環境イノベーション競争と政治家、「Follow me!」といえますか?
英国大使館が六本木ヒルズで開いたシンポジウムにブロガーとして参加する機会を得た。
これは、英国のデービッド・ミリバンド外務大臣の呼びかけに応じて、100人のブロガーと政策大学院大学の黒川清教授、南條 史生、森美術館長などがパネラーとして参加して開催されたものだ。(UK-Japan2008特別企画)
デービッド・ミリバンド外相は、日本では、まだ馴染みが薄いが、英国労働党の秘蔵っ子といわれ、日本の福田首相と同様に内閣支持率の低下に頭を悩ませている、ブラウン首相の後継者に最も近いと目されている人物である。
「目から鼻に抜けるような」というような形容が正にぴったりくるような人物で、42歳という若さに加えて、明確な戦略と政策ヴィジョンに裏打ちされた信念と自信に満ちていた。父親も政治家だが、日本のお坊ちゃん二世政治家のひ弱さなどは微塵も感じられなかった。
無い物ねだりをしても始まらないが、彼を見ていると日本とはリベラリズムの伝統にも雲泥の差があると感じさせられた。父親は、ユーロ・コミュニズムの理論家であり、母親はナチのホロコーストを生きのびたユダヤ系ポーランド人の子孫という、筋金入りのリベラリストの家系にあって、そうしたヨーロッパのリベラリズムの伝統を背負う形で登場してきたことを自他共に認める若きリーダーである。
外相の前には環境相を勤め、英国を低炭素社会に向けて大きく舵取りを変えることに尽力した。洞爺湖サミットのために来日し、日本のブロガーたちと対話したいという要望から、今回の「環境問題とインターネット」をテーマとしたシンポジウムが実現した。
英国・外務省高官がブログを公開
外相に就任してから、自分も含め、外務省の高官たちによるブログを公開しているのもユニークな取り組みだ。日本でもブログを開設する政治家は増えているが、機密情報を扱う外務省の立場でブログを開設するというのはちょっと考えにくい。
もちろん、国益に照らして公開できない情報も多いだろうが、だからこそ、情報公開をあえて行うという姿勢を打ち出している。シンポジウムの中でも、ミリバンド外相は、インターネットと政治の関わりについて言及しながら、地球環境問題への対応に象徴されるように、グローバルな政治課題に対しては、国家の枠組みを超えた対応、すなわち市民・個人・コミュニティをエンパワーメントし、ネットワークすることが不可欠であり、そのためにはブログ、インターネットといった情報技術が有効なツールになると力説していた。外交問題についても同様のことがいえる。国家間の交渉だけでは解決の糸口さえ見えない問題が噴出しており、英国においてもネットワーキングされたNGOなどの活動が存在感と重要性を増している。ミリバンド氏は、そうした動きのことを広義のポリティカルパワーが市民サイドに移動する「パワー・シフト」が進行している現象として説明していた。
要するに、21世紀型の政治家は、パワーシフトを推し進め、権力を開き、市民に委譲(delegate)していくこと、ひらたくいえば「偉ぶらない」ことが必須条件になるが、ミリバンド氏の周りにはその新しい風が吹いていた。
パワーシフトを推し進めることが21世紀の政治家の条件
それに対して、相変わらず全ての権力を手中におさめようとしている超大国、その中の権力闘争を生きのびてきた旧来の政治家たちにとっては、政治とは、国家と国家、あるいは政治家同士のパワーポリティクス、すなわち覇権闘争のことであり、つい最近までミリバンド氏のような考え方は、青二才の戯言として嘲笑の対象でしかなかった。しかし、英国の最重要ポストの外務省、環境相を歴任している人物が、こうした新しい信条に基づいて政治行動を行っている姿を目の当たりにさせられると、世界は本当に変わり始めたと実感させられた。
地球環境問題に関して、ドイツやイギリスでは、政治のリーダーシップによって、産業界を巻き込みながら、低炭素社会の構築に向けて、大きく舵を取り始めた。一方の日本では、環境技術は、世界一であると自画自賛しているが、政治のリーダーシップは明らかに不在である。ドイツ、イギリスが導入した環境税の導入も産業界や経済産業省の反対にあって見送られた。
