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世界恐慌後の世界② 墜ちた神の見えざる手とグリーンスパンの蹉跌

Greenspan_1014457c 世界中の株安が止まらない。
既に世界は恐慌の段階に入っている。世界中から投資マネーが引き上げられ、信用収縮が進行し、それがさらに株価を押し下げるといった負の連鎖が始まっている。金融立国を目指し、その成功モデルとされていたアイスランドは、国家破綻の危機に瀕し、ついにIMFに援助を要請した。世界中が硬い貨幣(リアルマネー)を欲していて、誰も貸し手に回ろうとは考えていない。今後、新興国の中からも、アイスランドと同様にIMFなどの援助を要請する国が出てくるだろう。米国議会では、公聴会が開かれ、今回の金融恐慌を引き起こした犯人捜しが始まり、投資銀行や格付け会社の経営者が槍玉に上がっている。FRB前議長のアラン・グリーンスパンも召喚され、18年間にわたり金融行政を司り、金融市場の自由化を推進した立場にあったことから、今日の事態を招いた責任が厳しく追及された。

かつては米国経済の権威の象徴として全能の神のように賞賛されたグリーンスパンだったが、公聴会で弁明するその姿は、以前と同じように感情を表に見せない淡々としたものだったが、その発言には、明らかにとまどいと苦渋の色が浮かんでいた。

Greenspan2 ワックスマン委員長(民主党):
「FRB史上最長の任期中、あなたは、金融市場の規制緩和の支持でもっとも影響力があった。あなたの政策は間違っていたか」
グリーンスパン前FRB議長:
「部分的には誤りはあった。銀行などが利益を追求すれば、結果的に株主や会社の資産が守られると思っていたが、それは間違いだった」
ワックスマン委員長:
「あなたが推し進めた自由競争主義の考えに欠陥はなかったのか」
グリーンスパン:
「欠陥はあったと思う。それがどのぐらい深刻なものかは分からないが、非常に悩んでいる」
ワックスマン委員長:
「別の言い方をすれば、あなたの世界観や理念が正しくなかった、うまく機能しなかったことが判明したということか」
グリーンスパン:
「そういうことだ。(自由市場理論が)例外なくうまく機能するという事例を40年以上も当事者として経験してきたこともあり、だからこそ私はショックを受けている」
「金融業界が予想以上に危険な取引に走り、当局の対応が遅れた面がある。私の経験では融資担当者は金融当局よりも、貸し出しリスクや借り手についてはるかによく知っていた。こうした決定的な支柱が崩れてしまい、衝撃を受けている。なぜそうなったのか、まだ十分理解できない」

グローバル資本主義の神の声を託宣

グリーンスパンは、自由放任主義を標榜した新古典派経済学、言い換えれば「グローバル資本主義」の“見えざる手”、レッセフェール(laissez-faire)の神の声を託宣する巫女のような存在だった。FRB議長としてのグリーンスパンの一言一句に世界中の金融関係者が耳をすませ、実際にその言葉に基づいて世界の金融市場が大きく動いた。その内容の解釈のしかたこそ様々だったにせよ、彼の言葉は、常に何かを力強くメッセージしていた。そのグリーンスパンが、いま何が起きているのかを「理解できない」と表明しているのである。
この20年あまり、世界を席巻したグローバル資本主義の最も重要なイデオロギーとは、市場に非効率や不安定性があるのは、市場の「見えざる手」を阻害する規制があるからであり、その規制を取り除けば市場の原理によって経済は理想状態に近づくというものだった。その理念が「正しくなかった」とグリーンスパンは認めているのである。
グリーンスパンには、一体、何が見えていなかったのだろうか。

Soros ジョージ・ソロスが、今年の春に「ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ 」という著書を出版し、その中で今年中に金融市場のバブルが破綻することを予見するとともに、昨年から顕在化したサブプライムローンの問題は、より巨大な「超バブル」破綻の序章でしかないと、今日の事態を正確に見通している。

