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世界中が日本を真似はじめた?ジャポニズムの再来とオタク文化

攻める村上隆 米欧巡回の大回顧展スタート
日本の伝統や現代文化をポップアートと結びつけて突っ走る美術家、村上隆(45)。その大回顧展が、アメリカ・ロサンゼルス現代美術館(MOCA)で10月末始まった。題して「(C)MURAKAMI」(コピーライト・ムラカミ=来年2月11日まで)。(asahi.comより:写真も)

Murakami 村上隆の「大回顧展」が、ロサンゼルス現代美術館(MOCA)で始まり、大盛況だそうだ。
今や村上の制作した等身大フィギュア作品は、サザビーズで6000万円という高値が付く人気で、この10年間で村上は、世界的なトップアーティストの仲間入りを果たしたわけだから「大回顧展」というのもわからないではない。
しかし、年齢でいえば、まだ40代で、アニメキャラクターやフィギュアを題材に、作品世界を創り上げてきた村上に対して「大家」という呼び名や「大回顧」という言葉は、違和感が伴う。たぶん、村上隆は、確信犯的にこの「大回顧展」を開催しているのだろう。つまり、村上は、意図的かつ戦略的に、自分が関わってきた何かにピリオドを打とうとしている。

オタクの敵といわれる村上隆

ところで、「オタク文化」が生み出したアート(芸術)といわれる村上作品だが、当のオタクやその同伴者を任じる人々からは頗る評判が悪く「オタクの敵」とまでいわれている。
「オタク文化をだしにしてアートの世界で金儲けしている」というような批判が代表的なものだ。村上隆は、そうした声も承知の上で、あえて開き直って「大回顧展」と銘打っているのだろうと推測するが、村上隆についての議論は、別の機会に譲るとして、今回のエントリー記事で問題にしたいのは、日陰者のように扱われていた「オタク文化」が、衆目が集まる舞台の中心に躍り出てきた意味をどう考えるかという問題だ。アート(芸術)という回路を通すことで、アニメキャラなどオタク文化の「メジャー」化に村上隆も少なからず貢献した。

もともと、アニメ、フィギュア好きな「オタク」と呼ばれる若者たちが、嫌光性植物のように育てた「オタク文化」が、ここ数年で、世界のアートやエンタテイメントをリードする存在になった。それだけではない、オタクカルチャーの震源地が、この「日本」であることを捉え、政治家やそれを取り巻く御用学者どもが、「これぞ日本文化の素晴らしさを示すものである」と調子に乗って、文化政策だとかソフトパワーという言葉を口走り始めたのだ。
記憶に新しいところでは、先の自民党の総裁選で麻生太郎が、秋葉原でオタク(とメディアでは紹介されていた)の若者たちを前に街頭演説会を開き「タロー、タロー」のシュピレヒコールが巻き起こった情景が思い浮かぶ。
麻生太郎の漫画好きは有名で、そうした子供じみた所のある政治家の存在を否定はしないが、それが「文化政策」と地続きのものであるとしたら話は別である。

最近、ベストセラーになったという「模倣される日本」(祥伝社新書)という新書本がある。
浜野保樹という東大大学院の教授が書いているのだが、扉裏に記載された内容紹介文を以下に引用する。

「経済力の復活を切望する日本。だが、今や海外が注目するのは日本の文化、とくにポップカルチャーである。彼らはそれをクール(カッコいい)と呼ぶ。<模倣する国家>は<模倣される国>へと変貌した。映画監督タランティーノは『キル・ビル』で堂々と深作欣二の手法を引用し、献辞を掲げた。日本アニメは世界を席巻し、数々の模倣を生んでいる。この現象はさらに料理、ファッション界にも及ぶ。はたして世界を魅了する日本文化の特質とは?伝統的生活様式に根ざした美意識、多元的価値を認める世界観、今こそわれわれはその意義を認識し、世界に広めるべく文化戦略を築くべきではないか。メディア学の俊英が提言する日本の指針」

全文を引用したからといって、何もこの本を買って読んで欲しいわけではない。むしろその逆だ。本としては、生半可なつくりで、アニメなど日本の文化コンテンツがいかに世界を席巻しているかを例証する事例が、かき集められただけの内容である。本屋で5分も立ち読みすれば、書いてある内容は大方わかってしまうから、買う必要はないといっておく。

ジャポニズムの再来?

