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無差別殺人の時代 ~アキバ事件の無知の涙~

Photo 秋葉原の無差別殺傷事件から、1週間が経過した。
犯人の加藤智大の生い立ちや犯行に至るまでの経緯、携帯サイトへの書き込みの内容などが明らかになってきた。
中学校までは、成績優秀で明るい印象の生徒だったが、青森の進学高校に進んでから、思ったような成績がとれず、卒業後も自動車専門学校に進むなど、進学校の中ではあり得ない進路を選択した。

しかも、その選択は、自ら望んだものではなかったようだ。加藤容疑者は自身のことを「高校出てから8年、負けっぱなしの人生」と表現しており、社会に出てからも季節工として職場も転々とする中で、孤立感と疎外感を急速に募らせていった。
加藤容疑者が、取り調べを通じて自分の犯行について「親が悪い、社会が悪い、会社が悪い」といったような責任転嫁ともとれるような供述をしていることも報じられている。

親が悪い、社会が悪い、会社が悪い

歩行者天国にトラックで突っ込み、誰彼かまわず殺傷するという行為の衝撃、冷酷さに比べて、この犯人の思考回路や行動が、あまりに幼く、ステレオタイプ化していて、そのアンバランスさが突出している。けれども、この人物には、宮崎勤や少年・酒鬼薔薇が持っていた倒錯傾向など「異常者」の臭いは全く感じられないことが、かえって不気味といえるだろう。メディアは、加藤が突然怒り出すなどキレやすい性格だったことなどを報じているが、単にキレやすいオタク系青年などは、この世の中には掃いて捨てるほどいる。どこにでもいそうなワーキング・プアの若者が、これほど凄惨なテロ行為を行ったことこそが、この事件が大きな衝撃をもって受けとめられている最大の理由だ。

Photo_2 メディアの後追い報道では、この事件の社会的な背景、特に格差社会におけるワーキング・プアの問題などを捉えて論評しているものが多かったが、こうした観点からのみこの事件を語ることには違和感が伴う。加藤智弘個人の問題が抜け落ちてしまうからだ。
私はこの事件の報に接した時、思い出されたのが、40年前の1968年に当時19歳の少年だった永山則夫が引き起こした連続射殺事件のことだった。
永山則夫は、極貧の家庭に生まれ、当時は「金の卵」と呼ばれた中卒で東京に集団就職するが、加藤智大と同じように職を転々とした挙げ句、疎外感を強め、米軍基地から盗み出した拳銃で連続殺人を犯してしまう。
永山は、収監された刑務所の中で、マルクスをはじめ、哲学、経済学、心理学の専門書を読みあさるようになり「階級意識」に目覚める。そして、自分の犯した罪の根本原因が、貧困と当時の社会構造にあったことに気づき「無知の涙」という本を上梓し、当時のベストセラーとなった。

秋葉原事件に影を落とす「無知」

Photo_3 秋葉原無差別殺傷事件の加藤容疑者にも、ある種の「無知」が影を落としている。自分のことを「負け組」といい、自己を卑下する一方で、社会に対する憎悪を募らせていくという心理構造が、彼を抜き差しならない形で追いつめていったことが窺える。
結局、この人間がトコトン駄目なのは、「勝ち組、負け組」というような価値観を強いる無慈悲な格差社会を憎悪していたにも関わらず、他方でその価値観の虜になっていることだ。自分が憎んだはずの「勝ち組、負け組」の物差しからしか自分のことを評価できず、そのことで劣等感を募らせ、無差別殺人にまで至ってしまった。
そんなにこの社会を憎悪していたなら、さっさと硫化水素ガスでも吸い込んで、息苦しい世界とはおさらばしてしまうか、米国や中国に渡って、本場の「格差社会」を体験して見ればよかった。加藤は、職場のロッカールームでツナギを隠されたといって、怒りまくったそうだが、本物の「格差社会」に身を置けば、そんな些細な話は歯牙にもかけられないほど、酷薄な世界であることを悟ることができたはずだ。見当違いな憎悪を募らせる前に、さっさと日本を降りてしまえばよかったのだ。

永山則夫が、収監後に学習し「無知の涙」という本を著すことで追求したのは、自分のような犯罪者を生み出す土壌となった「貧困」の正体と、そのことに無知であった哀しみである。そうした文筆活動に対しては、単なる責任転嫁に過ぎないという批判の声もあった。
例えば、同じ青森県出身者だった詩人の寺山修司が「永山則夫の犯罪」というエッセーで以下のように述べている。