今日の破綻を予見していたソロスの再帰性理論

こうした見通しの根拠としているのが、難解なことで知られるソロス「再帰性の理論」である。ソロスは、この再帰性理論について様々な説明の仕方をしているが、それは、第一義的には、金融市場はある均衡点に向かって自然に収斂していくという既存経済学のパラダイムに対するアンチテーゼとして提出されている。ソロスは自身の投機家としての経験から、「金融市場のさまざまな変数は、ある均衡値に向かって収斂する」という現代の経済学が前提としている考え方は、現実の金融商品の動きや金融市場における投機家の行動からは実際にはかけ離れていると指摘している。そして、こうした前提に基づいて金融市場を理解しようとしたために、金融工学の盲信につながり、巨大な信用バブル「超バブル」を形成してしまったと分析している。

同じ事柄を日本の経済学者の岩井克人氏が、株式投資を美人投票になぞらえたケインズの有名な例えを引用しながら以下のように述べている。

「ケインズの美人投票とは、最も多くの票を集めた『美人』に投票した人に賞金を与える観衆参加型の投票である。それに参加して賞金を稼ごうと思ったら、客観的な美の基準に従っても、主観的な好みに従っても無駄である。平均的な投票者が誰に投票するかを予想しなければならない。・・・・その結果選ばれる『美人』とは、皆が美人として扱うから皆が美人として扱うという『自己循環論法』の産物に過ぎなくなる。プロの投機家がしのぎを削る金融市場を支配しているのは、この美人投票である。それは需給の実態条件とは独立に、価格高騰の予想が実際に価格を高騰させるバブルや、価格急落の予想が実際に価格を急落させるパニックの危機を常に生み出す」(日本経済新聞、経済教室より)

金融市場に対して投機家は、観察者ではなくプレイヤーとして参加しており、常に再帰的あるいは自己循環論法的な存在でしかない。金融工学の数理モデルや新古典派経済学が前提としているような、完全な情報を持って合理的に行動する存在ではありえないのだ。ソロスは、逆に金融市場とは「常に誤っている」のであり、「市場参加者の誤った認識が再帰的に強められ、ファンダメンタルズにも影響を与える」とまで言い切っている。そして、ソロス自身は、逆にその市場の偏り、バイアスを利用することで巨大な利益を生み出してきたと説明している。

皆が信用できるから信用できるという循環論法

今般の信用バブルでは、高いリスクを持ったサブプライムローンを扱った証券も、美人投票の場合と同様に、多くの人々が信用できる証券として受け取ることで、信用できるものとして流通していった。そこには、「皆が信用できるというから信用できる」という再帰性、循環論法的な論理に基づく「信用」しか存在しない。しかし、いったんその信用に陰りが生じると、その「信用」には、もともと何の根拠も存在していなかったわけだから、不信が燎原を走る火のように広がった。格付け会社によるリスク評価も、高度な金融工学を駆使した金融派生商品によるリスク分散の手法も防波堤にはならなかった。逆に、本来ならばリスクを薄く広く分散するはずの金融派生商品全体が巨大な火薬庫に化してしまった。

グリーンスパンは、筋金入りの自由市場主義者であり、一貫して金融市場の規制緩和と自由化を推進してきた。完璧、純粋な自由市場空間というものは現実にはありえないとしても、規制などの現実の世界から経済活動を阻害する夾雑物を取り除いていけば、完璧な市場に近づいていくという信念を持っていた。現実世界で切った、張ったを行っている投機家ではないグリーンスパンだからこそ、そうした理念を持ちえたともいえるが、実際の市場は、ソロスが言うように誤りに満ちたものでしかなかった。

グリーンスパンの公聴会の言葉で、引っかかった一言があった
「A critical pillar to market competition and free markets did break down, I still do not fully understand why it happened.」
グリーンスパンはここで市場を支える「A critical pillar(決定的な柱)が壊れ去った」と表現しているが、この言葉からアイン・ランドの小説「肩をすくめるアトラス 」のことを思い出した。

