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隠喩としてのパンデミック・フルー(新型インフルエンザ)

Spain_flu2 病は時代を映す鏡であるといわれる。結核、癌、エイズといった死に至る病は、人々をして、その苦痛を耐え忍ぶために、様々な神話や空想を紡ぎ出させ、それぞれの時代の文学や芸術に色濃く影を落としてきた。

例えば、結核という死病とそれを取り巻く時代の空気がなければ、19世紀ヨーロッパのロマン派の芸術や、日本の新感覚派の文学などもありえなかったことは想像に難くない。自身もガンを患って逝ったスーザン・ソンダクは、そうした病が時代に落とす影を「隠喩としての病」と呼び、その著書なかで「病者の王国の住民となりながら、そこの風景と化しているけばけばしい隠喩に毒されずにすますのは殆ど不可能に近い」と書いている。現代の我々もまた、病をめぐる想念から自由ではありえない。

そのことを、あらためて強く感じさせられたのが、「新型インフルエンザ(パンデミック・フルー)」の登場だ。
この問題について、欧米に比べて、日本ではどうしてこんなに関心が低く、メディアも冷淡なのだろうと思っていたが、先日、2夜連続で「NHKスペシャル」で特集が組まれ、この問題を大きく取り上げていた。

感染爆発の瀬戸際に立っている世界

数年前から東、南アジアを中心に鳥インフルエンザが発生し、日本でもこれに感染した養鶏場が封鎖され、大量の鶏が処分されたことはまだ記憶に新しい。NHKの特集番組では、その毒性の強い鳥インフルエンザウィルスが、人にも感染する「新型インフルエンザ」に変異し、「パンデミック・フルー(世界的なインフルエンザの感染爆発)」発生の瀬戸際まできていることが報告されていた。「新型インフルエンザ」というと、単なる風邪の一種のように考えられがちだが、インドネシアやベトナムなどで確認されているH5N1型と呼ばれる毒性の強い新型インフルエンザウィルスの致死率は、最低でも20%を超え、場合によって60%に達する可能性が指摘されている。
一般的なインフルエンザが致死率が、0.2%程度なので、新型インフルエンザが、いかに破壊的な力を持ったウィルスか想像できるだろう。番組では、WHO(世界保健機構)の担当者がインタビューに答える形で「パンデミック・フルーが発生するかどうかが問題なのではなく、それがいつ起きるかが問題なのだ」と物騒な発言をしていたように、既に目前に迫った危機として各国が対応を進めている状況が報告されていた。

たぶん、新型インフルエンザ(パンデミック・フルー)は、現代におけるペストのような死病へと変貌していくのだろう。スーザン・ソンダクに倣って「隠喩としてのパンデミック・フルー」を考えるとしたら、この病はどんな表情を見せるだろうか。

新型インフルエンザに付与された隠喩

中世のヨーロッパで猛威をふるったペストは、人間の道徳的な腐敗がもたらしたものだと受けとめられていたという。病気の原因が解らず、治療法も存在しないという不条理な病を目の前にした時に、人は、それを天の懲罰と考えることで、かろうじてその不条理を受け容れようとする。パンデミック・フルーについても同じような反応が既に生まれているのかもしれない。例えば、新型インフルエンザのような未知のウィルスは、森林伐採などの環境破壊によって、密林の中で静かにしていたウィルスが、人や家畜と接することで眠りからさめたのだと一部の学者は環境破壊との関連性を指摘している。しかも、その破壊的なウィルスは、昔であれば、他の地域に容易に広がることはなかったものが、グローバル化によって世界規模での感染爆発が、現実のものになろうとしている。つまり、現代の死病「パンデミック・フルー」とは、環境破壊とグローバル化という罪に対して下された罰というわけだ。
WHOは1980年に天然痘という病気が地球上から根絶されたとして、人類の科学と予防医学の勝利を高らかに宣言した。しかし、その後のエイズウィルスなどレトロウィルスの登場、そしてこのインフルエンザとの闘いの経緯を見れば、それがとんでもない思い上がりだったことがわかるだろう。
Infuluenza 確かにワクチンや抗ウイルス剤は、次々と開発されるが、そうした努力をあざ笑うように、ウイルスは、さらに目まぐるしくその姿を変異させることで、苦労して開発された新薬やワクチンを無効にしてしまう。今回の新型インフルエンザに対しても、WHOの目標は、それを撲滅することではなく、あくまでも封じ込めることにある、つまるところ時間稼ぎを企図しているに過ぎない。その間に、ワクチンを製造し、少しでも死者を減らすことが、最終目標になっている。つまり、人類は、この死病に対して最初から白旗を上げているのであり、ウイルスとの共存しか選択肢が残されていないのだ。その意味で、パンデミック・フルーは、思い上がった人間の鼻をへし折り、類としての人間の限界や無力感をいやというほど自覚させる病といえるだろう。