<彼は呪いつづけることによって、自発性たりうる青春をもつことができた。だが、彼は彼の固有性、その俗物的野心、虚栄心、欲望、清潔好き、孤独、自尊心、純情、-----といったもののすべてを、ルンペン・プロレタリアートという一般化へ封じ込めてしまって、彼自身の『日付』を焼き捨て、加害者から被害者へ-----無知から知識人へという転身をはかったのである。私は、彼のこうした『見事な変身』をまったく信用しない。・・・(中略)・・何事も、『結果が出てから原因が見つけられる』のであり、結果のない原因などというのは存在しないからである。・・・・私は私自身の原因である。この認識をもたぬ限り、永山はいつまでも、他人の不始末に原因をもとめつづけて、自分の無主体性を、正当性だと言いはろうとする。だが、『私は、私自身の原因である』と言い切れるものだけが、歴史的思考をあらたに生成する自由をもつのである>

永山則夫の事件があった当時、私も寺山修司とほぼ近い感想を持っていたが、今は違う見方をしている。
永山則夫に「獄中ノート」という本がある。処刑されるまでの間、獄中で書きためたノートが、死後、整理されて出版されたものだが、その内容を見て驚いた。獄中ノートということから、他の永山の著作同様、社会に対する呪詛の言葉に満ちているのかと想像していたのだが、日々読んだ本の題名や食べた物、来た手紙など、単調な獄中生活の出来事が淡々と綴られているだけで、感情的な言説はほとんど登場しない。死と向き合った宗教的な静謐さのようなものさえ感じられる静かな筆致なのだ。
自分自身と向き合った時、永山則夫という人は、自分の犯した罪というものを決して忘れることの無い人間だったと思う。少なくとも、この文章を読んだ時、私はそう確信した。

死を前にして初めて許した叫び、自己肯定

寺山修司は「私は、私自身の原因である」という言葉を引きながら、永山則夫を批判したが、これは永山に対しては余りに酷い言い方であったろう。
なぜなら、連続射殺魔として囚われの身になるまで、永山は、自分の不幸の原因は、全て自分自身に原因があることだと思っていたからだ。それは、ちょうど、秋葉原事件の加藤容疑者が、自分は「負け組だ」と言って劣等感を募らせていった姿にちょうど重なる。
そんな永山が、貧困と犯罪の構造に気づき、階級意識に目覚めたというのは、単なる責任転化などであろうはずがない。それは、死刑囚となった永山則夫が、死を前にして自分自身に対して初めて許した、叫びにも似た、ささやかな自己肯定ではなかったかと、今では考えている。その叫び声には、人として耳を傾けなければならない。

誤解無きようにいっておくが、私は、加藤容疑者が、語り始めた、無責任な呪詛の言葉を、永山則夫の叫びと同列に論じようなどとは些かも考えていない。しかし、たぶん死刑判決を受けることになる加藤が、「私は、私自身の原因である」という認識を持ち、自らが犯した罪を悔い、その上で、自分を追い込んでいった何ものかに対して叫び声を上げる時が来るとすれば、その声には耳を傾けるべきだと思っている。そうでなければ、加藤に殺された人々もうかばれない。加藤智大が、永山則夫が辿った心の旅路を同じように歩けるのかどうかを見ていきたいと思う。

永山則夫は、公判において、裁判長と以下のようなやりとりをして、ウイリアム・ボンガーの著書『犯罪と経済状態』にある一節を英語で叫び、傍聴人を驚かせたという。

被告人(永山) 「資本主義社会が貧乏な奴をつくるから、俺はここにいるんだ!」
裁判長     「興奮するんじゃない!」
被告人(永山) 「いや、したい!」

“Poverty kills the social sentiments in man, destroys in fact all relations between men. He who is abandoned by all can no longer have any feeling for those who have left him to his fate.”(貧乏は人の社会的感情を殺し、人と人との間における一切の関係を破壊し去る。すべての人々に見捨てられた者は、かかる境遇に彼を置き去りにせし人々に対し、もはや何らの感情も持ち得ぬものである)

こうした永山則夫の姿勢や言葉について、このブログの読者諸氏に共感を求めようとは思わない。しかし、永山則夫が40年前にこの言葉を叫んだ時に抱いていた同じ怒りと、今、我々は再び向き合っていることを見過ごしてはならない。物理的、経済的な貧困のレベルをいえば、永山則夫と加藤智大では雲泥の差があるだろう。しかし、両者が抱いた疎外感、孤独感は、明らかに同じものである。

