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世界中が日本を真似はじめた?② 村上隆の戦略

Murakami_book 前回のエントリーに引き続き、オタク文化について考える。
この問題を考える上で、まず俎上に上げなくてはならないのが、「村上隆」という存在だ。

村上隆については、ルイ・ヴィトンのモノグラムをデザインしたりしているのを見ると、ずいぶん商売上手なアーティストだなという印象を持っていたぐらいで、もともと関心が薄かった。

けれども、昨年、村上が書いた「芸術起業論」という本を読んで、日本のアーティストには珍しく、世界市場で勝負するという覚悟と戦略性を持った人物だということが良くわかった。この本は、芸術論としてよりも、むしろビジネス書として読んだ方が面白く、得るところが多いだろう。

先のエントリー記事でも紹介したように、現在、村上は、ロスアンゼルス現代美術館(MOCA)で「大回顧展」と銘打った展覧会「© MURAKAMI」を開催している。
大回顧展としたのは、これまでの村上の仕事を総括する意味合いとその仕事を生み出す母胎となったオタク文化と現代アートの世界に対して、新しい立ち位置を示していくことの宣言と捉えることができる。

Murakami_art 芸術とコマーシャリズムの融合?それとも金儲け主義か

「© MURAKAMI」と展覧会のタイトルにあえて「©:著作権保有」の表示をしているのは、字義通りに取れば、MURAKAMIが著作者としての権利を有しているという意味になるが、もうひとつのメッセーが込められている。

それは、MURAKAMIの作品あるいは村上自身が複製可能な存在であるということ、あるいはそうした複製イメージの世界(コマーシャリズム)に身を置くことの宣言と考えられる。現代美術の世界において、作品あるいは作家が複製可能な存在であることを最初に表現したのは、アンディ・ウォーホールだが、村上はそれをさらに推し進め、アート(芸術)作品とコマーシャリズムを融合させるという企てに一歩踏み出した。

MOCAで村上の回顧展を開催するにあたり、物議を醸した問題がある。展覧会の一環として販売コーナーを設け、村上が制作したハンドバック(800~900ドル)を販売することを開催の前提条件としてMOCAに求めたのだ。MOCAは非営利団体であり、モノを販売することなどは、過去に前例の無いことである。この件についてWIREDのブログで、MURAKAMIは究極のキャピタリストであり、「Works」の仕事などで充分儲けているのだから、展覧会におけるグッズの販売の利益はMOCAに寄付すべきではないかという批判記事が書かれたように「芸術と商業の融合」と高尚なことを言っているが、結局、金儲け主義に過ぎないのではないかと眉をひそめた者も多かった。

アニメを制作してハリウッド進出も目指す

村上にしてみれば、こうした批判はあらかじめ織り込み済みであって、モノを販売したことのないMOCAだからこそ、展覧会のコンセプトの一環として物販を行うことに意味が生まれると考えている。
Murakami_concept 村上隆は、自分の創作行為を「オタク文化の翻訳」という言葉でこれまで表現してきた。マンガ、アニメ、フィギュアなど日本のポップカルチャーの膨大なイメージの堆積から、DOB君Miss Ko2といったメタ・イメージをアート(芸術)作品として昇華させた。芸術と商業(コマーシャリズム)の融合とは、その逆のプロセスを構築し、往還構造を実現することが目的となる(図)。

だから、今回の展覧会では、短編だが、アニメ作品の制作も手がけており、将来的には、これを足がかりにハリウッド映画にも進出すると村上は述べている。アーティスト(芸術家)が、映画などマスカルチャーの世界で活躍したり、ウォーホールのように、キャンベルの缶スープや、マリリン・モンローの顔などのマスイメージを取り込んで作品化するというようなことは、これまでも行われてきたことであり、特に新鮮味はないが、アートの世界で育ったイメージが、逆にマスカルチャーの世界に還っていくという流れを創った者はまだいない。村上が狙っているのは、その往還構造を実現することでアートと大衆文化の間に存在する壁を溶解させてしまおうという企みだ。
それは、「芸術」から見れば、芸術の領分を消滅させることに繋がり、「オタク」から見れば、ハリウッドに進出するMURAKAMIは、もうオタク文化の同伴者であることを止めたというように映るであろう。
別の言い方をすれば、MURAKAMIを世界的なアーティストに育てたオタク文化や現代アートの世界から決別し、「© MURAKAMI」の世界に入っていくという意味で、MOCAの展覧会は「大回顧展」と位置づけられるのである。

