日本発「プロバイオティクス」という思想
カトラー家で、今ブームなのが、旭松食品の新製品「おなか納豆」という納豆だ。
「おなか納豆」とは、整腸分野で初めてトクホ(特定保健用食品)を取得した納豆で、2週間食べ続けると、便通が改善するというエビデンスがヒト試験で得られている。
納豆がお腹にいいということは、経験的に知られていたが、旭松食品が、この「おなか納豆」で使用している納豆菌K-2株で、はじめてその効果が実証された。
F1層(20~30代女性)を意識したピンク色のパッケージで、小粒で食べやすく、普通の納豆と変わらず美味である。私の周りでは、個人差もあるだろうが、3~4日で効果が実感できたというひとが多い。
納豆が、なぜお腹にいいかというと、納豆菌(K-2株)は、お腹に入ると「芽胞」という種のような状態になり、胃液で消化されずに腸まで届く。そこでいったん発芽(活性化)するのだが、腸内には、酸素がないため納豆菌としては死滅し、壊れて流れ出た菌体物質がビフィズス菌などの餌となり、結果として、腸内善玉菌を増加させる働きをするのだという。
明らかになった納豆と整腸作用の関係
自らは死して、ビフィズス菌の増殖を助けるなど、なんともけなげな菌だが、もともと納豆菌というのは、自然界の至る所に存在しており、しかも乳酸菌や他の菌に比べて「強い」ことで知られている。酒造りは、麹菌や酵母菌を杜氏が、コントロールしながら進めるのだが、仕込みの時期になると、納豆を食べるのは厳禁になる。杜氏を介して納豆菌が入り込むと、麹菌や酵母菌を駆逐してしまい、酒造りをだいなしにしてしまうからだ。発酵学の権威で、テレビなどにも良く顔を出している東京農業大学の小泉武夫教授は、アフリカなどにフィールドワークに出かける時には、納豆のパックをゴッソリ持ち込んで、毎日、1パックを欠かさず食べるのだという。現地の生水や食べ物にあたり、他の研究者、学生が下痢に苦しむ中で、小泉教授は、納豆のおかげで、いままで腹を壊したことがないという。実際、精製された納豆菌は、整腸剤などにも添加されている。
今、世界では、腸の健康に関して、「プロバイオティクス」という考え方が広がっている。
プロバイオティクスとは、プロバイオシス(共生)という言葉から由来したもので、アンチバイオティクス(抗生物質)の対極に位置する概念であり、医学の世界で、ここ10年ほどの間で急速に力を得ている考え方だ。
微生物と共存するプロバイオティクスの考え方
共生という言葉からもわかるように、微生物や菌を徹底的にやっつけるのではなく、共存を志向する。医者から抗生物質を処方されて、しばらく飲んでいると、腹の調子が悪くなる経験をしたことがあるだろうが、これは、抗生物質が、腸内の善玉菌まで、たたいてしまうからだ。ところが、ここ最近の研究によって、腸内細菌、微生物のバランスが、良好に保たれていることが、人間の免疫作用、抵抗力に密接に関わっていることが分かってきた。
腸とは、体内の発酵工場のような場所で、消化、分解、吸収に、腸内の微生物、細菌が複雑な形で関わっている。アンチバイオティクス(抗生物質)は、こうした菌の働きやバランスまでも駄目にしてしまい、逆にウィルスなどに対する抵抗力を減退させてしまっているのだという。小腸にさまざまな菌が生息している状態を「花畑」に例えて、「腸内フローラ」と呼ぶそうだが、この腸内フローラの状態を良好に保つことで、アレルギーやアトピーが改善したり、免疫力が高まることで風邪などもひきにくくなる。思い起こせば、子供の頃、お腹を冷やしちゃいけないよと、腹巻きつけさせようとする母親から逃げ回ったことを思い出す。
プロバイオティクス飲料Actimelの世界的成功
このプロバイオティクスの考え方に乗っかって、生まれた世界的な大ヒット商品が、「Actimel(アクティメル)」である。
フランスに本社を置く世界的な食品メーカー「ダノン(Danone)が、1994年、ベルギーで発売したのを皮切りに、世界22カ国へと次々と販路を拡大し、2006年には、この1本100ccの小さな乳酸菌飲料は、単品で2000億円を超える売り上げるお化け商品に成長、90年代後半で最も成功したブランドとなった。
マーケティングの歴史にも残るようなActimelの成功には、様々な分析が加えられているが、私は、その最大の成功要因は、この商品が単なるブランド・マーケティングの枠を超え、プロバイオティクス飲料というジャンルそのものの構築したことにあると考えている。
ダノンが、広告、宣伝など、一般的なマーケティング活動と並行して注力したのが、プロバイオティクスに関する医学的なエビデンスを創りだすことだった。乳酸菌飲料は、Actimel以前にも色々あったが、いずれの製品も複数の乳酸菌によって製造されていた。これに対してダノン社は、Actimelに使用した乳酸菌(L Casei immunitas)を特定し、この乳酸菌を使った研究エビデンスを続々と発表したのである。
折しも、プロバイオティクスに対する医学界の関心が高まっていたこともあり、Actimelは、あっという間にプロバイオティクス飲料の代名詞になった。
科学的なエビデンスと医学界の支持を背景に、ダノンは、100ccの小瓶に詰まった10億個の乳酸菌を毎日飲む習慣を消費者に対して見事なまでに刷り込んでいったのだ。
Actimelはヤクルトのパクリ?
