NHK「サラリーマンNEO」賛歌 ~サラリーマンへのレクイエム~
最近はテレビ番組をほとんど見ない。特に小利口ぶったお笑いタレントやジャリタレが騒いでいるだけの情報バラエティ番組というのが大嫌いで、テレビをつけると、この手合いの弛緩した番組ばかりなので、反射的にスイッチを切ってしまうことになる。
それゆえ、欠かさず視聴しているといえる番組もないのだが、唯一の例外が、NHKが放送している「サラリーマンNEO」というコント・バラエティ番組だ。
私を靖国神社に連れてって!~靖国アミューズメントパーク化計画~
中国人監督リ・イン氏が10年間かけて撮影、制作した映画「靖国」の公開をめぐって、論議が巻き起こっている。
事の発端は、週刊新潮がこの映画の内容が反日的であると報じ、それを問題視した衆議院議員、稲田朋美ら「伝統と創造の会」のメンバーが、配給元に対して、公開前に試写を要求したことに始まる。
無差別殺人の時代、ノーカントリーな日本を生き延びろ!
コーエン兄弟の「ノーカントリー」を地元のシネコンで見たのは、土浦の駅頭で24歳の男が無差別殺人を引き起こす一週間前だった。
もし、事件が起きた後だったら、スーパーの袋をぶら下げた主婦が行き交い、土浦と同じような日常風景の中にあるシネコンで、こんな映画はとても見る気にならなかっただろう。
ダライ・ラマと毛沢東 ~その光と闇~
チベット暴動が起きてから、「ダライ・ラマ自伝」をもう一度読み返してみた。
現在のチベット問題やダライ・ラマという稀有な精神を理解する上で、また、中国共産党政府の本質を知る上で大変得るところが多い本だ。
特に印象的なのは、ダライ・ラマと毛沢東が交錯する場面である。
世界が日本を真似はじめた?④ ジャポニスムの戦略
このブログを読んでくれている女子大生の青舐(あおなめ)さんという方から、ジャポニスム学会というのがあることを教えられて、先日、高輪台の畠山記念館で開催された学会のシンポジウムにもぐりこんだ。
世界中が日本を真似はじめた?ジャポニズムの再来とオタク文化
攻める村上隆 米欧巡回の大回顧展スタート
日本の伝統や現代文化をポップアートと結びつけて突っ走る美術家、村上隆(45)。その大回顧展が、アメリカ・ロサンゼルス現代美術館(MOCA)で10月末始まった。題して「(C)MURAKAMI」(コピーライト・ムラカミ=来年2月11日まで)。(asahi.comより:写真も)
村上隆の「大回顧展」が、ロサンゼルス現代美術館(MOCA)で始まり、大盛況だそうだ。
今や村上の制作した等身大フィギュア作品は、サザビーズで6000万円という高値が付く人気で、この10年間で村上は、世界的なトップアーティストの仲間入りを果たしたわけだから「大回顧展」というのもわからないではない。
しかし、年齢でいえば、まだ40代で、アニメキャラクターやフィギュアを題材に、作品世界を創り上げてきた村上に対して「大家」という呼び名や「大回顧」という言葉は、違和感が伴う。たぶん、村上隆は、確信犯的にこの「大回顧展」を開催しているのだろう。つまり、村上は、意図的かつ戦略的に、自分が関わってきた何かにピリオドを打とうとしている。
オタクの敵といわれる村上隆
ところで、「オタク文化」が生み出したアート(芸術)といわれる村上作品だが、当のオタクやその同伴者を任じる人々からは頗る評判が悪く「オタクの敵」とまでいわれている。
「オタク文化をだしにしてアートの世界で金儲けしている」というような批判が代表的なものだ。村上隆は、そうした声も承知の上で、あえて開き直って「大回顧展」と銘打っているのだろうと推測するが、村上隆についての議論は、別の機会に譲るとして、今回のエントリー記事で問題にしたいのは、日陰者のように扱われていた「オタク文化」が、衆目が集まる舞台の中心に躍り出てきた意味をどう考えるかという問題だ。アート(芸術)という回路を通すことで、アニメキャラなどオタク文化の「メジャー」化に村上隆も少なからず貢献した。
