耐震偽装問題の彼方に見える「住宅金融革命」という陰謀?
【改正建築基準法】自民党が改善を要請、冬柴国土交通大臣は制度見直しを否定
建築基準法改正に伴い建築確認の停滞などが生じている問題で、自由民主党国土交通部会は10月4日、冬柴鉄三国土交通大臣に対し、確認制度の見直しを含めた改善策を検討するよう求めた。 (nikkeibp.netより)
今年の6月に改正された建築基準法の運用をめぐって、建築業界が大変なことになっている。
耐震偽装問題などが、社会問題化し、行政の対応も問題視されたことから、もっと規制を強化する必要があるとして、建築基準法が改正されたのだが、その運用についても著しく厳格化され、家づくりの現場から悲鳴の声が上がっている。
家を建てた経験がある方なら誰でもおわかりになると思うが、建物を建てる時には、それぞれの自治体に事前に建築確認申請を提出し、建築確認を受ける必要がある。いったん申請した設計プランに変更などが生じた場合、従来は、現実に即してある程度柔軟に対応されていたものが、この6月からは、申請途中の設計変更や、現場での仕様の変更などが一切認められなくなってしまった。
仮に設計変更などが必要になった場合は、最初から建築確認申請を出し直さなくてはならない。その結果、工事の遅延や、いつになったら、建築確認が下りるかという目処もたたないという状況が、各所で発生しており、8月の住宅着工戸数がマンションで6割、戸建てで3割も落ち込むという、とんでもない状況に陥っている。
大幅な落ち込みを見せる住宅着工戸数
当初、国土交通省は、遵法精神にのっとって法律の運用を厳格化することが社会的にも求められていると開き直っていたが、社会的な批判が高まり、冬柴国土交通大臣が釈明するという事態になっている。しかし、役所の対応は常にそうだが、今回の大混乱の責任が役人にあるとは口がさけてもいわないわけで、あくまでも新制度移行時の過渡的な問題であり、現場が新制度に習熟すれば、問題も収拾されるという態度を変えていない。
以前、このブログで「あたり前の家ネットワーク」のことを取り上げたが、そのことが縁で、このネットワークの会員で、東京町家という高名なブログを立ち上げておられる迎川さんとブログによる往復書簡をはじめさせていただいた。工務店の経営にも携わり現場の問題も熟知されている迎川さんから建築業界が大変なことになっているということを聞き、以下のような文章を書かせてもらった。
●カトラーより : コンプライアンスよりコモンセンス
「・・・昨年の夏のことを思い出すと、建築業界を揺るがした耐震偽装問題の公判が始まり、日本中の目が集まりました。それから1年が経過し、この6月20日 には、この事件が契機になったといってもよい改正・建築基準法が施行されましたが、とんでもない混乱が家づくりの現場で起きているようです。・・・(中略)・・・
そもそも、建築基準法というもの自体が一般人にとっては馴染みが薄い存在です。特に、私が住んでいる下町などでは、もともと違法建築物が多く、大工 さんなども基本的には「法律じゃあ家は建たねえよ」という調子ですから、建築基準法などは、時々拝んでればよい「ご本尊」みたいなものとして考えられていました。
それが、今般の「改正」では、建築基準法を厳しく遵守することが行政側や業者に求められているようなのです。ご本尊どころじゃない、強面のお巡りさんが突 然現れたという感じでしょうか。日本中を揺るがした耐震偽装問題ですから、法律の運用を厳しくするのは当然かもしれないと思う一方で、大企業などで導入さ れている「コンプライアンス(法令遵守)」などという窮屈な考え方を家づくりの現場に持ち込むことには大きな疑問を感じます。
確かに、地震の際などに人の命に直接関わる建物の構造などについては、法律に基づくチェックを厳しくすることが必要と考えますが、内装用のクロスの 品番まで、大臣認定がとれたものかどうか、建築確認申請の段階で役所から確認書類を求められたというような話まで聞こえてきます。・・・(中略)・・・『コンプライアンス』とは、内部統制が組織の隅々までききにくい大企業を対象に言われはじめたことであり、家づくりの現場には馴 染むものではないと思います。下町の大工の棟梁が「法律で家は建たない」といっていたのは大変正しくて、その真意は、何も法律を破ってもいいということで はなく、法律以前に大切にしなくてはならないものが、家づくりの現場にはあるということなのではと考えています。
それは、迎川さんたちの活動に即していえ ば、家づくりに欠かせない『コモンセンス(あたり前)』ということなのだと思います。コンプライアンスよりもコモンセンスのほうが、家づくりにとっては必要なのではないでしょうか」
こう書きながら、釈然としないものが、ずっとひっかかっていた。今回の改正建築基準法をめぐる大混乱は、基本的には、役所の準備不足、怠慢に起因すると考えられるが、ここまで社会的な混乱を生じさせながら、なおかつ態度をあらためようとしないのは、他に隠された政治的意図があるのではないか。深読みすれば、その意図のためにこうした混乱をあえて生じさせているのではないか・・という疑問である。
そんな疑問に対して、迎川さんからこんな驚くべき回答が返ってきた。私の釈然としない、ひっかかりに見事に答えてくれているのだが、それはとんでもないホラーストーリーだった!