ただ、こうした本が売れるのは、日本発のアニメやファッションが世界で喝采を受け、「ジャポニズムの再来」と呼ばれる現象が起きているからだろう。
ジャポニズムとは、江戸末期から明治にかけて、歌麿、広重などの江戸時代の浮世絵が、海外にわたり、その価値が再評価され、ヨーロッパを中心に日本ブームが巻き起こったことをいう。ゴッホ、マネ、ロートレックといったフランスの印象画家たちが、浮世絵などの影響を受けて、新しい絵画を創造したというのが定説となっている。そうした江戸末期に巻き起こったジャポニズムや現在の日本ブーム自体をとやかくいうつもりはないが、問題はそのことに関わる「言説」である。
浮世絵は確かにフランス印象派の画家たちに影響を与えたが、結局そのことは日本文化の優位性を示す言説として流布され、「国威発揚」に利用されていった。

もともと浮世絵は、当時の日本文化の本流からはかけ離れた、全く顧みられることがない好事家のもので、ちょうと現代の「オタク文化」のような存在だったといえるだろう。実は、浮世絵が海外で認められたのは、日本から輸出された陶芸品、工芸品の包み紙として、たまたま使われていたものを、ヨーロッパ人が「これはスゴイ!」と評価したのがきっかけだったという。このことが物語っているのは、江戸時代の浮世絵から、現代の村上隆作品の評価に至るまで、昔も今も、海外が与えた評価を鏡にしてしか、自分の文化の価値を認識することができないという歪な精神構造が、この国ではずっと幅をきかせているという事実だ。

海外の評価を鏡にしてしか自分を評価できない

浜野保樹は、日本のアニメは第二の浮世絵にならないようにすべきだといい、以下のような奇妙な議論を展開する。

「マンガ市場単体では低迷しているとはいえ、メディアミックスやマーチャンダイジング展開の広がりを考えるとまだ余裕がある業界といえるのでもっともっと新しい試みにチャレンジできるのではないかと思います。しかしぼんやりしているとかつての浮世絵みたいな事態になります。『浮世絵』も日本オリジナルの文化でしたが、西洋に模倣されつくし
「印象派」という美術ジャンルになってしまいました。
今でこそ印象派という呼称になっていますが、あれは本来「印象派」ではなくて「新浮世絵」です。 日本オリジナルを模倣した印象派が台頭したがゆえに、浮世絵は『かつて印象派に影響を与えた浮世絵という伝統表現が昔の日本にありました』という過去の話になってしまいました」(マンガソーシャルメディア:海外マンガ事情レポートより)

どこでこんな与太話を思いついたのか、印象派とは「日本オリジナル」を模倣した「新浮世絵」であるという見解を、まともな議論としては誰も聞かないだろうが、問題は、この人物が、麻生太郎が外務大臣に在任中に外務省の肝いりで「国際漫画賞」というアワードを設立して「文化戦略」というものにそれなりの発言権や影響力を持つ立場にあるということだ。
文化のオリジナル性と優位性をあからさまに言い立てる浜野のような考え方は、文化研究の世界では、既に常識外、論外とされている。同じようにジャポニズムに対する考え方も、日本文化が西欧に影響を与えたことは事実だったとしても、そのことを必要以上に強調することは、単なる文化的な自慰行為に過ぎないと考えられている。

オリジナリティに関する議論を作品や著作権のレベルで展開するのは、もちろん当然ありだが、文化論にまで「オリジナル」という概念を持ち込んだ時点で、浜野は、そもそも大きな誤りを犯している。東大の教授までやっている人物であるからして、そんな文化論のイロハは承知の上で、こうした議論を意図的にまき散らしている公算が強い。たぶん浜野は「国威発揚」のために、ここでの議論のすり替えを行っているのだ。

対抗力を発揮していないオタク文化

気にかかるのは、「オタク文化」を支える人々が、こうした言説や文化戦略の駒としてオタクを利用しようとしている勢力に対して無関心で、何の対抗力も持ち得ていない点である。アキバの街頭で麻生太郎に「タロー」コールを送っていた、あまりにナイーブな若者たちのことは、この際、考えないとしても、本物のオタクといわれる人々は、既にこうした状況と問題の本質に当然のことながら気づいているだろう。しかし、そうした認識は共有されることもなく、まとまった力にもなっていないために、オタクを束ねようと意図する勢力に、結果として易々と利用されるはめになっている。
確かに、オタクとは「サブカルチャー」の申し子であり、60,70年代に破綻した「カウンターカルチャー」の屍の上に成立したものであるから、もともと「対抗力」という言葉を持ち出すこと自体が「クールじゃない」といわれるのが、関の山かも知れない。

そう考えつつも、そんなことで本当によいのかという思いを、私はなお捨て去ることができないのだ。オタクな人々は、村上隆などを敵役に仕立ててバッシングする前に、後出しジャンケンよろしく、オタク文化を「日本文化」の枠組みに組み込んで、いかにもオタク文化の保護者面を始めた連中に対してこそ、まず「No!」というべきではないのか。
私自身は残念ながらオタク的才能に欠けるので「ヲタ道」とは無縁に生きてきた。しかし、オタクな人々にずっと敬意を抱いてきたのは、彼らには、誰からも触れられることを許さない心の処女地を希求する姿勢があると思えたからだ。

そもそも、人はその心の処女地のことを「自由」と名づけたのではなかったか。その自由が蹂躙される時代の足音が聞こえる。

(カトラー)

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