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3.11後の現実と歌の力

先週、木曜日の夜、赤坂のB♭(ビーフラット)で素晴らしいライブがあった。
「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」で一緒に活動している音楽家・作家の八木啓代さん(vocal)を中心に、なんと元特捜検事の郷原信郎さんがサックス奏者として登場し、それに阿部篤志さん(piano)大熊ワタルさん(clarinet)河村博司さん(guiteer)、福田大治さん(charango)といった、そうそうたるミュージシャンが共演した。

こんなありえないライブが、何故成立したのかというと、ジャーナリストの岩上安身さんのパーティーで郷原さんがサックスを吹くことが判明、一緒にライブをやるという話が盛り上がり、「気がついてみたら本当にやることになってしまった」(八木さん)。

2月頃から八木さんから、「いよいよ4月に本当に赤坂ビーフラットでやることになった」という話を聞き、郷原さんがサックス奏者としてプロのミュージシャンと共演したら一体どんな事態になるのだろうと、ほとんど怖いもの見たさ(失礼!)から期待していたのだが、そこに思わぬ事態が発生した。3.11東日本大震災である。

得体の知れない喪失感に苛まれる人々

3.11は、好むと好まざるとに関わらす、この国の全てを変えようとしている。
誰もが変わらなければならないと思いながらも、今、直面している現実とは一体何なのかをつかみあぐね呻吟している。いや、「変わらねばならない」などと考えているのは、ごく一握りの人間たちだけで、大半の人々は、「自分の身にはとりあえず何事も起きていないのだから大津波もレベル7に至ったフクシマの問題も全てテレビの向こう側の現実」と思い込みたいだけなのかも知れない。しかし、自分が立っている安全・安心なはずのこちら側の現実も、気がつくと大津波の引き潮が足下の砂を猛烈な勢いで奪い去っていくように崩れ去っていく・・・そうした得体の知れない喪失感にこの国の全ての人々が苛まれている。

東京電力のような巨大企業が、一瞬の震災により、巨大な賠償責任を抱え、事業継続そのものが危ぶまれる事態に陥ることなど誰も予想できなかった。しかし、想定外の出来事を想定することが、リスク管理の根本であり、特に東京電力のような社会インフラを担う大企業の場合は、最低限の社会的責務といっても過言ではない。それを「想定外の災害に見舞われた」と言い切ってしまった所に、東京電力のみならず、この国の企業や組織体がダメになっている底知れない病理がある。

「想定外」という言葉で防波線を張った東電

実は東京電力が、震災直後に記者会見で「想定外の災害」と言ったことには明確な根拠がある。原子力損害賠償法により、原子力発電所を運営する電力会社は、事故が発生した場合でも賠償義務は1200億円が上限、それ以上は国が対応するものと法律上は定められており、なおかつ、その事故が「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」などによる場合は一切を免責されるという規定がある。東京電力の経営幹部は、この規定に基づき、わざわざ「想定外」という表現を使っていたのである。

つまり、原発周辺の福島県民に苛酷な避難生活を強い、世界中を震撼させている原発事故の真っ直中において、東電経営層の頭の中を占めていたのは実はこの「法律」のことであり、それに基づいて防波線を張っていたのである。

ライブのトークの中で、郷原信郎氏は、東京電力の危機管理の姿勢に言及し、「この会社のコンプライアンス啓発に多少とも関わった人間として責任を感じている」と述べた。
郷原氏が言いたかったことを解説すれば、この国の企業、官僚組織にとって、コンプライアンスといえば「法令遵守」のことしか意味していない。つまり、法律に書かれていることを神学的に解釈し、それを企業行動と紐づけることが「コンプライアンス」と勝手に翻訳されている。法律を守るのは当然のことだが、実は法律に規定されていない事柄や事態に直面した場合に、企業や組織が、社会的存在としてどのように行動するのか、その無形の行動規範となるのが本来のコンプライアンスであるべきだった。

コンプライアンスの本来の意味を理解しない企業組織

東京電力には、この本来の意味での「コンプライアンス」が皆無であったことが露呈してしまった。「想定外の災害」と記者会見で責任逃れの防波線を張る前に、避難地域に社員を送り込み、住民退避の手助けをする。経営トップが現地に先ず入り陣頭指揮する。対策本部を福島原発の近隣に設置し、住民が置かれているリスクを共有するといった行動を起こすべきであったであろう。こんなことは、法律のどこにも書かれていないが、企業市民、人間としてとるべき当然の行動である。

