特捜検察の歪んだ体質とマスメディアの劣化が生んだ陸山会事件

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陸山会事件の裁判で小沢一郎に対して無罪の判決が下った。

検察官役の指定弁護人が控訴する可能性がまだ残っているが、3年に及ぶ不毛な裁判にやっと決着が着いた。
この裁判が元々不毛なものであったことは、大久保元秘書の取り調べを担当した前田恒彦元検事(村木厚子さん事件の証拠改竄で有罪確定)が、東京地裁の公判に証人として出廷して行った証言を見ればよくわかる。

前田元検事は、陸山会事件というものが、4億円の土地原資がゼネコンからの闇献金と考えた当時の東京地検、佐久間特捜部長ら当時の捜査責任者たちの「見立て違いの妄想」によるものであり、「現場は当初から厭戦ムードだった」と証言している。
また、前田元検事が大阪地検特捜部から応援のために捜査に参加した際に、吉田主任検事から「これは特捜部と小沢一郎の全面戦争だ!小沢をあげられなければ我々の負けだ!」と言われたとも証言している。

特捜検察の見立て違いの妄想から始まった

検察組織では法と証拠に基づく捜査が粛々と行われていると考えていたとしたら、それは全くの幻想に過ぎない。前田元検事が述べていたように、そこは真っ当な捜査が行われる場ではなく「全面戦争」の場であり、親分の首をとると息巻くヤクザ組織の抗争と何ら変わるところがなかった。いや、ヤクザだったら、最終的には警察や法律が取り締まることができるが、特捜の場合は、自らが法の番人面をして無法行為を行うのだから始末におえない。
実際、小沢一郎を起訴するに値する証拠が得られず、起訴を断念せざるをえなくなったことで、今度は検察審査会を利用すべく捜査報告書を捏造し、検察審査会の市民を欺き、まんまと強制起訴に持ち込んだ。しかし、その違法な調書捏造プロセスが、ICレコーダーの隠し録音により今回の裁判では露呈してしまい、検察は逆に窮地に陥った。

大善裁判長は、そうした検察の取り調べ方法を「明らかに違法であり、容認できない」と糾弾し、調書を証拠採用せず、判決文の中でも検察の捜査の在り方をあらためて厳しく批判した。

不毛な裁判に更に不毛を重ねたのが、大手マスメディアの一連の報道だった。
「政治と金」というステロタイプの枠組みにこの事件を当てはめて、小沢一郎という政治家の人格破壊を行った。

特捜検察の不当な捜査手法を黙認したマスコミ

政治資金収支報告書の虚偽記載というが、実質的には記載ミスと変わらない程度の事柄で、元秘書らを逮捕するという異常な捜査を行ったのは、そもそもが小沢一郎の首をとる「全面戦争」という前提認識があったからに他ならない。

本来、マスコミは、そうした強引な捜査手法を批判しなくてはならいない立場にあったはずだが、「これは、捜査の入口であり、この先にもっと大きな山があるはず、検察は小沢一郎に関する決定的な証拠をつかんでいるはず」とご丁寧に捜査の先読みまでして、検察の動きを擁護するコメントを、若狭勝、宗像紀夫といったヤメ検の解説者の口を通じて垂れ流させた。

実際には小沢一郎に対する裏献金を示すような事実や証言などは、全く出てこなかった。前田元検事が証言したように陸山会事件とは、そもそもが特捜の「妄想」の産物でしかなかったのだ。

その結果、検察は、裏献金という元々の見立て(本線)からは、大きく逸脱した「政治資金収支報告書の虚偽記載に関する承認と共謀」という傍線の問題でとにかく、小沢一郎に有罪のレッテルを貼ることに血道を上げることになった。この時点でも大手マスメディアは検察の捜査姿勢を批判することは無く、相変わらず、小沢一郎の説明責任を問うというステロタイプな言説ばかりを垂れ流し続けた。

こうした、検察の捜査姿勢に対するマスメディアの無批判な態度が、捜査報告書の捏造という「明らかな違法行為」(大善裁判長)、すなわち検察の犯罪を生み出したといっても過言ではない。最終的な法の番人、検察の行動をチェックするのは、第一義的にはマスコミをおいて他にない。その無批判な報道姿勢が、検察の暴走を助長させたことは明らかである。

政治とカネ、説明責任を連呼することで問題を隠蔽

 昨日(土曜日)の朝、辛坊治郎がキャスターをやっている読売テレビのウェークアップという番組に、小沢一郎に近い森ゆうこ議員が出演していた。
小沢派の議員は、マスメディアからは締め出されていると聞いていたので、無罪判決が出たことで、この手の番組にも出られるようになったのかと思って見ていたら、辛坊キャスターを含めコメンテーターたちの態度・発言に呆れてものがいえなかった。