永山則夫の弁護を担当した遠藤誠弁護士は、最終弁論を、永山の「無知の涙」のから以下の詩を引用して締めくくったという。

永山則夫の叫びが、40年を経た現代社会においても生々しくリフレインされている現実がある。我々は、貧しき若者たちの叫びを聞くことができるだろうか。

「キケ人ヤ

世ノ裏路ヲ歩クモノノ悲哀ナ

タワゴトヲ

キケ人ヤ

貧シキ者トソノ子ノ指先ノ

冷タキ血ヲ

キケ人ヤ

愛ノ心ハ金デナイコトヲ

心ノ弱者ノウッタエル叫ビヲ

キケ人ヤ

世ノハグレ人ノパンヘノ

セツナイハイアガリヲ

キケ人ヤ

日陰 [ 影 ] 者ノアセト涙ヲ

ソノ力ト勇気ヲ

キケ人ヤ

武器ナキ者ガ

武器ヲ得タ時ノ

命ト引キカエノ抵抗ヲ

キケ人ヤ

貧民ノ真ノ願イノ

ヒト言の恐シサヲ

キケ人ヤ

昭和元禄ニ酔ウガヨイ

忘レタ時ニ再ビモエル

貧シキ若者ノ怒リヲバ」

(カトラー)

<関連記事>

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<参考サイト>

無限回廊:永山則夫連続射殺魔事件

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Comments

無知かなあ~
永山は確かに無知でしたが、加藤の場合は情報が氾濫し過ぎており、知り過ぎた絶望とも言えるのでは...

Posted by: マルセル | 2008.06.17 at 12:41 PM

今の日本は流通の過程だけで何百万トンもの食料を捨てているという。
ある試算によればアメリカと日本の捨てられている食料だけで世界中の飢えを無くせるそうだ。
永山と加藤が決定的に違うのは永山の時代にはまだ日本には貧困者には「餓死」のリスクがあった。加藤にはない。
ただ加藤の時代つまり現代は「テレビ脳」「マスコミ脳」のリスクがある。マスコミによって「脳内負け組」に洗脳させられるリスクが。
わたしは日本のマスコミこそがすべての諸悪の根源だと思っている。
こいつらこそ自分の既得権益のためには平気で人をだまし人を狂わせる確信犯だと思っている。
日本のマスコミがここまでひどくなければ加藤は自分をこれほど卑下せず惨めには思わなかった可能性はあったと思う。
皮肉な話、事件件当日の大手新聞は休刊日、テレビもあまり報道しなかった。
無意識のうちに気がついているんじゃないか。
おれたちのせいか?と。

Posted by: thinkmad | 2008.06.17 at 07:28 PM

  「永山則夫の大量殺人は貧困とそれによる無知が原因」、私はそのような詭弁を決して信じない。日本での革命に失敗し その挫折の責任を日本社会になすり付けようとしている連中が、永山という殺人鬼を反体制運動に利用しているだけだ。
 金の卵として最初の東京の就職先で、掃除をサボったことを上司にしかられ翌日も掃除をサボって再度上司に叱られた。「辞めてやる」とそのまま職場を出て行った。半年もたない。次は宇都宮で自動車整備工として勤める。3週間もたたないうちに食肉店のレジから金を盗もうとして逮捕。2週間後に復職を許してもらったにもかかわらず、その18日後のボーナス日に「なぜ自分はボーナスがもらえないのか」と騒いで解雇。「大学生はデモに賭けられるが俺には何もない」と戯(たわ)けたことを口走り、あの宮崎勤と同じ高校の定時制に入学しているが続くはずもない。そして3年間 職を転々とした末、凶行に及ぶ。
 無知も犯行も貧困のせいだと?ふざけるなと言いたい。責任転嫁のための嘘である。
 永山は逮捕後、精神神経科病棟に鑑定留置された。そこで、これまで一番楽しかったことは「マルクスに触れたこと」、一番悲しかったことは「共産主義の国に生まれなかったこと、できれば中国に生まれたかった」。そんなことをぬけぬけとほざいている。
 カトラーさんが取り上げておられる寺山修司に対して、この男は「反寺山修司論」でこんなことをぬかしている。
 