●迎川さんから : 建築基準法改悪による混乱
「悪い夢を見てしまいました。これは夢ですからあくまでもフィクションです。
A;両国の経済発展のために取り交わした年次要望書に従った法改正は進んでいるんだろうな!
N:・・・それが、大蔵がなかなかいい顔しなくて・・・努力しています。
A:そんな事言ってるからだめなんだよ。我が国が大恐慌の時どんな政策を採って社会秩序を立て直したか知っているだろう。今それを断行しなきゃ、あなたの国の将来は無いね。
N:ニューデール政策はもちろん知っていますが、なかなか日本の社会に馴染まなくて・・・。
A:大蔵に遠慮して、未だに人の命を担保に住宅資金を貸しているなんて、話にならんよ!
N:それは判っているんですが・・・なにしろ大蔵が。
A:その結果がどうだ。保証責任能力も無い建築家や工務店がはびこり、いい加減な家をつくるから、住宅は使い捨てにされちっとも社会ストックにならないの だよ!ニューデール政策を断行した我が国は、平均で75年以上の住宅耐用年数なのに、日本はその3分の1しか持たないじゃないか。いつまでこんな無駄を続 けるつもりだ!
N:早急に国会に建築基準法改正案を提出して・・・。
A:法案が通る見通しがあるのか?今回だけはなんとしてもノンリコースをやってもらわないと困るんだ。こっちとしても、サブプライムがかなりやばい事になっているんだ。時間が無いんだよ!
N:はぁ、早急に善処しますので・・・。
A:そんなんじゃ困るんだよ、日本の金融は大蔵が守ってくれたおかげで、よだれが出るほど美味しい市場になっているんだからな。ちょっとこっちに来なさい・・・・・・。
N:え~ぇっ・・・そんなぁ、無理ですって。大変なことになりますよ。
A;じゃ、他に名案があると言うのかね。
N:いや、それは・・・。
A:やる気ないんじゃないか!耐震偽装しているマンションの一つや二つあるだろう。直ぐに探せ!
