フラット化する東京と上海② 看板の無いカフェと上海の蝶の小さなはばたき
上海が列強から植民支配を受けた租界時代、フランスが統治した「フランス租界」と呼ばれる地域が、上海の西南地区に広がっている。当時植えられたプラタナスの並木や、ヨーロッパ風の建築が残っていて、パリの街角を思わせるような独特の景観を見せている。その旧フランス租界地区に一軒のカフェがある。看板はなく、名前を「「小小珈琲舘(シャオシャオ カフェグワン)」」という。
釜竹で恋人と饂飩を食す
根津権現の入口近くにできた讃岐饂飩の店「根の津」をとりあげたことがある。その同じ根津に「釜竹」(かまちく)という饂飩の名店がまたひとつオープンした。
釜竹は本店が大阪の羽曳野にあり、関西でも名の通っている名店だが、その東京店が根津にオープンしたのだ。
饂飩を好んで食すようになったのは、実は最近のことだ。
ベトナム料理店「LOTUS PALACE(蓮花館)」の戦争と平和
ここのところ、何かとバタバタしていて、ブログの更新がすっかりおろそかになった。
私は毎日通勤で千代田線の赤坂駅を利用しているのだが、駅に近い、みすじ通りと赤坂通りが交差する場所にLOTUS PALACE(蓮花館)というベトナム料理店が昨年からオープンしていて、とても気に入っている。
世界の中心で「ごはん(エスニックフード)」と叫ぶ!
このブログに最多登場回数を誇るクリングルの村井君の紹介で、エディター&ライターの「にむらじゅんこ」さんと銀座のシャネルビルに昨年末にオープンして評判の「BEIGE TOKYO(ベージュ東京)」でお会いした。
イナムラ ショウゾウのレモネード
パティシエ イナムラ・ショウゾウが大変なことになっていた。
オーナーシェフの稲村省三氏は、ホテル西洋銀座のパティシエをつとめていた頃からスイート好きの人々の間では、知られた存在で、2000年から谷中霊園に近接した上野桜木にこの店を構え、多くのファンから愛されている。この辺りは私の散歩のテリトリーなので何度か足をのばしてケーキを買っていたりしたが、久しぶりに出かけてみると、ナント!店の前に50人近い人々の長蛇の列ができていた。
そうだ、栃木、行こう①:日本のスローライフ運動の原点「益子」
このブログに何回も登場しているクリングルの村井君は、栃木県の出身で、持ち前のフットワークの良さと人間力を活かして東京のメディアや人材をネットワークして那須湯本温泉などの地域興しの仕事をてがけている。昨日は、村井君の誘いで益子を案内してもらった。
アクティブシニアの熱い夜① ~北千住「ハリウッド」という竜宮城~
北千住に「ハリウッド」というグランドキャバレーがある。
若い方々は「グランドキャバレー」という言葉自体馴染みがないだろうが、この「ハリウッド」のオーナーは、福富太郎というキャバレー王と言われる人物で、往年の人気深夜TV番組、11PMやワイドショーなどにも引っ張りだこだった有名人だ。浮世絵の収集家としても知られている。
ひとりビジネス:青空洋品店という生き方
根津が好きで、昔、住んでいたこともあり、時々、谷根千(谷中、根津、千駄木)の辺りを歩く。
この頃、覗いて見るのが楽しみな店がある。あづさんとぃう若い女性がひとりで開いている「青空洋品店」という小さな洋品店だ。開店したのは昨年の7月。お隣が牛乳販売店とお寿司やさんという3軒長屋の1軒で、扱っている商品は女の子たちがカワイイ!と声を上げそうなガーリーでシンプルな洋服やTシャツだが、この街にずっと昔からある洋品店のような表情をしてひっそりと佇んでいる。
(谷中工芸展HPの紹介記事→ http://www.tctv.ne.jp/geikoten/denno/interview/1/ )
足立区東和銀座商店街の試み

<足立区・東和銀座商店街>
日本のトップエグゼクティブたちが集まるオフィス街「丸の内」のことを取り上げたなら、ぜひとも言及しておかねばならない街がある。他でもない我が地元、足立区の東和銀座商店街である。土曜日に加藤敏春さんが主宰するエコミュニティ・ネットワークのフォーラムがあり参加したのだが、ゲストスピーカーとして東和銀座商店街の理事長、田中武夫さんが参加していて、直接話を聞く機会を得た。
【People Tree の成功とソーシャルエンタープライズ】

元気なソーシャルエンタープライズをもう一つ紹介しよう。
自由が丘に若い女性たちでいつもにぎわうエスニック雑貨のショップ「People tree(ピープルツリー)」がある。
訪れる客の多くは、このショップがNGO団体の事業部門として設立され、途上国からの製品を中心に扱っているということを意識しない。
【北千住○I○Iの勝算】

カトラーの地元である北千住で、丸井の新店舗が27日にオープンした。首都圏のターミナル駅の中でも北千住は最後の大規模再開発案件といわれ、再開発プランに着手してから丸井のオープンまで20年を要したという。地元の地権者間の調整が遅々として進まなかったのが大きな理由。この間、さまざまな百貨店、スーパーの名前が再開発の核店舗候補として上がっては消えた。あの「そごう」や「西武」も一時は有力と伝えられたが、バブルの崩壊とともに聞かなくなり、結局、イトーヨーカドーと丸井の一騎打ちになった。北千住はイトーヨーカドーの発祥の地でもあり、最後まで粘ったようだが丸井が出した条件には敵わなかったという。意外なことに、この北千住店が丸井にとっては最大規模の店舗となる。
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