 >ある個人の全生活史から犯罪と言う一断面を取り上げ、それですべてを判断することは、その人間を抹殺することである。「少年非行」の著者ヒーリーがいうように、犯罪と言うものはほんの一瞬であり、その他は犯行する人間も他の市民となんら変わりないのだ。<
 
 少年の万引きと四名惨殺を同列に扱っていやがる、ほざくな外道、という他に言葉もない。ようするに死刑はいやだといっているに過ぎない。こんな奴が自分の犯した罪を悔いているはずがない。印税の「一部」を被害者の遺族に渡したことなどポーズでしかない。「階級意識の目覚め」?そんなものは永山から、人として真の反省をするこの世で最後のチャンスを奪ってしまった「空想」だ。死刑を免れ、支援グループの同志への恩返しとばかりに革命のための無差別テロで銃を乱射してみたかっただろう無念を胸に、結局殺人鬼のまま「餓鬼」のように暴れながら地獄へ旅立ってしまった。
 この鬼畜は、マルクスではなく釈迦に触れねばならなかったのだ。永山を利用した連中の罪は重い。再び加藤を利用してはならない。

Posted by: かかし | 2008.06.17 at 07:55 PM

私には皆さんのように難しいことは書けないが、この加藤容疑者は単なるガキンチョなだけではないかと思っている。何でも人のせいならそりゃ楽だよねと。
なるほど彼も永山則夫と同様に「無知」であるかもしれないが、彼は自ら無知であることを選んだように思えてならない。

Posted by: ぴねこん | 2008.06.18 at 12:40 AM

無知も無駄も必然的に存在し続けると思うけどなぁ。
だって普通はそういうのは相対的なものでしょ?
加藤ちゃんについて言えば、
底辺に居たのに、怖いのかどうか底辺を知ろうとさえしなかった訳でしょ?
刑務所の中の方が安らぐ人というのも一定数世の中に居るんだと思うんですよ。

Posted by: ト | 2008.06.18 at 12:59 AM

この容疑者は幼いですかね。
なんでも人のせいにする人はいくらでもいるからね。
なんでもサヨが悪いとかなんでも中国が悪いとか
いっぱいいるじゃん。w
なので加藤容疑者なんて普通では?

孤独感という意味では今の方がむしろ
深いかもしれないですね。

Posted by: tomeko | 2008.06.18 at 12:46 PM

永山を利用した連中は今でもマスコミの中にしっかりと生きています。最近では環境問題です。
ODA利権からエコ利権に備えて今からしっかり準備中です。民主党と社民党が幹事です。
みんな欺されています。秋葉原の事件も表面は憂いの涙を浮かながも腹の中では
「うまくいった、もっと日本中で殺し合え、内戦しろ、また儲かるぞ」とほくそ笑んでいることでしょう。
40年前の永山の扇動を皮切りに日本中が彼らの策動にはまってしまいました。
殺されたのは7人どころか日本人全員かも知れませんね。

Posted by: thinkmad | 2008.06.18 at 12:52 PM

 tomekoさん、左翼や中国に批判的な意見を持った人々を何の脈絡もなく引き合いに出して、加藤と変わらぬ、加藤は普通だとコメントする。そういう腑抜けた精神こそがwの対象になるのだよ。

Posted by: かかし | 2008.06.18 at 10:15 PM

どうしてかかしさんが、そんなに中国が嫌いなのかよくわかりません。何か、嫌なことでも過去にあったのですか?

Posted by: mko | 2008.06.18 at 10:22 PM

 加藤と永田の話題から外れて、いきなり私が中国嫌いだと決めつけた上に それは何故かと問う。どうしてなのかと聞きたいのは私の方だ。
 まあいい、私は政治的な話題において好き・嫌いという感情的な表現を自らすすんで使うことはない。まして一国家を好き嫌いの感情に振り回された状況で評価するのは無意味なことだと思っている。
 「過去のいやなこと」それは私の個人的経験についてだと理解するが、私に嫌な思いをさせた人々の中にはもちろん中国人が含まれる。しかしアメリカ人・フランス人もいたし台湾・韓国・北朝鮮人、それにフィリピン人もいたかな。そしてどこの国より突出して多いのが日本人だ。だが私は日本や日本人を嫌いになりはしない。当然ながらそんなことで中国人を嫌いになるはずもない。中国人の友人もいるし、私の部下には中国人が2名いる。1名は朝鮮族だ。2年の約束で預かっている
 私は悪事を働く中国共産党とその支持者を批判しているだけである。嫌いだから批判しているわけではない。

