サブプライムローン破綻の諸相 ~見えない敵に怯えるアメリカ~
80年代後半の米国においても住宅バブルの崩壊を経験しており、その際は、多くのS&L(貯蓄金融機関)が破綻した。当時の米国当局は、銀行の取り潰しも含め、不良債権処理を積極的に進め、その迅速な処理が功を奏して米国経済は再び成長軌道に戻った。この時の不良債権処理のポリシーは日本が見習うべきケースとして度々言及されていたぐらいだ。
ガン細胞のように全身に転移した不良債権
しかし、今回の住宅バブルの崩壊は、かなり様相が異なっている。バブル崩壊時に発生した不良債権を癌に例えれば、80年代後半の米国では、外科手術によって切除すればよかったものが、今回は、全身にガン細胞が転移している様にも例えられる。
原因のひとつは、金融機関のローン債権の処理方法が変わったことにある。破綻した米国のS&Lや日本の住専(住宅金融専門会社)は、住宅ローンの債権を自ら保有していたが、現在の住宅ローン債権は、証券化されて、さまざまな投資ファンドや金融商品に組み込まれ、「見えないリスク」が生まれてしまったことだ。この背景には米国の金融機関はBIS規制をクリアするために、債権の証券化・流動化を積極的に進めたことがある。金融テクノロジーの進化もあって、サブプライムローンの債権は、様々な金融商品、ファンドに組み込まれることとなり、金融システムを「体」に例えれば、全身にガン細胞が転移したようなもので、誰もその確かな所在を特定できなくなってしまった。その結果、リスクを特定できないことの不安感が、金融市場全体の信用収縮を招き、リスク資産のリプライシング、株価の下落、更なる信用収縮という連鎖状況を生み出している。アナウンス効果を懸念してか、大手マスコミは大きな活字にこそしないが、世界は金融恐慌の瀬戸際まできている。
見えない敵、リスクに為す術のないアメリカ
一連の出来事の底流から発せられているのは「アメリカの限界」というメッセージである。本来は、リスク分散システムとして機能するはずの高度化した金融システムが、高度化ゆえにかえってシステム全体の機能不全リスクを高めてしまった現実に加え、米国の経済成長というものが、低所得層に対する住宅ローンとそれに付随した信用膨張という、極めて脆弱な基盤に依拠していたことに対する驚きと不安が、現在の市場全体のセンチメントとして広がっている。自由主義経済の覇者として世界の経済システム司っていたはずの米国にとって思わぬ落とし穴が潜んでいたといえるだろう。それは、ちょうど、イラク、アフガニスタン、中東でアルカイダ、ヒズボラといった国境を越えて活動する武装組織との戦いに呻吟しているアメリカの姿と重なる。地球上のどの建物であっても1mと違わぬ誤差で破壊してみせる圧倒的な軍事技術を持ち、イラクという「国」を易々と叩き潰すことができた帝国が、転移したガン細胞のように世界中に散らばった「見えない敵、リスク」に対しては為す術がない。
「歴史のおわり」の著書で知られるフランシス・フクヤマが近著「アメリカの終わり」の中で、ネオコンとの決別を表明し、彼らの独善的な姿勢を次のように描いている。
「ネオコンの理論家たちは・・・・世界に対し『善意の覇権』を行使していると見ていた。世界に対して発するメッセージは『われわれを信頼せよ。何があなたたちにとって最善であるかは、われわれが知っている。たとえいまはわれわれの政策に賛同できなくても、いずれはわれわれが正しいことが分かるようになる』というものだ」
アメリカの引き籠もりが進行する?
