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青白き「真正保守」の敗北と保守再建

Shyokun_2 安倍の政権放り出し以降、メディアの関心は、急速に福田内閣の命運や小沢民主党との攻防に向かっている。安倍晋三の話題は日を経るごとに背景に遠のいていく。
このブログを主宰している私にしても、もともと、安倍のような人物やその人物が抱いた「理念」と称するものについて大した興味を持っておらず、ただ、単純にこの人は一国のリーダーとして不適格であると、ある時点から指摘してきただけのことだ。そして、その指摘は、政権放棄という形ではからずも現実のものになってしまった。

しかし、戦後の内閣の中で、初めて憲法改正を政権の目標に掲げ、いわゆる保守派の思潮を代弁する形で登場した安倍内閣が、唖然とさせられるような無様な形で終焉したということは、それなりに総括しておく必要があるだろう。特に「真正保守」を自認する人々が、自分たちの考えを体現する政治家として褒めそやした安倍首相が、かくも無惨な終わり方と胆力の無さを晒した意味は何なのか、しっかりと自問して、余計なお世話といわれることは承知だが、彼ら自身のためにも落とし前をつけておくことが必要と考える。

安倍政権自壊で狼狽する「真正保守」

Nakanishi 安倍政権崩壊に対して、これまでに出てきている「真正保守」派の論評は、大方がひどいものばかりである。彼ら自身が、安倍自滅のショックに狼狽して現実を受け容れられず、右往左往している状況が浮かび上がってくる。
文藝春秋の「諸君」が、安倍失脚に関する寄稿特集を組んでいる。その中で「真正保守」派の論客といわれている中西輝政の文章がひどかった。中西は、安倍が首相候補として呼び声が高くなっていた頃から、ブレーンとして重用されていた人物である。沈没船から逃げ出すつもりなのか、この原稿で中西は、自分は安倍のブレーンなどではなく、安倍の在任中、二度しか官邸に行っていないと言い張っている。
学者と呼ばれる人間には、そもそもがこうした手合いが多いのかも知れないが、御用学者として安倍ブランドをさんざん利用しながら「そりゃあないよ中西さん、みっともないぜ」というのが正直な感想だ。政界くのいちと呼ばれ、機を見るに敏なことだけを武器に権力者を渡り歩いてきた小池百合子のような人物が、早々に安倍政権という泥船からおさらばしたのは、「お見事!」と掛け声のひとつもかけたくなるが、安倍首相の誕生を戦後政治が生みだした快挙として褒めそやしていた人物が、まるで手のひらを返したように安倍失脚と自分は何の関係もないと言い張る鉄面皮は一体どこからくるのだろう。こうした変節者はもともと「保守」と呼ぶには値しない存在ではないか。

安倍首相は安倍首相でなくなった?

Sakurai 櫻井よし子女史は、中西に比べれば、よほど的確に問題の本質を把握している。「安倍首相は安倍首相でなくなった」と題された週刊新潮に寄せた文章の中で「・・・(安倍が)国内外で自らの、そして日本の主張を後退させる姿は、首相が否定した、信念も主張もない日本の“戦後体制”そのものではないだろうか」と述べ、その原因は「戦後レジュームからの脱却」を唱えていた、安倍自身が、実はその落とし子そのものであったからと指摘している。そして、安倍がそうなってしまった根拠を、その生い立ちに求め、後援会関係者の言葉を引きながら次のように安倍の辿ってきた来歴を説明する。

「成蹊小学校に入る頃から晋三さんは秘書に送迎されていたと聞きます。受験の苦労を一度も味わうことなく大学までエスカレーターで上がり、卒業後は米国に語学留学、そのまま神戸製鋼に入社。3年後に退社して父上の秘書官となり、父亡きあと政界に入り、当選5回で宰相の座に上り詰める・・・」

こう紹介した上で、安倍が抱え込んだ心の脆弱さを

「戦後日本が米国によって守られ、闘うことも忘れてきたように首相もまた、政治家の三代目として手厚く守られ、闘わずとも道は自然に切りひらかれてきた」からだと断じている。中西の文章に比べて、櫻井の指摘は、さすがに鋭く安倍の本質をグサリと突いている。しかし、その切っ先は安倍の体を通り越して、自らの体にも深々と届いているのではないか。

戦前的価値観との紐帯を体現した安倍

安倍晋三とは、安倍に連なる国家主義的世界観を代弁し、なおかつそれを実現すべく、今の「信念も主張もない」日本に降臨することが待望された「メシア」あるいは岸信介の孫であることを通じて現代日本と戦前的価値観との紐帯を体現するところの「貴種」であった。
実際、安倍は、生真面目にその価値観をこの国に実現することこそが自分の使命であると信じ奮闘したのだが、誰もが唖然とさせられるような形でぽっきりと折れてしまった。中西や他の連中がヒステリックにわめき散らしているように、それは偏向マスコミによるバッシングのためでも北朝鮮の金正日による謀略が原因でも、機能性大腸炎という「病気」のせいでもない。自らの心の脆弱さによって、まるで砂糖菓子がぐずぐずと崩れ落ちるように自壊したのだ。
そして、その脆弱さの本質は何かといえば、安倍の心性を構成した「理念」と呼ばれるものの弱さに他ならないと考えている。

理念において敗北した「真正保守」

結論からいおう。安倍政権の自壊によって、安倍晋三や安倍に連なった「真正保守」派を自認する人々は、その「理念」において敗北したのだ。
安倍が「理念」と称した「美しい国」「戦後レジュームからの脱却」といった空疎な言葉は、生の現実を前に空回りし続け、自壊してしまった。
安倍内閣の広報担当であった世耕補佐官が、選挙の際、街頭演説の聴衆を前に「美しい国なんてとても言えなかった」と発言していた。それは、首相を支える補佐官としては不適切極まりない物言いだが、実際には、それが世耕や安倍が直面した生の現実というものだったろう。

「戦後レジュームからの脱却」にいたっては、さらに虚しい。その言葉は、櫻井よし子女史の説明によれば、こうだ。
「そもそも戦後体制とは、・・・敗戦以前の日本を全否定して作られた現行憲法を後生大事にし、自立国家であることを忘れたかのような日本の在り方を指す。・・・『脱却』とは日本的価値観の覚醒によって、自力で日本を守り、日本文明の本質を体現する国家及び国民になることを意味していた」
「日本的価値観の覚醒」まではよしとしよう。しかし、それでは、敗戦のどん底から世界第2位の経済大国まで復興を遂げた日本やそれをもたらした「戦後の体制」を彼らはどう総括するのか、そして、そこから脱却して、一体彼らはどこに向かおうというのか。その行き着く先でも「自虐史観を見直せ」やら「靖国参拝をおこなえ」といったアジテーションを聞かされるはめになるのだろうか。