森ゆうこ議員が、陸山会事件における検察の捜査姿勢の問題に触れようとすると、「論点をすりかえるな」とことごとくその発言を辛坊はさえぎり、あげくの果ては、局が行った世論調査のパネルを取り出して、「小沢一郎氏は説明責任を果たしているか?」という問いに9割以上の視聴者が「果たしていない」と回答しているという結果を我が意を得たりという顔で示していた。

論点をすりかえているのは、辛坊の方である。この事件を「政治とカネ」というステロタイプの問題にすり替えることにより、特捜検察の誤った見立てとそれに続いた違法捜査、さらにはマスコミを利用してフレームアップするという歪んだ世論操作の実態を隠蔽することになる。小沢一郎の説明責任に関する世論調査を実施する事自体は否定しないが、ならば、なぜ同時に、検察の捜査手法やマスコミの報道姿勢についても調査して伝えないのだろうか。

御用メディアに成り下がったマスコミの劣化

マスメディアの多くは、検察情報を鵜呑みにして垂れ流してきただけのこれまでの報道姿勢を検証・自省することもなく、相変わらず「小沢一郎の説明責任」だけを馬鹿のように言い続けている。中には、検察審査会の制度的な問題点を指摘している解説記事などもあったが、論外である。検察審査会に非があったのではなく、彼らを嵌めた特捜検察の歪んだ体質こそが、陸山会事件を生みだした本質である。

繰り返し言おう、そもそもこの事件の起点にあった、特捜検察の歪んだ特権意識、大物政治家を標的にすることの背景にあった彼らの功名心や出世欲、そして特捜の無謬神話に加担するだけの御用メディアに成り下がった大手マスコミの劣化、そうしたひとつひとつの問題を徹底的に問い直さなければならない。

大善裁判長は、判決文の中で特捜検察の在り方を厳しく批判した。裁判所が判決文で検察を直接批判するということ自体、前代未聞のことである。検察がこうした裁判所の指摘に対して、正対した答えを出すためには、法の番人として先ず違法捜査に加担したものを法的に処分することが第一歩になる。

佐久間元特捜部長ら5名を刑事告発

私も発起人の一人になっている「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」は、陸山会事件の判決がでる前日の4月25日の時点で、陸山会事件で虚偽の捜査報告書を作成したことが明らかになっている田代政弘検事の上司だった東京地検特捜部の佐久間元特捜部長ら5名に対する告発状を提出した。

告発にあたっては、当会の会員にネットで呼びかけた。告発状を作成して、呼びかけから提出まで数日しかなかったにもかかわらず、25日までに全国から125人もの告発状が続々と集まった(写真)。検察庁に持ち込み担当官に告発の趣旨を説明するとともに、125人分の告発状を直接手渡した。ドサッと重い告発状は、数を確認するだけで小一時間を要した。

既にこの5名に対しては、虚偽の捜査報告書の作成に加担した可能性や他にも検察審査会を誘導・利用しようとした別の捜査報告書を作成したことについて質す質問状を送付していたが、告訴に踏み切ったことで、今後は法廷の場で真実を明らかにしていきたいと考えている。

陸山会事件は、最初から最後まで不毛な事件であったが、その過程で特捜検察のお粗末な実態や検察とマスメディアのもたれ合い構造が覆い隠すべくもなく露呈してしまった。
その結果として、特捜の無謬神話が壊れ、検察組織やマスメディアに対する不信と深い失望(絶望と言ってもよい)が生まれた。パンドラの筺が開けられてしまったのだ。

そのパンドラの筺のギリシヤ神話に倣っていえば、特捜の無謬神話が壊れたことで、ひょっとすると、これからの日本では「不信」や「疑心暗鬼」が跋扈するのかもしれない、しかし、そうした絶望的状況のなかにあって、125人の市井の人々が、自ら覚醒して声を上げたことは、パンドラの筺の底に残された、唯一の希望となるはずだ。

(カトラー Twitter:  @katoler_genron

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元厚生事務次官を襲ったルサンチマンの時代のモンスター

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元厚生事務次官らの連続殺傷事件で、警視庁は24日午後、同事件への関与を認める供述をしている無職、小泉毅容疑者(46)=さいたま市北区=を銃刀法違反容疑で送検した。調べに対し「昔、ペットを保健所に殺されて腹が立った」などと供述しており、警視庁は元厚生次官や家族を狙った動機などの解明を急いでいる。(NIKKEI NETより)

元厚生事務次官と家族に対する殺傷事件の犯人、小泉毅が警視庁に出頭し、不可解な自供をはじめたことで、戸惑いが広がっている。

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無差別殺人の時代、ノーカントリーな日本を生き延びろ!