もともと、アニメ、フィギュア好きな「オタク」と呼ばれる若者たちが、嫌光性植物のように育てた「オタク文化」が、ここ数年で、世界のアートやエンタテイメントをリードする存在になった。それだけではない、オタクカルチャーの震源地が、この「日本」であることを捉え、政治家やそれを取り巻く御用学者どもが、「これぞ日本文化の素晴らしさを示すものである」と調子に乗って、文化政策だとかソフトパワーという言葉を口走り始めたのだ。
記憶に新しいところでは、先の自民党の総裁選で麻生太郎が、秋葉原でオタク(とメディアでは紹介されていた)の若者たちを前に街頭演説会を開き「タロー、タロー」のシュピレヒコールが巻き起こった情景が思い浮かぶ。
麻生太郎の漫画好きは有名で、そうした子供じみた所のある政治家の存在を否定はしないが、それが「文化政策」と地続きのものであるとしたら話は別である。
最近、ベストセラーになったという「模倣される日本」(祥伝社新書)という新書本がある。
浜野保樹という東大大学院の教授が書いているのだが、扉裏に記載された内容紹介文を以下に引用する。
「経済力の復活を切望する日本。だが、今や海外が注目するのは日本の文化、とくにポップカルチャーである。彼らはそれをクール(カッコいい)と呼ぶ。<模倣する国家>は<模倣される国>へと変貌した。映画監督タランティーノは『キル・ビル』で堂々と深作欣二の手法を引用し、献辞を掲げた。日本アニメは世界を席巻し、数々の模倣を生んでいる。この現象はさらに料理、ファッション界にも及ぶ。はたして世界を魅了する日本文化の特質とは?伝統的生活様式に根ざした美意識、多元的価値を認める世界観、今こそわれわれはその意義を認識し、世界に広めるべく文化戦略を築くべきではないか。メディア学の俊英が提言する日本の指針」
全文を引用したからといって、何もこの本を買って読んで欲しいわけではない。むしろその逆だ。本としては、生半可なつくりで、アニメなど日本の文化コンテンツがいかに世界を席巻しているかを例証する事例が、かき集められただけの内容である。本屋で5分も立ち読みすれば、書いてある内容は大方わかってしまうから、買う必要はないといっておく。
ジャポニズムの再来?
ただ、こうした本が売れるのは、日本発のアニメやファッションが世界で喝采を受け、「ジャポニズムの再来」と呼ばれる現象が起きているからだろう。
ジャポニズムとは、江戸末期から明治にかけて、歌麿、広重などの江戸時代の浮世絵が、海外にわたり、その価値が再評価され、ヨーロッパを中心に日本ブームが巻き起こったことをいう。ゴッホ、マネ、ロートレックといったフランスの印象画家たちが、浮世絵などの影響を受けて、新しい絵画を創造したというのが定説となっている。そうした江戸末期に巻き起こったジャポニズムや現在の日本ブーム自体をとやかくいうつもりはないが、問題はそのことに関わる「言説」である。
浮世絵は確かにフランス印象派の画家たちに影響を与えたが、結局そのことは日本文化の優位性を示す言説として流布され、「国威発揚」に利用されていった。
もともと浮世絵は、当時の日本文化の本流からはかけ離れた、全く顧みられることがない好事家のもので、ちょうと現代の「オタク文化」のような存在だったといえるだろう。実は、浮世絵が海外で認められたのは、日本から輸出された陶芸品、工芸品の包み紙として、たまたま使われていたものを、ヨーロッパ人が「これはスゴイ!」と評価したのがきっかけだったという。このことが物語っているのは、江戸時代の浮世絵から、現代の村上隆作品の評価に至るまで、昔も今も、海外が与えた評価を鏡にしてしか、自分の文化の価値を認識することができないという歪な精神構造が、この国ではずっと幅をきかせているという事実だ。
海外の評価を鏡にしてしか自分を評価できない
浜野保樹は、日本のアニメは第二の浮世絵にならないようにすべきだといい、以下のような奇妙な議論を展開する。
「マンガ市場単体では低迷しているとはいえ、メディアミックスやマーチャンダイジング展開の広がりを考えるとまだ余裕がある業界といえるのでもっともっと新しい試みにチャレンジできるのではないかと思います。しかしぼんやりしているとかつての浮世絵みたいな事態になります。『浮世絵』も日本オリジナルの文化でしたが、西洋に模倣されつくし
「印象派」という美術ジャンルになってしまいました。