小瓶の乳酸菌飲料を毎日飲む習慣といえば、日本人なら、当然、思い出されるものがある。そう、ヤクルトだ。実は、Actimelは、もともとはヤクルトをパクッて誕生した商品だ。ヤクルトが、欧米市場への足がかりをベルギーに選んで、進出したのが、1994年。そんな小瓶の飲料がヨーロッパで受け容れられるはずがないという業界の見方に反して、消費者から支持をうけたのを見て、慌ててActimelを投入したのだ。
ヤクルトの名誉のためにいっておくと、Actimelほどではないが、ヨーロッパ市場でも一定の成功を収めており、全世界では、アジア地域などを中心に世界23カ国、2500万本が毎日飲まれているというように、既にりっぱな世界商品に成長している。惜しむらくは、ヤクルトが、ダノンのように欧米の医学界を巻き込んで、プロバイオティクスという大きな枠組みでマーケティングを展開するような構想力までは、持ち合わせていなかった点だろう。
2年程前から、渡辺謙などを起用して、Lカゼイ・シロタ株という、ヤクルトに含まれているヤクルト菌(乳酸菌)のキャンペーンを展開しているが、これはダノン社のメディカル・マーケティングの手法を踏襲したといってもよい。一方、ダノンは、ヤクルトに敬意を払ってか、未だ日本市場にはActimelを投入していない。
納豆に話を戻すと、日本では、納豆に限らず昔から数多くの発酵食品がつくられ、暮らしの中に根付いてきた。プロバイオティクスなんて偉そうに言われるずっと以前から、納豆、酒、味噌、醤油、漬物を作り続け、ずっと微生物と共生してきたのである。
知られていない抗生物質漬けの日本の畜産業の実態
プロバイオティクスについては、日本が元祖だと、胸?いや腹を張りたいところだが、気になる問題がある。
人間はともかく、養豚、養鶏、養殖の現場で、相変わらず抗生物質が大量に使われている現実があることだ。
養豚業に詳しい人物から、最近、怖い話を聞いた。養豚業を営んでいる人たちは、居酒屋に行っても、「豚トロ」は、決して注文しないのだという。というのも、豚トロとは、豚の後頭部から首にかけての脂身であり、この部位に抗生剤の注射を打つために、高濃度で抗生剤が蓄積している可能性が高いからだという。また、豚足(トンソク)は、前足か後足かを吟味して後足を食べるようにするという。前足には、抗生剤が蓄積しやすいからだ。
養豚、養鶏などの関係者に聞いて見ると、豚トロや前足の豚足を避けているかどうかは別にして、皆一様に現状に対して強い危機感を抱いていた。
EUは、成長目的の抗生剤使用を全面禁止
EUでは、既に畜産業における成長促進目的で使用される抗生剤を全面的に禁止した。抗生剤を使う代わりに乳酸菌などを与えることによって、家畜の腸内の菌相を良くして、免疫力を上げることに成功しているという。長期間にわたる抗生物質の使用によって、耐性菌も現れていたり、そもそも抗生剤が効かない、ウィルス性の病気にやられるケースが増え、抗生剤に頼った畜産が、現実的に立ち行かなくなりつつある。あのカルピスも乳酸菌をベースにした畜産用飼料添加物「カルスポリン」をEU向けなどに売り出しており、プロバイオティクスの考え方は、養豚、養鶏、養殖の世界にも徐々に広がりつつある。
日本のプロバイオティクス製品が、EUや世界に受け容れられることは、良いことだが、その前に、日本の状況をなんとかするのが、業界の責務だろう。食の安全、安心の観点からも、抗生剤使用の問題は、いずれ大きな議論を呼ぶことになる。
黒豚だ、イベリコ豚だと、「ブランド豚」をありがたがる前に、豚を抗生物質漬けの状態から解放してやることが先決だ。
納豆やカルピス、ヤクルトで育てられた抗生物質フリーの豚肉が「カルピス豚」や「ヤクルト豚」と名づけられて市場に出回り、居酒屋で心配なく、豚トロが食えるようになる日は、一体いつになるのだろうか。
(カトラー)
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コメント
カトラーさんの書くこの手のエントリーは、なんだか「プロ広告」臭くて違和感出捲くりなんですけど。
一種の職業病なのかな?