郷原氏は、東京電力の危機対応が硬直的で現実に即応できていない理由を「安全神話」の盲信にあると指摘していた。「原発は安全である。なぜなら何重もの安全防護策が講じられており事故が起きるはずがないから」この思考ループの中を堂々巡りするのみで、想定外の事故は、結局想定されることがなかった。本当に想定不可能だったわけではない、そもそも事故を前提としない「安全神話」によって思考停止状態に陥っていただけだ。
そして、このことは、東京電力だけでない、例えば、前田元検事の証拠改竄事件のような検察組織の問題とも通底している。すなわち、検察組織の「無謬神話」があらかじめ存在し、その神話を護るために現実が改竄されていったように。

ロラン・バルトは、30年以上前にこの現代の「神話作用」について次のように指摘している
「ものごとは神話の中に、それらの製造の記憶を失うのだ。世界はさまざまな活動の、人間の行為の弁証法的関係として言語の中に入り、諸本質の調和に満ちた一幅の絵として神話から出て来る。一種の手品が行なわれたのだ。現実をひっくり返し、そこから歴史をからにして自然で満たしたのだ。ものごとからその人間的意味を抜きさり、人間的無意味を意味させるようにしたのだ。神話の機能は現実をからにすることだ」(ロラン・バルト「神話作用」)

ロラン・バルトは神話には強制力が発生するといっている。というのも神話の常套手段は話者を巧みに消し去ることだからだ。「原発は安全である」と述べているのが誰であるのかがわかれば、その言説の是非を問うことができるが、神話においては、その発語者は常に隠蔽されてしまい、一切の異議申し立ては抑圧され、人々は思考停止状態に陥り、言葉は沈黙する。

神話的現実を破壊する武器としての歌

そして、こうした神話作用に抗い、神話の対極にあるものが詩であり歌である。
詩や歌は無力だが、神話やシステムの中に隠蔽されていた人間的な意味をあらためて呼び起こし、顔の見える声や調べとして甦らせ、現実のまったく違った側面、秘められた意味や手触りを鮮やかに示してくれる。現実とは、もともとモノのようにあらかじめ私たちの外部に存在しているものではなく、それがいくら強固に見えたとしても、結局、私たちの意識が作りだしたイリュージョン、神話的現実でしかない。詩や歌は、そのことに気付かせてくれ、神話なるものをぶち壊す武器となりうる。

多くの人々の命を不条理に奪った3.11大震災に、もし「意味」と呼べるものが唯一あったとすれば、それはこの国の現在を覆っている「神話的現実」を粉々に壊し去ったことではないか。絶対安全神話が福島原発とともに粉々に飛び散った今、これまでアプリオリに受け入れていた様々な約束事やお作法も全て無効になった。そして、私たちがこれからどうやって生き延びていくかは、政府や法律も組織やメディアも教えてくれないことが、白日の下に暴かれてしまった・・・

だいぶ話が横道にそれたが、4.20ライブの報告に戻ろう。
八木啓代さんを初めとした参加ミュージシャンは、全てが素晴らしかった。3.11後の現実の中で、歌こそが輝きを増していることに気付かされた。個人的には3.11以降、鬱々とした気分で過ごしていたが、初めて曇天に青空を見た思いがし、歌の力に感動し、感謝した。

郷原信郎さんのサックス演奏もお世辞で無く素晴らしかった。あの目つきの悪い、元特捜検事の郷原氏がサックスを奏で、甘い声で謳う姿を日本中の誰が想像しただろうか。その姿は、3.11後の現実のなかで個々人が自由に生きるしかないことを身をもって示してくれ感動的でさえあった。

甦ったヴィクトル・ハラの歌「平和に生きる権利」

この日の朝、私はたまたまベトナムから戻って来たのだが、ライブの終盤で懐かしいヴィクトル・ハラ(Vivtor Jhara)の「平和に生きる権利El derecho de vivir en paz」がフィーチャーされたことに驚いた。この歌は、70年代の初頭、世界的に広がったベトナム反戦運動のシンボルだった。その歌が、この日のライブでフクシマバージョンとして甦ったのだ。