グリーンスパンが心酔したアイン・ランドのリベタリズム

Atras アイン・ランドとは、米国で1940~50年代の米国で一世を風靡した小説家・思想家で、現代のリバタリアン(自由放任主義者)の教祖的存在といわれている女性だ。
日本ではあまり馴染みがないが、米国で彼女の本は、聖書に次ぐ影響力を持った本といわれ、若きグリーンスパンが、彼女のサロンの常連であり、強い思想的な影響を受けた。
肩をすくめるアトラス 」という本も日本語版が刊行されているが、全体で1270ページに及ぶ大著で、グリーンスパンをはじめ米国政府の高官や企業経営層にカルト的といってよいほどの人気を今でも持ち続けている。
経済や世界に対するカラマーゾフ的な独白とハーレクインロマンスが合体したような小説で思想性と大衆性を併せ持った、アメリカでなければ生まれてこない小説である。アイン・ランドの本は、米国で今でも毎年50万部以上も売れ続けており、アメリカ自由主義の精神を最も鮮明に体現している作家といえるだろう。
アイン・ランドは、もともとロシア革命下のペテルスブルクに生まれ育ったロシア人だが、ソ連から米国に渡り帰化する。生涯にわたり、スターリンや共産主義に対して激しい憎悪を抱き続け、彼女の小説には、全てを自己責任のもとで引き受ける強靱な精神を持った主人公、それは、すなわち共産主義的人間とは対極にあるような英雄的な人間として描かれる。アイン・ランドは、自由主義というものが、道徳的にも正しいということを小説によって伝えようとしたといわれている。
肩をすくめるアトラス 」という小説のタイトルになっている「アトラス」とは、ギリシア神話の中で、天空を支えていた巨人の神のことである。神々の闘いに敗れ、天空を支えることを命じられてしまう悲劇的な神だが、アイン・ランドは、このアトラスに、自分の小説の英雄的な主人公を重ねてみせた。

グリーンスパンにとって、アトラスとは、グローバル資本主義を支える米国の経済システムそのものだったろう。その天空を支える大切な柱(A critical pillar)が崩壊したと苦渋に満ちた証言を行ったのだ。そう証言した時に、グリーンスパンの脳裡には、アイン・ランドのこの小説のことが浮かんでいたのではないか。

市場に神はいなかった

Atras_lockfeller私は、密かにグリーンスパンは、ある思い違いをしていたのではないかと考えている。彼の心の中にはレッセフェール(自由放任主義)の世界には、「神の見えざる手」といわれるように、どこかに神が宿っているという、願いにも似た思いがあったのではないか。だからこそ、神の代弁者として、皆から賞賛されるような、あれほど見事な市場運営を続けることができた。
しかし、市場に神はいなかった。市場原理というものが存在し、それが常に正しい道に市場を導いてくれるという考えは幻想に過ぎず、市場には、不完全で臆病で強欲な人間しかいなかったのだ。

だとしたら、あの証言台でグリーンスパンは絶望していたのだろうか。それも違うだろう。
聡明でタフなグリーンスパンの目には、既に次の光景がはっきりと映っていた。神々の闘いに敗れ天空を支えることを罰として命じられたアトラスこそが、実は市場の中の人間の姿であり、彼自身の姿に他ならないことを悟っていたのではないか。

そう、彼はレッセフェール(laissez-faire)の神が墜ちた地平に、あらためて人間の姿を見いだしたはずだ。そして、生涯、無神論者のまま死んでいったアイン・ランドが「肩をすくめるアトラス 」という小説のタイトルに託した、本当のメッセージを噛みしめていたに違いない。

(カトラー)

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Comments

リベタリズムではなく、リバタリアニズムでは?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0

Posted by: 利穴 | 2008.10.27 at 11:26 PM

なるほど...グリーンスパンが「Fountainhead」のハワード・ロークを気取っているのだと理解すると、いろいろなことが腑に落ちますね。

Posted by: Yute | 2008.10.28 at 09:58 AM

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Posted by: googleappleb | 2008.10.28 at 02:02 PM

Posted by: youtreemancu | 2008.10.28 at 02:02 PM

利穴さん、ご指摘ありがとうございます。
リバタリアンですね。修正させていただきました。
Yuteさん、お久しぶりです。今般の金融恐慌は、Yuteさんにとっても大変なご様子。ブログで日本の機関投資家の狼狽ぶりを読ませていただき、笑ってしまいました。こんなこと一生に一度であってほしいものですね。

Posted by: katoler | 2008.10.28 at 09:44 PM

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