米粉が日本の農業を救う?
米粉は、昔から上新粉や白玉粉として団子や和菓子の材料となっていたが、現在、パンやスイーツに使われている米粉は、従来の「米粉:上新粉、白玉粉」に比べると粒子が格段と小さくなっている。製粉技術の革新によって、細かい粒子の米粉の製造が可能になり、小麦粉と一緒に使ったり、ケーキミックスとして使用することが可能になった。
小麦の場合は、表面の殻を粉砕すると中はもともと100ミクロン程度の粉状になっていて、容易に微粒子化することができたが、米は、臼などで粉砕しても粒子が大きく粒形もバラバラでパンや麺には不向きといわれていたのが、40~50ミクロンのレベルまで微粒子化に成功したことで、利用用途が広がった。
食糧自給率向上の切り札としての米粉
米粉が関心を集めているもう一つの理由は、食料自給率の切り札として期待されているからだ。日本の食料自給率はカロリーベースで39%と、先進諸国の中で最低にまで落ち込んだ。ここまで自給率が低下したのには色々な理由があるが、大きな要因として、日本人が主食の米を食べなくなってきたことがあげられる。米の消費量は昭和37年をピークに一貫して下がり続け、今後も少子高齢化が進むなかで、漸減していくことが予想されている。その結果、米の生産は、常に過剰気味で、食糧危機が叫ばれる中にあって、減反政策が続けられるという馬鹿げた状況が生じてしまっている。米の消費は、ピーク時の約半分にまで落ち込んでおり、農林水産省の発表によれば、水田の約4割が転作などが必要される減反の対象となっている、少子化による更なる米の需要の減少や高齢化による耕作放棄の拡大などによって「死んだ田んぼ」はさらに増えていくだろう。
英国でもかつて、食糧自給率が40%台にまで落ち込んだ時期があったが、徹底して小麦の作付け面積の拡大に励み、自給率を60%台にまで回復させた。小麦を増産すれば、これを飼料作物として畜産にも回すことができるため、全体として自給率を向上させることができたのだ。日本でも同じことができれば簡単だが、英国と違って、圧倒的に平地が少ないため、米以外の穀物を増産することは殆ど不可能である。そのため転用されない休耕田が増え、放置されたままペンペン草の生え放題になっている。米粉が普及することは、休耕田の活用に道を開き、食糧自給率のアップにも貢献することになる。
米粉の生産を10年後に50倍に拡大
そこで、農林水産省は、10年後に食糧自給率を50%にまで引き上げるために米粉の生産を現在の年間1万トンから50万トンへ、50倍に拡大するという方針を打ち出した。現在、小麦の年間輸入量は、約500万トンといわれているから、そのうちの10%を米粉で代替えするということを意味する。
脳死状態の麻生政権の中にあって、石破農林大臣が、こうした目標設定を掲げたこと自体は評価したいが、大風呂敷を広げた目標設定も、具体的な施策が伴わなければ、単なる掛け声だけに終わるだろう。ここにきて、米粉入りの食品が急速に出回りはじめてきたのは、小麦の価格が急騰し、米粉価格が小麦粉に比べて1.3~1.5倍となり、価格差が縮まって代替品として使えるようななったことが主たる要因であることを忘れてはならない。しかし、米国発の金融恐慌の影響によって、投機資金が一斉に国際穀物市場から引き揚げられたために、小麦の国際価格もピーク時の半分にまで急落、いったん縮まった米との価格差がまた開きつつある。現在の米粉の微粒化技術は10年前には既に実用化されていたのだが、ずっと鳴かず飛ばずの状態が続いていた。それが小麦価格の高騰で最近になってようやく日の目を見たというのが現実であり、小麦の価格が元の水準にまで下落すれば、米粉はまた以前のように相手にされなくなる可能性もある。
供給側の論理ではなく、消費者に向けた価値を
そこで重要となるのは、米粉の価値を供給側の論理ではなく、消費者に向けた価値として打ち出す工夫だ。「日本の食糧安保、食糧自給率向上のために米粉を食べよう」では、誰にも見向きもされないだろう。
最近、人形町と汐留に「じぱん家」というパン屋がオープンして若い女性客で賑わっている。「じぱん家」とは「ジパング」をかけた、なかなかうまいネーミングで、国産の米粉と小麦から作ったパンで薬膳カレーパン、チーズ味噌パン、高菜パンといった和風メニューを提案して人気を呼んでいる。国内産の素材にこだわることで、安心・安全というメッセージとともに米粉食品のブランドを構築しようという狙いだ。福島県の銀嶺食品工業という食品会社がこのパン屋を経営しているのだが、今後、首都圏で多店舗展開していく予定だという。