「平和に生きる権利・FUKUSHIMA ver.」作詞:八木啓代、河村博司

静かに暮らし/生きる権利を/いま問いかける/FUKUSHIMAの空から/生まれた故郷を/追われる悲しみを/分かち合えない/痛みを/

稲穂たなびく/緑の大地よ/遠く広がる/青い海原よ/月さえ砕ける/悲しみの叫びに/祈りの歌よ/届け

静かに暮らし/生きる権利を/平和に暮らし/生きる願いを/FUKUSHIMAの空から/TOKYOの街から/取り戻すまで/歌うよ

静かに暮らし/生きる権利を/平和に暮らし/生きる願いを/HIROSHIMAの空から/OKINAWAの島から/取り戻すまで/歌うよ

La La La ・・・・・

消せはしないだろうこの歌を

ヴィクトル・ハラは、1973年、軍事クーデターの動乱の中で虐殺された。ライブを見ながら私は、同じように関東大震災の混乱の中で虐殺された大杉栄の「美は乱調にあり」という言葉を思い出していた。この言葉が似合う美しいライブだった。

(カトラー Twitter:  @katoler_genron

・ヴィクトル・ハラ(Vivtor Jhara)の「平和に生きる権利El derecho de vivir en paz」youTubu video

・B♭ライブ 第1部演奏

・B♭ライブ 第2部鼎談

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行き場を失った石原批判票と「菜の花革命」の始まり

Kouenji_demo2_3

今回の東京都知事選では、初めて共産党候補に一票を投じた。

理由は単純で、脱原発を公約で掲げているのが、都知事の候補の中では共産党の小林候補だけだったからだ。渡邊美樹さんは、昔、仕事上の関係でお会いしたことがあり、その頃から経営者としても人間としても優れた方と尊敬し応援もしていたのだが、石原慎太郎に対する差別化戦略を完全に間違え、明確な対抗軸を打ち出すことが結果的にできなかった。
都政に経営マインドを持ち込むという主張は、平時であれば、それなりのメッセージ性を持ちえたと思うが、現在は異常事態の時期、すなわち乱世である。統一地方選挙そのものが、東日本大震災と福島原発問題によって完全にかき消され、背景に押しやられた中にあって、渡辺美樹氏の真面目な主張は、新鮮味を持ち得なかったばかりか、残念ながら現実に対してピントはずれになってしまった。

石原候補に対抗軸を打ち出せなかった渡邊、東国原

東国原候補についても事情は一緒だろう。世の中に平時の退屈感が蔓延しているなら、森田健作やら東国原のようなタレント候補を「退屈しのぎ」に選んで見るという選択も有権者にはありえただろうが、千年に一度の天災に襲われ、放射能の雨が首都圏に降り注いでいるような3.11以降のような状況下では、「退屈しのぎ」はありえない。
災害対策が争点になるという見方が新聞などの下馬評にあったが、それも見当違いだ。これからどんな災害がいつ起きるかもわからない中で、その対策の中味で差別化ができるはずがない。仮にこの問題について少しは気の利いたことが言えたとしても、現職が持ち合わせている情報やリアリズムに対抗できるはずがない。

今回の選挙で石原慎太郎に対して勝てるメッセージが唯一あったとすれば、それは「脱原発」ではなかったかと考えている。
ここ数週間で、福島原発に対する東電、原子力保安院の対応や、政府の情報公開の在り方をめぐって国民の批判は急速に高まっている。事故後1ヶ月が経過したにもかかわらず、依然事態を収束させることができず、放射能汚染は、周辺地域ばかりでなく、首都圏に出荷される野菜、水道水、水産品などへと拡大し、ますます深刻化している。福島原発で発電される電力は全て東京都民が消費するものであるから、このことは実は都民ひとりひとりが問われるべき問題に他ならない。しかも、その東京のための原発事故によって深刻な被害をもたらしているのは地元福島の人々である。この現実をどのように考え、それでもなお原発を選択するのかどうか、今回の選挙の中でそのことを都民に対して問いかけ、争点にすることはできたはずだ。

都民の不安感を変化へと繋げることに失敗

脱原発を争点にすることは、東日本大震災に対する「天罰」発言と原発推進容認を表明する石原慎太郎候補に対して最大の対立軸とすることができたはずだが、何故か渡辺、東国原両候補とも尻込んでしまい、明確なメッセージを出せないままだった。
隣の神奈川県は無風選挙に近いといわれていたものの、黒岩候補は「脱原発」を公約に掲げることで、着実に得票をのばすことができた。一方、東京では、残念ながら、私も含め石原に対する批判票は行き場を失ってバラバラに分散してしまった。

