私は商店街の味方です!大規模ショッピングモールの黄昏と商店街の復活
わが家には長じた娘が2人いるが、彼女たちがまだ幼かった頃、足立区の商店街のうどん屋(製麺販売)の3階に間借りしていた時期があった。写真は、年賀状用に撮った当時の写真である。「玉うどん」という、うどん屋の看板が、その頃のカトラー家の目印だった。
商店街の通りに面した窓を開けると、眼下に向かいの八百屋の軒先が見えた。
とある週末の夕方、娘をその八百屋におつかいに行かせ、その様子を窓から眺めていると、八百屋のおやじが、明日になれば真っ黒に変色してしまうような萎びた椎茸をしきりに娘に売りつけようとしている。
「おい、おやじ、そんな半端ものうりつけるな!」
と窓から首をだして怒鳴ると、八百屋のおやじは頭上の私の姿に気が付いて、ばつの悪そうな顔をして「お手伝いできる良い子だからおまけしてやろうっていってたんだよなあ、嬢ちゃん」と娘の頭を撫でながら言い訳してみせる。
商店街の人々は、せこい人たちが多かったが、気持ちに裏表のない、気のおけないいい人ばかりだった。
全国で急増するシャッター通り商店街
その商店街が、全国で存亡の危機に立たされているという。中でも地方都市の商店街の衰退、荒廃ぶりは目を覆うばかりである。地方都市に出張した折などに、地元の商店街などを覗いて見るのだが、人もまばらで半分近い店がシャッターを下ろしている所が増えている。
こうした状況をもたらしたのは、地方都市の過疎化や郊外型の大規模ショッピングモールやロードサイド店が乱立して、商店街が展開している中心市街地から人がいなくなったことなどが原因とされている。商店街に再び人を呼び戻そうと、アーケード建設や駐車場の整備など様々な対策が講じられたが、一部の建設業者が潤っただけで、ほとんど効果らしい効果をもたらさなかった。
カトラー家が住んでいた商店街の近くにも、昨年、イトーヨーカドー系のArio(アリオ)という、シネコンなども兼ね備えた大規模ショッピングモールが開店した。
ところで、私はこの手のショッピングモールというやつが大の苦手である。品揃え、客の嗜好や回遊導線、接客マニュアルやクレームの処理まで全てが計算づくで管理されていて、そこに居るだけで自分も商品のひとつにさせられてしまったような気がして息苦しくなってくる。ファミリー層が最大のターゲットだから、家族連れが多いのだが、彼らを見ていると「家族ごっこ」をさせられているような嘘臭さがショッピングモールの空間には充満しているように感じる。
現在の「ファミリー」層にとって、週末に郊外のショッピングモールに車で出かけて行って一緒に消費をすることが、「家族」であることを確かめる唯一の「ハレの時間」になっているのではないか。日頃は携帯電話やゲーム機を覗き込むばかりで、親の言うことなど耳をかさない子供たちをとにかく車に押し込んでショッピングモールに連れていき、たいして欲しがってもいないモノを買い与えて家族ごっこをやっているというのが、今の日本の「ファミリー」の平均像だといったら世のファミリー族から顰蹙をかうだろうか。
ファミリー幻想の終着地としての大規模ショッピングモール
「ファミリー」幻想は、長く日本人の消費を牽引する原動力となっていた。ファミリーレストラン、デパート、遊園地、家族旅行といった「ハッピーファミリー(幸せな家族)」のための商品やサービスが日本の消費の中心トレンドをつくってきた。しかし、「ファミリーレストラン」が、「ファミレス」となり、高校生や暇な主婦連中がたむろする場になってしまったように、「ファミリー」という言葉は、今や使うのにも気恥ずかしさが伴う死語になりつつある。そうしてみると、現在、隆盛を極めているといわれる郊外型の大規模ショッピングモールやアウトレットは、日本人が高度成長時代からずっと抱き続けてきた「ファミリー」幻想が行き着いた終着地のようなものに見えてくる。消費者の「ハレの時間」を演出するために、ショッピングモールは際限なく巨大化し、ディズニーランドのような場所に近づいていくだろう。
しかし、私の見立てでは、こうしたショッピングモールの隆盛も既に終わりを迎えている。不動産リートや投資ファンドなどショッピングモールの建設に向かっていた資金も金融危機の影響をもろに被り一気にシュリンクしており、消費の減退も相まって閑古鳥が鳴いているショッピングモールもあちこちで見られるようになった。大規模ショッピングモールが廃墟となり、「ファミリー幻想」の墓標として語られる日がやがてくるだろう。
話をもう一度商店街に戻そう。
不況に苦しんでいる商店街の人々には、肥大化したショッピングモールを相手に勝負する必要なんかないといいたい。家族連れで商店街が賑わった高度成長時代を懐かしむ気持ちもわからないではないが、昔に戻ることを夢見たり、逆に商売不振の原因をショッピングモールのせいにしないことだ。大規模ショッピングモールは、買う物がない時代にあって、既に商品やサービスを売っているのではなく、「家族ごっこ」という幻想を売る末期的業態に転換した。
オレオレ詐欺の手口に学ぶ?シニアビジネス成功法
商店街は、もっと真っ当なやり方で開拓できる別の客層があると思う。例えば老人層である。老人にとって今のショッピングモールはわずわらしいだけの場所だろう。勝手のわかった商店街こそ、彼らの受け皿になるべきだと思うが、どうやら商店街は、老人はカネを使わず、老人相手の商売(シニアビジネス)は儲からないという固定観念に縛られているようだが、はたしてそうか?
