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一匹狼(The Maverick) 小沢一郎の危うい賭け

Photo 西松建設の違法献金疑惑の渦中にあって、進退が取りざたされている小沢一郎が、TIMEアジア版2009年3月26日号の表紙を飾っている
政権与党の麻生太郎首相ではなく、野党の党首である小沢が登場しているということは、この国の宰相の存在感が世界的にいかに稀薄かということの証左でもあるが、日本の政治が、結局、小沢一郎という政治家を焦点に動いていくということを暗示している。

西松建設の小沢一郎の政治資金管理団体「陸山会」への献金を巡って、政治資金規制法違反の疑いで公設第一秘書が逮捕され、窮地に立たされた小沢一郎は賭けに出た。党執行部に対して、企業献金を全面的に禁止することも含めて対応策の検討を指示したのだ。これに対して、自民党の幹部連中が猛烈に反発した。
「盗人たけだけしいとはこのことだ」 町村(町村派会長)「政官業癒着の象徴みたいな人がそんなことを言っても始まらない」 山崎拓(山崎派会長)
小沢一郎にとって、こうした自民党の間抜けな幹部連中の反応は、それがマスコミを通じて喧伝されることも含めて全て織り込み済みだったろう。今回の問題が拡大して企業献金の全面禁止が次の総選挙の争点になるようなことがあれば、民主党にとっても大きな影響が出るものの自民党にとってはそれこそ死活問題につながる。麻生太郎も記者団に「企業献金が悪という考えにはくみしない。企業献金の正当性に関しては最高裁判決もきちんと出ている」と火消しにやっきになった。
こうしたドタバタ劇を演じる自民党の姿から浮かび上がってくるものは、小沢一郎のことを政官癒着といって唾したつもりが、結局、全て自分の顔に降りかかってきてしまうという構図だ。
20日になって、東京地検特捜部が、小沢一郎に対する事情聴取を当面見送る方向で検討に入ったというニュースが流れてきた。逮捕された大久保秘書が容疑を全面否認している中で小沢一郎に直接事情聴取しても実効が上がらないことなどが表向きの理由になっているようだが、事情聴取すること自体が政局の材料にされ、翻って検察に対しては国策捜査という批判の声がこれ以上拡大することを嫌ったためだろう。

これ以上の深追いをためらう検察

大久保秘書の突然の逮捕で神風が吹いたとばかりに舞い上がった自民党だったが、政治とカネの問題には所詮腰が引けているということを露呈させたことで、検察に現段階でこれ以上深追いすることをためらわせた。小沢一郎の事情聴取に踏み切れば、大久保秘書の起訴だけで今回の問題にピリオドを打つことは難しくなるだろう。

数年前なら、検察は強引に小沢一郎の首を取りにいったかも知れないが、今回は事情が違う。漆間官房副長官がオフレコの新聞記者との懇談で、今回の捜査が自民党には及ばないだろうという見方を示したために、「国策捜査だ」という声が一気に広がった。
このことは、官邸とメディアとの信頼関係が崩壊していることを暗に示している。以前であれば、官房副長官のオフレコ発言が筒抜けで外部に流出することなどありえなかった。
検察サイドは、大久保秘書の逮捕を起点に、小沢一郎事務所と西松建設の関係に関する周辺情報を新聞にリークして一大疑獄事件に仕立て上げ、鈴木宗男や堀江貴文の時のようにメディアに「不正義」を大合唱させて一気に追いつめるつもりだったが、そうした従来の勝ちパターンに持ち込むことはできなくなった。問題発覚後、大新聞の数紙は小沢一郎と西松建設に関する記事を書き始めたが、結局、検察のリーク情報をもとに権力のお先棒を担いでキャンペーンを張っているだけだろうという眼でしか見られなくなった。権力と大新聞のもたれ合いの構造があからさまにされてしまったことでメディアの論調もピークダウンしている。

権力の不在状態にある政権中枢

田中角栄の金脈問題が発覚した際には、当時の三木内閣の稲葉法務大臣が指揮権を発動しないことを表明し、検察の動きに暗黙の了解を与えた。その背景には、田中角栄の影響力、権力を削ぐことを画策した三木武夫首相の思惑があった。この時の三木、田中の権力闘争のような凄味は、今回の西松建設問題には全く感じられない。麻生首相自体が、身内の自民党閣僚に捜査が及ぶことや政治とカネの問題に斬り込むことに及び腰であることが露呈しただけでなく、漆間官房副長官のオフレコ発言が外部に漏れ出てしまったように、現在の政権中枢が、権力の不在状態にあり、メディアや閣僚に対して全くグリップが効いていないことがあからさまになってしまった。歴史上の独裁者や現在のロシアのプーチンなどを見れば自明なように、権力というものは常に嫌日性で暗く無言の場所を好むものであり、麻生のような、無駄口をたたくだけの間抜けで無能(無脳というべきか)宰相の下、権力不在の状態の中では、とても小沢一郎の首をとるような戦いはリスクが大きくてできないというのが、検察の本音だろう。