その結果、英国では、京都議定書の締結以降、通算で25%の経済成長を遂げたにもかかわらず、二酸化炭素を16%削減することに成功した。かたや、日本は、周知のごとく6%の削減目標を掲げたが、逆に6%のプラスになってしまっている。
シンポジウムの会場に日本政府の官僚が参加していて、よせばいいのに「政府としては最大限の努力をしている」と言い訳がましい発言をしていたが、もし、本当に彼らが一生懸命やっているというなら、それは単に日本の政治が「無能」だということを示しているに過ぎない。ミリバンド氏は、英国は経済を成長させながら結果も出してますよとやんわり切り返していたが、どこの役人か知らないが、そのやりとりはまさに国辱ものだった。
小池百合子元環境相「自宅を究極のエコハウスに」
先週は、政治家づいていて、別の会合で小池百合子元環境相の話も間近に聞く機会を得た。
このブログでも紹介し、私自身がブロガーとして関わっている「あたり前の家ネットワーク」が主催した「家づくりサミット」に小池氏が登場し、あるプロジェクトを発表したのだ。
そのプロジェクトとは、彼女の選挙区でもある練馬に自宅を建てるにあたり、その新居を自然エネルギーやエコ技術を徹底的に採り入れた「究極のエコハウス」に作りあげようというものだ。
小池百合子という政治家は、政界を渡り歩きながら、今や次期首相候補の一人に目されるまで登りつめた。そうした出世に対するやっかみも含め色々な評価が飛び交っているが、私はこの人の最大の魅力は、勘が良いこと、そして、その自分の直感に従って行動する思い切りの良さにあると思う。今回の件に関していえば、小池氏は、今後の日本の政治が、低炭素社会の構築に向けて大きく舵を切らざるを得ないことを読みきっている。その上で、中東諸国への太い人脈を持ち、エネルギー問題に精通しているという強みに加え、環境問題に対してイニシアティブを発揮できる政治家としてさらに地歩を固めようとしているのだ。
この人を見ていると、昔の任侠映画、緋牡丹お竜のような女渡世人のイメージが重なってくるのだが、男どもの前に身を投げだし、「煮ても焼いても結構」と啖呵を切って見せる覚悟ができている。今回のエコハウスプロジェクトでも工務店のオヤジ達を前に自分の家を「実験台にして!」と差し出す思い切りのよさが光っていた。小池氏によれば、今後の家造りの過程を全てマスコミやネットを通じてオープンにしていくという。
イノベーション競争に突入した環境問題
ところで、環境問題は、完全に世界的なイノベーション競争のフェイズに突入した。日本の政治家や産業界は、環境問題が経済合理性と矛盾するものと考え、環境税や二酸化炭素の排出権取引の導入に抵抗姿勢を続けているが、このままだと、日本は環境をめぐるグローバル競争にも負けてしまう公算が強い。トヨタのハイブリッドカーを始め、世界に冠たる技術力があると言うかも知れないが、優れた技術が市場におけるデファクトになるとは限らない。むしろ、技術への過信や執着が障害となって標準化やデファクト化のための努力(マーケティング)が疎かになってしまい、気がつくと外堀が埋められてしまうということになる。パソコンOS、IT、携帯電話、FPD(フラットパネルディスプレイ)などの分野における世界競争で、日本企業は悉くこのパターンで敗れ去った。トヨタは、今は我が世の春を謳歌しているかもしれないが、これが電気自動車の時代となり、あるいは燃料電池などが現在の内燃機関に取って代わるようになったら、事情は一変する。旧来の技術におけるアドバーンテジは、もう一度、リセットされ、再び全員が同じスタートラインに並べられてしまうからだ。
小池氏も述べていたが、例えば、全ての家に太陽光発電が設置され、そこから車(電気自動車)のエネルギーが家庭の電気コンセントから供給されることになったら、自動車産業や住宅産業の在り方自体も大きく変わらざるを得ないだろう。国策で太陽電池を全ての家庭の屋根に設置した国が、電気自動車のイノベーション競争においても勝利することになるかもしれない。