今でこそ印象派という呼称になっていますが、あれは本来「印象派」ではなくて「新浮世絵」です。 日本オリジナルを模倣した印象派が台頭したがゆえに、浮世絵は『かつて印象派に影響を与えた浮世絵という伝統表現が昔の日本にありました』という過去の話になってしまいました」(マンガソーシャルメディア:海外マンガ事情レポートより)
どこでこんな与太話を思いついたのか、印象派とは「日本オリジナル」を模倣した「新浮世絵」であるという見解を、まともな議論としては誰も聞かないだろうが、問題は、この人物が、麻生太郎が外務大臣に在任中に外務省の肝いりで「国際漫画賞」というアワードを設立して「文化戦略」というものにそれなりの発言権や影響力を持つ立場にあるということだ。
文化のオリジナル性と優位性をあからさまに言い立てる浜野のような考え方は、文化研究の世界では、既に常識外、論外とされている。同じようにジャポニズムに対する考え方も、日本文化が西欧に影響を与えたことは事実だったとしても、そのことを必要以上に強調することは、単なる文化的な自慰行為に過ぎないと考えられている。
オリジナリティに関する議論を作品や著作権のレベルで展開するのは、もちろん当然ありだが、文化論にまで「オリジナル」という概念を持ち込んだ時点で、浜野は、そもそも大きな誤りを犯している。東大の教授までやっている人物であるからして、そんな文化論のイロハは承知の上で、こうした議論を意図的にまき散らしている公算が強い。たぶん浜野は「国威発揚」のために、ここでの議論のすり替えを行っているのだ。
対抗力を発揮していないオタク文化
気にかかるのは、「オタク文化」を支える人々が、こうした言説や文化戦略の駒としてオタクを利用しようとしている勢力に対して無関心で、何の対抗力も持ち得ていない点である。アキバの街頭で麻生太郎に「タロー」コールを送っていた、あまりにナイーブな若者たちのことは、この際、考えないとしても、本物のオタクといわれる人々は、既にこうした状況と問題の本質に当然のことながら気づいているだろう。しかし、そうした認識は共有されることもなく、まとまった力にもなっていないために、オタクを束ねようと意図する勢力に、結果として易々と利用されるはめになっている。
確かに、オタクとは「サブカルチャー」の申し子であり、60,70年代に破綻した「カウンターカルチャー」の屍の上に成立したものであるから、もともと「対抗力」という言葉を持ち出すこと自体が「クールじゃない」といわれるのが、関の山かも知れない。
そう考えつつも、そんなことで本当によいのかという思いを、私はなお捨て去ることができないのだ。オタクな人々は、村上隆などを敵役に仕立ててバッシングする前に、後出しジャンケンよろしく、オタク文化を「日本文化」の枠組みに組み込んで、いかにもオタク文化の保護者面を始めた連中に対してこそ、まず「No!」というべきではないのか。
私自身は残念ながらオタク的才能に欠けるので「ヲタ道」とは無縁に生きてきた。しかし、オタクな人々にずっと敬意を抱いてきたのは、彼らには、誰からも触れられることを許さない心の処女地を希求する姿勢があると思えたからだ。
そもそも、人はその心の処女地のことを「自由」と名づけたのではなかったか。その自由が蹂躙される時代の足音が聞こえる。
(カトラー)
世界は音楽に満ちている ~オープンソースとしての野村誠の音楽~
野村誠という作曲家をごぞんじだろうか。わたしは、このブログに何回か登場していただいている、にむらじゅんこさんから彼のことを教えてもらったのだが、一見、大学生風の青年で年齢は不詳。NHKの幼児向け番組で歌のおにいさんのようなこともやっているのだが、この人は紛れもなく天才である。
外こもり時代のバックパッカーたち
旅行作家の下川さんと久しぶりに築地で飲んだ。
下川さんは、今やバックパッカーたちの教祖的存在といわれ、「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー以来、アジアと旅に関して多数の著書がある。
「12万円で世界を歩く」というのは、1980年後半、当時の週刊朝日がグラビア特集で組んでいた連載企画で、旅費、生活費として12万円だけ渡され、実際にその予算で世界を旅して、その一部始終を紀行文にまとめたものだ。「もともと僕のほうから持ち込んだ企画だから、文句はいえないんだけれど、編集部は取材費として本当に12万円しかくれないんだよね」と下川さんが笑いながらぼやいていたことを思い出す。
