木造ドミノ住宅とウッドマイレージから見える住宅産業の未来
このブログで以前紹介した東京町家の迎川さんが、いよいよ動き始められた。迎川さんとは、「あたり前の家」ネットワークでご縁があり、そのサイトで往復書簡ブログをやらしていただいているのだが、その迎川さんが、今春からいよいよ『木造ドミノ研究会』という、工務店ネットワークを立ち上げられたのだ。
この画期的な成果により、2007年度のグッドデザイン賞、地域住宅計画賞、エコビルド大賞を受賞したという、話題の木造住宅だ。
何よりも素晴らしいのは、地域工務店のネットワークの中から生まれてきた企画住宅として立案されている点で、住宅産業が、地域工務店を核とした真の意味で地域に根ざした地場産業として再生していく道筋を示すものとして高く評価されている。
木造ドミノ住宅の画期的な成果
住宅とは、商品ではなく、建て主にとっても、それを施工するビルダーにとっても一つの作品であり、本来的にハウスメーカーのような企業に属するサラリーマンが手がけるものではなく、地域と共に生きる工務店が担うべきであるというのが、かねてからの私の持論で、プロの迎川さんに向かって、往復書簡ブログの中で、以下のような挑発的な文章を投げかけた。
「・・・もう少し大きな目で捉えると、たぶん、このことは、住宅産業だけでなく、全ての産業領域や生活文化領域で私たちが直面している普遍的な問題であることがわかります。
ローカルvsグローバル
スローフードvsファーストフード
共生vs独占
文化vs文明
環境重視vs効率重視
多様性vs標準化
コモンセンスvsコンプライアンス
さて、ここで、あえて挑戦的な物言いをさせていただければ、日本の住宅産業や、その中核を占めている工務店の皆さんにとって、現在、置かれている状況は、上に示した「対立図式」以前、対立図式そのものを構築できていない状況にあるといえるのではないでしょうか。イタリアに源を発するスローフード運動は、マクドナルドなどに代表されるグローバル企業による食の同質化、独占化に抗して、地域の食文化や食材を守るという視点に立って構成され、世界的な運動として広がっていきました。同じような旗印が、工務店の皆さんが手がける家づくりの現場にも必要な気がします。・・・旗を立てることが必要です」
今、読み返すと、私のような素人が、迎川さんのようなプロに向かって生意気な物言いをしていて、正に冷や汗ものの文章だが、その素人の疑問に迎川さんには、真正面から答えていただいた。
すなわち、地域に根ざしつつ、現代の生活者にも高い評価を得られる企画住宅という難問に対して、「木造ドミノ住宅」という形で答えを出され、今度は、そのネットワークを全国に拡大させようとしている。迎川さんたちは、この運動の中で重要なことは、「訛ったドミノ」を創造していくことだという。
「ここで私たちは、『訛ったドミノ』を皆さんにお願いしています。今回私達がつくったのは『東京ドミノ』という事にしていわば標準語のドミノと位置づけ、会員工務店は自分たちの地域が本来持つ『気候』『風土』『文化』『習慣』を掘り下げて、自社が持つ得意技をそこに加えて、木造ドミノの基本理念と構造システムの骨格に表情を付けていく作業から、地域に訛ったドミノを創る事です。・・・」
大変素晴らしい構想であり、ハウスメーカーに自宅を建てさせて痛い目にあった私としては、資力があれば、「足立区訛りの木造ドミノ・カトラー家」づくりに再度チャレンジしたいぐらいだ。
スロービルド運動としての地域住宅産業の再生
迎川さんたちの活動を私はあえて食の世界のスローフード運動になぞらえて「スロービルド運動」と名づけたのだが、今後の日本において住宅産業こそ地域産業の要になるべきだと考えている。
そして、その際に大変重要なポイントとなるのが、地域の森林資源の活用、すなわち国内材の循環再生システムを再構築することだ。食の世界では、食料自給率が40%を切ったことが大問題となっているが、国土にこれだけの森林を抱えながら、日本の木材自給率は、僅か20%でしかない。なんと8割を外国からの輸入材木に頼っており、これは、どう考えてもおかしい。
戦後から高度経済成長期にかけて、日本では国をあげて全国でスギやヒノキの植林が進められた。日本の国土は67%が森林だが、その内、人の手が入っていない原生林は僅か2.3%しかなく、41%が植林による人工林だということは、ほとんど知られていない。戦後植林が進められた人工林のスギなどが、ちょうど材木としての出荷時期にあたっているのだが、産業としての循環システムが機能していないために放置されたままになっている。また、間伐などの手入れが行われていないため、大量のスギ花粉が発生し、その結果、全国で2000万人ともいわれる花粉症患者が発生しているのだから、一体、この国は何をやっているのだと言いたくなる。
幸か不幸か、世界的な資源の逼迫によって、世界的な木材市況も値上がりを続け、国内材の潜在的な競争力が回復しつつある。一説によれば、日本のスギ材は、世界的に見て、最も安値になりつつあるともいわれている。
価格だけの問題ではなく、環境面からも、海外の原生林を乱伐することによって供給された材木を、大量の化石燃料を消費しながら遠路日本まで運んでくることの問題が指摘されている。