安倍政権の凋落が誰の目から見ても明らかになった頃、中西輝政が、「安倍首相は終戦記念日に靖国参拝を断行すべきである。そうすれば事態は変わるだろう」、逆読みすれば「靖国参拝をしないからお前は駄目なんだよ」という趣旨のアジテーションを行っていた。そこには、靖国参拝によって高まる中国、韓国などからの反発を国内の保守派の糾合に利用するという狙いも垣間見られたが、それは、政治行動として稚拙であるばかりか、他国のナショナリズムを鏡に利用してしか、保守としての立場や理念を構成できないという、この国の歪んだナショナリズムを象徴していた。

真の保守の成立には無意識の基盤が必要

真の保守が成立するには、それを支える人々の無意識の基盤がなければならない。そもそも、「自虐史観批判」や「靖国参拝」「慰安婦問題」といった情動装置を介することでしか、「保守意識」なり「国家意識」を喚起することができないなら、そんな「保守主義」はもともと陽炎のようなものだろう。
「諸君」の同じ号で、佐藤勝氏がロシアのユーラシア主義を引き合いにしつつ、この保守基盤について論じている。ここで展開されている佐藤の保守をめぐる議論は、極めて本格的なもの、骨太なものといえるだろう。ここでいわれているロシアのユーラシア主義とは、人々の無意識の中に形成された岩盤のようなものである。このユーラシア主義というものに比べれば、日本の真正保守を自認する輩の「理念」と称している言説のどれもが、意図的、作為的であり、それゆえ脆弱なアジテーションに過ぎないものかがわかるだろう。

静かなる「保守」の反乱

私の義父は中国地方の山間部で農業を営む典型的な専業農家だ。田畑を耕し牛を飼って2人の子供を育て上げた。今では夫婦で生きていくのに必要な米と農作物をつくるだけだが、高齢となった今でも毎日黙々と農作業に出ている。私の考えでは真の「保守」とは、こうして黙して語らず、毎日の暮らしをまっとうする人々のことをいう。真正保守をいう連中こそ、こうした静かなる人々の「保守」を、畏れなければならない。その証左に安倍晋三を政権の座から墜落させたのは、今般の選挙における、こうした静かなる「保守」の反乱だった。
安倍政権下で進められた、「沖縄住民の日本軍の強制による集団自決」に関する教科書記述削除の問題を巡り、沖縄では大規模な反対運動が巻き起こっている。

祖父の幻影にコンプレックスを持った?

安倍晋三の敗北とは、畢竟、現実から遊離した青白い「理念」によりかかり、その「理念」に基づいて現実の政治を執り行おうとしたことだろう。安倍が事あるごとに母方の祖父、岸信介について言及していたことからもわかるように、周囲(特に母親)から祖父のようになることを常に期待され、その過大な心理的圧迫とコンプレックスの中で育った。安倍の家庭教師をやっていたという平沢勝栄が、あちこちで安倍少年の「出来の悪さ」を吹聴していたが、周囲の期待に押し潰されそうになりながら成長したコンプレックスの強い少年だったのだろう。ストレス性の機能性大腸炎という持病もそうした環境のもとで安倍の体に巣くったものと想像できる。
安倍にとって、「戦後レジュームからの脱却」とは、すなわち戦前的価値観の復活を意味するものであり、同時にそれは自らの姿を「偉大な」祖父のイメージに重ね合わせるのと同じ意味をもった。安倍にとって、政治とは、他者と向き合いながら妥協や、権謀術数を通じて成果を達成していく現実のプロセスではなく、憲法改正など祖父から聞かされ、刷り込まれた政治理念を実現し、祖父の幻影に自らを近づけていく場であった。中西輝政など「真正保守」派の主張をほぼ丸呑みにした安倍の姿には、祖父の影に抑圧され、そこに自己のイメージを重ね合わせることでしかアイデンティティが保てない、安倍特有の心の未成熟を見い出すことができる。

安倍の青白さは「真正保守」の理念の青白さ

中西輝正は、「自分は安倍のブレーンなどではない」と表明することで、安倍の脆弱さと、彼らが信奉する「真正保守」思想は、別物であると強弁したいのだろうが、戦前的価値観を復活させることなくして、現在、未来は無いとする特有の意識構造は、安倍が抱え込んだコンプレックスの構造そのものである。その意味で、安倍の青白さは、そのまま「真正保守」の理念の脆弱さ、青白さを象徴するものである。そう考えると、そうした「真正保守」派からも切り捨てられた安倍の末路はいかにも哀れに思えてくる。青白い「真正保守」など早々に打ち捨ててしまい、岸信介の幻影などとはおさらばしてしまえばもう少しましな結末がありえただろう。

安倍は「政治理念」という言葉をしきりに口にしたが、「理念」で政治はできない。「理念」をそのまま実現できる政治があるとすれば、それは、神権政治か全体主義体制しかない。だから、安倍が、政治家であるとしたなら、「理念」と称するものは、むしろ心の奥にしまって、それを実現するための政治に専心すればよかった。逆に安倍が「理念」の人なら、政界などはさっさと引退して、細川護煕のように壺でも焼いて余生を送れば良いのだ。

同じことは、「真正保守」の人々についてもいえる。その「理念」は、中途半端に政治的であり、他方で思想として見た場合は、偏狭なナショナリズムを下敷きにしただけの脆弱なものでしかない。佐藤勝氏がいうように、それでもなお「真正保守」をいうなら、全く違った土俵で、保守思想をゼロから再建する覚悟が必要だろう。
あらためて付け加えるまでもないことだが、真の保守主義が無いところには、真のリベラリズムも生まれてこない。真の保守の再建が望まれる。

(カトラー)