フラット化する東京と上海
トマス・フリードマンが、近著「フラット化する世界」で、現在のグローバル化現象を「グローバリゼーション3.0」と名付けている。コロンブスのアメリカ大陸発見(1492年)から地球はどんどん小さくなり、多国籍企業が活躍した時代(グローバリゼーション2.0)を経て、ベルリンの壁が崩壊し、インターネットが世界を席巻した2000年から、グローバル化の新しい段階「グローバリゼーション3.0」が始まり、世界が同じ地平で競争する「フラット化した世界」が出現しているという。
書評:パリで出会ったエスニック料理
このブログに何回か登場しているにむらじゅんこさんが、雑誌ソトコトで3年間にわたり連載していた「パリで出会ったエスニック料理」が単行本(木楽舎刊)として出版された。ソトコトに連載中から、彼女の文章のファンだったのだが、読み返して見て、あらためて色々なことを考えさせられた。
「かもめ食堂」~愛すべき負け犬たちの最後の晩餐~
映画「かもめ食堂」(荻上直子監督作品)がヒットしている。
前から見たいと思っていた映画だったのだが、ロードショーの終盤になって、やっと映画館に足を運ぶ時間が取れた。
ジョージWブッシュの神権政治
前回のエントリー記事「ユダの福音書発見とシオニズムの行方」に対して、武井さんから「イスラム原理主義、ユダヤ原理主義シオニストとブッシュアメリカ大統領のキリスト教原理主義の並列はいかにも乱暴」ではないか?という指摘をいただいた。武井さんの指摘もふまえて、前回の記事をもう少し発展させてみたい。
ユダの福音書発見とシオニズムの行方
歴史を覆す大発見!「ユダの福音書」が明かすイエス・キリストの最後の言葉
米国ナショナル ジオグラフィック協会は、エジプトの砂漠で見つかった約1700年前のパピルス文書を修復・翻訳したところ、この文書はキリスト教の黎明期に教会から異端とされた幻の書『ユダの福音書』の、現存する唯一の写本であることが判明したと発表した。
(nikkeibp.jpより)
米国ナショナルジオグラフィック協会が、6日、エジプトの砂漠で見つかった1700年前のパピルス文書を解析したところ、初期キリスト教の幻の福音書「ユダの福音書」の写本であることが確実になったこと、そして、その「ユダの福音書」に記載された驚くべき内容を発表した。
頭の良くなる家 ~子供を勉強部屋から解放せよ~
「頭の良くなる家」というものがあると知ったのは、このブログに何回か登場してくれている慶応大学SFCの渡邊朗子助教授の話からだった。渡邊先生は、建築とITの融合領域でユニークな研究活動を展開されている気鋭の学者であり建築家だが、その研究テーマにITによって空間を知能化する「スマートスペース(知能化された建築空間)」という考え方がある。「頭の良くなる家」というコンセプトは、それと似かよっているようにも見えるが、だいぶ意味が異なり、ある面、眉唾っぽい響きさえある
ALWAYS 3丁目の夕日 ~昭和へのレクイエム~
「ALWAYS3丁目の夕日」が公開されている。
昭和30年代の東京に生まれた人間として見ておくべき映画とは思っていたのだが、Yahoo!の興業成績ランキングなどでトップに躍り出ているのを見ると、人混みが苦手な性分の私としてはチョット気後れがしていた。が、今日、上野まで出向いたついでに上野セントラルという映画館で鑑賞することとなった。
カジュアル・ポリティクスとエロテロリストの不思議な関係
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上海で買ってきた、Shanghai Tang(上海灘)のおしゃれな「人民帽」のことが、気になっていたのだが、雑誌ソトコトのコラムニスト「にむらじゅんこ」さんから、共産党グッズをファッション化していくようなトレンドが、上海や香港を中心としたムーブメントとして存在し、「カジュアル・ポリティクス」と名付けられていることを知った。
世界の中心で「ごはん(エスニックフード)」と叫ぶ!