イノベーションとは、単に技術の革新のことをいうのではない。新たな技術によって社会基盤やシステム、そして人々の意識までもが根こそぎ変わることを意味する。我々が今、立ち会っているのは、そうした意味でのグローバルな「環境イノベーション競争」であるということを先ず認識することが重要である。
「After you」ではなく「Follow me 」
そして、そうした時代の行動原則としては、「After you」ではなく「Follow me 」を先ず念頭に置いて行動しなくてはならない。政治は、先ず率先して目標や課題を示し、国民や世界の国々をリードしていくイニシアティブを発揮することが不可欠で、他人の後についていくだけでは、たとえ優れた技術を持っていたとしても、それを世界に認めさせることができないだろう。繰り返すが、単に新しい技術を発明するのではなく、その新技術をベースに新しい社会の枠組みを創り上げることができて初めて、イノベーションと呼ぶに値するからだ。この「Follow me 」原則の重要性を、少なくとも、聡明な英国のミリバンド外相や勘のいい小池百合子元環境相が充分理解してつつ行動していることは明らかだ。
翻って、福田首相はどうなのか。お坊ちゃん宰相、安倍晋三が選挙に負けて嫌気がさして投げだした政権をなんとか運営してきたことは評価すべきだと考えているが、産業界や国民に対して、日本が環境問題に対して世界のトップリーダーになると決めていることを、もっと単純明快にわからせる必要があるだろう。そのためには、今回のサミットで各国を説き伏せて、長期目標の設定の具体的な内容にどこまで踏み込めるかが当面の試金石となる。環境税、排出権取引などのついても有無をいわせず導入するくらいの度胸と実行力がほしい。
自民党は、福田首相とホッキョクグマをあしらったキャンペーンポスターを製作した(冒頭の写真)。町中で目にした人も多いと思うが、興味深いポスターである。
北極の氷が溶けてなくなってしまうことで絶滅が危惧されているホッキョクグマと福田首相が同じ氷の上に立っている。これは、「ホッキョクグマと心中する覚悟」という意味で、環境問題に対する強い取り組み意志を表しているのか、はたまた、福田政権の足下が、薄氷の上にあるということを暗に示しているものなのか、色々、深読みのできるポスターである。
しかし、残念ながら、このポスターからは「Follow me !」という強いメッセージは感じられないと思うが、どうだろうか。
(カトラー)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
日本にも新しいスタイルの若い政治家が必要だということについては賛成です。
しかし、二酸化炭素の低減についてはどうなんでしょうね。先行きは極めて暗いのではないでしょうか。
具体的には、どのようにすれば二酸化炭素は減るのでしょう?
日本で排出される二酸化炭素の4割弱は産業部門から排出されていますので、まずは、これを低減させましょうか。高炉も自動車工場も外国に移転することで、二酸化炭素は現在の60%強になります。金融立国バンザイ!
でも、こんなことは実際には出来ないでしょう。製造業は国際的な競争力を持つ数少ない産業の一つですからね。
それに、日本の工場を外国に移すだけじゃ、世界トータルでの二酸化炭素排出量は変わらないので無意味です。
次に多いのは、運輸部門の2割ですが、これには自家用車からの排出量と貨物輸送や公共交通機関からの排出量が含まれるようです。
まずは、貨物輸送からの排出量を減らすために、かんばん方式を禁止しましょう。工場・商店のみなさんは自前で倉庫を持ちましょう、そして、搬入搬出はそれぞれ1日1回までとします。
次に、自家用車を減らすために、自家用車がなくても生活できる生活圏を構築しましょう。地方の公共交通は壊滅的状況ですので、これを復活させます。そして、商店・病院・銀行・役所・職場などに、自家用車なしでアクセスできるようにします。シャッター通りに商店を復活させるのもいいかもしれません。はっきりいって、今の田舎は自家用車がないと生活できませんので、まずはそこに手をつけるべきです。
でも、これも実現しないだろうし、手をつけたところでものすごく気の長い話ですよね。車売れないと自動車会社困るし。経団連さんに経産省さんなんか言ってよ!