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Comments

読み応えがありました。ミケ

Posted by: 屋根の上のミケ | 2007.10.07 at 11:48 AM

× レジューム
○ レジーム

Posted by: なぜだか後頭部に違和感がある | 2007.10.07 at 02:14 PM

「いつもにも増してしつこいなぁw」と思っていたら、読んだら面白かった。
結局、これが言いたかったんですね。

Posted by: トリル | 2007.10.07 at 05:53 PM

トリルさんに同感です。執拗な感じがしましたが、最後はストン!と音がしそうなくらいにキレイに納得しました。
カトラーさんが言われるように日本の保守は未だに国家社会主義の幻影を引きずっていますよね。戦後レジーム云々よりもこちらからの脱却の方が先ですね。故に未だに新自由主義と結び付くことができていません。
それに、確かに日本のリベラルがマルクスや丸山真男の理想主義的な部分から抜け出せないでいる理由もそこら辺(保守との議論の中で相互に依存している)に有りそうな気がします。
アメリカとイギリスでは、保守のレーガンとサッチャーよりも、リベラルのクリントンとブレアの方が新自由主義とうまく折り合いを付けるところまで行っています。
日本も早いとこそういうところまで行って欲しいもんです。

Posted by: へなちょこ技術者 | 2007.10.08 at 12:40 AM

 チャイナマネーやチャイナロビーのアメリカでの動き
を怠った、安部の責任ではなく、歴代のアメリカの外務省の責任でしょう。

 だいたい総理になってつっつかれすぎるし、井上という秘書官も福田政権になって残っている。

Posted by: ななし | 2007.10.09 at 09:15 AM

青白いとのご意見、一瞬しっくりとする言葉です。その青白さが病弱や心神耗弱なら、理解できますが、青年を意味しているのなら、違う!と言わせて頂きたいのです。これらの日本保守主義とは、長く付き合ってきましたが、未熟ではなく、不熟なのです。熟すことがない理念なのです。集中治療室で語られている理念ですね。そのガラスケースを取っ払った途端、生きていけないか、浦島太郎の様に、瞬間に老人となってしまうのです。おさらばして、よかった。

Posted by: モイス | 2007.10.09 at 04:38 PM

皆様コメントありがとうございます。安倍首相に対してずっと感じていた違和感が何なのか、トリルさんがいうように、しつこく迫ってみたので、自分なりに整理がつきました。今後、これ以上、この人について論評することもないと思います。
つまるところ、日本の保守主義のありかたの問題であるということになりましたが、モイスさんの日本の保守は「未熟」なのではなくて、「不熟」なんだという指摘は、座布団5枚さしあげるような名言ですね。へなちょこ技術者さんも同じことを指摘されています。安倍さんが倒れたことで、白日夢が醒めてしまったということなのかもしれません。そう考えると、苦虫をつぶしたような顔の福田さんは、とうにそんな白日夢からは醒めていて、思い切り白けながら、フフフと含み笑いしているようにも思えてきます。

Posted by: katoler | 2007.10.10 at 02:04 AM

>偏向マスコミによるバッシングのためでも北朝鮮の金正日による謀略が原因でも機能性大腸炎という「病気」のせいでもない。

こう断言する根拠が理解できません。マスコミによるバッシングも北朝鮮の金正日による謀略も無かったのでしょうか?北朝鮮の工作員などたいした存在ではないとでも言うのでしょうか?北朝鮮が安部氏を敵視していたことは事実です。

>そもそも、「自虐史観批判」や「靖国参拝」「慰安婦問題」といった情動装置を介することでしか、「保守意識」なり「国家意識」を喚起することができないなら、そんな「保守主義」はもともと陽炎のようなものだろう。

これら「情動装置」を製造したのは誰か忘れてはいけません。韓国中国に日本を敵視するよう工作してきた朝日新聞などマスコミの無責任な言動が今日のアノミーを招いたのではありませんか?「慰安婦問題」など証言以外何の証拠もないのに旧日本軍による30万人の性奴隷狩りが歴史的事実にされようとしてます。20世紀最大の人身売買として教科書に記述せよとのことですが、このまま放置していれば優しいサヨクたちの思惑に反して私は次世代層の更なる右傾化のリスクが高まっていくと思います。

カトラー氏は「未熟」ではなく「不熟」だとかいうモイス氏の後付の言葉遊びに感動されていましたが、安部氏の理念の挫折という指摘はそのまま全ての日本人にも突きつけられます。自分たちの国のトップはどこか自分たちの鏡の部分でもあると思うのです。(自分や自分の家族は例外という立場はとらないで欲しいですね。この辺がリベラル派の嫌な所です)私の見立てはこうです。安部氏は組織の長として人事管理に失敗し、反対勢力に対する有効な手立てがとれなかった。その点で未熟だった。これで北朝鮮に優しい魑魅魍魎の老人達の自民党と無責任な小沢民主田中真紀子福島瑞穂左派連合の時代に突入です。当面日本は浮上しないまま共存共栄とか言って、失われた10年が失われた20年30年になっていくのでしょう。カトラー諸氏たち既存マスコミ既得権層の左派支配階級層は当面安泰です。しかし、次の若い世代が本当にかわいそうです。

Posted by: へうげもん | 2007.10.10 at 07:09 PM

へうげもんさんはじめまして、コメントありがとうございます。といいたいところですが、何で右だ左だといいたがるのでしょうね。党派的な思考の宣伝手段としてこのブログを続けているのではないことぐらい、ちょっと読んでいただければ、おわかりいただけると思います。右か左かとレッテルづけする党派的思考と闘うためにこのブログをやっているといっても良いくらいです。
あえて、挑発的にいわせてもらいますが、「慰安婦問題」「靖国参拝」といった情動装置がなければ、「右翼」「真正保守」を自称される方々は、徒党が組めなくなるから、このキーワードに過剰反応されるのではないですか。それこそ「不熟」そのものですね。今回の記事でとりあげた中西輝政などもその典型です。こんな人物のいうことをありがたがって鵜呑みにした未熟さによって、安倍さんは哀れな末路を迎えました。こんな言葉をいじくり回しても何の未来も拓けてこないことを安倍の自滅が証明しました。繰り返しになりますが、佐藤勝氏のいうことに同調します。理念をいうならもっと理念に徹底しなくてはなりません。モイスさんが指摘されたように、「真正保守」を言う人々の青白さは、青年の未熟を表すものではなく、「幽霊」の青白さでしょう。安倍政権の崩壊とともに、そんな奴らはきちんと成仏させてやり、もっとまともな保守を再興することが、日本を愛する人なら最も大切な態度です。

Posted by: katoler | 2007.10.11 at 01:35 AM

>カトラー氏は「未熟」ではなく「不熟」だとかいうモイス氏の後付の言葉遊び

へうげもんさん。はじめましてモイスです。保守を自認され、気高き誇りを身に纏ったあなた。日本についても、心底心配されているのでしょう。

>後付の言葉遊び とのご意見、受け取らさせていただきます。保守、それも「真正保守」ならば尚更、日本語という言葉の重みへの尊敬を忘れないで下さい。この手の攻撃性にこそ、決して「未熟」ではない、確たる「不熟」さの根っこを見てしまいます。