N:は、はい。判りました。
A:もう一度言う、人の命を担保に金を貸すのは間違えだ。きちんとした建物の建築基準を創り厳格な検査を行い、資産価値のある住宅にして住宅自体が担保に なるようにしなくては社会資本にならない。長期に渡りその機能を維持し資産価値が残る家をつくる為のチェックリストを早急にまとめなさい。ニューデール政策の時に創った基準があるから、これを下敷きにしなさい。
N:はぁ・・・。
A:欠陥マンションで不安を煽れば、マスコミも動き、大蔵だってノンリコースを認めないわけにいかないだろう。ローンのために危険なマンションに住み続けるなんて馬鹿げている。ノンリコースにすれば、欠陥マンションから出てしまえばもうローンから開放されるんだから、新しい生活に歩み出せるんだ。
N:なるほど・・・。
A:これで日本からわけのわからん粗悪な住宅も無くなり、社会ストックが重ねられる。そうなれば我が国の金融機関が大手を振って住宅市場を席捲できる。・・・・・(後略)・・・」
迎川さんが見た、「悪い夢」によって、怖いぐらいに私の中で引っかかっていた疑問は氷解した。
新築住宅が、年間100万戸という米国並みの日本の住宅市場、正確には、その巨大な「住宅金融市場」を某国のために開放するという狙いが、現在の混乱状況の下図として存在するとしたら、これは大変な陰謀といえまいか。
サブプライムローンの破綻が、伝えられているが、某国の住宅ローンの基本になっているのが、ノンリコースローンである。この場合、住宅(不動産)の価値は収益性によって換算される。ある住宅が、賃貸市場において、年間100万円の賃料が稼ぎ出せる物件で、その時の金利を仮に5%とすれば、この住宅は2000万円(100万円÷5%)の資産価値があるものと見なされる。迎川さんの悪夢においても紹介されているように、この場合の資産価値は、物件の収益性に依拠していて、個人の返済能力に依拠する日本の一般的な住宅ローン(遡及型リコースローン)とは大きく異なっている。
そして、収益性と金利という2つのパラメーターで評価されるということは、不動産(住宅)も他の金融商品と同じ土俵で証券化されることを意味し、今般のサブプライムローン破綻によって明らかになったように、証券化された住宅ローンは、グローバルマネーの流れに乗って、世界中にばらまかれていくことになる。金融超大国である某国にとって、日本の巨大な住宅市場が、金融によって風穴が開けられ、グローバルマネーの流れに組み込まれることは極めて魅力的に映るだろう。
迎川さんは、「悪い夢」とあえて表現されているが、これは、かなりの確率で正夢になるのではないか。
急速な縮小が予想される日本の住宅市場
そう考える理由はいくつかある。第一には、日本がこれから迎える急速な少子高齢化とそれに伴って業界再編が進むことだ。現在の年間100万戸に達する住宅市場は、今後10年間で50万戸程度まで縮小するともいわれている。マーケットが半分になるのが確実なのだから、当然、業界では大きな再編や淘汰が進むことになるだろう。耐震偽装問題を機に規制を強化し、「法令遵守(コンプライアンス)」を踏み絵にして、業者の選別・淘汰を進めるという当局のシナリオが透けて見えてくる。具体的には、工務店の切り捨てが進行することになるだろう。このシナリオに基づけば、いくら腕が良くても関係ない、役所の指示や、それに必要な書類をちゃんと準備できない大工や工務店は、さっさと退場していただきましょうということになる。
こうして住宅建設のプロセスが標準化、形式化されることは、他方で住宅の資産としての評価を容易にする。すなわち、建物としての性能評価と市場における収益性評価という2軸が構成できれば、住宅そのものに担保価値を持たせて、ファイナンスするノンリコースを導入する基本条件が揃うことになる。
日本の銀行もノンリコースローンに飛びつく?
日本の一般住宅市場に、個人の返済能力ではなく、住宅そのものの資産価値を担保とするノンリコースローンが導入されることになれば、それは確かに「日本の住宅金融革命」といってもよいインパクトを持ちうるだろう。
迎川さんの「悪い夢」が正夢になる可能性が高いといえる、もうひとつの理由は、そうした「住宅金融革命」を日本の金融機関も歓迎することが予想されるからだ。金余りといわれる現在、大手銀行にとって、消費者金融と住宅ローンが、集まった預貯金の運用先として数少ない成長分野になっている。このまま住宅市場の縮小を黙って見ているほど日本の銀行もお人好しではない。ノンリコース型の住宅ローンが融資を拡大できる切り札になる可能性があるならば、何の躊躇もなく飛びつくに違いない。実際、米国では、このノンリコース型のサブプライムローンが住宅ブームを支えた。その結果、返済能力の無い人々まで住宅取得に走ったために、破綻をきたし、世界経済を揺るがしていることは、知っての通りだが、そうした前例があるにもかかわらず、日本の金融機関としては、色々、もっともらしい理由や制限をつけて、このサービスを導入したがるだろう。
問題は、「住宅金融革命」が正夢になった時、一般生活者にとってそれは、それは、「良い夢」なのか、それとも「悪夢」になるのか、ということだ。
私自身は、自分が過去においてハウスメーカーに家を建てさせた経験から、家というものを商品として扱うハウスメーカーのようなサラリーマンの手に委ねるべきではないと考えている。家とは、自動車のようにカタログに並べて売りまくる商品ではなく、それぞれの家族の生活史や地域の文化を背負った作品だと思っている。「住宅金融革命」によって、腕のいい工務店が排除され、日本中、顔の無い同じような住宅が幅をきかすことになるのなら、そんな「革命」は、まっぴらごめんだ。
(カトラー)



Comments
この問題、「戸建住宅」と「集合住宅」は切り分けて考える必要があると思います。
知人で(姉歯物件よりもっと前から)ある分譲マンションの深刻な問題と闘って苦しんでいる方がいますし。
戸建でも、世の中「腕の良い信頼できる地元の工務店」
だらけだったら理想ですが、そんなことないですよね。
<地震国>に米国の基準を持ち込まれても困りますが、人生最大の買い物には100年の耐用年数を望みたいです。自分には家を買うという日は一生来ないと思いますが。
Posted by: ちょっと気になりまして… | 2007.10.14 at 09:06 AM
うーん、分譲・賃貸は大手に。
それ以外は施主指導の体裁で300万以下の小口発注に、かな?