選挙後、渡辺美樹氏は「都民は変化よりも安定を望んだ」とコメントしたが、そうではなくて、都民の間にある不安感を逆に「変化」へと繋げることができなかった選挙戦略のあきらかな失敗である。選挙ポスターの作りもひどかったことを見ると、渡邊氏の選挙陣営にはコミュニケーションの専門家が関与していなかったのではないか。

話をもうひとつのテーマに移そう。
地方統一選挙と同日の昨日、全国で脱原発のデモが行われた。私は高円寺のデモに参加したのだが、このデモを主導しているのが、高円寺でリサイクルショップや古着店などを展開し、活動の拠点を持っている「素人の乱」の人たちであり、5~6年程前からサウンドデモという独特のスタイルで社会運動を行っている。

Kouenji_demo_2

5年前にこのグループと出会い、高円寺で行われたデモに参加したことがあるのだが、その時は「家賃をタダにしろ」「セックスのできる広い部屋にすませろ」といったナンセンスな要求プラカードを掲げた酔狂な若者、フリーターたちによる運動だった。もう少し高尚にインテリ風に言うならカルチャー・ジャミングという手法により、固定化した社会システムをゲリラ的に攪乱させるパフォーマンスを意図したものだった。とことんナンセンスな要求を掲げてデモを組織し、機動隊やら警備の警官らが見守る中、ロックやレゲエの音楽を大音響で流しながら街を練り歩き半ば占拠するという、デモというより非日常的なアートパフォーマンスともいえる痛快なイベントだったが、今回の「デモ」にもそのアート精神はしっかりと受け継がれていた。

アートパフォーマンスのようなデモ行進

デモの参加者たちは、それぞれが思い思いのメッセージプラカードを掲げ行進し、中には脱原発のメッセージを込めたコスプレを身にまとって参加するパフォーマーも多数いて、さながらハロウィンのパレードのようでもあった。

秀逸だったのは、某都知事の遺影を掲げて黒の喪服姿で参加していた青年(写真)。4年前に参加したサウンドデモでは、たかだか数百人規模だったが、今回は親子連れなど参加層も広がりが見られ、主催者発表で1万5千人が参加する大きな運動へと成長した。ただ、私の知人などで真面目モードで参加した人たちは、このおふざけモードにはかなり違和感を感じたようだ。

デモ行進が始まってしばらくして、参加者に菜の花が配られた。菜の花やひまわりは、チェルノブイリなどで放射能汚染された土壌の浄化などに栽培されたことが知られていて、脱原発の象徴になっている。その黄色い菜の花を手にした人々の行進が、大音響の音楽とともに高円寺の街に延々と連なって続く。

「原発反対!」のシュプレヒコールを上げながら「菜の花革命」という言葉がふと脳裏に浮かんだ。

Nanohan_revolutiion

ドイツなどで25万人規模の反原発デモが行われていることに比べれば、ここ東京では、原発推進派の首長の再選を阻止することもできず、動員できたのも、たかだか1万5千人。東電や電事連、当局にとっては、痛くもかゆくも無いレベルの反対デモかもしれない。しかし、これまでの日本の「市民運動」の歴史からすれば、何の組織も存在していない状況下、ツイッターやフェイスブックを介して、縁もゆかりもないこれだけの「素人」たちが自然発生的に集結し、乱を引き起こしていることは、正に「革命」の名に値する。
4.10は、フクシマ以降の永きにわたる脱原発運動の起点になった記念日として人々に記憶され語り継がれていくことは間違いない。

菜の花革命、万歳!

(カトラー Twitter:  @katoler_genron

関連記事:9.16高円寺ニートの乱 ~見えない敵との戦い~

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隠喩としての放射能、ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマ

福島第一原発による放射能汚染が止まらない。
関東近県で生産されている野菜類や水道水からも国の暫定基準値を上回る放射性ヨウ素が検出され、首都圏のスーパー、コンビニの店頭、自販機からミネラルウォーターが消え失せ、買い占めパニックが瞬く間に広がった。高濃度の放射能汚染水のダダ漏れ状態が未だに続いており、水産物にも影響が出始めている。

「直ちに健康に影響を及ぼすものではない」と中途半端な安全宣言をする一方で「念の為に」摂取禁止措置や出荷規制を行うという政府のチグハグな対応もあり、消費者の不安には更に拍車がかかった。テレビ、新聞マスコミには連日、放射能の専門家と称する「識者」たちが登場して、口をそろえて「影響は軽微であり安心していい」と連呼しているが、誰一人としてそんな「安心デマ」を信じていない。