Posted by: モイス | 2007.10.11 at 03:57 PM

へうげもんです。カトラーさん直々のコメント恐縮です。以下返答します。

>右翼」「真正保守」を自称される方々は、徒党が組めなくなるから、このキーワードに過剰反応されるのではないですか。それこそ「不熟」そのものですね

私はウヨクでも保守でもないです。どちらかと言えば中道左寄りです。しかしそんな自分でも何か変だなと思ったのでコメントした次第です。「従軍慰安婦」問題ですが、この言葉はウヨクが徒党を組むためのキーワードではなく、サヨク(メディア)が1980年代からプロパガンダ化させたのは事実です。それを事実として認識してスタートしないとそのあとの論議の整合性が担保されません。また、過剰反応と表現されました。では、日本政府は、先般の米議会で決まったことを全部事実として受け止めてしまえば良いのでしょうか? 火付け役の朝日新聞でも、日本軍が性奴隷として30万人の朝鮮人女性を強制連行したとは断言していません。池田信夫氏もブログで述べてますが、朝日新聞は一部事実誤認があったことを率直に述べて謝るべきだと思います。それが無いからいつまでも不毛な論議に消耗されてしまうわけです。それと保守とかリベラルとか区別されてますが、日本に保守なんか無いと思います。ずっとリベラルが主流できていると思います。それはどの程度かと言えば、民主党の前原氏が「中国は脅威だ」なんて言うと自民党がビックリする位に。あるいは、ノースコリアが日本のメディアではつい数年前までみんな「朝鮮人民民主主義共和国」だった位に。(実は恥を晒すようですが私も左翼の友人にあわせて共和国と言っていたクチでした)それからこれは、モイラー氏の返答にもなると思うのですが「不熟」という言葉。端的に言って「アベる」という言葉同様、仲間内でしか流行らないと思いますよ。

最後に安部首相のマスコミバッシングについて。以下の例だけで十分でしょう。首相は「週刊朝日の広告を見て愕然(がくぜん)とした。私や私の秘書にも家族や親族がいて、子供もいる。これは言論によるテロではないか。報道ではなく(倒閣を目指す)政治運動ではないか」と述べた。記事は「長崎市長射殺事件と安倍首相秘書との『接点』」。警察庁幹部の証言として、首相の元秘書が市長銃撃の実行犯、城尾哲弥容疑者が所属する暴力団に脅かされ警視庁が捜査に入り、長崎県警に一切情報提供をしない中で事件が起きたというもの。
「これは言論によるテロではないか。報道ではなく(倒閣を目指す)政治運動ではないか」いみじくも一国の首相の言葉ですよ、これ。週刊朝日の記事は政策への批判でも何でもない。イジメかテロでしょう。一方で北朝鮮による拉致事件などについて最近まで極めて消極的だったのは周知の事実です。誰だって変だなと思いますよね。カナダ人(かなり反米)が「日本は外から見ると北朝鮮そっくり。メディア含めてね。」と言ってましたが今ならこの感覚わかります。「朝日新聞の記者など朝鮮労働党幹部の子供みたい。安部にはあれだけ強気でも、金正日の前では絶対ペコペコ。」これも先のカナダ人の言葉で我々の心性を見透かされているようです。安部も我々の鏡なら朝日新聞記者も同じ我々の鏡です。勿論カトラー氏等は別格の個性をお持ちなので否定されるでしょうが。

Posted by: へうげもん | 2007.10.12 at 01:42 PM

最後は子供のイジメ問題の相似形のような話になってしまいました。しかし、子供は大人の鏡でもあります。例にあげたマスコミの安部タタキ、あるいは最近では朝青龍の問題でもいいのですが、自殺まで追い込む最近の子供達のイジメと何か相通じるものがある気がします。両者に共通しているのは、力はあっても自分に対して危害を加えない、怖くない、そういう相手に対し執拗に攻撃する、ほとんど快楽をともなった集団リンチのようです。普段は平和を唱えているハトの執拗な嘴攻撃を連想させます。とにかく相手がボロボロになるまでやる。最近の子供も喜んでイジメをします。死ねとかあいつ死によったとか平気でクチにします。そっくりです。しかし、金正日とか池田大作とか本当に怖い存在、自分への反撃が予想される存在に対しては絶対本人を前にして批判したりしません。日本の子供も同じです。本当に怖い大人の前では何も出来ません。CIAや日本の公安警察は怖くないけど朝鮮総連や中国の工作員、創価学会や過激派は怖い。もし日本のマスコミの行動基準がそれだとしたら本当に情けないと思います。(最近のNHKの北朝鮮特集など見ればまさかそんなことはないだろうとは思いますが…)

