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3月11日以降の世界

 3月11日、午後2時46分。10日前のこの時点を境に日本は大きく姿を変えてしまった。大地震と巨大津波が東北の人々を襲い未曾有の人命が失われ、同時に発生した福島第一原子力発電所における大事故は、現在も進行中であり、日本ばかりか世界中の人々をも震撼させている。

 この国が天災に襲われたのは今回だけのことではない、ここ数十年を振り返っても、日本の国土は繰り返し地震や洪水に見舞われてきたが、その対応力と高度な技術力により、「安全、安心」な国という「ブランド・イメージ」を世界に向けて発信してきた。しかし、今、そのイメージが根底から揺らぎ日本から世界中の人々が逃げ出している。

今回の災害によりこれまでとは一体何が違ってしまったのか?東北関東大震災が発生してから、ずっと考えてきたのはそのことだ。

 今回の災害を解説する学者たちの弁によれば、1万年に一度のM9.0の巨大地震が発生し、千年に一度の大津波が東北の海岸都市を襲った。その結果、何重もの安全策によって守られていたはずの原発があっという間に機能停止状態に陥り、原子炉のメルトダウンの危機に瀕している。
「想定外」というフレーズが度々地震・津波学者、原子力関係者の口からのぼってくるが、このことは、我々が築き上げてきた技術、あるいは我々の持ち合わせている想像力や言葉が、今、進行している現実に対してほとんど無力であったことを表明しているに他ならない。誤解しないでほしいが、私はその無力さを取り上げることで、地震・津波学者や原子力関係者たちを「思い上がっていた」などと非難するつもりは毛頭ない。

制御できないリスクに満ちてしまった世界

 むしろ、その逆だ。今回の災害や原発事故に対して防災担当者や原発の技術者の「想定外だった」という発言を非難したり、逆に反省してみせたりするという態度には、どこかで「この世界のリスクは予測可能であり、対処ができるものだ」という思考が潜んでいると思う。今、私が抱いているのは、それとは正反対の見方。つまり、この世界は3月11日以降、予測不可能な制御できないリスクに満ちてしまったのではないかという認識である。

このブログで過去にも取り上げたことがあるが、ウルリッヒ・ベックというドイツの社会学者が「世界リスク社会論―テロ、戦争、自然破壊 」という本の中でもこのことに言及している。

この本の中で著者のベック氏は、以下のような逸話を紹介している。

「数年前、アメリカの議会がある科学委員会に放射性廃棄物の最終貯蔵地の危険性を1万年後の人々に説明すべき言語またはシンボルを開発するように要請した。言語学者や芸術家、古代学者、脳研究者などさまざまな分野の専門家が集められ討議されたが、人類の創り出すことのできるシンボルの有効性はたかだか数千年で、1万年後に意味を伝えられるシンボル・言語を構想することは結局できなかった。」

 このことからベック氏は、人類が言語化できない、その意味で制御不可能なリスクを背負う「世界リスク社会」に立ち会っていると指摘している。
1万年後の人類に対して、核廃棄物質の危険性を伝える手段を持たないという点において、核の時代とは、人類にとって予測不能なリスクの時代の幕開けを意味した。原爆投下からから66年、人類はこれまで核戦争こそかろうじて回避することができたが、福島原発事故の勃発において、残念ながら核事故というリスクは現実のものになってしまった。

日本人の二度目のHIBAKUと敗戦

 そして、誤解を恐れずにいえば、日本人は今、広島・長崎に次いで2度目の「HIBAKU(被曝)」を経験しているのであり、それは、言い換えると原爆投下から66年、原子力の平和利用の旗を掲げ、世界最高峰の原子力技術を構築してきた日本の工業技術神話が根底から崩壊したことを意味する2度目の「敗戦」でもある。

チェルノブイリの事故の時には、旧ソ連に対して世界中から非難の声が集中した。旧ソ連の原子炉自体の安全設計の杜撰さ、人為的なミスなどが事故原因に露呈し、高度な管理・オペレーション能力が必要とされる原子力発電に対する不適格性、責任能力の欠如が問題視されたからだ。

 しかし、福島原発の場合は違う。世界中の誰もが日本の世界最高水準の安全管理技術、原子炉システムの信頼性などについて疑いを持っていなかった。だからこそ、東芝、日立といった日本の原子炉メーカーは、初動において韓国などに多少の遅れはとったものの、米国の100基を超える今後の原発増設計画や東南アジア、インドなど新興国における原発商談を受注する本命と見られていた。だから、福島原発事故が勃発した時に各国の首脳や関係者が抱いたのは非難の感情よりもむしろ「畏れ」だった。すなわち、原発技術において世界のトップランナーである日本でさえ、原発事故を制御できなかったという現実への深い動揺と「畏れ」である。日本でさえコントロールできない事態が起きている、その畏れから在日外国人はこの国から脱出しているのだ。

