけではなく、誰よりも手紙を届ける郵便事業によって成立している郵政公社が危機感を持っているようだ。秋元康などを起用して「手紙ドキドキプロジェクト」(tegami.ne.jp)を立ち上げるなどして、手紙の見直しキャンペーンに躍起になっている。しかし、こうした取り組みも、死期の近い老人に対する延命策のようなものにすぎない。手紙は、いずれは過去の文学や昔の恋物語の世界に登場するだけののものとなり、滅びてゆく宿命にあるのだろう。
事実、年賀状の販売枚数も、メール等にシフトする人々が増えて、長期低落傾向にある。今年の元旦に全国で配達された年賀状の数は、19億1900万通で、前年に比べて6.7%減少した。

Gojuon_shop_7 銀座で見つけた五十音という名の文具店

銀座4丁目に、「五十音」というボールペンと鉛筆の専門文具店がある。店主の宇井野さんが、鉛筆とボールペンが大好きで、その思いだけで開いてしまったようなお店だ。銀座の天賞堂の裏手、表通りから路地裏に入ったタイムスリップしたような空間に「五十音」はひっそりと佇んでいる。
数人お客が入ったら身動きがとれなくなるような店の中に足を踏み入れると、忘れていた「鉛筆」の記憶が甦ってきた。単にレトロな雑貨を見る時に感じる懐かしさだけではなくて、鉛筆を手にした時の「書く」という行為の記憶が甦ってくるのだ。1本60円で今でも文具店で普通に売っているらしいのだが、赤、青の2色鉛筆を見た時、この鉛筆を手にしながら赤字を入れていた、10数年前の印刷所に居た自分とその場所のインキ臭い空気が甦ってきた。この2色鉛筆と五十音のオリジナル鉛筆(冒頭写真)を五十音で買い求めた。
宇井野さんは、最近「ボールペンとえんぴつのこと」(木楽舎刊)というカワイイ本を出したが、この本の中でオリジナル鉛筆に関するエピソードが紹介されている。

「ボールペンと鉛筆の店を始めようと思っていることは、すごく内緒にすすめていて、ほとんどの友人にはオープンしてからさえも知らせなかった。・・・でもりんちゃんには、ちょっと早い時期に打ち明けた。りんは私がつけた呼び名で、外に出ることを嫌う彼女に、私はよく頼まれて買い物をしてくるのだった。・・・・ある日、りんちゃんがお祝いだといって鉛筆を2本くれた。普通の木軸の鉛筆。そこに、小さな鉛筆の絵とボールペンの絵が1本づつ描かれていて、その下に五十音、とも描いてあった。
りんちゃん、これ、どうしたの?びっくりして尋ねたら、私をびっくりさせようと、勇気を出して、お出かけし、鉛筆を買い、塗料を買い、描いてくれたというのだ!・・・・私はこの五十音鉛筆をもっと描いてもらえないか、と思い切って頼んでみた。・・・・こうしてできたのが五十音の絵入り鉛筆だ。今まで一本として同じものがない」(「ボールペンとえんぴつのこと」より)

五十音は、2004年に開店し、ここで紹介されているオリジナルのえんぴつをはじめ、津軽塗りの職人に頼み込んで作ってもらったという「漆塗りのえんぴつ」(1本1500円)などユニークな鉛筆、ボールペンを企画してきた。また、宇井野さんが、海外で探してきたヨーロッパの珍しい文房具などが店内には所狭しと並んでいる。銀座の真ん中で、こうした店が成立していること自体が奇跡に近いことだろう。宇井野さんがこの店を開くにあたってイメージしたのは、昔、どの学校の前にも必ずあった文具店だったという。このことからもわかるように、五十音という文具店自体が、都市の記憶の抽斗(ひきだし)のような存在になっていて、この店のドアを開けると、鉛筆は、現在売られているものも含めて、記憶の世界の住人になっていることがよくわかる。
五十音で思いがけず見つけた、この世に一本しかない鉛筆(210円)と懐かしい2色鉛筆を手にして、私は、ご機嫌だったのだが、ふと、我に返り、こうつぶやいた。

でも、この鉛筆で、一体誰に手紙を書こう?

(カトラー)

五十音:
東京都中央区銀座4-3-5松輪ビル1F宝童稲荷前
   TEL 03-3563-5052
   オープン時間は12:30頃~19:30頃

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コメント

あけましておめでとうございます。

私も文具フェチなんです。
5段の整理用引き出しのなかに筆記用具、ものさし各種、便箋封筒、
さらには付箋各種、修正テープ、のり、はさみ、などなど。
文具は小さいものが多くかたちもそれぞれなので、整理がむずかしく、引き出しの開け閉めのたびに、区分けしてもはみ出します。そこがまた手がかかってかわいい。
消しゴムはステッドラー製がいちばん。といっても、このごろ鉛筆を使わないので、計ゴムの使用頻度も激減。
東京にいるころは、銀座の伊東屋に行くのが好きでした。
もし状況する機会があったら、五十音もたずねてみます。

今年もブログを楽しみにしています。

投稿: c.c | 2007.01.05 10:34

ジャコメッティは、スイスの彫刻家では。

数年前にスイスに行ったとき、彼がお札に描かれていたので、強い印象を受けたのを覚えています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3

投稿: Stranger | 2007.01.06 08:40

CCさん、あけましておめでとうございます。コメントありがとうございます。文具好きの方であれば、五十音さんに行かれれば狂喜されることと思います。東京までお越しの際には、ぜひ足を伸ばしてみてください。
Strangerさん、ご指摘ありがとうございます。
ジャコメッティは、ヴァル・ブレガリアのスタンバという町の出身で、スイスの彫刻家ですね。修正させていただきます。

投稿: katoler | 2007.01.06 16:18

年賀状がメールに取って代わったってことはないと思うんですよね。
ただ、住所を交換する習慣はかなり減ったと思います。
だから、出そうと思っても宛先が分からないし、
相手にも伝えてないから来ないことが分かっていて失礼にならないし、
出さないことが失礼という慣習もなくなったことで
減ってきたのかなと思っています。

メールでつながっている分、紙面のものが簡略化された
というならそういう側面もあると思いますが、
メールは手紙に置き換わらないと思います。

投稿: aa | 2007.01.15 11:08

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