このブログに最多登場回数を誇るクリングルの村井君の紹介で、エディター&ライターの「にむらじゅんこ」さんと銀座のシャネルビルに昨年末にオープンして評判の「BEIGE TOKYO(ベージュ東京)」でお会いした。
「今日も元気だタバコがうまい!」といえない時代
前回のJT(日本たばこ産業)に関するエントリー記事で
「最近の『禁煙ファシズム』『健康ファシズム』の蔓延はどう考えても行き過ぎだと考えており、天の邪鬼を自認するカトラーとしては、数年前からあえて『開煙』を宣言している」
と書いたところ、Domizさんから以下のようなコメントをいただいた。
カトラーが魔都「上海」を行く③ ~上海発世界ブランドと人民帽~
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世界中のブランド商品が上海市場をめざしている。
シャネルやルイヴィトンなど高級ブランドショップが上海のメインストリートに軒を並べ、ファーストフードや外食の分野でも進出を競い合っている。中でも今回の上海行きで感じたのが、「STARBUCKS COFFE(星巴克咖啡)」の存在感であった。空港やビジネスエリアは言うまでもなく、「豫園」など歴史的な旧跡にまで店を構えているのには驚かされた。
n個の性とナルシス
先々週エントリーしたマツケンに関する記事に1yardさんという方からトラックバックをいただいた。「ゲイとは・・・・・」という私の文章に不快感を受けられたということだ。推測するに1yardさんは、ここでの私の物言いなり文体が「ゲイとはこういうものだ」と決めつけているように感じられたのではないか。
1yardさんも言っているようにblogとはパーソナルなメディアツールであり、何を主張するのも勝手、けなすのも勝手という面があるが、ゲイの友人も何人かいるので、ゲイについて私のポジションを明らかにしておきたい。
まず私は、ゲイではない。だからゲイのことをわかったように言うつもりはないが、人間のセクシャリティについては、究極的にはn個の人間に対して、n個の性があり得ると考えている。女性が好きな男性もいれば、男性が好きな男性もいる。女性のような男性を好きな男性もいれば、男性のような女性を好きな女性もいる。こうして、n個の性が存在することに対して、社会の方が勝手に分類して「ゲイ」だ「オカマ」だ「ホモ」だ「レズビアン」だと、その場限りの言葉を押しつけているだけだ。雌雄の行動様式がはっきり分離している哺乳類なのに、どうして人間だけ、n個の性という現象が起きるのかといえば、人間においては、性が単なる身体機能ではなく、「意識」の問題に変質しまったからだと考えている。別の言い方をすれば、岸田秀氏が指摘したように、人間とは「本能」が壊れてしまった動物であり、恋だ、愛だ、好みだ、セクシーだと・・・意識が作り出す「幻想」が無いとセックスさえできなくなってしまったのである。とすれば、意識に依拠するセクシャリティとは、その意識のあり方の数だけ存在することになる。一般に異性を愛する人々が多数派という意味で「ノーマル」と言われているが、それは「右利き」が「左利き」に対してノーマルと言われるのと同じ程度のことに過ぎない。
ゲイ・ピープルに「ある種のナルシズム」を感じると述べたが、それは否定的な意味でいっているのではない。ナルシズムという言葉は、もともとはギリシア神話のナルシスの寓話を起源にしている。ナルシスと言う名の美しい青年が、呪いをかけられて自分の姿にしか愛を感じられなくなり、水面に映った自分の姿に恋して「水仙(ナルシス)」になってしまったという話だ。この話は後世、「だから自惚れはいけない」というような説教話に使われてしまうが、私はむしろこの神話は、n個の性を持つことになってしまった人間の哀しみを表現していると考えている。ナルシスが水面に見たのは、等身大の自分ではなく、想像の中の別の自分自身であったのではないか。それを今の自分ではない別の自己像をイメージする力と言い換えれば、ナルシズムとは「創造性や進歩」の源泉でもある。