Posted by: へうげもん | 2007.10.12 at 08:28 PM

横レスっす。

へうげもんさん、ハンドル名素敵ですね、ファンになりました。
と言っても一方的に持ち上げたり崇めたりする習慣はありませんが(笑)
以後、お見知りおきを。

快い「心持ち」をお持ちですね。
これ、字にするとクドイかな。

Posted by: トリル | 2007.10.12 at 09:21 PM

 ここに至って 保守系オピニオン誌の最新号を高々と掲げ、「やっぱり安倍はプリンスメロンちゃんだった」と胸を張り 一石二鳥を狙ったのか返す刀で保守をバッサリ正面攻撃??。「泥縄」式、「二兎追うものは・・・」との印象を拭えない。
 桜井氏による「戦後レジームそのものだった安倍政権」 週刊新潮の記事 共に、彼女が「ふと私は考えた」と記している程度の「言及」に過ぎない。生い立ちへの言及が安倍政権崩壊の本質ではない周辺ごとであることは常識以前の問題である。
 保守の基本理念は至って単純だ。『日本国が国家らしい国家であるために この国の美点を守り 強さを維持する』このことのみ。これを不変の価値として価値判断の基準とする人々を「保守」という。喚き起こされようが睡眠中であろうが保守は既に成立しており実在している。陽炎のように消えたり現れたりするものではない。実体をもって存在しているのである。
 この驚くほど間口の広い「保守」は、それゆえ雑多なものを抱え込んでいるかに見える。玉石混交、ピンキリだ。あなたにすれば選り取り見取りレッテルの貼り放題だろう。安倍も福田も小泉も、小沢も鳩山も保守なのだという、金正日の使い走りとこき下ろされている加藤はなんと保守本流ときた。さあ大変だ、本物は誰だ?といったところか。 へうげもんさんのおっしゃる通りで、利権政治という現場に保守は保守として存在できなかった。保守の理念を語る政治家はいても利権から自由になれない、ならば保守ではない利権保守だ。 あなたが再建を望む「真の保守」が、既得権にしがみついている間のみ黙して語らず 十年一日、変化を何よりも厭い、変わらねばならない時に分け前よこせとかしましい、そういう人々を指しているのなら それは保守ではない。いや無意識で理念のない文字通りの意味しか持たない保守というべきか。
 真の保守とは、『守るべきものをはっきりと見定めて、それを守る力を獲得・維持する。そのためにはいかなる変化も恐れない、徹底したリアリズム』、なのである。 
 現在のような変革期においては変化を恐れたその瞬間、保守は保守でなくなるのだ。「保守」とは「文字通り」の意味だけではないということだ。
 靖国を参拝する、利権政治をぶっ壊すと登場した小泉政権の支持率ほどに保守がいて、「真の保守」の夢を見た。だが「真正保守」とやらは小泉を保守ではないと言っている。
 変化を恐れないリアリスト小泉の改革を継承すると宣言した 保守の理念を掲げる安倍、卑しい精神たちの恐怖が頂点に達した。小泉+安倍=真の保守といったところだろうか。ここに安倍政権崩壊の原因がある。安倍の生い立ちなどに目を向けていたのではその本質を見失う。
 >安倍にとって、「戦後レジュームからの脱却」とは、すなわち戦前的価値観の復活を意味するものであり・・・
 あなたは安倍=真正保守なるものの本質をこのように説明して見せるが、それは違う。守るべきこの国の美点に「戦前的価値観」を置いた代表的人物は三島由紀夫であり、昭和45年の彼の自刃でそれは永遠に潰えたのだ。当時存命であった岸信介の内からさえも、である。安部がそんなものを引き継ぐ訳がない。「真正保守」などというレッテル貼りに安易に乗るから混乱するのだ。
 「靖国参拝」「慰安婦問題」などはへうげもんさんのご指摘通りで日本への攻撃以外の何物でもない。世界の常識ではないか。 これらが真正保守の扇動の道具としての情動装置だと、あなたは嘘をついている。「日本人拉致事件」を俎上に載せられないことを見ればそのことは明白ではないか。「日本人拉致事件」を真正保守の情動装置だと言えないあなたが、なぜ「靖国参拝」「慰安婦問題」は情動装置だと決め付けるのか。加えて 偏狭なナショナリズムが真正保守の下敷きだとはどういう意味か。これらのもの言いこそがアジテーションそのものである。
 大して興味も無い保守を 「真正保守」「真の保守」と選り分けて付け焼刃で論評するのだから、あなたが混乱するのも無理はない。「まともな保守」云々、とは誠に恐れ入る。

Posted by: かかし | 2007.10.13 at 11:19 AM

えげつない反則ボクシングとえげつない試合の番組。まるでここは北朝鮮かと思いました。TBSと亀田親子とスポンサー(パチンコ)の関係見てると何か薄汚いものをみた感じ。日本のマスコミは本当に腐っていて食い物にされていると思う。

Posted by: 見てしまったことを後悔 | 2007.10.13 at 06:40 PM

かとらーさーん シーーン。へうげもんさん、かかしさんの連打を浴びてのびちゃったのかな。今はアメリカの陰謀っていう夢を見てるみたいだからそーっとしておいてあげましょう 中国とか北朝鮮とかの陰謀や工作っていう現実を見なくてすむんだから幸せものですよねまったく あやかりたいあやかりたい

Posted by: とらぶる | 2007.10.14 at 11:53 AM

へうげもんさん、コメントをありがとうございます。
党派的なイデオロギーを流布するのが、このブログの目的ではないことは、おわかりいただいたようですね。
安倍政権は、偏向マスコミのバッシングによって倒れたのではない、むしろその理念の脆弱さによって倒れたのだという私の文章の「偏向マスコミ」という部分に反応されていますが、へうげもんさんも既におわかりのように、私は朝日新聞の回し者でも何でも無いことを十分ご理解ください。ここでいわれている諸問題について、朝日新聞的な立場を支持したこともありませんので、その点もご理解ください(もっとも、朝日新聞というものを読んでいませんので何が朝日新聞的主張なのか正確に理解しているわけではありませんが・・・)。
また、私の文章では「偏向マスコミ」というものが世に存在しないとも、朝日新聞が偏向していないとも言っていません。むしろ、マスコミというものは、基本的に偏向するものだと思っています。「偏向」していることを前提に情報を受け止めるメディアリテラシーがむしろ重要でしょう。それと、従軍慰安婦の問題ですが、朝日新聞がフレームアップした事実があるのなら、その点に関して、池田信夫氏やへうげもんさんのうように、朝日新聞が謝るべきという主張が出てくるのも当然のことと理解できます。しかし、私がここであえて「情動装置」といったのは、朝日新聞なり偏向マスコミを仮想敵にして、自虐史観からの脱却を主張する人々の精神構造そのものが「不熟」であるといいたかったからです。
安倍首相も、よせばいいのに「狭義の強制連行はなかった」などと、中途半端なメッセージを発したために、米国の人権派からバッシングをくらい、慌てて河野談話を追認するというようなみっともない事態になりました。従軍慰安婦が、事実として何人いたのか、軍が強制した証拠が文書として残されているのかどうか、現代史を研究する人にとっては、意味があることでしょうが、国際政治の中における言説としては全く無意味です。
安倍さんとしては「わが日本国は、美しい国だからそんなに非道なことはしてませんよ」と言いたかったのかも知れませんが、国際政治のプレイヤーたちにとって、日本が非道な国であるかどうかは、どうでも良いことです。もっといえば、米国にしろ中国にしろ、もっと非道なことをして、国際政治の中で覇権を握っているわけで、どの国のリーダーも政治や国家というのものは暴力装置であり、非道なものであることを自明のこととわかった上で発言、行動している連中なのです。「慰安婦問題」「南京大虐殺」等々、全てが政治的な文脈の中で言われていることであり、安倍や安倍が鵜呑みにした「真正保守派」の言説などは、ナイーブすぎて歯牙にもかけられないというのが国際政治での現実といえるでしょう。