ウッドマイレージと二酸化炭素排出権を組み合わせる
最近、「ウッドマイレージ」という言葉を聞くようになった。これは食の世界でいわれている「フードマイレージ」という考え方を木材に適用したもので、木材の量に木材の産地と消費地まで輸送距離を乗じたものである。
フードマイレージの値が一番高い食品は、輸入アスパラで、航空機を使って遠隔地から輸入されているからだが、木材にこれを適用すると、ウッドマイレージがダントツなのは、果たしてこの日本ということになる。日本は世界第2位の木材輸入国であるが、輸入量第1位のアメリカに比べてウッドマイレージは4.5倍、輸入量第3位のドイツと比べては実に21倍となる(図参照、出所:森林総研)。
食の世界では、このフードマイレージという指標に基づき、「地産地消」を進め、環境コンシャスなライフスタイルを志向する消費者が増えているが、住宅の世界でも同じ流れを創りだしていくことができるのではないか。
さらに、このウッドマイレージの考え方を推し進めれば、二酸化炭素の排出権の考え方を組み合わせることが可能だ。すなわち、国産材へのシフトによって削減できる二酸化炭素を排出権として措定し、証券化などによって資金化できれば、それを森林整備などに振り向けることができる。
林業経営の一番の問題は、資金回収まで、最低でも20年を要する「木」が相手なので、長期にわたり安定した経営基盤が見込めないと、担い手自体が失われてしまうことにある。現在の日本の林業は正にそうした状態にあり、様々な助成制度によって、かろうじて林業経営者の息をつないでいるというのが現状だ。産業として林業を再生させていくためには、環境ビジネスとしての新しい枠組みがどうしても必要となってくる。そのためにも、ウッドマイレージをベースとした資金環流の仕組みを創設することが不可欠ではないか。
曖昧模糊とした福田首相の200年住宅ヴィジョン
福田首相は、現政権の政策の目玉として「200年住宅ヴィジョン」打ち出している。これは、福田が小泉内閣の官房長官の頃から言い出していたことであり、その意味では年季が入った政策ということになるのだが、中味を検証して見ると、何のための、そして誰のための200年住宅なのかがはっきりとせず、現在の福田政権を象徴するように、曖昧模糊としている。
年間100万戸を超える住宅が建設され、しかも2~30年で取り壊されているといった世界的に見ても異常で、高度成長期の遺物のような現在の住宅産業の在り方は、早晩崩壊することは間違いない。福田首相のヴィジョンには、残念ながらそうした厳しい現状認識が欠落していて、200年住宅をうたいながら、見方によっては、「住宅ブームよもう一度」という甘い姿勢が垣間見られるのだ。
重要なことは、迎川さんたちの取り組みのように、住宅産業を地域産業、環境ビジネスの枠組みから、もう一度見直し、再生させることに他ならない。
地域に旗を立てることこそが求められている。
(カトラー)
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コメント
一般の方々が知らない間に、住宅業界では構造改革が進んでいます。アネハ事件の再発防止に、行政が動き始めています。しかし、この構造改革は、「大手有利」「小規模排除」を原理としています。
これは「構造改革」と称する、行政の免責範囲の拡大です。免責したいのなら、行政は住宅分野から撤退した方がいいと考えています。権益は手放したくない、しかし免責したいという本音が、表皮を突き破り始めたのです。
住宅産業は地域産業です。土地と分離不可能が事業形態に、中央的・一律的アプローチを持ち込めば、地域に矛盾のマグマを溜め込んでしまいます。世界中にハウスメーカーという職種がないことは、この実証でもあります。
「国策」に対する、地域や小規模会社の「対策」が、腕の見せ所です。
投稿: 塩地博文 | 2008.05.18 10:53
はじめまして、長野県で工務店をしている、杉野と申します。
最近は、多少金額が高くてもウッドマイレージの観点から地域の木を使って家を建てたいという方も出て来ました。
実際に今月末にも、そのような考えの方の家を建てます。
そういった考えの方がもっと増えてくれると
良いなと思っています。
投稿: sugino | 2008.05.19 22:19
塩地さん、杉野さん、コメントをありがとうございます。
環境問題への対応というのは、業界の方々よりも、生活者起点の問題なので、最終的には、地域の生活者と連携していかないと問題は解けないでしょう。杉野さんがおっしゃるように、ウッドマイレージなどを意識し、国内材にシフトする消費者も出てきたということは、大変、心強いことだと思います。こうした先進的な生活者も巻き込みながら、ひとつの運動として住宅産業の産業シフト、地域シフトを進めていく必要があると思いました。住宅産業を地域と環境を軸に再生させていくことは、究極の地方分権につながるので、国交省としては、塩地さんがおっしゃるように大手ハウスメーカーに肩入れすることになるのでしょうね。
投稿: katoler | 2008.05.22 08:02