福島原発事故以降の世界を覆う「畏れ」

 福島原発事故が今後、どのような推移を辿って収束できるかにも因るが、この「畏れ」から、3.11以降の世界は逃れられないだろう。ドイツのメルケル首相は、「日本のような高度な技術を持った国の下で起きた事故が他のどこの国で起きないと言えるだろうか」と従来からの反原発路線を再確認するコメントを出した。タイにおいては、原発計画自体を見直すということが伝えられている。

よくよく考えてみれば、日本の工業技術、安全技術神話とは、たかだか、戦後数十年の間に構築されたものに過ぎない。一万年のスケールを持つ原子力という対象を完璧にコントロールすることなどできはしないという当たり前の現実が露呈したに過ぎないという言い方もできるだろう。日本経団連の米倉弘昌会長は、事故後の16日に「千年に一度の津波に耐えたのは素晴らしいことだ。原子力行政はもっと胸を張るべき」という発言を行い波紋を広げた。
 経団連に近い日本の中央メディアはこの発言を非難するどころかほとんど取り上げようともしないが、あえて言わせてもらえば、今回の原発事故に人的原因があったとすれば、こうした思い上がりも甚だしい、しかも厚顔無恥(&無知)な旧来の経営者の認識と行動に他ならないといえるだろう。

思い上がりも甚だしい経団連会長の発言、東電の経営層

 電力関係者、政治家、メディア含めて、従来から原発がなければ、日本の今の快適な生活はあり得ないという言説をふりまいているが、それは大嘘だ。自然代替エネルギーの利用を怠り、スマートグリッドの導入でさえ鼻先で笑ってきた東電経営層の怠慢を隠蔽する言い訳として利用されてきたに過ぎない。今、日本国民は、一方的な強制停電によって、不自由な生活と経済の沈滞を余儀なくされているが、電力の問題でいえば、ピーク時の対応が問題なのであり、現在のように総量規制を押しつけられるいわれはない。インターネットのような分散制御型の電力システムに移行すれば、巨大な発電能力を持つ原発のような存在は最小限ですむか、不要となるだろう。

もう一歩踏み込んでいえば、原発とは、地域独占企業体である電力会社の神殿のようなものであり、原発の安全神話とは、その体制を護ってきた一種のカルト宗教に他ならない。3.11により、それがガラガラと崩れ去ったことは、悲惨な現実の中にあって国民が得た唯一の収穫かも知れない。

3.11以降の世界

3.11以降、我々は何処に向かっていくのだろうか?

 その答えは簡単には見つからない。唯一わかっていることは、この世界に予測不能な制御できないリスクが存在しているということを認識した人類にとって、とれる行動は、そのリスクを認めた上で、リスクを分散する知恵をもつことでしかない。
しかし、今の日本人にとって、この世界に排除できないリスクが存在しているという現実を認識することが、たぶん最も難しいことだろうと思っている。

例えば、ここ数日、放射能による環境汚染という究極のリスクが露わになってきている。日本において原爆投下、敗戦以降は、放射能というリスクを原子力発電所の中に閉じこめ、人目に晒さずにおくことができた。しかし、今、それは日本の至る所にあふれ出て、一般市民が日常的に口にする野菜や食品までも汚染が広がっている。
機会をあらためてこのことは論じたいが、放射能による食物汚染に対する対応が、3.11以降、日本人に架せられた最初の大きな試練となるだろう。

 繰り返していおう、我々はもう、3.11以前の世界に戻ることはできない。
テレビが連日流している映像に象徴されているように、巨大地震と津波は、これまで築き上げ信じていてものを奪い去り、戻る場所さえ跡形も無くなってしまったからだ。その現実を受け止めることは誰にとっても極めて苛酷なことではあるが、そのことが3.11で亡くなられた人々に対して、生き残った者たちができる唯一の弔いである。我々は前を向き、この第二の敗戦を生き延びなければならない。

先週の金曜日、ちょうど大震災のあった一週間目の同じ時刻に、東北の被災地ではサイレンが鳴り響き、日本中が死者たちに弔いの黙祷を捧げた。
一万年に一度の大地震と、一千年に一度の大津波によって、我々は完膚無きまでに打ちのめされた。しかし、我々の祈りは未来に向けられており、永遠の時間とともにあることを忘れてはならない。

(カトラー)

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