それと、安倍晋三や朝青龍に対するバッシングが「いじめ」そのものであるというご指摘ですが、朝青龍については同意します。朝青龍に対する非難は、人種差別、文化差別に近い、悪意が感じられて、本当に反吐が出そうでした。
安倍晋三に対するバッシングについても、このブログでも、一国の首相をワイドショーでお笑いタレントがこきおろしている図というのは、いかがなものかと書いています。
しかし、安倍首相は、日本で最高の権力者であり、強者であるという事実を忘れないでください。弱い者いじめをしているというとは、本質的に異なるのであり、批判され、バッシングされて当然の存在なのです。一連のバッシングの中で、もし「安倍=弱者」というイメージが支配的になったのだとすれば、それは、安倍がもともと権力者になる器でなかったことを物語る以上のことでも以下のことでもありません。

かかし氏のコメントは、意味不明で論評する気にもなりませんが、櫻井女史に対するコメントについては、彼女の名誉のために正しておきたいと思います。
櫻井よし子氏の「安倍晋三」批判は、保守派といわれる人々の中では、最も本質を突いたものです。かかしなる人物が不当に貶めているように「ふと私は考えた」などという思いつき程度に述べている話ではなく、言論人として公のメディアで責任をもって述べている話であることを確認しておきましょう。そのことは、彼女の文章を原文にあたって、きちんと読めば百人が百人わかる話です。
ここで、櫻井氏が指摘したかったのは、戦後レジームからの脱却を掲げ、登場した安倍晋三という存在が、「戦後レジームの落とし子」そのものであったという悲劇です。
安倍の脆弱さとは、戦後レジームそのものの脆弱さであり、そうした首相を生み出した、この国の脆弱さそのものといえるでしょう。櫻井氏は、そのことを憂えているのであり、その点については、全く同意するものです。だからこそ「保守の再興」が必要だとエントリー記事の中でも申し上げました。
この「かかし」なる人物、安倍自滅後も、中西輝政のように、手のひら返しで自分とは関係ない風にいわないだけ見上げてものだと思っていましたが、こうした知的不誠実さ、あるいは「不熟」さからは、何も生まれてこないと断言しておきましょう。


Posted by: katoler | 2007.10.14 at 02:58 PM

とらぶるさんとやら、ここは私のブログであることを理解されていますか。人の家に客人として顔を出したら、客人としての分をわきまえ、ふるまうというのが、人間として最低限の礼儀というものでしょう。
今後、私やこのブログにコメントをしてくれる人々を揶揄するような発言をされるようなら、その発言は即刻、削除させていただきます。

Posted by: katoler | 2007.10.14 at 03:30 PM

カトラーさん、ご丁寧なコメントを返していただき有り難うございます。へうげもんです。
右とか左とか党派的なコメントは私も無意味と考えます。ただ子供の言葉を借りれば、左はお洒落な小心者、右はダサイ勇者だそうで、最近の子供は右の方が好きらしいですね。嫌な言い方ですがカトラー氏や私などはお洒落な大人なのでしょう。子供から見れば人気のない左に分類される訳です。
またカトラー氏はかかし氏が苦手なようですが、私はかかし氏の様なタイプは嫌いではありません。普段口が悪くても周りがボーッと一時停止している間にさっと黙って子供の命を救うために動く、命を投げ出す、考えてみれば昔の日本にはそういう大人が数多くいました。私の祖父等も口が悪く当時の私は嫌いでしたが近所の子供が川に落ちたと聞けばすぐに飛び込む、そんなタイプでした。ただ、昨今は子供の命を助ける大人がいなくなっています。あるいは親でさえ子供の命を蔑ろにする、子供が親を殺す、これはどう考えてもおかしい。ささやかながら私の右の本能は告げるわけです。やはり安部氏が唱えた戦後体制の悪しき部分、権利ばかり主張して責任を伴わない、国民の生命財産より私的利権を優先させる、こういったものから脱却し、社会に規律と公共心と公平さを取り戻す。これらは必要なのではないか、若い安部氏にはもう少し頑張ってもらいたかった。これも偽らざる本音です。
私は現在の日本は国民が電車の中で鏡をのぞき込んで化粧・お洒落をしている間に国そのものが喪失しかねない。そんな状況だとすら思うわけです。
子供が言いました。周りの大人は左ばっかり。右なんて滅多にいないよ。

Posted by: へうげもん | 2007.10.15 at 01:10 PM

>もっといえば、米国にしろ中国にしろ、もっと非道なことをして、国際政治の中で覇権を握っているわけで、どの国のリーダーも政治や国家というのものは暴力装置であり、非道なものであることを自明のこととわかった上で発言、行動している連中なのです。

これは全くその通りで同意します。欧米の軍産複合体はすでに中国の台頭を牽制するため日本を噛ませ犬にする計画を立てているかも知れません。
日本の知識層は洗脳・懐柔されているのかその種の危機感度が絶望的に低いと思います。フリーター作家の赤木智弘氏などは、今後結婚もできない俺たちには戦争が起きる方が社会が流動化し希望が見える、と学者顔負けの高度な思考力で現代日本社会の欺瞞性を指摘しています。
前のコメントでも述べたのですがこの閉塞状態が10年も続けば日本社会は更に生気を喪失していき、若い世代の鬱屈した欲求不満が更なる右傾化に繋がっていくと思います。これは日本以上に格差が激しい中国なども同様で、政治がよほどしっかりした対応をしないと2015年ごろの東アジアで戦争が勃発するリスクがあると思います。(中国vs日本、台湾vs中国)

Posted by: へうげもん | 2007.10.15 at 03:06 PM

戦争の話になってしまい後味悪いので最後に思考実験として抽象的・観念的な話ではなく、具体的で訴求力のある話をしてみましょう。
例えば私が首相なら「永世中立国宣言」を国民投票を経て実施する旨を所信演説で述べます。
「我が国は憲法9条の理念を具現化するために、国民投票を経て、永世中立国の宣言をする。これは恒久的戦争放棄の具現化の宣言である。宣言後はいかなる他国との紛争にも関与しない。そしていかなる理由があろうと海外へ完全武装の自衛軍を派兵しない。ただ憲法9条第2項(「戦力放棄」「交戦権放棄」)は削除し「自衛軍」は保有するものとする。即ち、我が国が侵略されたときは侵略者やテロリスト達と戦い自分たちの国を守る自衛権は保持する。その他永世中立国としての地位を確かなものとするため大先輩であるスイス国を様々な観点から見習いたいと考える。近く政府特別派遣団を結成する。国防に関してはスイスのように国民皆兵制はとらない。日本は現在の自衛隊(自衛軍)のまま志願兵制度を維持する。尚、永世中立国となった時点で、周辺事態法を破棄し日米安全保障条約は大幅に修正する。日本周辺で戦争や紛争が勃発しても我が国はどちらか一方に自衛軍を派兵することはしない。しかし、戦争や紛争などによる難民や亡命者が発生したときは、人道的立場から原則として全て受け入れたいと考える。特に日本語を取得し、日本社会に貢献できる者については、速やかに日本国籍を授与したい。」

