チベットの声を聞け ~もうひとつの聖なるリレー~
結局、この日、4000名にのぼる中国人留学生たちが長野にのりこんできた。
私が善光寺に向かったのは、午前6時頃だったが、既に街のあちこちで、チベットの雪山獅子旗と五星紅旗を掲げたグループがシュピレヒコールを上げ始めていて、長野県警の警備隊も要所々に展開され、街には緊張感が漂いはじめていた。
長野駅前を通りかかった時には、一目で右翼団体のメンバーとわかるような強面の連中が、中国非難のアジ演説をしていた。日頃は日の丸、旭日旗を掲げているのが、この日ばかりは、それをチベット国旗に代えて、「Free Tibet!」などと叫んだりしている姿が浮き まくっていて滑稽な感じだった。
4000人にのぼる中国人留学生が集結
私は長野にチベットの人々と一緒に行動するためにやってきた。大勢の中国人留学生が動員されていることは、事前の報道でわかっていたが、彼らは、幼稚な愛国心にかられたごく普通の中国人にすぎず、もともと彼らに対して何の関心も感情も持っていなかった。ましてや、彼らを中国政府の代理者に見立て、チベットの人権問題を彼らに向かって言い立てるようなつもりはさらさらなかった。
ただ、私としては、日本にいるチベットの人々が、長野の聖火リレーの機会を捉えて声を上げようとしているなら、その同伴者として一緒に声をあげようと考えていたにすぎない。
私も含めチベット支持に集まったのは、右翼団体を除けば、それぞれの思いでやってきた組織化されていない人たちだった。前の晩、長野駅前でチベットの国旗を振っていた若い大学生の男女と出会ったが、ネットでの呼びかけに応じて東京からやってきたという、お幸せそうなカップルで、この2人のようにロックコンサートに参加するようなノリでやってきたという連中がほとんどだった。
他方の中国人留学生の方も似たようなもので、もともと政治や人権問題などとは全く無縁な人々だ。普段はコンビニやラーメン屋の店員などをやっているような若者なわけだから、政治的主張を訴えにやってきたというよりは、運動会の騎馬戦に紅組として参加していると表現するほうが似つかわしい感じだった。
ラサ暴動で亡くなったチベット人、中国人の追善法要
善光寺に向かったのは、今回のラサ暴動によって亡くなったチベット人、そして中国人を追悼する追善法要があると聞いていたからだ。日本に在住するチベットの人々もその法要に参加することになっていた。
善光寺の境内に着くと、そこにはSFT日本支部(Students for Free TIBET Japan)の代表のツェリン・ドルジェさんをはじめとした30人ほどの在日チベット人の人々と日本人支援者たちが集まっていた。善光寺の境内では、デモ活動や国旗やプラカードの掲出は禁止されているので、シュピレヒコールが飛び交っていた外の喧噪が嘘のようで、沿道を埋め尽くしていた五星紅旗もここでは見られない。
現在、日本に在住しているチベット人は、わずか60人ほどに過ぎない。10万人にのぼるのチベット難民を引き受け、ダライ・ラマの亡命政府の樹立も支援したインドをはじめ、世界各国が亡命チベット人を受け容れてきた中にあって、日本は頑なに難民や亡命者に対して門戸を開いていないからだ。その数少ない在日チベットの人々のうち約半数が、長野に集まったことになる。
チベットの人々は、みな優しい目をした人たちだった。聖火リレーを機に声を上げることを目的に長野に集まってきたが、聖火リレーやオリンピック開催そのものに反対するつもりはない断言していた。日本のマスコミの多くは、中国人留学生とチベット支援者が対峙して罵りあったり、一部で殴り合いが始まった光景などを繰り返しオンエアしていたが、現場に立ち会った者として断言するが、それは真実ではなく、ましてやチベットの人々の思いとは全く関係がない。長野駅前などで起きていた衝突の中心になっていたのは、チベットの名を借りて中国人攻撃を行っていた、この国の国粋右翼たちだ。こうした暴力団まがいの連中が「支那人帰れ!」というプラカードを立て、集結していた中国人留学生たちを挑発していたことは、現場に居ればアホでもわかったことだが、テレビマスコミの多くは、そうした騒動を絵になるからという、それだけの理由で白痴的な取材を続け、垂れ流していた。