全世界の死者は4千万人から1億2千万人に

NHKスペシャルのネタ本になったと思われる「新型インフルエンザ」(岩波新書)の著者、山本太郎氏は、この本の中でパンデミック・フルーが、地球規模で発生した場合、全世界での死者は、4千万人から1億2千万人に達するとしている。そして、感染による死者は、保健サービスが受けられないアフリカの国々や膨大な人口が密集しているアジアの都市などに集中する可能性が高い。
Tamfl パンデミック・フルーが発生してから、ワクチンの製造が開始できるまでに半年かかり、その間の感染拡大をタミフルなどの抗ウイルス薬で封じ込める必要があるのだが、タミフルを備蓄する経済力の無い貧しい国は、この初期の封じ込めに失敗してしまう可能性が高く、また、ワクチンの製造が開始されたとしても、先進国が自国民を優先するので、死者の発生数においても大きな南北格差が生じると警鐘をならしている。
NHKの番組によれば、米国ではワクチンの投与の順番を巡って社会的な議論が巻き起こっているという。米国で製造された新型インフルエンザのワクチンは、当初、老人や乳児から投与するという方針が定められていたが、「老人ではなく将来ある若者や幼児を優先すべきだ」という異論が提出され、老人の側からもそれに同調する声が高まり、投与順の方針が変更されたという。米国の市民社会の成熟を示している逸話ともいえようが、いうまでもなく、その変更された投与順には、米国の若者と同様に将来ある異国の若者の席はない。
新型インフルエンザは、類としての人間の無力を自覚させる病といったが、同時に、類として人間が、正に人間としての存在価値や絆の在り方を問われるものになるだろう。

類としての人間の存在価値と絆の在り方が問われる病

山本太郎氏の本や、NHKスペシャルでは、パンデミック・フルーが発生した場合の、ドラマ仕立てのシミレーションが描かれているのだが、町が封鎖され、軍隊が出動し、地球レベルでの封じ込め作戦が展開される様は、さながら異星人襲来のSF映画を彷彿とさせた。
インフルエンザが大量の死者を生んだ例としては、1918年の「スペイン風邪」が、上げられる(冒頭の写真)。この時は、致死率は2%で、全世界での死者は4千万人に及び、街は、処理できない死体で溢れたというが、このパンデミックのことは、人々の記憶から、ほとんど消え去ってしまい、結核や癌のような「隠喩」を生み出すことにもならなかった。当時は、ウィルスに対する知識もなく、単なる重篤な風邪、肺炎と考えられたために、周りでバタバタと人が死んでいったにも関わらず、人々の空想を掻き立てることがなかったのだ。しかし、今回のパンデミック・フルーでは明らかに異なる。
鳥インフルエンザの発生に始まり、人への感染が確認され、人から人への感染も始まったというように、情報化とグローバル化が進んだ世界の中で、ウィルスの変異と進化が刻一刻とレポートされてくる。現在は、パンデミック・フルーの発生に向けて、カウントダウンが始まり、その推移を世界が固唾をのんで見守っている状況だ。
パンデミック・フルーの登場によって、人類史上はじめて、病というものが、個人に降りかかる災禍としてだけでなく、類としての人間が直面する試練に変貌した。類としての人間に科せられた試練。それが、パンデミック・フルーが生み出した新たな隠喩だ。

パンデミック・フルーの恐怖は仕組まれたもの?