No_country コーエン兄弟の「ノーカントリー」を地元のシネコンで見たのは、土浦の駅頭で24歳の男が無差別殺人を引き起こす一週間前だった。

もし、事件が起きた後だったら、スーパーの袋をぶら下げた主婦が行き交い、土浦と同じような日常風景の中にあるシネコンで、こんな映画はとても見る気にならなかっただろう。

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ロンドン自爆テロ、テロリスト群像

london_terorist
ロンドンの同時多発爆弾テロは、自爆テロによるものだった。
英国内で生まれ育ったパキスタン系の若者たちが実行犯となっていたことが明らかとなり暗い衝撃が走っている。

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新・禁酒法時代とコモンセンスの死

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仙台育英高校生死傷 佐藤容疑者、運転直前まで飲酒

宮城県多賀城市で起きた暴走RV車の仙台育英高生死傷事件で、業務上過失致死の現行犯で逮捕された同市山王、会社員佐藤光容疑者(26)が事件前日の21日夜から直前の22日未明まで約7時間にわたり、3軒の飲食店をはしごして飲酒を重ねたことが23日、塩釜署の調べで分かった<河北新報より>

横断歩道を通行中だった仙台育英高校の生徒達に、飲酒運転の自家用車が突っ込み若い命が奪われた。自家用車を運転していた男は、その直前まで飲酒をしており、事故を引き起こした際には居眠りをしていたということであり、全く情状酌量の余地の無い、反社会的な犯罪事件といってよいだろう。

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チャイナ・リスクに備えよ

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呉副首相、小泉首相との会談中止 「緊急の公務」と帰国
 23日午後に予定されていた小泉首相と中国の呉儀(ウー・イー)副首相との会談が、「国内の緊急の公務のため」とする中国側の申し入れで急きょ中止になった。(asahi.comより)


冷え込んだ日中関係の関係改善のきっかけになるかと思われた中国の呉副首相と小泉総理大臣の会談が一方的にキャンセルされ、後味の悪さが残った。

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JR西日本、悪玉論を排す

JR福知山線の列車脱線事故をめぐって、JR西日本の企業姿勢や社員のモラルに対する批判が強まっている。

ボウリング大会、その後の飲み会、ゴルフコンペと大事故を起こしたにもかかわらず反省が無いというのが基本的な論調である。前回のエントリー記事でも述べたことだが、JR西日本の責任は厳しく追及されるべきだが、むしろ気になるのは、最近のマスコミ報道の矛先だ。明らかにヒステリック化あるいは幼児化しており、こちらの方が「オーバーラン状態」もしくは「脱線寸前」にあるといってもいい。

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JR福知山線脱線事故を生んだもの

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ぐしゃぐしゃに原型をとどめぬまでひしゃげた車体、ヘリコプターの轟音が鳴り響く空の下で、次々と遺体が運び出されてくる。テレビ画面に映し出される時間が停止したような映像に9.11の時の記憶が蘇った。これは何者かによって引き起こされたテロ事件ではないかというのが、私がJR西日本福知山線の脱線事故の映像を見たときに真っ先に抱いた印象だった。
しかし、時間が経つにつれて事故原因はテロとは関係がなく、この電車の運転士が制限速度70kmのカーブを108kmものスピードで進入してきたために、遠心力に耐えきれずにそのまま横転してマンションに突っ込んだのではないかという見方が有力となっている。しかし、本当にカーブで100km程度のスピードを出すことで電車が横転してしまうものなのか、そもそも運転士は何のためにスピードを限界まで上げてカーブに突入していったのか、数々の謎が残る。

ATSと事故の関係

連日のマスコミ報道を通じて、日増しにJR西日本の企業体質を批判する声が大きくなりつつある。これだけの大事故を引き起こした企業として厳しい批判を受けることは当然だが、単にJR西日本を悪玉に祭り上げるだけで、正確でないものも見受けられる。
読売新聞が社説(4/26)で