聖火リレーに「騒動」しか見なかった日本の大マスコミ
その一方で、チベットの人々が参加して、チベット人だけでなく中国人双方の犠牲者を悼む法要が行われていた事実やチベットの人々が何を主張しているのかについては、ほとんど報道されていない。結局、日本のマスコミの多くは、今回の聖火リレーを「騒動」としか捉えず、いずれもが「スポーツの祭典であるオリンピックの聖火リレーが、このように政治的なデモの場になってしまったのは残念ですね」というような、白痴的なコメントで締めくくっていた。
前回のエントリー記事にも書いたが、今回の聖火リレーをめぐる問題は、単なる騒動ではなくて、チベットの人々によって綿密かつ戦略的に仕掛けられた自治権奪回運動であるというのがその本質だ。チベットの人々が声を上げたことに対して世界の世論が反応し、それによって中国共産党政府が追いつめられ、世界中の留学生に対して苦し紛れに動員をかけることによって生まれている状況なのだ。だからこそ胡錦涛は、長野の聖火リレーの直前にダライ・ラマとの対話を受け容れるというポーズを打ち出さざるを得なくなった。こうした基本認識があれば、何を取材しなくてはならないかは自ずと明らかとなるにもかかわらず、日本のマスコミの多くは、騒ぎが起きている場所を右往左往するだけで、相も変わらぬ白痴報道に終始した。
チベットの人々の響き合う声
午前8時を過ぎて、チベットの人々が、善光寺の本堂前で、経文とダライ・ラマ14世から託されたという声明(しょうみょう)を唱えはじめた。
チベットの人々の中には、数人の僧侶もいたが、多くは、職業的僧侶ではない普通の人たちだ。驚かされたのは、彼らが、チベット語の経文が記されたコピーを懐から取り出し、ごく自然に声を合わせて唱え始めたことだ。もちろん、私には何を言っているのか全くわからなかったが、目を閉じて合掌しながらその声に聞きいっていると、ゆるやかな経文のリズムと共に高い声、低い声、野太い声、可憐な声、さまざまな声が一体となって響きあい、ひとつの宇宙として現前してくるのがはっきりとわかった。葬式で坊さんが唱える経文を退屈な思いで聞いた経験しかなかった私だが、この時、お経というものは、様々な声がマンダラのように織りなされて世界と響き合うものであることが初めてわかった。何より、宗教的なものとは縁遠い私のような人間にとっても、こうした大きな世界が体感できたこと自体が驚きだった。
チベットの人々は、この響き合う声、声明(しょうみょう)を何世代にもわたり共に守り、聖火のようにリレーしてきたのだろう。それは、チベットの人々にとっては、生きることそのものであり、誰をもってしても決して奪い取れないものである。
北京オリンピックの聖火リレーに対するチベットの人々の運動は、中国政府が非難するように聖火を盗むために仕掛けられたのではない。チベットの人々が守り続けてきたもうひとつのリレーを世界の人々に示すためのものに他ならない。
法要が終わり、善光寺の境内の外に一歩外に出ると、そこでは、五星紅旗を振る数千人の「One China !」というシュピレヒコールが飛び交っていた。
その喧噪の中にあっては、たった30人に過ぎないチベットの人々の声は、かき消されてしまいそうだったが、どんな弾圧や圧政の下であっても、その響きあう声が途絶えることがなかったように、これからもリレーされていくことだろう。そして、その響きは、いつの日か世界を満たすに違いない。
(カトラー)
もうひとつの聖火リレー
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コメント
投稿: | 2008.04.29 21:16