Ramuzfeld ところで、パンデミック・フルーに対しては、全く別の観点からの「隠喩」が生まれている。というのは、このパンデミック・フルーを巡る騒ぎの裏には、ある思惑、政治的意図が働いているという指摘がある。
新型インフルエンザウィルスに対しても一定の効果があると考えられているタミフルは、世界的な製薬メーカー、ロシュグループ(日本は中外製薬)が、製造、販売を行っている。その開発に基本技術を供与した、ギリアド・サイエンシズ社という創薬ベンチャー企業の会長を務めていたのが、誰あろう、ブッシュ政権で国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルドだったのだ。このタミフル利権疑惑については、CNNで取り上げられ、ラムズフェルドの関与について大きく報道されている。
タミフルは、インルエンザ治療薬として大型の商品になることが期待されたが、発売当初は、販売が思わしくなかった。ところが、パンデミック・フルーの問題が取り上げられるようになって、各国が競って備蓄を進め、現在では生産がフル稼働で品薄状態が続いているという。日本でも2千500万人分のタミフルの備蓄計画が施行されており、各国の備蓄計画が実行に移されることによって、ロシュ社は巨大な利益を上げていると推測できる。特に、米国、ブッシュ大統領が大がかりな新型インフルエンザ対策に取り組むことを発表したことで、ギリアド・サイエンシズ社の株は急騰し、ラムズフェルドも大儲けしたことがCNNの記事では指摘されている。
パンデミック・フルーに対する恐怖は、ロシュ社やそれに関連したラムズフェルドのような狡猾な政治家&ビジネスマンが裏で大儲けするために、必要以上に喧伝されており、有り体にいえば、奴らが仕組んだマッチ・ポンプなのではないかという疑惑が生まれているのだ。
人類に科せられた試練なのか、それとも、政治家と製薬メーカーの結託によるマッチ・ポンプなのか、判断に苦しむところだが、同じような議論が、地球温暖化の問題においても見られたことが思い出される。すなわち、二酸化炭素の増加によってもたらされる温暖化の危機を声高に叫ぶ者は、実は裏で原子力発電の推進を画策している連中の世論操作のもとで動かされているのであり、結果として彼らの手先になっているに過ぎない、というような批判だ。
同じように、タミフルをめぐる疑惑では、パンデミック・フルーの危機なるものが、実はラムズフェルドのような狡猾な連中によって仕組まれたものであり、本当は騒がれているほどに深刻な危機は存在しないと主張する人々もいる。個人的には、その話が本当なら、世論操作によって金儲けを企んだ悪党のことは、腹立たしく思うものの、むしろ彼らの主張にのりたいくらいだ。そのほうが、世界の行く末をもっと楽観視できる。
しかし、真実というものは、そもそも、悪人の顔も善人の顔もしていいないのであり、人間にとっては、ただ不都合なだけということがありうる。いや、真の現実とは、人間にとって苛酷であることの方が、むしろふつうなのではないか。その現実を直視したくないために、空想や隠喩を紡ぎだしたり、悪役を仕立て上げる。
類としての人間に科せられた試練を直視したくないがために、都合の良い悪役(ヒール)を仕立てて、真実から目を逸らす愚をおかしてはならない。

(カトラー)

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Comments

これを奇貨として従容として死を望む層という者もいるでしょうね。
医療費や葬式代、後生や世間の事に思い煩う手間がウィルス禍のお蔭で随分遠のき、死への敷居が低くなるでしょうし。
戦後にベビーブームがあった様に、ウィルス禍の後にもベビーブームがあるかも知れませんね。

Posted by: トリル | 2008.01.23 at 05:00 PM

鳥インフルにかかって死ぬと、100歳まで生きちゃう恐怖と、どっちがマシかなあー。

Posted by: ネクタイ | 2008.01.23 at 11:15 PM

トリルさん、ネクタイさん、コメントをありがとうございます。個人的には、鳥インフルとやらでは、くたばりたくないですね。理想的な死に方は、腹上死ですが、そうした死に方に至る、前提となるコミュニケーション機会もないので、望んでも、ちと無理なようです。

Posted by: katoler | 2008.01.27 at 12:22 PM

>腹上死

残された方は苦笑いするしかないですな。
人減りした後の世界では人一人の比重が高まりますからね。
年寄りが全滅したら生き残った年寄りは大事にされ末世~w

Posted by: トリル | 2008.01.27 at 06:16 PM

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