最近の老人相手の「カネもうけ」で一番の成功?事例を上げるとしたら「オレオレ詐欺」だ。老人達は寂しい暮らしの中で、子供や孫からかかってくる電話を首を長くして待っている。オレオレ詐欺は、そこにつけ込んだ。警察の取り締まりやメディアのキャンペーンにもかかわらず、オレオレ詐欺に代表される「振り込め詐欺」の手口は巧妙化し、被害総額は年間250億円にも達している。犯罪の手口から学ぶというのもどうかといわれそうだが、そこには明らかに考えさせられる何かがある。
機能性飲料の新たなチャネルとして復活する牛乳宅配ルート
まともなシニアビジネスの事例として最近興味深いと思っているのは、牛乳宅配の復活である。牛乳販売店は、高度成長時代に全国網が築かれたが、スーパーなどの出店に押されて、その数は、ピーク時に比べると半減、「斜陽ビジネス」の代名詞といわれた時期もあった。ところが、メグミルク(雪印乳業系)の宅配ルートでは、N―グルコサミンという膝や関節痛を軽減したり予防する機能性素材を添加した商品「グルコサミンパワー」が、日配20万本という大ヒット商品になり、いまや主力であるはずの牛乳の売上げを追い抜いてしまったという。ヒットの要因は、牛乳販売店の店主も高齢化しているので、こうした健康機能をもった商品は、店主が客と同じ目線に立って説明販売できるのが強味になっている。また、宅配ルートの商品は一定期間、習慣的に摂ってもらえるので、グルコサミンパワーのような機能性飲料の場合、効果が体感しやすくリピートに繋がるのだという。牛乳宅配ビジネスは、高齢者向けの新たな販売チャンネルとして復活しつつあるのだ。
商店街が始めた老人向け弁当宅配事業の成功
足立区に東和銀座商店街という全国的に知られている商店街がある。アムールトーワという株式会社を商店街として設立して、「地域の仕事は地域でやる」をモットーに給食事業などのコミュニティビジネスを手がけている。その東和銀座商店街が、老人世帯に対する弁当宅配事業も手がけているが、ユニークなのは弁当容器を使い捨てのものではなく塗り物にして、食べ終わったあとの容器をいちいち回収していることだ。訪問して回収するのは確かに手間がかかるが、老人たちと直に顔を合わせる機会が増えることで、メニューに対する要望や老人達の健康状態なども確認することができるのだという。そうしたフェイストゥーフェイスの関係を築いていることが他の弁当販売事業者にはない強味になっている。
シニアビジネスに可能性があるといっても、今のままの商店街では、老人達の心をつかむことはできないだろう。オレオレ詐欺のように、手を変え品を変えコミュニケーション手法に工夫を凝らす、あるいは、牛乳宅配のように、同じ目線に立って商品を紹介したり、家まで届けるといった新しいサービス機能を開発することが不可欠だ。
先日、久しぶりに昔住んでいた商店街を歩いてみた。肉屋のおっさんも、鶏肉屋のおばさんもまだまだ元気で店に出ている。「おじょうちゃん、元気かい?」と八百屋のおっさんが笑いながら声をかけてきた。
「今日はいい椎茸があるよ、安くしとくからもってきな」
またかと思わず身構えたが、見ると、ぷりぷりしたいい椎茸だった。
(カトラー)
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