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元厚生事務次官を襲ったルサンチマンの時代のモンスター

Koizumi_takeshi

元厚生事務次官らの連続殺傷事件で、警視庁は24日午後、同事件への関与を認める供述をしている無職、小泉毅容疑者(46)=さいたま市北区=を銃刀法違反容疑で送検した。調べに対し「昔、ペットを保健所に殺されて腹が立った」などと供述しており、警視庁は元厚生次官や家族を狙った動機などの解明を急いでいる。(NIKKEI NETより)

元厚生事務次官と家族に対する殺傷事件の犯人、小泉毅が警視庁に出頭し、不可解な自供をはじめたことで、戸惑いが広がっている。

当初、マスコミはこの事件を「年金テロ」と書き立てたが、小泉容疑者は、犯行の理由を34年前、子供の頃に飼っていた飼い犬を保健所に殺されたことに対する「仇討ち」だと供述している。
この説明が事実だとすれば、俄に信じがたい動機だが、報道によれば、この小泉という人物は、捨てられたペットを保護するボランティア団体で、実際に動物の保護活動にあたっていたこともあったという。このことからも、小泉の犯行動機に関する供述が、不可解でありながらも嘘や冗談を言っているのではないことがわかる。捨て犬の命に対する執着と、その逆恨みによって奪った人間の命に対する無慈悲と無関心が、この男の心の中では共存している。

「仇討ち」とルサンチマン

この男の不可解な心の闇を読み解くひとつの鍵は、「仇討ち」という言葉にある。
小泉の供述を字義通りに受け取れば、「仇討ち」とは、子供の頃の飼い犬を処分されたことへの復讐を意味することになるが、そのことと、襲撃された元厚生事務次官との間には何の繋がりも存在していない。小泉容疑者が供述しているように厚労省の高官であれば、誰でもよかったのであり、このことは、小泉の犯行が、個人史に根ざしたものというより、本当はもっと漠然とした怨恨の感情に支配されていたことを示すものだ。当初、警察も余りに容赦ない冷酷な殺傷方法から、元厚生事務次官に対して強い憎しみを抱いた個人的怨恨による犯行という見方に立って捜査を進めていたという。しかし、小泉容疑者と元厚生事務次官を結びつける線はどこにも見つからなかった。芥川龍之介は「漠然とした不安」を理由に自殺したが、それに倣えば「漠然とした怨恨」が「仇討ち」という言葉となって表れ、この男を突き動かしている。

それにしても、人間というものは、漠然とした怨恨や復讐の感情によって、「殺人」という善悪の彼岸にまで行ってしまうものなのだろうか。

このことを「ルサンチマン(妬み、怨恨)」という言葉によって説明したのがニーチェである。ニーチェは、ルサンチマンとは、被支配者あるいは弱者が、支配者や強者への憎悪やねたみをため込んで生まれてくる感情であり、実は、それが、この世界の道徳や宗教を形成している根元にあると考える。つまり、「善悪」とは、カでは相手にかなわない弱者がせめて「道徳的」には優位に立って、相手を見下そうとする心理、「妬み(ルサンチマン)」から発生するものであり、肉食獣に襲われた草食獣が円陣を組んで抵抗するように、弱者が強者から身を守ろうとする「蓄群本能」から生まれたとする。ニーチェは、その上で、そうしたルサンチマンに基づく奴隷道徳としてのキリスト教を否定した。

モンスター・クレーマーだった小泉

小泉容疑者が言っていた「仇討ち」を、この「ルサンチマン」という言葉に読みかえて見ると、小泉の不可解な行動が、ある輪郭線を伴って浮かび上がってくる。

「モンスター・クレーマー」と呼ばれる、執拗なクレームを繰り返す人々がいる。小泉容疑者もこの種のクレーマーだったことが報道されていて、ささいな物音を立てたアパートの隣人や近所で工事を行っていた建設業者などに対して異常かつ執拗なクレームをつけていたという。現代社会の各所で増殖しつつある彼らは、ニーチェが嫌悪した「ルサンチマン」を典型的に体現した存在とはいえないか。モンスター・クレーマーたちは、まず自分たちのことを「消費者」「労働者」「市民」あるいは「生徒」といった弱者として規定する。その上で、企業や政府、学校といった権力組織に所属する個人に対して、その不正義や不誠実さ、あるいは道徳的堕落などを指摘して、執拗で容赦のない攻撃を加え続ける。クレームの原因になる事柄は、製品事故やサービスの不備など様々だが、普通の異議申し立てと異なるのは、彼らがその申し立てを通じて決して納得したり妥協することがなく、どこまでも「一件落着」させる気がないことだ。