たしかに、カトラーさんのいうとおり、日本の報道陣の白痴ぶりにはあきれてモノも言えませんでした。欽ちゃんのわけわからないコメント(コメントにもなっていないけど)や、星野監督の自分勝手な虫のいい言い分などを、限られた報道時間の間に垂れ流すのならば、善光寺での声明(しょうみょう)について解説したりする時間に割いてほしかったです。
マスコミは「中国に人権はあるのか」と、中国へのバッシングはしても、本当にチベットの声を聞こうという態度は持っていない感じがします。
今回の聖火に関しても、新聞や雑誌TVなんかより、ネットの個人のブログなどのほうが、よっぽどジャーナリスティックで、情報が多く、タレントのコメントなどではなく、自分の考えにもとづいて発信していると実感できました。例えば、モーリーさんと池田ゆきこさんの「i-morley」は、おふたりの真剣な姿が30万人ものリスナーを惹きつけています。
ブログは「メディア・リテラシーが、どうのこうの」という人もいますが、なんらかのフィルターがかかっていない情報・媒体はありえないですよね。
新聞が売れなくて当然だと本当に実感しました。
投稿: junquo | 2008.05.01 10:56
日本最大の悲劇はこの白痴マスコミが日本では第一権力者だということだ。
大手マスコミ社員の生涯賃金は7億だから平均年収2千万とっている。
まるでどこかの国の労働党幹部なみだね。
国民をバカにさせるためかどのチャンネルでも芸能人と喜び組の女子アナが大騒ぎしている。
ネットでもジャパニーズTVといえば有名だよ。
投稿: saku | 2008.05.01 16:16
余談ですが、
元喜び組?の永井美奈子元日本テレビアナウンサーは、
自分の子供には一切テレビを見せないそうですね。
どういう意図かは知りませんが。
投稿: フリスキー | 2008.05.03 00:41
Junquoさんコメントありがとうございます。
善光寺でチベットの人々の集まりに参加している時に、たまたまなのか、国境なき記者団のメナール氏が大勢のマスコミを引き連れて登場し、私の目の前をスター気取りで行き過ぎていきました。チベットの人々に挨拶でもするかなと思って見ていましたが、一瞥しただけで、また、取り巻きを連れてどこかに行ってしまいました。腐った魚のような目をしていて、死に神のような嫌な顔をした奴だなと思っていましたが、Junquoさんの、メナールに関する記事を読んで、
http://junquonimura.jugem.jp/ さもありなんと納得しました。
投稿: katoler | 2008.05.03 10:06
本日、中国トップが10年ぶりに午後2時に羽田に到着。
熱烈歓迎報道で有名な朝日新聞にも訪日の記事がどこにも無い!?
いつもはどのちゃんねるも報道するのに今回に限ってテレビも到着の模様を一切報道しない。
日本のTVと新聞ってどーなっているの?
日本ってやはり中国の一部なの?
それとも完全に情報を制御されているんでしょうか?
マジにこわいんですけど…
投稿: natsuko | 2008.05.06 16:47
natsukoさん、ほんとですねえ。
夕方のニュース見てたら、胡錦涛のおっさん、来てたのねという感じです。ここんとこの経緯を考えれば、歓迎ムード一色とはいかないのは当然のこととしても、ちょっと異様な気がしますね。報道管制あるいは、自粛要請などがあるんじゃないでしょうか。赤坂、霞ヶ関周辺は、地下鉄の駅にも制服警官が配置されていました。不測の事態を恐れて、相当厳しい警戒態勢になっているようです。昨日、海外メディアが、中国政府が、チベット国内の独立派の一部が、アルカイダとつながりがある(本当かどうか疑問ですが)という発表をしたというニュースを流していましたが、海外訪問先での胡錦涛に対するテロ行為なども視野に入れているのでしょう。
投稿: katoler | 2008.05.07 00:39