電子雑誌の勝算 ~タンジブル世界へのアプローチ~
主婦の友社が発行していたファッション雑誌「ef(エフ)」は、リアルの雑誌発行をとりやめ、発行方法をこの電子雑誌・ネット配信に切り変える。現在は、電子雑誌の試読版が公開されていて、無料登録して読むことができるが、2月下旬から、これを有料の提供に移行し、一冊300円程度で販売する予定だ。
雑誌全体の発行部数が減少し、広告売上げについても、近いうちにネットに追い抜かれることが確実といわれている。雑誌業界としては、何もせずに手をこまねいて見ているわけにはいかないということで打ち出された対抗策なのだが、果たして勝算はあるのか。
デジタル化で物理的雑誌発行費用を削減
確かに、ネット上の電子雑誌として情報提供できれば、造本費や配送コスト、返本された本の処分代など、物理的な雑誌発行に伴うコストが削減できる。
コストラインが下がれば、小部数であっても採算が取れるという目算を立てているのだろう。加えて、「デジタルef(エフ)」の場合は、ファッション雑誌な
ので、掲載された商品をワンクリックで注文するようなEC展開も可能となり、新しい収入方法を開発することが期待されている。
しかし、こうしたこ
とを実現するためには、いくつものハードルが存在する。第一には、ネット上で有料コンテンツを販売することの難しさだ。ネットのコンテンツはタダという消
費者に根強く形成された先入観を変えさせることは、並大抵のことではないだろう。既にソフトバンク
メディア・アンド・マーケティングとアクセス・パブリッシングは、同じような電子雑誌の提供を無料で始めている。こ
ちらの方は、コンテンツを無料にすることで数多くの読者を獲得し、広告収入によってビジネスモデルを成立させるという作戦だ。同様に、現在、無料配布され
ているフリーマガジンが、電子雑誌も手がけてくるという事態も予想される。ただでさえフリーマガジンに押され気味なのに、有料の電子雑誌に勝算があるかと
いえば正直いって疑問だろう。小学館も、将来、オリジナルの電子雑誌を創刊することを念頭に入れつつ、既存の雑誌の電子雑誌版をリアルの雑誌と同じ価格で
提供するとしているが、書店の反発を考えると、電子雑誌版の料金を「デジタルef(エフ)」のように安く設定することもできない。リアルの雑誌と同じ価格
では、わざわざ電子雑誌を買うメリットがなくなる。
結局、電子雑誌とは、出版社の苦し紛れの一策でしかないのだろうか。
検索とリンクだけではない、ネット世界の可能性
ネットの世界の本質は、「検索」と「つながり(リンク)」であるといわれる。なるほど、検索エンジンを使えば、簡単に何かを調べたり、リンクを辿っ
て、未知の事柄を発見できるというのが他のメディアでは実現できなかった点だ。しかし、よく考えると、これは、PC環境、すなわち、キーボードとマウスに
多く依拠した世界とはいえないか。www(World Wide
Web)自体がパソコンのネットワークをベースに構築されてきた世界であると考えることは重要である。仮にwww(World Wide
Web)の主要なネットワーク端末がパソコン以外のデバイスの場合を想定すれば、ネットの役割は、あらためて問い直されることになるだろう。
そうした、パラダイムチェンジのインパクトを持つ技術革新として考えられるのがEペーパーの登場である。凸版印刷と米国のベンチャー企業Einkが開発したマイクロカプセル電気泳動方式、キヤノンなどが発表したトナー粒子を帯電させる方法、大日本印刷な
どを中心に開発が進んでいる有機EL素子を利用したものなど、さまざまな技術がEペーパーとしての実用化を目指して、しのぎを削っている。いずれも、折り
曲げ自由なフィルムの中の粒子に描画させ、電源を切ってもその画像が消えない。この技術を使えばネットを通じて、ダウンロードしたコンテンツを定着させ
て、紙の雑誌や新聞と同じ感覚で手元で読むことができる。
一方で高速なブロードバンドの公衆無線LAN環境が整備されつつある。空港や駅構内、通
勤電車の中やホテルのロビーなど、人が集まる所には、近い将来、高速無線LANにアクセスできる環境が整備されるだろう。Eペーパーを持っていれば、雑誌
や新聞の記事をいつでも呼び出すことが可能になるわけだ。Eペーパーを持ったサラリーマンが電車の中で夕刊フジのHな動画を見ながら帰宅の途につくといっ
た光景も見られるかもしれない。
2003~4年に発売されたものの全然売れなかったが、モノクロながらEペーパーの前身ともいうべき文庫本サイズのeBookをソニー (LIBRIéリブリエ)と松下(Σbook)が既に商品化している。4万円もするのと、かさばるのとで普及はしていないが、ペーパータイプになって、カ ラー画像を扱えるようになれば話は違ってくるだろう。公衆無線LANについても、ターミナル駅などで実証実験が開始されており、その普及は、2010年が ひとつの目標となっている。
電子雑誌が基本フォーマットになる可能性
こうした技術革新が、2010年をひとつの節目として登場してくると、今は旗色の悪いように見える電子雑誌も基本フォーマットとして俄然注目を集めることになるかもしれない。
次世代コンピュータのテクノロジー思想に「タンジブル・コンピューティング」という考え方がある。先日、NHKのプロフェッショナルという番組でMIT(マサチューセッツ工科大学)石井裕教授のタンジブル・コンピューティングの
研究が紹介されていた。タンジブル・コンピューティングとは、人間が感じる触感、ぬくもり感といったものを取り込み、コンピュータと人間のインターフェイ