芸術家(アーティスト)と呼ばれる人々にゲイ・ピープルが多いのは、異性以外のものも愛せるようになってしまった人間のナルシズムの本質と深く関わりがあると考えている。
マツケンは私の趣味ではないが、のびのびと解放されてパフォーマンスしている姿というのは良いものである。ゲイであろうがなかろうが、マツケンサンバを踊る彼には、吹っ切れた解放感が感じられるから社会的なブームになろうとしているのだろう。まあ、そんなことはないだろうが、マツケンから私に「自分はゲイではないのでブログの文章を修正しろ」と言ってこられたら喜んで対応させていただく。
3月8日はサンバの日!
ところで、Tinkleさんのブログで、とうとう3月8日に東京ドームでマツケンサンバのイベントが開催されることになったと聞いて、思わず申し込んでしまった。チケットには、観客席で観覧する一般チケットとグランドに降りてマツケンと踊る「サンバ券」とがあるそうなのだが、もちろん申し込んだのはサンバ券だ。
(カトラー)
「盲導犬クイールの一生」写真展に見た写真力

銀座の松屋デパートで先週から始まっていた特別展「盲導犬クイールの一生」に出かけた。
今や日本で最も有名になった盲導犬、クイールの写真をこの世に送り出した写真家、秋元良平さんのことについてはこのブログの以前の記事「クイール写真展と秋元良平さんのこと」でも、取り上げた。
バレエの経済学 ~新貴族の登場~

<この夏公開の映画「バレエ・カンパニー」>
わが家の娘が通っているバレエ教室の発表会があった。
少女たちが日頃の練習の成果を一生懸命に発表する姿には心を打たれるものがあったが、ふと我に返って考えると、これほど「投資」と「リターン」が見合わない世界も他に無いのではないかと思えた。
秋葉原の復活を支えるフィギュア文化

秋葉原ITセンター、「秋葉原クロスフィールド」が正式名称に
NTT都市開発、ダイビル、鹿島の3社は4月20日、東京・秋葉原で着工した再開発施設の正式名称を「秋葉原クロスフィールド」に決めたと発表した。高層ビル2つからなる多機能施設が2006年3月までに完成する予定。
秋葉原の青果場跡地(通称ヤッチャバ)に建設が進んでいる再開発ビルが秋葉原クロスフィールドという名称に決まった。
秋葉原の電気街のネオンの間からニョッキリと首を出した工事中の高層ビルは、来年の5月には竣工し、日立製作所の本社が移ってくるという。ITセンターとして大学のサテライト機関も設置され、産学連携の拠点にもなっていくという。
【クイール写真展と秋元良平さんのこと】
<クイール写真展> 2004年3月9日(火)~14日(日) 半蔵門 JCIIクラブ 25
この週末から全国で映画「クイール」がロードショーされる。
この映画の原作本「盲導犬クイールの一生」(文藝春秋社刊)は出版不況の中にあって80万部の大ベストセラーとなったことは誰もが知るところだ。
その公開に先立って、半蔵門のJCIIクラブで、この本の原作者で写真家の秋元良平さんの写真展「クイールのまなざし」が開催されている。原作本で紹介された写真に加えて未公開の作品も展示されるなど、世のクイールファンにはたまらない内容だと思うが、その初日に訪れてみると写真展の会場は意外にもひっそりとしている。人ゴミが駄目な性質なので個人的には助かったが、どうしてこんなにひっそりしているのかと怪訝な思いがした。
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