たったこれだけのことを日本の首相が国会で演説するだけで、内外へのインパクトは計り知れないと思います。政治的結実としては、国民投票法の実施と憲法改正の実現、米中を慌てさせる、国内の酷い既得権層やスパイを駆逐できる、国外からの流入組も増える。一時的に経済は大混乱するものの世界中特にアジアでは大きな衝撃を与えるでしょう。若い世代は興奮するだろうなあ。そして頃合を見計らってNHKを除く民放放送局すべての営業停止を宣言するのです。それこそ自衛軍を出動させて何人かの外国人スパイと交戦してもいいかも知れません。「残念ながら、わが国の永世中立国宣言を妨害する第3国の工作チームの関与が明らかになりました」至極真っ当な理由のもとに。そして地域に根ざしたミニ放送局の解禁を宣言するのです。賄賂談合はダメよ、宣伝工作活動はダメよ、とこれまた至極真っ当な法律のもとに。衰退一方の日本にとって起死回生の一手になるかも知れません。
(実現前に首相含めた関係者がCIAに暗殺されるかも知れませんが)

Posted by: へうげもん | 2007.10.15 at 03:53 PM

横レスッす。

へうげもんさん、面白いけど突っ走り過ぎ。
「永世中立」についてはその可能性があれば具体的方策や有り様について政府が責任を持って国民に掲示を試みる所までで、今のところ良いんじゃないでしょうか?
それが善意から始められても、一つ間違うと独裁や軍政や全体主義に陥りそうだと思いました。
最近、以下のブログエントリーで面白いモノを見つけました。
http://obiekt.seesaa.net/article/60383840.html
地政学的な諸条件があるので朝鮮半島が日本や中国の真似をしても合致しないように、日本が中立するのは難しいと思います。
戦国時代を経た日本人は中立を押し通す事の難しさを十分知っていると思います。

まぁ他人様のブログで脱線話はこの辺にしときましょう。
カトラーさん、すみません。

Posted by: トリル | 2007.10.15 at 10:31 PM

へうげもんさん、素晴らしいジャンプ力ですねえ。
「諸君!」の二番煎じみたいな議論を辛気くさくやってるのが、ばかばかしくなるぐらい素晴らしいジャンプですね。
「永世中立」というコンセプトに対する心意気は良くわかります。「地政学的に無理があるのでは」というトリルさんの指摘ももっともですが、太平洋圏という視点に立った場合、日本は、もともと中国、米国の影響力の狭間にポジションしていて、将来、両者の力が均衡した場合を考えると、その力の空白点を求めて中立ポジションをとるというのは、ひょっとするとあり得る話かもしれません。
太平洋圏が、米国と中国の2軸によって構成されるなどということを仮定すると、「真正保守」の皆さんからは、また、顰蹙を買うことになるかもしれませんが、日本という国は、長いこと、世界の中心から、少し身をずらした風下に自分を置くことで、柔軟に物事を受け容れ、それを発展の糧にしてきたという歴史があります。
もっと言えば、日本という国は、歴史的にいえば、中華思想や、米国流グローバリズムにとって代わるような、「世界理念」を一度たりとも打ち出せた例はないのです。世界の中心には自分たちがいるのだという思いこみ(理念)を持つことが、この国には似合わないことを自覚するなら、大国の力が均衡した空白地点に、自分の足場を求めるという考え方もありうるのかも知れません。
しかし、ただでさえ内向きになっている今の日本で「永世中立」をいうことは、精神的「鎖国」と同じような意味もしくは、社会的な作用を持ち、全体主義的なセンチメントを後押しすることになるというトリルさんの見方に賛成です。

Posted by: katoler | 2007.10.16 at 07:09 AM

少しは楽しんでいただいたようで有り難うございます。永世中立国が高い軍事防衛力を必要とするのは常識なのですがこのことを知らない人はまだ多いようです。特に沖縄では非武装中立論がまだ生きているようです。さて私は沖縄と尖閣諸島は中国に併合されると見ています。理由は2つです。1つは次期大統領候補のヒラリー・クリントンは中国と戦争してまで尖閣諸島と沖縄を防衛しないだろうということです。中国はビル・クリントンの時の第7艦隊の前で何も出来なかったことを忘れてはいません。「今度はおまえの旦那の時にみたいにはいかんぞ!」というわけです。米国に睨みをきかす中国原潜の配備も確実に進んでいます。2つ目が日本の自衛隊の弱さです。私を含め多くの日本人は認めたくないでしょうが日本の自衛隊は弱いと思います。最初に気がつくのは尖閣諸島の攻撃を始める中国軍かも知れません。米国の支援が無い日本の自衛隊は哀れです。若い兵士は逃げ出すかも知れません。仕方有りません。我々の子供なのですから。
逃げ出した若い自衛隊を日本のマスコミは援護するでしょう。「うん。うん。いいんだよ。誰だって死ぬのは怖いんだから。うん。いいんだよ。よく頑張った。よく頑張ったねー。あいまいな日本でいいんだよ。あいまいあいまいあいまいまい。」よくみると萩本欽一と大江健三郎がTV出演。このバカまだ生きていたのか!(失礼)平成の日本ではまともな兵士など育成できなかったのです。あまりにも弱い自衛隊にビックリした中国は「何だこれは尖閣だけじゃなく沖縄もいけるぞ、やってしまえ!」と勢いづきます。勿論沖縄在住の米軍と戦闘になりますが(米軍は逃げませんよ)日本の自衛隊が弱いために、米軍は自衛隊や自分たちの家族や市民を守りながらの戦闘を強いられ、最初から全力投球の中国軍の前にあえなく撤退します。さて、尖閣と沖縄を失った日本はどうするか?などと色々考えて先の永世中立国宣言を考えついたわけです。私の真意をお汲み取り下さい。こうならないためには昔の特別高等警察(いわゆる特高)のようなものが必要です。ターゲットをCIAとそのエージェントに絞ります。何人かのCIAを拘束したり銃撃戦で殺傷したりします。当然米国は怒るでしょうが無視して工作活動の内容を公開します。そして徹底的な防諜活動を行うのです。そうすれば中国もロシアも北朝鮮もおとなしくなるでしょう。米国への恐怖心。これが何より日本をダメにしています。
おい!何だっらもう1回戦争やるか!今度は負けないぞ!という位の気概を持たないと(中国は確実に日本に対してそういう気持ちを持っていますよ)日本は浮上しません。経済だけ見ててもダメなんです。以上、日本国首相へうげもんでした。