某流通企業でこうしたクレーム対応の窓口をしていたことがある私の知人にいわせれば、金目当てで言いがかりをつけてくるようなヤクザの方が余程扱いやすいという。小泉のようなクレーマーにとって、相手の言い分を部分的にでも認めたり、妥協することは、自分が攻撃している相手の不正義に加担することに等しい。かくして、弱者であったはずの一介のクレーマーは、いつの間にか誰も制御することのできないモンスターにまで変身する。

「漠然としたルサンチマン」という時代の空気

漠然としたルサンチマン(怨恨、妬み)は、今や時代の空気でもある。強者と弱者が明確に線引きされ、いったん、社会的弱者に転げ落ちれば、そこから這い上がることは困難を極める。その結果、鬱屈されたルサンチマン感情は、出口を求めて、ちょっとしたきっかけさえあれば、どんな所からも噴き上がってくる。企業や学校とのトラブル、隣人とのいさかい、メディアの報道姿勢やタレントブログでの失言・・・・相手に「強者」の臭いが少しでも感知されれば、血祭りに上げられる。マスコミや行政も「消費者」「市民」の権利を祭り上げるあまり、まるで腫れ物にさわるように対応しており、この国では「自己責任」という言葉は死語になった感さえある。

そして、小泉毅の犯行も含め、最近、頻発する無差別殺人の根底には、こうしたルサンチマン感情が黒々ととぐろを巻いているように思える。その意味では、小泉毅や他の無差別殺人者たちは、どこか別世界の住人ではない。我々の部屋の壁一枚を隔てた所に生息している隣人なのであり、ある日突然、扉をこじ開けて押し入ってくる存在だ。

小泉毅の犯行を秋葉原で起きた無差別殺人事件などと比較してみると、最も特異なのは、その自己韜晦性である。意図的なのか無意識なのかはわからないが、小泉は、この事件が社会的に意味づけられることを徹底して拒否しているように思われる。アキバ事件の加藤容疑者のように、ネット上の掲示板で他人に自分の行動について説明したり同情を求めたり、犯行に及んで逡巡した形跡もない。1年半前から周到に計画を立て、下見をし、手順を決め、プロの殺し屋のように計画通りに冷徹に実行して見せた。自分の行為を誰からも理解不能の場所に置き、飼い犬の仇討ちという荒唐無稽な動機をでっちあげて、それ以上のことを一切語ろうとしていない。

モンスターになりたかった男の絶望

乱暴な推測をすれば、彼は現実世界の小泉毅という卑小な存在を消し去って、モンスターになりたいと考えたのだろう。逮捕されて以来、小泉は、社会に対する恨み辛みや弱者の繰り言に類することを一切供述していない。不可解な動機や犯行の手順のことなどは言語明瞭に語っているようだが、そうした行動をとった意味や自分の感情については一切口をつぐんでいて、何も見えてことない。父親に出頭前に手紙を託したことが報道されていたが、その手紙には自分の心情的なことについては一切触れられておらず、逮捕後の事務的な問題のみが書き連ねてあったという。
このことは、逆に、小泉というルサンチマンを抱いた男の絶望がいかに深かったかを物語っているのではないか。

ニーチェの「善悪の彼岸」に次のような有名な一節がある。

「怪物と戦うものは、その過程でみずからも怪物とならぬよう、気をつけねばならない。
深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を見つめているのだ」

小泉という人間も、その深淵を覗き込んで、その深淵に引き込まれてしまった弱き人間の一人なのかも知れない。

(カトラー)

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コメント

早い段階で手を打たないとモンスターが政権をとってしまうかモンスターによって社会が飲み込まれてしまう気がします。
日本版FBIの設置か昔の憲兵か特高の復活と自衛軍を憲法できちんと認めることが急がれます。防御としての暴力装置を社会で機能させないからこうした底なしのモンスターが増殖している気がします。

投稿: 田中 | 2008.12.16 18:20

憲兵、特高。。。
勘弁してくださいな
それらそのものがモンスター化して国民に牙を向けたことをお忘れですか?

投稿: | 2008.12.24 00:53

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