Posted by: かかし | 2008.06.19 at 12:02 AM

"永山則夫の大量殺人は貧困とそれによる無知が原因"については、(絶対的/相対的)貧困は原因となりうるとは思いますが、(社会構造に対する)無知という点については原因になりえないと考えます。
永山則夫とその支持者がちが批判している資本主義についても、民主主義と同様な消極的な理由(チャーチル曰く"他にマシなものが無い")で採用しているに過ぎません。
おそらく彼は、鑑別所の中で食住+読書のある余裕の有る生活の中で、(彼の支持者達と同様に)計画主義(ユートピア主義)の夢に逃避して行ったのでしょう。その意味では無知では無くなったのかもしれませんが、これまた彼の支持者と同様に”無知の知”を失ったのは確かですね。。。
ちなみに、貧困が原因による犯罪を減らすのは難しいですね。。
かかしさんの言うところの、”この鬼畜は、マルクスではなく釈迦に触れねばならなかったのだ”、つまり宗教ぐらいしか効果が無いんでしょうね。

Posted by: へなちょこ技術者 | 2008.06.20 at 12:51 PM

見えない釈迦に代わって
見える麻原に会ってサリン撒いたりして
見える共産党に頼って浅間山荘で武力闘争したり

結局、何かに頼り過ぎる人でも、頼った相手や組織次第でグダグダだなぁ

Posted by: ト | 2008.06.20 at 05:42 PM

かかしさん
もしも死刑を免れたらというのは仮定ですよね。永山は無差別テロで銃を乱射したかった。そこまで書いてしまっていいんですかね。カトラーさんが書いてるようにすこしは反省してたんじゃないかな。永山だってそんなにアホではないですよ。
かかしさんは中国共産党が嫌いなんでしょう?違いますか?嫌いなら嫌いでいいと思うけどな、嫌いなものを批判するって普通でしょう。それと永山が永田になってますよ。

 

Posted by: simizu | 2008.06.20 at 06:21 PM

トさんのコメントを見てちょっと追記というか、訂正みたいなものです。

>ちなみに、貧困が原因による犯罪を減らすのは難しいですね。。
>かかしさんの言うところの、”この鬼畜は、マルクスではなく釈迦に触れねばならなかったのだ”、つまり宗教ぐらいしか効果が無いんでしょうね。

貧困と原理主義が結び付きやすいことを考えると一概には言えませんね。フランシスコ会をみたいな感じで考えてたんですが。。。人間性に対する幻想というのはやっかいですね。。


>結局、何かに頼り過ぎる人でも、頼った相手や組織次第でグダグダだなぁ
その通りですね。問題はフィクションに頼らざるを得ない”貧困”という状態が問題なんでしょうね。
オウムみたいなのはまた別の話ですが。。