で、世の中にあふれてるのは毒にも薬にもならないことばかり
・ こまめにコンセントを抜きましょう
・ 昼休みには消灯しましょう
・ ハイブリッドカーに乗りましょう
あほらし
投稿: まるてん | 2008.07.03 19:57
各国の閣僚が事前討議として頻繁に国際会議を開くサミットは、洞爺湖サミットが初めてではないか。イギリスとロシアの対立、イギリス・フランスが提唱する中国の正式加盟問題と合わせて大変注目している。そのイギリス外相と間近に接する機会を得られたことは喜ばしい限り。サブプライムローン危機における欧州中央銀行のドタバタと、破綻寸前に追い込まれたというイギリスの金融機関について勉強しているところだったので大変興味深く拝読させて頂いた。ただやはり反論させて頂かねばならない。
>このままだと、日本は環境をめぐるグローバル競争にも負けてしまう公算が強い。
>トヨタは、今は我が世の春を謳歌しているかもしれないが・・・・旧来の技術におけるアドバーンテジは、もう一度、リセットされ、再び全員が同じスタートラインに並べられてしまうからだ。
相変わらず日本にだけは厳しい。継(まま)母の継子いじめのようにそこまで日本につらく当たらなくてもよかろう。
英・仏・独が「環境をめぐるグローバル競争」で日本を凌駕してしまう、そんな事態はあり得ない。ましてそれらの国々が日本の技術のアドバンテージをリセットさせて旧来技術に追いやった上に、日本と同じスタートラインに立つなど考えられないことである。
「環境をめぐるグローバル競争」に敗れたアメリカが、基軸通貨ドルの地位をユーロに奪われ 世界の金融市場の中心がニューヨークからロンドン・フランクフルトに移ってしまう、そのように主張するのと全く同様に、起こり得ない。
福田に「チェインジ」を期待できない絶望から生まれた極端にネガティブな想像だろうとは思うが、ことなかれのどこにでもいる普通の職業政治家が、ある日突然 突拍子もないことをしでかす例が無い訳ではない。ただ、それが人々に貢献するようなことかといえば 大概は人様の大迷惑に終わるだけであろう。総選挙まで「他人ごと総理」の名を欲しい儘にして頂く方が、世のため人のためということだ。
小池百合子元環境相への前向きな評価にはまったく同感である。「緋牡丹お竜」はよかった。小泉・安倍?ラインで引き起こされる政界再編に乗って「女の本懐」を遂げてもらうのも良い。日本にとっての面白いシナリオが描けるのではないか。
投稿: かかし | 2008.07.05 00:19
コメントありがとうございます。
ミリバンド氏が、環境相時代に導入した気候変動法というのがありますが、極めて具体的なものですね。そのポイントを見れば、日本がいかに差をつけられているかがわかります。
http://www.defra.gov.uk/news/2007/070313a.htm
・A series of clear targets for reducing carbon dioxide emissions - including making the UK's targets for a 60 per cent reduction by 2050 and a 26 to 32 per cent reduction by 2020 legally binding.
(法的拘束力のある形で2050年までに60%、2020年までに26~32%削減)
・A new system of legally binding five year "carbon budgets", set at least 15 years ahead, to provide clarity on the UK's pathway towards its key targets and increase the certainty that businesses and individuals need to invest in low-carbon technologies.
(法的拘束力のある形で「炭素予算」を創設し、企業、個人の投資を促す)
・A new statutory body, the Committee on Climate Change , to provide independent expert advice and guidance to Government on achieving its targets and staying within its carbon budgets.
(気候変動委員会を政府組織として創設し、目標達成のために専門的なアドバイスを与える)
・New powers to enable the Government to more easily implement policies to cut emissions.
(削減目標を達成しやすくするための政府の権限強化)
・A new system of annual open and transparent reporting to Parliament. The Committee on Climate Change will provide an independent progress report to which the Government must respond. This will ensure the Government is held to account every year on its progress towards each five year carbon budget and the 2020 and 2050 targets.
(議会への年次報告責任の明確化)
・A requirement for Government to report at least every five years on current and predicted impacts of climate change and on its proposals and policy for adapting to climate change.
(政府の報告義務:少なくとも5年毎に)
低炭素社会に向けて舵を取るというのは、こうした政策セットと目標を提示し、それを粛々と実行することなんですね。
投稿: katoler | 2008.07.05 14:48
ヨーロッパの経済情勢から見て、そのイギリスの取り組みの結果が吉と出るか凶と出るか。それは置くとして、カトラーさんのご指摘についてはその通りだと思う。日本政治の貧困ということだろう。権力の亡者小沢が辛うじてまとめている政党の体をなしていない民主党と福田が象徴する古い自民党。政治における国家間の格差以前の問題である。絶対的貧困と呼ぶにふさわしい状況だ。
日本は絶対的貧困の存在を放置してはならない、ということだろう。
投稿: かかし | 2008.07.05 18:24
Yes! Finally somesone writes about binding.
投稿: samsonite luggage sets | 2013.09.27 06:03