力説すればするほど「何でそこまで」ってCM見かけませんか?
いや、それはスポンサードコマーシャルだから良いんですけど、これ、スポンサードコマーシャルという訳じゃないんでしょ?
個人的に応援したい面白かったものとか僕らでもありますし、それを不特定多数に勧めるに当たって幾分歴史経緯や周辺状況を調べたりもします。
でもCM風にはならないんだなぁ。
カトラーさんが仕事並みに要領良くまとめすぎ違います?
投稿: トリル | 2008.03.12 00:54
これ程レベルの高いエントリー記事でいかにもマズイ結末ではないか。この時期日本の食の危険性を強調してはヤブヘビだ。世界で数百人の人命が損なわれ、日本でも幼女が意識不明の重体にまで陥るという悲劇を生んでいる毒入り中国製品をスルーしてしまう、そんなあなたの意図が真剣に問われてしまうことになるのではないか。
前のエントリ-記事でのコメントで、「挑発的な反論は無意味であることは確かなようだ」と申し上げたのは、今回のような結末の設定を避けて頂きたいという願いを込めたものであった。だからわざわざ中国共産党の非道について、送信しないはずの私のコメントを引き合いに出したのだ。「吉兆」を取り上げてしまったあなたが今、中国殺人製品を遡上に乗せない唯一の逃げ道は今回のような記事をエントリーしないことではなかったのか、残念でならない。
前前回のエントリー記事のコメント欄でトリルさんがコメントした(2/21)直後私が送信しなかったコメントだ。
『さあ、難しい局面にさしかかったようだね、カトラーさん。吉兆を取り上げておいて殺人中国製品を見逃すわけにも行かず、大相撲を取り上げておいて重慶のアジアカップにおける中国人のご乱行をスルーすることもできず、サブプライムローンに言及していながらその最大の損失国中国を遡上に乗せないなんてことも出来ない。イラク戦争で馬鹿ブッシュとこき下してしまった以上、アメリカ大統領選でのイラクの劇的な治安回復による共和党マケインに吹いている風にも触れたくはないだろう。無理に無理を重ねて持ち上げてしまった福田が唯一登用した石波防衛相の「あたご」事故も取り上げにくい。さて次回のエントリー記事のタイトルはいかに。北朝鮮を訪問したニューヨークフィルに日本の終わりの匂いを嗅いでみるしかないのか?トリルさんのアドバイスを受け入れスタンスを変えて果敢に責めに転じるか、思はぬ逃避先を見つけるか、お手並拝見。』
残念だ。
投稿: かかし | 2008.03.12 01:21
コメントに返事もせぬままになっていました。
トリルさんにCM風といわれて、読み返してみたら、確かにそうですね。健康食品とかサプリに特別興味があるわけではないのですが、すぐ、試したくなる悪癖があります。
今、こっているのは、おなか納豆と「土」です。
土は、豚も好んで食べるそうですが、食べられる土というのを、さる方からもらって、毎日、食べています。
この土について、また、ブログに書いたら、「?」という顔をされるかな。
かかしさん、次回のエントリーを楽しみにしていただいているということで、ブログの管理人冥利につきます。
チベットのことになりました、お気に召しましたか。
投稿: katoler | 2008.03.18 19:40