第三の開国へ マス・マーケティングの崩壊がもたらすメディア開国
例えば、マス広告の世界に君臨してきたテレビ広告の不振が続いている。最近のニュースでテレビ朝日、テレビ東京といった東京キー局のスポット広告が落ち込み、役員報酬のカットや制作費の削減に手をつけはじめたことが報じられている。テレビ朝日の5月のスポット広告収入は、前年同月に比べて、15%も下回っているという。苦しいのはこの2社ばかりではない、視聴率のトップ争いをしている、日テレ、フジテレビ、TBSといった局でも、同様に前年比マイナスという状況であり、民放キー5局の08年3月期の決算では、本業の営業利益ベースで全社が減益となったという。
過去の経験則が通用しない総崩れ現象
新聞広告は、かねてから不振が伝えられていたが、部数の面で弱い地方紙、産経、毎日などに窮状が集中して現れていたのが、日経新聞、朝日新聞といった大新聞の広告収入まで、この6月期までに前年を10%以上も割り込む、惨憺たる状況だという。こうした主要マスメディアの営業不振を背景に、日本のマスメディアの財布を牛耳る電通の業績も雲行きが怪しい。オリンピックイヤーには、利権を独占している電通が独り勝ちするというのが、これまでの業界常識なのだが、今年は前年を確保できるかどうかも疑問?という声が早くも出始めている。
オイルショック、バブル崩壊と、過去にも色々なメディア不況期があったが、過去の経験則が当てはまらない状況が進行しているということを、メディア業界人たちも次第に気づき始めている。
その象徴的な出来事と考えられるのが、6月に発表された国内自動車保有台数が、戦後始めて減少したという事実だ。平成19年度末の自動車保有台数(軽自動車、二輪車を含む)は7908万762台。1年前に比べて15万5333台少なく、昭和21年に統計を取り始めて以来、戦後初めての減少となった。メディアもこの数字を大きく取り上げた。
国内自動車市場の縮小始まる
トヨタをはじめとした国内自動車メーカーは、米国のビッグ3などに比べて、業績の上では好調だが、お膝元の国内市場については各社とも青息吐息の状況だった。少子化の影響や、若者達の車離れが進んでいることなどがその原因とされているが、さまざまな販売促進策を投入しているにもかかわらず、国内市場は、もうこれ以上伸びないということが数字の上からも露呈されてしまったのだ。
広告業界では「広告とは、将来の市場獲得に向けて行われる投資である」と考えられてきた。つまり、投下した広告費以上に商品が売れることはありえない、目先の売り上げを上げることが広告の役割ではない・・・というような、もっともらしい説明が広告主に対してなされてきた。しかし、この理屈にしたがえば、逆に自動車メーカーが、規模が縮小していく日本という市場において、マスメディアを使ってこれまでのように広告する意味が説明できなくなってしまう。釣れる魚の少なくなっていく池に対して、どうして大量の撒き餌をするようなことを続けられよう。
広告=投資 という考え方に対する疑問
また、広告が将来の成長市場に向けて投下す「投資」であったからこそ、クォリティのあるメディアにはプレミアムが許された。
現在、新製品の投入の際に、そこそこの認知度を取るために、テレビスポット広告を打つとしたら、あっという間に10億円単位のカネが必要となる。日経や朝日で広告掲載すれば、1ページの掲載料金は約1500万円だ。そもそもマス広告というものは値がはるものなのだ。しかし、その「投資」によって、ブランドイメージやマインドシェアを確立できさえすれば、何年後か、市場が成長したあかつきには投資が回収できる・・・という「後は野となれ山となれ」理論で、広告主たちは、広告およびメディアに付随している「プレミアム」価値を容認してきた。
しかし、市場の成長が止まったことで、その理屈自体に疑問が投げかけられている。このことが、現在、進行しているマスメディア不況の根元に横たわっている本質的問題である。
自動車を例にとれば、国内自動車市場の構造も昔とは大きく様変わりした。
かつては「いつかはクラウン」という言葉があったように、大衆車や中古車を買った若者達が、サラリーマン生活で、課長、部長と昇進していくように、いつかは部長が乗っているクラウンに乗りんだという上昇志向がクルマの購入の基本モチベーションとなっていた。
だから、若者層を取り込むことが、各社ともマーケティング上の戦略課題になっていたのだが、そんな風に、のどかに「高級品」を志向する消費者はどこにもいなくなってしまった。今の若者は、クルマ離れをしているという指摘があるが、それは単にモノとしてのクルマに情熱を感じなくなったというよりは、「いつかはクラウン」という言葉に象徴されていた中流幻想やリニアな人生設計自体が崩壊してしまったことを意味しているに他ならない。
日産GT-Rの脱マス広告プロモーション
マスメディア広告の機能不全を象徴的に示しているのが、日産のスポーツカー、GT-Rのケースである。日産GT-Rは、従来のスカイラインGT-Rの後継ブランドだが、スカイラインとは一線を画し、日産のテクノロジーフラッグシップとして開発された「マルチパフォーマンッス・スーパーカー」である。スーパーカーのような走りと安全性を重視し、購買ターゲットとしては富裕層を対象としている。実はこのGT-Rの宣伝プロモーションには、TVCM、新聞広告といったマス広告が一切使われなかった。街中でのゲリラ的なパフォーマンスや高級ブランドの会員組織とタイアップした発売前の走行会の開催など、話題づくりとその拡散を仕組むバイラル&広報中心のマーケティングが徹底的に展開された。