メディアに登場している学者たちが嘘八百を並べているとは必ずしも思わない。それなりの知見に基づいて現在の放射能の「安全性」について解説しているのだろうが、彼らがいくら解説しても人々の恐怖は増すだけだ。なぜなら、人々が恐れているのは、放射性物質としての放射能というより、隠喩としての「放射能」だからだ。

ヒロシマ、ナガサキで死神となった放射能

 日本人にとって放射能との関わりはヒロシマ、ナガサキに始まる。人類史上初めて原爆による大量殺戮を経験し、しかも、その死者の多くは「死の灰」と呼ばれた放射能によるものであったことから、放射能は「死」と分かち難く結びつき、禁忌(タブー)と化した。放射能を浴びた被曝者は、「死神」によって汚(けが)された存在として理由なき差別を受け、陰湿な社会問題まで引き起こした。

高度経済成長の時代になって、「放射能」のことは一見人々の記憶の表舞台からは退場していたかのように見えるが、この時代を表象するシンボルである「ゴジラ」の出自が、南洋の核実験の放射能により突然変異で誕生したとされていたように、放射能の記憶は、人々の心の奥深い場所にトラウマとして刻印されていった。

そして、再び人々の眼前に放射能という言葉が登場してくるのは、オイルショックを機に日本のエネルギー政策が石油依存から大きく転換し、全国各地で原子力発電所の建設ラッシュが始まってからだ。福島第一原発は、正にこの時代に第一世代の原発として建造されたわけだが、「原子力の平和利用」という旗印と原発の絶対安全神話の下、放射能は、人々の目には決して触れない原子炉圧力容器の奥深くに閉じ込められた。日本人は、世界第2位の経済大国、技術先進国となった自信のもとで、原爆のトラウマとしての「死神」放射能を原子力発電所という「神殿」の奥深くに封印することにいったんは成功したのである。

冥界を司る神としての(Pluto)プルトニウム

 しかし、フクシマで、その「死神」の封印は解かれてしまった。日本の国土や海が放射能に汚染され、放射能雲が飛来することに世界中が震撼させられている。特に、第3号機の燃料として使用されているプルトニウムは、もともと自然界には存在しない半減期が2万4千年の放射性物質であり、ほぼ永遠に地球上の水や土や食物、そして人間や動植物の体を汚染し続ける。それを取り込んだ生物が、たとえ命尽きで灰になっても、再び循環しつづけ決して消え去ることはない。そして、そこから発せられる放射線は、数万年もの永きにわたり生き物たちの命を脅かし続けることになる。

原子番号94プルトニウムの命名の元である(Pluto)とは、ローマ神話で冥界を司る神のことを指す、そう死神だ。しかし、その名の意味は最初から意図されたわけではなく、プルトニウムの発見者が、93番元素のネプツニウム(Neptunium)が海王星(Neptune)にちなんで名付けられたことから、94番元素をその外側に位置する冥王星(Pluto)にちなむことにしたためだという。偶然とはいえ、その名(Pluto)は今日の破局的事態を予兆させていたのではないかと考えたくもなる。

 放射能についてこうして書き記しながら、あらためて戦慄を覚えているが、ここで書いていることも、放射能をめぐるひとつの「隠喩」に過ぎない。勝手に「死神」のイメージを付与しているのは人間のほうでしかない。しかし、私も含め人々が恐怖するのは、原子番号94の元素のことではなく、プルトニウムが持つ隠喩や物語の方なのである。

恐らく、今後、隠喩としての放射能に対する恐怖を社会的に克服していくためには、人類は新たな神話、宗教的な物語を必要とするだろう。人間にとってそれぐらい重大な局面に今我々は立ち会っているのであり、3.11フクシマ以降の世界は宗教的なものに引き寄せられ、新たな世界観を提示する宗教的カリスマ、救世主が待望されることになるかもしれない。

今の土地に留まるほか選択肢の無い現実

 しかし、残念ながら私のような俗物は宗教的にはとてもなれそうもない。こうして放射能のことについて偉そうに書いているが、実際は、いつプルトニウムが飛んでくるかとびくびくしている小心者だ。私のような愚かな衆生たちは、一体、どうすれば良いのだろうか。

個人的には先ずは原発の建設・稼働には反対し、自然代替エネルギーの活用を推進することを支持しようと心に決めている。が、その他のことでは放射能への対応について何も選択肢が無いというのが現実だ。