「© MURAKAMI」がめざす新たな立ち位置

それにしても、「© MURAKAMI」が指し示す、オタク文化からも現代アートの世界からも距離を置いた、新たな立ち位置とは、一体、どんな風景が見える地点なのだろうか。
村上は昨年上梓した著書「芸術起業論」の中で、オタク文化とアートの関係について次のように述べている。

「オタク文化の翻訳で思うのは、オタクというのは、やはり世の中で言われているままの文化であるということなのです。現実逃避からはじまり、欲望に肉薄している暗い表現」
(「芸術起業論」より)

村上は、このように指摘した上で、そうした自閉的なオタクの表現が成立した根拠を日本の戦後文化の在り方に求める。そこに欠落していたのは「国家」という中心基盤である。

「日本の戦後文化は『国家』の中心基盤が抜き取られているところがあります。明治維新には、国家という基盤があったからこそ日本画も洋画も生まれたのだろうし、芸術は歪みながらも前進できた時期がありました。戦後の日本は国家の基盤自体を紛失したために、戦争するしないも含めて『国家』が考えるということを、うまくできませんでした。その状況こそが、実は日本の平和のなりたちであり実態でもあると思うんです。『国家』を取り上げたらふぬけた世界観が蔓延したという実例が日本で、そういう世界の芸術はアニメや漫画という卑近なところに出現することになるのです」(「芸術起業論」より)

芸術というのもの成立起源を考えていくと、実は、「芸術」という概念それ自体が、国民国家の成立と対のものだったことがわかる。村上が指摘するように、明治政府の庇護を受けて日本の近代美術が始まったように、歴史的にいえば先進資本主義国では、芸術家のパトロンとしてのブルジョアジー、日本のような後進国では、国家の庇護があって初めて、工芸品や装飾品とは切り離された「純粋芸術」が成立した。そして、戦後の日本では、国家という背骨が抜き取られてしまったことに加え、米国のように芸術家のパトロンになるような圧倒的な成功者も存在しなかったために、「ふぬけた世界観」に裏打ちされた芸術しか成立しえなかったのだ。

私が村上隆という「芸術家」を評価するのは、村上がそうした「ふぬけた世界観」に裏打ちされた文化として「オタク文化」を位置づける一方で次のように世界を見ているからだ。

オタク文化のふぬけた世界観が世界から共感をうける

「『国家』を取り上げたらふぬけた世界観が蔓延したという実例が日本で、そういう世界の芸術はアニメや漫画という卑近なところに出現することになるのです。つまり日本人の敗戦後の『基盤を抜き取られた世界観』は、今後世界中で共感を受ける文化としてひろがるのではないでしょうか」(「芸術起業論」より)

「基盤を抜き取られた世界観」が、これからの世界を席巻するだろうというニヒリズムこそ、村上がオタク文化の同伴者として、心に飼い続けている魔物であり、アーティストとしてこの世界を見透す眼力の源泉になっている。前回のエントリー記事で紹介した、オタク文化の世界的な広がりや、村上隆の世界市場での突出した成功を引き合いにして、後出しジャンケンよろしく「日本文化」の優位性を言い立てるインチキ政治家や学者、国粋主義者の連中は、村上のこの一言で息の根が止まってしまうだろう。

すなわち、村上隆あるいは「© MURAKAMI」とは、オタク文化を武器に「芸術と国家」の共犯関係を無化・破壊してしまう革命家あるいはテロリストといった方が適当だ。