現実的じゃないけどセルフビルドが良いよ
Posted by: トリル | 2007.10.14 at 11:04 AM
権力者は「時計の針を回す」能力を有した人々です。今回の改正は、戦後の大政策である、100万戸の住宅建設の政策転換が開始されたと考えるのが穏当です。着工数が減ったとしても、住宅政策が国家の経済政策の根幹である点は、間違いありません。「100万戸の粗製濫造から長耐久性の資産型住宅へ」この政策転換ではないでしょうか。一見、この政策転換は耳障りがよく、消費者のマインドを動かしそうです。福田首相は、「200年住宅」の推進者でもありましたし、所信表明演説でも「生産者理論から消費者理論への転換」という一節が仕込まれていました。
しかし、その背景には1000兆円を超える日本人の個人資産の行方を巡って、激しい資本・金融戦争が仕込まれているとしたら、見方も変わってくるでしょう。
Posted by: あたり前 | 2007.10.14 at 12:37 PM
>それぞれの家族の生活史や地域の文化を背負った作品
数世代に渡って一つの地域で暮らすのなら兎も角、核家族化以降の家なんて、所詮一世代が住んだら終わりだから、そんな大層なものでもないような。
終身雇用も右肩上がりの給料も崩壊した昨今、日本型の「遡及型リコースローン」って維持可能なのか?って方がよっぽど疑問です。
Posted by: とおりすがり | 2007.10.14 at 08:39 PM
ご紹介ありがとうございました。
カトラー流の包丁さばきで、私の荒い素材を美味しく調理していただきまして感謝します。私自身読んでいて、自分の中で漠然としていた部分の霧が晴れるのを感じました。
今回の法改正は、アネハ問題に対応しただけにしては大げさすぎ、現場がこんなに混乱しているのになんら対策が出ないことに不自然を感じています。
こんな時、私の癖で、この法改正で得するのは誰かと考えた時、日米間の『年次改革要望書』が頭をよぎり、これは建築の問題ではなく、実は金融の問題だったんだと仮説を立てました。
こんな事で一定に高品質で高耐久な金太郎飴みたいな家が日本中に建って、それが国民にとって本当に豊かなのかと疑問に感じています。
Posted by: 東京町家 | 2007.10.15 at 10:44 PM
東京町家さん、皆さん、コメントをありがとうございます。
10月14日付けの朝日新聞が、1面トップで、改正建築基準法をめぐる問題をレポートしていました。この問題に社会の関心が集まることは、基本的によいことだと思います。
「新制度の方針そのものは間違っていない」が「設計者を信頼せず書類のあら探しに終始するのは問題だ」という東京工業大学の和田教授のコメントを引きながら、役所の対応についても疑問を呈するという内容になっていました。
他のメディアも含め、批判を受けはじめた役所の対応ですが、耐震偽装問題で批判を受けたことに対するアリバイづくりという面が強く、「行きすぎるぐらい規制をやっている」という形で受け止められかたをすることは、実は既に織り込み済みで、本心では歓迎していることなのかも知れません。コンプライアンスをいうことは、確かにわかりやすいですが、家づくりやものづくりの能力を退化させることにもつながりますね。
Posted by: katoler | 2007.10.16 at 08:14 AM