こうした楽観主義あるいは独善主義と同質のものが、経済における新自由主義の中にも潜んでいたことは否めないだろう。グローバル・スタンダード、すなわち米国流資本主義こそが善であり、世界経済のヴィジョンを描くのはアメリカをおいて他にない・・・そうした独善主義のもとでは、グローバル化の果てに、その帰結として「見えないリスク」が生まれてくることは予想だにされていなかった。
フランシス・フクヤマの本の表題が象徴するように、今後、進むのは、アメリカの自信喪失であり、アメリカというヴィジョンの終わりであり、アメリカの引き籠もりといった現象になるかもしれない。基軸としてのアメリカ経済への信頼や彼ら自身の楽観主義が弱まることになれば、世界の金融、経済は停滞あるいは混乱を免れず、既に進行している現実だが、経済システムの多極構造化がさらに加速されることになるだろう。世界はその変化の軋みに耐えなければならない。
日本における住宅バブル崩壊の可能性
日本では、今のところ対岸の火事を眺めるような調子でこの問題が語られているが、無傷ですむことはありえないだろう。幸いとサブプライムローンを組み込んだファンド、金融商品の取り扱いが欧米に比べて少ないため、金融面での日本への直接的な影響は軽微といわれているが、もうひとつ見ておかねばならない問題がある。それは、日本においても米国と同様に住宅バブルが崩壊する日が近いということである。景気対策と称して、10年以上にわたり、低金利と住宅取得控除、住宅取得の優遇施策が続けられてきた。既に、住宅のストック数は過剰になっているにもかかわらず、新築住宅が毎年100万戸を超えるペースで米国並みに供給されている。30代の半ばを迎えた団塊ジュニア世代が住宅取得年齢に入ったために住宅市場は、今のところ活況を呈しているように見えるが、そのピークを過ぎると少子化が急速に進み、市場の収縮という地獄のふたが開くことは、住宅や建築業界の誰もが知っていることだ。
ここに、米国と同様、住宅ローンによる信用膨張が重なってくる。10年間にわたり住宅ローンが膨らみ続けてきたことが、日本の住宅取得ブームを下支えしてきたことは間違いない。その間、住宅金融公庫による融資が縮小され、民間の金融機関に移管されたために、銀行やローン会社は、一斉に顧客獲得競争に走った。さらに、グレーゾーン金利が廃止され消費者金融への融資パイプが細ったために、各金融機関の住宅ローンへの傾斜は、ますます顕著になっている。その結果、全国の銀行の住宅ローン残高は101兆円を超え、5年前に比べると3割も増加、史上最高の残高を記録している。火薬庫に火薬は積み上がっているのだ。
リクルートの創始者、江副浩正氏が「不動産は値下がりする!」という本を最近出した。その中で、日本の住宅バブルの崩壊の導火線に火をつけるのは、「金利の上昇」になるだろうと予見している。90年代初めのバブル崩壊は、高金利の下で生じたので、金利を下げることによって、借り換えなどが可能になり、救済された人々が多かった。しかし、次に来る日本の住宅バブルの崩壊は、金利上昇とともに起こるので、かつてない過酷な状況が生じるのではないかと不気味な指摘をしている。
(カトラー)
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コメント
人類によるアメリカという実験が終了した、そんな感想をもってエントリー記事を拝読しました。必要でもない住宅を、必要でもない人に供給して、金融を動かす。本来誰のものでもない土地に、価値をつけ流通させる。練金の名の下に集合し離反する、生産と非生産を同時に繰り返すゼロサム社会。金という発明品を、本当に怨む時代になりそうです。
投稿: あたり前 | 2007.09.03 22:10
この問題の背景にあるのは、増え続ける世界の余剰資金とそれを運用できる国がアメリカに限られているという現実です。そこから見えてくるものはアメリカの限界ではなく大きな可能性ではないでしょうか。アメリカがこの問題を為す術もなく放置するはずはないので そこまで悲観的にならなくてもよいと思います。すでに下院金融委員会の公聴会も開かれました。米国議会の積極的な動きは評価されてよいでしょう。こういった流れの中で対応策も絞られてきたようです。現在、全世界がアメリカの可能性に注目しているのだと思います。
投稿: リトルボイス | 2007.09.08 11:58
Highly energetic blog, I enjoyed that a lot. Will there be a part 2?
投稿: Shanna | 2014.01.20 09:21