Posted by: へなちょこ技術者 | 2008.06.20 at 07:54 PM

 simizuさん、仮定の話であることがはっきりしていることと、そのように憶測できる根拠が説明できれば「そこまで書いて」も一向に構わないと思うがね。
 永山が上司に叱られて逃げ出した職場は渋谷にあった。片桐というライフルを所持した18歳の男が警察官1名を射殺1名に重症を負わせ、渋谷の銃砲店に人質をとって立てこもった。片桐は店を取り囲んだ7000名の警察官に銃撃を始めるのだが永山は現場でそれを野次馬として眺めていた。一緒にいた職場の同僚が奇異に感じるほど永山は異常に興奮していたという。片桐は結局18名を殺傷して逮捕される。
 「好きな銃を思いっきり撃ってスカッとしたかっただけ。」それが動機だ。「どうせ刑務所に行くんだろうから、どうせならベトナムに行きたい。好きなガンを思いっきり撃つことができるなら死んでもいい。」この供述がいけなかった。もしベトナム反戦のために国家権力の犬「お巡り」を襲ったと供述していれば、印税で好きなものを差し入れさせて日記を書いていたのは片桐であっただろう。マルクスに触れる喜びを知らなかったのも痛かった。1965年事件発生、1969年死刑確定、1972年死刑執行。永山は1968年事件発生、1990年死刑確定、1997年死刑執行だ。永山より一つ若い年齢での犯罪しかも死亡者1名の死刑なのに支援者が出てこない。利用価値がないということだ。片桐の名は人々から忘れ去られ、永山の名はカトラーさんのような方々によって語り継がれ美しく浄化されてゆく。どうにも納得できない。宇都宮の職場を解雇された永山は自衛隊に入隊しようとしているが、祖国防衛の志があったはずはない。銃に興味があっただけである。
 1990年、法廷で死刑確定を告げられた永山は、「戦争になりますよ!」「爆弾闘争で死刑廃止を!」と繰り返し絶叫しながら暴れている。爆弾闘争? 無差別殺人を同志に呼びかけているのだ。4名惨殺から22年後のことである。すこしは反省していたのかね 永山は。
 もちろん中国共産党は嫌いだ。好きでも嫌いでもないなどという綺麗ごとで済ませるつもりはない。私が批判しなければならないような悪事を働くから嫌いなのであって、嫌いだから批判しているのではない、と繰り返し申し上げておく。一言付け加えておくが、チャイナ(シナ)やチャイニーズ(シナ人)は嫌いではない。中華人民共和国イコール中国ならば、中国は嫌いだろうといわれても間違いではない。
 「永山」だったね、「永田」ではなく。同志12名ほか2名をホラー映画以上の残忍な手口で殺害した連合赤軍幹部 永田洋子の本を読み返していたものだからうっかりした。ついでなので記しておく。この貧困とは何の関係もなく育った獣(けだもの)が大量リンチ殺人を犯したのが1972年、死刑確定が1993年、2008年現在収監中である。支援者の努力の賜物か、マルクスのご利益なのか。死刑囚にも階級があるようだ。新たな闘争を始めなければならないのか。「マルクスに触れる喜びを知らないからと差別されている死刑囚よ、階級意識に目覚めよ、法の下の平等を求めて団結せよ、まずは死刑囚の格差を解消せよ」 といったところか。
 日本がその身の内に抱え込んでしまった病巣は、根が深く深刻だ。

Posted by: かかし | 2008.06.20 at 11:07 PM

>日本がその身の内に抱え込んでしまった病巣は、根が深く深刻だ。

日本は左翼の親玉である、日弁連(人権派弁護士)日教組とマスコミの力があまりに大きく、現状を変えるのは絶望的です。
あの永田洋子はまだ存命ですか!麻原もまだ生きてます。こいつらの死刑執行のときも朝日がまた「死に神」とか書くんでしょうね。
自分達の「要塞のような特権階級」的立場を棚に上げほんとうにたちが悪いですね。この種の偽善マスコミを根絶する方法はないのでしょうかね。

Posted by: mens | 2008.06.23 at 12:58 PM

>あの永田洋子はまだ存命ですか!麻原もまだ生きてます。

まあ中国や北朝鮮のような国だったらもう処刑されてたかもね。
日本は今のところそこまでの国ではないですから。
あっち風のやり方が好きな人は苛立つかもしれないけど。

Posted by: Gl17 | 2008.06.23 at 10:03 PM

>まあ中国や北朝鮮のような国だったらもう処刑されてたかもね。
日本は今のところそこまでの国ではないですから。
あっち風のやり方が好きな人は苛立つかもしれないけど。

かもねって、間違いなく処刑されてますよ。それも『公開』ってやつでしょ。
比較の対象がおかしくない? 気づきましょうよそれくらい。
ちょっぴり前まで『あっち風』に憧れてたか、憧れてた連中の影響もろに受けてるくせに こんなときだけ日本もあっち風になっちゃうよって、偽善なんだよな~とっても。うそくさっ!

Posted by: | 2008.06.23 at 10:50 PM

永田洋子や麻原はあっちでは幹部か統治者でしょう。

Posted by: 仮説 | 2008.06.26 at 05:16 PM

横レス。

>幹部か統治者でしょう

統治者は無いと思うゾ。
走狗は煮られるか、後顧のためカードとして温存されるだけだろう。
まず体制子飼いの将官・幹部としての血筋や教育は彼らは受けていないだろう?
亡命してきた外様大名なんて、外部に展示されるほどには実際、内部で重用されることは無いよ。

Posted by: ト | 2008.07.23 at 05:36 PM

評論家は鞄の中身と机の前だけで仕事をする。テメーで何もせず、他人に文句タレとる上司と同じですな。右だの左だのマヤカシの理由をつけて屁理屈を捏ね回すだけで、邪魔になっても何の役にも立たない。対岸で独り言として語っていていただきたい。

Posted by: 藤岡 権蔵 | 2010.06.27 at 10:53 AM

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