米粉の安心・安全に関係する出来事として、最近の三笠フーズによる事故米の不正流通偽装事件があった。農薬に汚染されたり、カビが発生した事故米を糊などの工業用に使用すると偽って、実際には、米粉の原料などにされていた。米粉にとっては迷惑な事件であったが、消費者の米粉を見る目は、この事件によって厳しくなった。米粉のマーケティングに求められる第一のポイントは、安心・安全を担保するための「生産履歴」「加工履歴」の情報公開があげられるだろう。原料米が、いつ、どこで収穫され、どのような農薬、肥料が使われて生産されたのか、また、収穫後、どんな業者が関わり米粉として加工されたのかを情報公開すべきだ。
米粉の健康面での機能性を打ち出す
第二のポイントとしてあげられるのは、米粉の健康面に対する機能性などの情報をもっと積極的に消費者に提供することだ。「米を食べると太る」という誤った観念が若い女性の間には未だに存在するが、実際は、小麦粉に比べて脂肪吸収が抑えられるなどのデータが得られている。特に、低グルテン米と呼ばれる米などには、難消化性のでんぷん質(レジスタントスターチ)が多く含まれ、これが食物繊維のような働きをすることで、摂取カロリーを抑えたり、腸の環境を改善することもわかってきている。こうした、米粉や米に関する機能性のデータ、エビデンスを積極的にPRすべきだろう。このことに関連して、重要と思われるのが、玄米を米粉にしたらどうかということだ。玄米が健康に良いことは、一般にも広く知られているが、調理しにくかったり、好き嫌いが分かれるという難点があった。これを玄米粉にして、パンや麺類に加工できれば、健康イメージの高い製品にできるはずだ。
そして、最後のポイントが、米粉の普及がもたらす社会的な貢献だ。政治家連中は、すぐに「食料安全保障」という言葉を使いたがるが、こんな言葉には簡単に騙されないほうがいい。自分たちの食べ物をカロリーベースでも39%しか供給できない現在の状況は確かに危機的だが、この日本において世界的な気候変動や食糧飢饉などが起きても、他国を当てにせず自給自足できる状態が実現できるなどと考えたら大間違いだ。日本人の食生活の基本を構成する大豆、小麦、とうもろこしなど米以外の穀物、肉類、魚類などのたんぱく源、どれをとっても日本以外からの供給を前提にしなければ成り立たず。鎖国時代の江戸時代に戻ることができるならいざ知らず、1億2千万人の人口を抱える現状においては、自給自足などはそもそもありえない。
限界集落を米粉が救う?
話しをもとに戻そう。日本の農村の多くは稲作を軸にしながらコミュニティを維持してきた。ところが、日本各地の限界集落とよばれる地域では、減反による休耕田や耕作放棄地が急増している。限界集落とは、高齢化・過疎化などによって、集落の自治、生活道路の管理、冠婚葬祭など、共同体としての機能が維持できない状態になっている集落のことをいう。国交省の調査などによれば、10年以内に消滅の可能性のある集落が全国では422ヶ所、いずれ消滅する可能性がある集落は3000ヶ所にも達し、日を追ってその数は増加している。こうした集落の多くで稲作の保持がコミュニティ維持のための最低条件となっている。
米粉の普及によって、休耕田の増加に少しでも歯止めができれば、稲作を軸とした日本の農業の将来にも微かな光が見えてくる。逆にこのまま、米の消費が減退し、減反政策が継続され、休耕田や耕作放棄地が増加する事態が進行すれば、日本の地方農村は、ますます疲弊し間違いなく廃墟と化していくだろう。その意味では、今、到来している米粉のブームの波は、日本の稲作農業とそれを軸にした地方農村を救う最後のチャンスなのかもしれない。
そこで提案したいのは、米粉製品の売上げの1%でもよいから、象徴的にこうした限界集落の稲作の維持、例えば、地方の農村の風景となっている棚田や里山を守る活動に対する基金として委託することはできないか、ということだ。そうすることで米や米粉食品というものが、単に数ある食物の一つではなく、日本の農村にとって特別な意味をもっていることがメッセージされることになる。
米粉パンや米粉入りの麺、スイーツを食べることが、その米を作っている山間の農村の美しい棚田を守ることに繋がっているとしたら、一層味わいが深まると思うのだが。
(カトラー)
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コメント
食の与える影響の深さを感じさせられました。
ちょっと早いですが、今年もカトラーには魅了され続けました。ありがとうございました。
投稿: あたり前 | 2008.12.26 13:28
あたり前さま
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
最近、農業関係のことを色々やっているのですが、住宅産業とかなり近いというか、環境軸を入れるとほとんど同じ課題に向き合っている感じがしています。農業と住宅産業の連携というのもあるのではないでしょうか。
投稿: katoler | 2009.01.04 22:47