Posted by: へうげもん | 2007.10.16 at 06:32 PM

最後の話は蛇足でした。反省しています。へうげもんです。
キーボードに慣れてしまうと頭の中に浮かんだ言葉をそのままリアルタイムで送信してしまいます。私の一連のコメントも瞬時に送信してしまいました。これではチャットと変わりません。話し言葉と書き言葉はきちんと区別して、こうしたコメント欄一つとってみても一時停止して読み返してみる礼節のようなものが必要だったと反省しています。ブログ主催者は匿名でも、記事を主体的に発信し続ける責任から逃れようがありません。その労苦は今のネット社会では大変なことだと思います。炎上のリスク、全く読まれないリスク、場合によっては脅迫のリスクなどもあるでしょう。私は、カトラー氏の記事は評価しています。とても読みやすく、正確で斬新で、現代の日本と世界のさまざまな問題点を丁寧に洗い出していて、読みごたえがあります。勿論、記事は話し言葉ではありません。ちゃんと質の高い書き言葉になっています。一定の読者やトラックバックを獲得できている所以でしょう。今後とも静かに読まさせていただきます。それから、かかし氏も同じだと思いますが、時々噛みついてくるのは、それだけ注目値や期待値が高いことの裏返しである側面があることも忘れないでください。注目されることによる多少のリスクはあります。あと、政治や宗教の記事は慎重に。以上。今度こそ最後です。へうげもんでした。

Posted by: へうげもん | 2007.10.17 at 11:02 AM

へうげもんさん、ご声援を心から感謝いたします。確かにネット空間で自分の考えを晒していくことには、嫌なことや頭にくることも色々ありますが、へうげもんさんのような方から思わぬ視点からコメントをいただいたり、こうして応援していただくと、続けていく意味を感じることができます。
今後ともよろしくお願いします。

Posted by: katoler | 2007.10.18 at 08:11 AM

 とうとう櫻井よしこ氏の名誉を不当に貶める知的不誠実な悪者にされてしまったようだ。ばかばかしくて怒る気にもならないが、一応反論だけはしておく。
 あなたの生半可な保守への認識が決め付ける、未熟で精神構造が不熟な、まともな保守とは言えない青白い扇動者である櫻井氏に、あなたが守ってあげなければならない名誉がまだ残っているという、まずはそのことに驚かされた。 
 安倍と共に彼女自身をも貫く切っ先であるという櫻井氏の「安倍批判」の内容こそが安倍政権崩壊の本質なのだと、彼女に代わって強弁する。それを彼女の名誉のためだという。いや、あなたはそのように言っているのではななさそうだ。あなたは「櫻井氏の安倍批判そのものは思い付きではないにも拘らず、このかかしなる人物はふと私は考えたなどと彼女と彼女の安倍批判を単なる思い付きだと貶めた」と言って見せている。そのことで 私が最も伝えたい「このような安倍批判は安倍政権崩壊の本質ではない周辺ごとだ」を葬ろうとしたのではないか。なかなかに手が込んでいる。
 また、事実誤認を伴った偏ったあなたの保守観を指摘した部分は「意味不明」の一言で切り捨てる。
 その上これら私のコメントへの感想らしきものが私意外へ向けて発せられている。女子高生の捨て台詞「意味わかんない」でさえ、対峙する意趣返しの相手に向けて発せられるだろうに。
 あなたは客観的に眺めなければならないはずの政治的現象の論評の場にあなたの意地と面目玉を持ち込んでしまったのではないか。
 
 櫻井氏は、安倍総理の辞任会見を聞きながら、『ふと私は「安倍政権こそ”戦後レジーム”そのものだったのではないか?」と考えた。』(原文)と、言論人として公のメディアで責任をもって記述している。そのことは改めてあなたから確認を促されるまでもない。
 私の駄文、『彼女が「ふと私は考えた」と記している程度の言及に過ぎない』は、あくまで「周辺ごと」にかかっているのであって、『彼女が「ふと私は考えた」と記している程度の言及に過ぎない』いい加減な「思い付き」だ、 と言いたかった訳ではない。「ふと・・」という表現に私が「周辺ごと」の匂いを嗅ぎ取ったということだ。
 その「ふと私は考えた」という彼女の表現が「断じて思いつき程度のものではない」と、あなたが力(リキ)んでいることをとやかく言うつもりはない。私にとっては「思い付き」だろうとそうではなかろうと 安倍の生い立ち話は周辺ごとなのである。櫻井氏の名誉?を貶めてまで彼女の安倍批判を「単なる思い付き」とこき下ろす必要性を最初からまったく感じていない。櫻井氏ほどの論客が安倍の生い立ちを安倍政権崩壊の本質と考えて思考停止に陥るはずはないからだ。櫻井氏による「諸君」の寄稿文では、冒頭の「戦後体制そのものだった安倍政権」という小見出しの後に六つの小見出しが続くのである。「正論」11月号での彼女と日下公人氏との対談『戦後体制からの脱却なくして日本の繁栄なし』ではまったくそのことに触れていない。周辺ごとなのだから当然だろうと私は思っている。本質への言及が主になるのもまた当然なのだ。そこがあなたと櫻井氏の安倍批判における決定的な違いなのである。安倍政権崩壊へのすべての道が安倍のおぼっちゃん性に通じているわけではないのだ。
 ともかくあなたは、私が寄せたコメントに何一つ答えていないということだ。大した知的誠実さだと申し上げるほかはない。
 返答を強要しているのではない、無視してくれて一向に構わないのだ。返事がないことを理由にしてあなたに噛み付いたことは一度もないではないか。ただ、私のコメントに反応するのなら、あなたの安倍批判のような搦め手からのアプローチでは知的不誠実さ同様 何も生まれてこないと申し上げておく。

Posted by: かかし | 2007.10.21 at 12:45 PM

荒らしは他でやりましょう。

Posted by: 通りすがり | 2007.10.26 at 02:17 PM

櫻井よしこ女子の髪型をなんとかしてほしいです。

Posted by: のしのし山女子大生 | 2007.10.29 at 07:40 PM

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