24日に大久保秘書は、起訴される見通しだが、小沢一郎は、民主党代表にとどまるだろう。一見、強気の対応にもみえるが、民主党にとっては、危うい賭けでもある。しかし、小沢に代わる権力者が存在しないというのも民主党の限界である。民主党においても権力の不在が問題なのだ。

小沢一郎のパラドクス

TIMEは、小沢一郎を「The Maverick」(一匹狼)と評した。日本の新聞の政治記者もこのくらいの記事は書けよといいたいぐらいだが、正確に小沢一郎という政治家の日本の政治状況におけるポジションを見抜いている。TIMEは小沢のParadox(パラドクス)を次のように指摘している。

「The Ozawa Paradox
For all ozawa's support in the polls when compared with Japan's Prime Minister Taro Aso — the third lackluster holder of that office since Junichiro Koizumi resigned in 2006 — the dim view taken of his alleged role in the Nishimatsu scandal illuminates the paradox of Ozawa's place in Japanese politics. He is at one and the same time the single most radical critic of the Japanese postwar political establishment (it was his decision to bolt the LDP in 1993 that led to its only period out of office) and a supreme exemplar of it.

(小泉純一郎が2006年に辞任して以来、3人目の印象の薄い日本の首相麻生太郎よりも小沢は多くの支持率を得ている。西松建設スキャンダルでの小沢に嫌疑がかかったことによって小沢の支持率は落ち、小沢の政治的立場のパラドックスに光があたっている。彼は、戦後の政治体制の最も急進的な批判者の一人であり(1993年に自民党から離脱するという彼の決定が、自民党が政権を失った唯一の期間をもたらした)、同時に、その体制を体現する頂点にもいた。)」

TIMEが、この記事で日本の政治家に「The Maverick」(一匹狼)の称号を与えているのは、小泉純一郎と小沢一郎だけである。小泉以降の、安倍、福田、麻生は、lackluster holder(印象の薄い人物)と斬り捨てている。
そして、小沢一郎のParadox(パラドクス)とは、田中角栄の薫陶を受け、若くして権力中枢のポストを駆け上がり経世会的政治手法にどっぷり浸りながらも、そうした従来の日本的政治の枠組みを破壊する「壊し屋」、すなわち旧来政治に対するアウトサイダーとして生き延びてきた政治家としての「二面性」を意味する。

壊し屋を無意識に待望させる閉塞状況

小泉純一郎と小沢一郎をTIMEの記事が「The Maverick」(一匹狼)と評していることは興味深い。現在のような閉塞した政治状況にあっては、アウトサイダーであることが権力を奪取する上で逆にプラスになる。何をしでかすかわからない「壊し屋」を人々は無意識に待望しているところがあるからだ。そして、今の政界には「The Maverick」(一匹狼)と呼べる政治家は、残念ながら小沢一郎ぐらいしか見当たらないことが、逆に日本政治の貧困と閉塞状況を端的にあらわしているともいえるだろう。
日本の政治は、慢性化した政治不信とワイドショー化したメディアの頽廃によって「王殺し」の状態にある。指導者に対する信頼は失われ、宰相は、芸能タレントと同様に消費される存在となってしまった。小泉純一郎が、長期政権を維持できたのは、自ら仕掛けた「小泉劇場」と評された政治状況を次々と出現させ続け、逃げ水のように遁走したからだ。小沢一郎も手法は違うが、窮地に立たされた今、「企業、団体からの政治献金の全面禁止」という奇策によって局面を打開するという危うい賭けに出た。

「政権交代」を賭けた危うさ

小沢の賭けが何故危ういのか?
それは、小沢が今回、賭場に差し出した「賭金」が、「政権交代」であるからだ。巷間いわれているように、つい数週間前までは、このまま総選挙に突入すれば、間違いなく民主党は大勝し、単独過半数を占めることも不可能ではないといわれるほどの勢いがあった。西松建設の献金問題が発覚し状況は一変したが、結果的に秘書が起訴されるような事態になれば、潔く代表を辞任すべきだという声が民主党の内部にもあった。岡田副代表などに党首の座を禅譲すれば、逆に民主党の評価を高めることになるという声が未だに根強く存在している。しかし、小沢は、そうした声を封殺し、逆に検察批判を強め、強引に中央突破を図ろうとしている。壊し屋の小沢らしい判断だが、この賭けに負ければ、政権交代の夢は雲散霧消する。
無脳宰相が、このまま居座るようなことが続けば、間違いなくこの国が壊れることになるだろう。小沢の賭けが危ういのは、この国の命運をも差し出す結果になっているからだ。

(カトラー)

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