スを全く新しい発想でデザインし直してみようという取り組みだ。「アトムを着るビット」という石井の言葉があるが、人間の感覚系とコンピュータの情報系を
直接インターフェイスさせることを企んでいる。
ガラス瓶の蓋をとると、音楽が流れ出すミュージックボトル。ピンポン玉の落下点で水面の波紋のような模様が広がる卓球台。こうしたモノたちと、パラパラめくれる電子雑誌を同列に置いてみると、全く新しい世界が見えてくる。
キー
ボードとマウスは確かに便利だが、モノの手触り感を伝えることはできない。Eペーパーは、限りなく紙に近づくことを目標にしており、「ディスプレイ」でな
いことが本質であり重要だ。電子雑誌がEペーパーと結びついた世界、それは、今、私たちが手にして読んでいる、この雑誌がネットワーク上の様々な情報や、
人と結びつくことを意味する。
そんな雑誌が登場したら、私は間違いなく飛びつくだろう。
(カトラー)
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コメント
雑誌も本も、読むという目的に存在しているモノなのに、いつのまにか「手にズッシリ」とか「ペラペラめくる」という常時付帯した感覚が、愛着や実存のスイッチになってしまってます。
これってただの慣性の法則なのかな(こんな法則ありましたっけ)。
電子雑誌時代の「音」「匂い」「重さ」「温度」・・・って、なんだろうと考えてしまいました。確かに、万年筆は少数民族になり、インクの匂いはレアものです。時代は進んでいくし、便利という恩典も与えてくれます。
しょうがないのかな、やっぱり。
投稿: あたり前 | 2007.02.17 22:23
> 書店の反発を考えると、電子雑誌版の料金を「デジタルef(エフ)」のように安く設定することもできない。
ここはもう抜けているんじゃないでしょうか?
一番儲かる価格帯にまで価格を下げないと顧客に離反されるダケです。
電子ペーパーが実現すると、書店は大前さんじゃありませんが、書店とか東販のような書籍卸は産業の突然死です、既に音楽産業がその憂き目にあっているし、次は映像...ブルーレイも稼ぎ時は束の間でしょう、映画が復活したのは、映画館の大画面と音響という場が強かったということです。
使える電子ペーパーがいつできるか、それまでの時間、顧客が買える価格などの関数になるのではないでしょうか?
投稿: マルセル | 2007.02.18 23:11
当たり前さん、マルセルさん、ご意見ありがとうございます。
個人的には、当たり前さんがおっしゃるように、新しい雑誌を開くときのインクの匂いや、ページがピリピリとはがれるようにめくれる感じがすきなのですが、そんな所までEペーパーに期待するのは、ちょっと無理でしょうから、寂しい感じがしますね。
書籍(本)は、文字が生まれた時からメディアとして存在しているので、Eペーパーのような技術革新が広がってもなくなるようなことはないでしょうが、雑誌はビミョーですね。
動画を扱えたり、他のコンテンツとリンクがはれる、検索ができることなどを考えると、エンタテイメント性や情報の扱いやすさで、Eペーパーマガジンに軍配があがり、一気にシフトする可能性もあるでしょう。東販、日版などがおこなっている書店への配本業務の中で、雑誌はかなりのウェイトを占めていますから、このパイプが細ると業態として成り立たない可能性さえ出てきますね。マルセルさんの指摘のように産業の突然死ということも絵空事とはいえない。怖い時代ですね。
投稿: katoler | 2007.02.20 13:07
こんにちは。
TAの方にお聞きしてこちらを時々拝見しています。
電子雑誌が成功するかどうかは、コンテンツの質や価格(有料の場合)、売り方、など色々なファクターによると思いますが、雑誌というメディアの衰退 → ネットでの情報配信・提供(有料・無料を問わず)という大きな流れの中では、紙媒体の情報がネット上(ケータイサイトも含めて)に徐々に移行することは避けられないでしょう。
電子雑誌の有料モデルが成り立つかどうか・・・これは、お金を出してでも必要な、または欲しい情報が提供されるかどうかだと考えます。
一般には、ウォンツ商材をネットで売ることは難しいと思われますので、ニーズに基づいたコンテンツをいかに売るかという命題に帰着するのではないでしょうか。
個人的には、専用のソフトなどを高額な開発費で用意して雑誌の体裁やイメージにこだわるよりも、通常のブラウザで閲覧できること、情報の更新頻度を高める、読者コミュニティ形成などによってECや広告によるビジネスモデルを成立させる、などの方がその雑誌ブランドがビジネスとして生き残ることができる可能性は高いと思います。
ネットやケータイでの商取引が成立することは、既に色々な例により実証されているので(例:東京ガールズコレクション)、雑誌の電子化も結局はいかにビジネスモデルとして成立させられるかが鍵になるのではないでしょうか。
投稿: テクニカルマーケッター | 2007.03.17 14:52
テクニカルマーケッターさん、はじめまして。
うっかりしており、お返事が遅れ申し訳ありません。ご指摘の点について概ね同意です。ネットも紙もテレビも垣根がなくなる世界がやってきますが、その場合は、メディアを販売し、そこに広告を集稿するという従来のメディアビジネスのモデルだけでは、とても対応が難しいですね。
雑誌は、もともと出版社にしろ、扱っているコンテンツにしろ小回りが利くものなので、本来、もう少し柔軟に対応できるはずなんですが、なかなか難しい面も多いようです。efのような電子雑誌も、変化の過渡期に生まれてきた存在といえるでしょうね。
投稿: katoler | 2007.03.25 19:22