「現場付近には自動列車停止装置(ATS)が設置されていた。だが、赤信号での進入をチェックするだけの古い型のもので、電車が制限速度を上回っても作動しない。新型が導入されていれば、惨事には至らなかったのではないか」
という主張を展開していた。これに反応したのだと思うが、北側国土交通大臣が、新型ATSを敷設するまで福知山線の運転再開は認めないという方針を打ち出した。このニュースを聞いてそんなものかなと思っていたが、たなか@さくらインターネットさんのエントリー記事で今回の事故と新型ATSの問題は、実は何の因果関係もないことを知った。

ATSが旧型だったという件については、今回の事故回避という観点で言うと、全くといっていいほど筋違いのものです。 ATSには、大きくS型とP型があって、Sは赤信号を無視した場合にブレーキを掛けるもので、PはPatternの頭文字が示すとおり、列車の速度パターンが計算され、現示されている信号が守れない速度になると、自動的にブレーキが掛けられるものです。 ・・・・今回の場合は列車が遅れていたわけですから、恐らく信号は青を現示しているはずなのです。
ここで指摘されているように、新型ATSに搭載されている速度パターンを把握して列車に自動的にブレーキをかけさせる機能は、起点となる信号と連動しており、青信号の状態でカーブに突入していった今回のような場合は、そもそも機能するようにできていない。 国土交通大臣の見解を受けて、JR西日本が慌てて新型ATSの敷設工事を始めていることが報道されていたが、私も含めた技術のことを知らない一般人が、こうした対応によって今後の事故発生が防止されると誤解したら、亡くなられた107名の方々は浮かばれないだろう。

事故発生に至ったプロセスやその発生原因の科学的な解明は、今後進むだろうが、大元の要因は、この電車の高見運転士が、大幅なスピードオーバーの状態で事故現場となったカーブに突入していったことにあった。彼をそうした行為に追い立てた心の闇を解明しなければ、本当の原因究明を行ったことにはならない。

ガラス細工のような福知山線のダイヤ

技術的な面でまず問題とされるべきは、たなか@さくらインターネットさんが指摘しているように、JR西日本のダイヤグラムの組み方であろう。福知山線のダイヤは、いったん遅れが生じると「回復不可能」な形で組まれていた。こうしたガラス細工の宮殿のような環境下に置かれた個人は、何かミスを犯したら、はなから白旗を掲げて諦めるか、高見運転士のように、回復不能なことを知りつつ、それでも生真面目に努力を重ねる人間の2種類に分かれてしまう。そして、残念なことだが、ミスが起きた環境の中で、状況をリセットできない生真面目な人々は、その状況の延長線上でさらに対応を重ねてしまうために、最初から問題を投げ出して諦めてしまう人々よりも、結果的に事態や問題を悪化させてしまうことが往々にしてある。
事故の直後に、一部で高見運転士の適性を問題にする論調が存在したが、むしろ問題は逆だ。この高見青年が、運転士として問題とされるべき点があったとすれば、運転士の適性として必要とされる「生真面目さ」が過剰だったことだろう。生真面目な彼は不可能を知りつつ、少しでも遅れを取り戻そうと、死の瞬間まで文字通り「一所懸命」にもがいてしまった。
悲劇的なことは、この事故が発生した局面において、高見青年のJR西日本という企業組織の中におけるポジションも同じように「回復不能」状態に陥りつつあったことだ。ガラス細工のようにいったん壊れれば回復不能な福知山線のダイヤと同じように、JR西日本という企業組織の中のキャリアパスも、いったん「問題運転士」という烙印を押されてしまえば二度と回復することが不可能だったに違いない。

新幹線の運転士になることが、高見青年の幼い頃からの夢だった。そのために彼は真面目に勉強し、高校でもトップクラスの成績をとり、念願叶ってJR西日本に就職し、運転士になることもできた。しかし、運転士になりたての頃にオーバーランというミスを犯してしまう。
今回の事故の直前にあった伊丹駅での二度目のオーバーランは、彼自身にとっても自分のキャリアパスにとって致命的なミスになると感じられたことだろう。既に事態が「回復不能」状態にあることを知りつつも生真面目な彼の目の前には、スピードを上げるという選択肢しか残されていなかった。

高見運転士の遺体を第一車両から回収した救急隊員がニュース番組でインタビューされ「高見運転士の死顔は安らかな表情をしていた」とコメントしていた。彼の行動が、結果として107人の死者を生む悲劇的な事故を引き起こすきっかけとなったが、死の直前の高見運転士を捉えていたのは「一所懸命」にやったという思いだけだったのではないか。もがくことからやっと解放された、そのやすらかな死に顔とは、「これしか道がなかった」と言って死んでいった自爆テロの殉教者の諦めの表情にも似ていたのかも知れない。

(カトラー)

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