今の仕事は東京でしか続けられないし、自宅には他人にはなつかない人見知りの激しいネコ2匹と老いた肉親も居るので地方に疎開するわけにもいかず、これまで通りの暮らしを淡々と続けていくしか無い。もっとも、現在のような非常時の日本にあって、これまでの暮らしを続けられること自体が極めて恵まれたことといえるのだが・・・
政府が発表しているように現状レベルの放射能で「直ちに影響が無い」のだとすれば、今後、数十年の余生の中でガンになるリスクが数パーセント上がることを甘んじて受け入れるしかないと思っている。ただし、将来、出産する可能性のある娘たちには、このままの状況が続くなら、東京から逃げ出せといっている。

 「日本がひとつになってこの難局をのりきろう」「日本人は強い」「被災地の人々の気持ちになろう」といったメッセージがメディアや政治家からも垂れ流されてくるが、「放射能」と対峙するということは、そんな薄っぺらなヒューマニズムで片が付く話ではない。国の避難指示や放射能の安全基準に従っていれば、何とかなるものではない。今般の輪番停電ファシズムを経験してわかったように、日本国民といわれる人々が平等に救われることなどはあり得ない。安心・デマゴーク情報をまき散らしているだけの国や御用学者やメディアなどはあてにせず、それぞれが、それぞれの立場で考えて生き延びるしかないのだ。

「メメント・モリ(Memento mori)」(死を想え)の教えの意味

 放射能の下で生きることを強いられる「3.11フクシマ」以降の世界において、いったいどんな光景が広がるのだろうか。

福島原発の避難指示地域から移動することを拒否する住民がいる。放射能で汚染された町、土地であっても、あえてそこに留まることを選択する人間が、私も含めこれからはたくさん出てくるだろう。人々は、線量計で日々放射能を計測しつつ自分がどれくらい死に近づいたのかを確認しながら生きていく、そうした姿は確かに異常かもしれないが、よくよく考えれば、放射能で死なずとも、死(Pluto)は、いずれ、老若男女、金持ち貧乏に関わらず、等しく訪れる。

そして、誰もが等しく放射能に晒される、3.11以降の世界では、我々の生が常に死とともにあり、放射能が毎日蓄積されていくように、少しづつ死にゆく存在であることが常に意識させられることになる。

「メメント・モリ(Memento mori)」(ラテン語で「死を想え」)が、「放射能」が持つもうひとつの隠喩だ。

「死を想え」などというと、暗すぎるといわれそうだが、中世ヨーロッパで「メメント・モリ」という言葉が広がったのは、逆にcarpe diem(今を楽しめ)ということで、我々は「明日死ぬから」今を精一杯生きようではないかという教えであった。
イベント、パーティーはもちろん花見までダメなどと言っている、今の東京で蔓延している「自粛ファシズム」のような程度の低い社会キャンペーンとは全く違うということをいっておこう。

パンドーラの箱の底に残されたもの

隠喩としての放射能に関して、もうひとつの寓話を紹介しよう。

ギリシア神話に登場するプロメテウスは、火の神として知られているが、天界から火を盗み人類に与えたことでゼウスの怒りをかう。ゼウスはプロメテウスを罰する一方で、人類に災いを与えるために「女」というものを作るように神々に命令し、泥から「パンドーラ」という女性を作り、人間界に送る。神々はパンドーラを遣わす際に彼女に決して開けてはいけないと言い含めて「箱」を持たせるが、ある日パンドーラは好奇心に負けてその箱を開けてしまう。すると、そこから疫病や犯罪、貧乏や悲しみといった、ありとあらゆる災いが飛び出してきて、世界には災厄が満ち、人々は苦しみの世界を彷徨うことになった。

深い後悔と絶望に打ちひしがれたパンドーラが箱の底を見ると、そこにはエルビス(ελπις)が残されていたという。

全ての災厄が飛び出した後に残されたエルビスとは一体何を意味していたのかについては、実は諸説あるようだが、この寓話を引用する後世の人々は、しばしばそれを「希望」と読み替えている。

原子力という「火」を与えられた人類が開けてしまったパンドーラの箱が、今日の福島第一原発であったとしたら、その底に残されているのは、この寓話にいうエルビスなのだろうか、そしてそれは人類にとって希望とよべるものなのだろうか。

(カトラー Twitter:  @katoler_genron

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