GT-Rのような、明確なコンセプトと話題性があり、ターゲットもはっきりしているような商品の場合、マスメディアによる情報発信をむしろセーブ、コントロールした方が、情報に対する飢餓感が高まり、市場に対する影響力、説得力が高まる。日産の内部でマス広告は、あえて使わないという判断が下されたということが重要だ。この脱マス・マーケティングによるGT-Rのプロモーションを通じて、日産は販売目標を大きく上回る成功を収めた。
こうした日産のケースを見てもわかるように、広告主は、従来のようにマスメディアの限界を云々する段階をとうに卒業して、あえてマス広告をプロモーションの選択肢からはずすという判断が、合理的なレベルで働くようになった。マスメディアが万能と思われた時代は、それを使う側(広告主)にとっても既に終わっている。マス広告の最大の広告主、自動車メーカーの日産がこうした脱マス広告のプロモーション展開をあえて選択し、そのことによって大きな成功をおさめたわけだから、今後における影響力は大きい。
マスメディアの時代が終わり、生き残りゲームが始まる
かくして、国内市場の成長が止まり、消費の構造が根本的に変わったことで、日本におけるマスメディアの時代は、本当に終わりを迎えることになるだろう。
もちろん、「終わり」といっても、朝日新聞やフジテレビのような大メディア企業が、潰れてしまうわけではない。広告業界やメディア業界が、成長セクターでは無くなり、熾烈な生き残りゲームが始まるということを意味する。
成長が止まった世界で、メディア業界、広告業界どこに向かうのだろうか。確かなことは、このまま穴熊のように業界内部に居座っていても煮しまるだけなので、必然的に他の業界との提携や広告以外の新たな市場に成長の活路を見いだすことになるということだ。
例えば、TBSは、赤坂の自社保有の土地を再開発してAKASAKA SAKAS(赤坂サカス)というショッピング&オフィスゾーンを作ったが、要するにテレビ局+不動産屋になったということだ。TBSの井上社長は、「赤坂サカスの完成で視聴率に一喜一憂しなくてもいい会社になった、どうだありがたいだろう」と社員に向かって訓辞を垂れたそうだが、行動パターンも不動産バブル紳士風になってしまったのか、不倫デートの現場を見つかって、週刊誌ネタにされてしまった。
通信とメディアの融合も進む?
TBSは、不動産屋になることに精力を傾けるより、懸案の楽天との提携など、もっと真面目に取り組むべきことがあると思うが、メディア企業として、もう少し上等な生き残り策としては、「通信とメディアの融合」に向けた具体的な合従連衡の動きも出てくるかもしれない。その場合は、通信業界が、メディア業界を飲み込む形で「融合」が進むだろう。以前、「毎日新聞がソフトバンクに買われる日」というエントリー記事を上げたが、そうしたシナリオも現実味を帯びてくる。
また、長年、鎖国状態にあった日本のメディアの海外メディアとの提携も一気に進む可能性が生まれてきた。国内市場がもはや成長せず、ゼロサムゲームの体力勝負のつぶし合いになれば、海外の有力メディア企業との連携が生き残りのために必要条件になってくる。欧米では日本よりも一足先に、メディア企業間の合従連衡が進んでいるが、そこでの勝ち残り組が、黒船のように日本市場に乗り込んでくる。
以下に紹介するように、こうした動きは既に着々と始まっている。
「フジサンケイビジネスアイ」新創刊 10月1日、ブルームバーグ社と連携
産経新聞グループでビジネス紙「フジサンケイビジネスアイ」を発行する日本工業新聞社は17日、国際的な大手情報メディアの米ブルームバーグ社と連携し、金融、海外ニュースを強化した総合ビジネス金融紙を新創刊すると発表した。10月1日から発行する。ブルームバーグにとって日本で初の本格的な活字媒体への進出となる。
プレジデントとトムソン・ロイターが新サイト「プレジデントロイター」開設
雑誌「PRESIDENT(プレジデント)」を発行するプレジデント社と金融情報大手トムソン・ロイターは29日、業務提携を行い、両社のコンテンツを提供する新サイト「プレジデントロイター」を10月1日に開設すると発表した
いずれもここ最近の動きだが、経済ニュース・情報分野における国内寡占メディア「日経」の牙城を崩すべく手を組んだ提携といえるだろう。
ブルームバーグやロイターといった企業は、日本メディアとの提携を通じて、成長市場である極東アジア全体での覇権を握ることを狙っている。中国がオリンピック開催期間中に限定して、海外メディアの現地発行を認めるといった観測が一時期流れたが、チベット問題の噴出によって、その計画はご破算になった。しかし、海外メディアをコントロールしながら受け入れていくという姿勢は、既に中国政府の既定路線として動き始めており、世界のメディア資本が中国という巨大市場の扉が開く瞬間を固唾をのんで見守っている。
閉ざされた池のような場所だった日本のメディア産業にも大きな地殻変動が起きようとしている。池の水は濁り始めていて、外部の水を入れることが必要になっている。グローバル化の津波が、言葉の壁を越えて押し寄せてくるだろう。日本のメディア企業は、その波に対して、これまでと同様、亀が甲羅に閉じこもるように自閉してしまうだけなのだろうか、それとも、その波をチャンスにして、大海に漕ぎ出すチャンスをつかむのだろうか。
(カトラー)
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コメント
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投稿: xvdcx | 2008.08.08 13:43