「© MURAKAMI」が、実際には何処に向かっていくのか、それは、今後の村上隆の仕事を見ていくしかないだろう。
芸術と国家の共犯関係を無化しつつ、オタク文化の閉鎖性とも一線を画した、新しいマスカルチャー表現を創造する・・・「© MURAKAMI」が直面している、これからの課題を整理すれば、こんなことになるかも知れないが、それは相当に困難なテーマであることは間違いない。しかし、その困難な隘路を「表現」という「破壊と創造」行為によって乗り越えていく者のことを、アーティストあるいは革命家と呼ぶのだろう。

(カトラー)

関連記事:「美しい」国より「おとな。but カワイイ」国

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Comments

村上氏を持ち上げすぎのような気がします。
以前ジブリの人から聞きましたが皮をむいていくと根っこには土着の文化があってそれを表現していかないと世界中が大国の資本一色になってしまうと言ってました。トトロや千尋は日本の文化であってそこから国がスッポリ抜けたものではないでしょう?

Posted by: sab | 2007.12.03 at 02:20 PM

sabさん、はじめまして。コメントをありがとうございます。同じように村上隆を持ち上げ過ぎたよ!と何人かの人にいわれました。相当、評判が悪いみたいですね。
土着の文化にこだわろうというのは、大賛成です。但し、麻生太郎や浜野保樹は、マンガ、アニメが世界で喝采を浴びていることをとらえて「日本国の文化は、すばらしい」と国の文化の優位性を言い立てているわけで、そんな文化に優劣をつける考え方は、オタク文化には、もともと似合わないよということです。

Posted by: katoler | 2007.12.03 at 07:19 PM

私も、村上氏は生理的に受け付けません。それに、ケチんぼだという評判を聞いていますので、「野暮な殿方だ」とほぼ無視しておりました。
しかし、麻生太郎や浜野保樹といった方々に比べれば、全然マシで筋が通っていると思いました(しかし、まだそれでも生理的に受け付けませんが・・・・)。

なので、村上の悪口を言う人たちは、こういうナショナリストたちの気持ち悪いオナニスムを攻撃するべきだと思います。

Posted by: ひよひょ | 2007.12.04 at 12:46 AM

Well done!
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Posted by: David | 2007.12.10 at 03:59 AM

Posted by: Phyllis | 2007.12.10 at 04:03 AM

> 相当、評判が悪いみたいですね。
こういう人も立派な人がたくさんいます。
日本のアート界では異物で嫌われ者のようですが、LVMHのベルナール・アルノーさんとか、欧米での評価は正反対のようです。
いずれにしても、会って何回も話すようにならないと本当のところはわかりません。
どちらにしても鵜呑みにしないことです。
表記の本を読んでボクは目からうろこでした。
グリースパンさんの本もそうですが、アートとか金融など自分と違う世界の人の話しは、何か新しいもの・What's newがあっていいです。
マーケティングもある意味アートの世界ですね。

Posted by: マルセル | 2007.12.11 at 01:20 PM

はじめまして、こんにちは。突然のコメントで失礼します。

ご関心がありましたら、世論調査にぜひご参加をお願いします!

大阪府知事選世論調査(全国)
http://www.yoronchousa.net/vote/3348
政党支持率調査
http://www.yoronchousa.net/vote/3350
福田内閣支持率調査
http://www.yoronchousa.net/vote/3352

回答者の代表性は担保されませんが、様々な考えを持つ
多くの方に参加して頂き、たとえ偏りがあったとしても
それはそれで参考となるデータとなっていきます。

ぜひブックマークもして頂き、調査やアンケートも作ってみて、
お知り合いの方などにもご紹介ください!

世論調査.net - みんなの声!
http://www.yoronchousa.net

お邪魔いたしました。

Posted by: 世論調査.net | 2008.01.02 at 02:48 PM

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